※『三畳趣味』直後のクロ赤。



    事後同伴







「黒尾さん、からかいすぎですよ。」
「赤葦こそ、冗談キツすぎじゃね?」


今日も4人で酒屋談義。勿論お酒はまだ入ってないものの、
体育館の裏ではなく、ちゃんと飲み屋で食事を楽しんだのだ。
高校生…しかも合宿中という状況下では、『最高』の部類に入る。

今回のテーマは、密室と緊縛…イチャイチャな話だった。
まだ初心なくせに、いきなり縛りだの締まりだの言い出すもんだから、
こりゃあもう、縛り倒す…ではなく、
とことん弄り倒すのが、礼儀というもんだ。

「だってあいつら、ツッコミ所満載すぎで…実に嬉しい。」
「それはまぁ…俺も思う存分ツッこませて頂きましたが。」

顔を見合わせ、ほくそ笑む。
いちいち反応が可愛い二人…ちょっかい掛けるのを、止められない。

「厄介極まりない黒尾さんに捕まって…お気の毒ですね。」
「辛辣極まりない赤葦に気の毒がられ…更に気の毒だな。」


酒屋談義…4人での雑学考察は、それ自体でも楽しい。
だがその合間合間に、月島達をおちょくり、その反応を見ることこそ、
黒尾と赤葦の愉しみ…最高の『癒し』になっていた。

「俺らも楽しいけど…あいつらだって『二人きり』のチャンス到来!」
「まさに『ウィンウィン』の畳語関係…『畳の上なカンケー』です。」

先日も、二人をちょっとばかり焚き付けてやったものの、
意外と真面目で純真な二人には、むしろ『生殺し地獄』という逆効果…
非常に可愛そうなことをしてしまったと、黒尾達は猛省していた。
近いうちに、なんとか合宿関係者の目から離れた場所で、
二人きりになる時間を作ってやりたい…そう画策していたところだった。

その思惑通り、きっと今頃、どこか適度に『公開された場所』で、
傍目には完全に『イチャイチャ』していることだろう…が。


「ツッキーも山口も、自分達がイチャイチャしている自覚…全くなかったんだな。」
「自覚症状があれば、そういうシュミでもない限り…イチャイチャしないでしょ。」

幼馴染としても、仲の良い友人としても、近すぎる距離。
チームメイト達からも、明らかに『セット扱い』されている様子。
そして、それを1ミリたりとも『異常』と感じていない本人達…
どう考えても、『自覚』を持つことなど…これでは不可能である。

「いやぁ~、見てて楽しい『イチャ』もあるもんだな。」
「擬態語で言えば、『ニヤニヤ』が止まりませんよね。」

二人は再度顔を見合わせ、ムフムフと笑い合った。




「ところで黒尾さん、俺達はこれから…どうしましょう?」
「まだ時間は早ぇし…ちょっと話し足りねぇ感はあるな。」

どうしましょう?と尋ねつつも、赤葦は前方の袖看板を指差していた。
適度に『非公開』の場所で、じっくり話せる『半密室』な場所…
黒尾はその店にすぐさま入ることで、『同意』を示した。


「忘れてたぜ…俺ら、『平均以上』だったな。」
「合宿中故か…縮尺感覚が狂っていましたね。」

二人が入ったのは、高校生でも堂々と入れる…カラオケボックスだった。
都会ならではのペンシルビルということもあり、内部は小さめの部屋ばかり。
お二人様用の部屋なら、すぐにご用意できますが、少々手狭かと…と、
店員が申し訳なさそうに言ったが、受付時は何ら問題を感じていなかった。

しかし、指定された部屋に着いて、『少々手狭』の意味がよくわかった。
ここはいわゆる、カップルシート…『お二様専用』の部屋だったのだ。

本来であれば、二人だと『ちょうどいい』サイズなのだろう。
だが、自分達は『平均以上』のサイズ…
L字のソファに座ると、互いの脚どころか、膝すらぶつかってしまうのだ。

合宿中で、周りも大柄な人間ばかりのせいか、
自分達は『平均』だと…完全に錯覚していたのだ。


別に、膝から下が触れていようが、嫌悪感などは…全くない。
とはいえ、常に互いの一部が触れ合う『50cm以下の距離』は、
流石に近すぎて…妙に余所余所しい態度になってしまう。

「あ、俺…飲み物取って来ますね。黒尾さんは…」
「お、おう…俺のも…『赤葦セレクト』で頼む。」

妙な空気を拭おうと、入口側に居た赤葦は、
フリードリンクを取りに行くことを申し出た。
「何がいいですか?」と赤葦が聞く前に、
黒尾は何気なく「お前に任せる」と言った。

だが、それに対し、赤葦はパっと表情を明るくし、
「お任せ下さい!この場に相応しい飲み物…ご用意致しますね。」
…と、実に嬉しそうに部屋から出て行った。

「アルコールの有無関係なく、『飲み物選び』が好き…なのか?」
やっぱり、赤葦には『バーテン』が天職…なのかもしれない。


赤葦が部屋に戻ると、カラオケとは思えないほど…静かだった。
たとえ歌っていなくても、CM等の『何かしらの音』がするはずだが…
モニター画面を見ると、『今週のランキング』が映ってはいるが、
やはり、スピーカーからは何の音もしていなかった。

「音、切っちゃったんですか?」
「あぁ。話すには邪魔だしな。」

そう言えば、内密の話をしたい場合には、ファミレスや喫茶店等よりも、
カラオケボックスを使うことがある…と、法律家が言っていた。
第三者に聞かれることもなく、大きな声で喋っても(泣き喚いても)良いし、
いきなり『法律事務所』に行くよりは、相談者も足を運びやすい。

そして何よりも、ドアがスケスケ…
いつでも帰宅できる(逃げられる)という、完全ではない『半』密室感と、
互いの 表情がよく見えない、適度な狭さと暗さ…
内心を暴露するには、まさに『ちょうどいい』のだ。

だが赤葦は、黒尾に相談したいようなことは、特にない。
それよりも、今日の『酒屋談義』から、ずっと…聞きたいことがあった。


赤葦は持って来たグラスをテーブルに置くと、思い切り黒尾に膝を付け、
「今日は『アフター』のお誘い…ありがとうございます。」と、
艶っぽく片目を瞑って魅せた。

友人としては『近すぎる』距離なのであれば、
その距離が『相応しい関係』に、なり切ってしまえばいい…

黒尾は赤葦の『ナイスアイディア』に満足そうに笑い、
「売れっ子のお前と『アフター』…今日は、ツイてるな。」と、
同じようにパチリと片目を瞑った。


今日の二人は、『キャバ嬢と指名客ごっこ』に決定した。




***************





「黒尾さんは、いつも興味深いお話をして下さいますが…
   読書、お好きなんですか?」

お客さんを『良客』として長く引っ張るには、
『色』ではなく、『癒し』になるべし。
…というキャバ嬢の心得を知ってか知らずか、
赤葦は一番手っ取り早く、 かつ自然に『お互いの理解』が深まる、
『趣味の話』を振ってきた。

『お店』…4人でした『酒屋談義』のテーマも、
『シュミ』にまつわるものだったから、
客の方も、ごく自然に『一歩踏み込んだ話』に入ることができた。


「そうだな…趣味と言える程かどうかはわかんねぇけど、
   毎日何かしらは、読んでるな。」

そこで得たネタを、こうして…『楽しい会話』に使えるしな。
黒尾はおどけて言うと、赤葦は興味津々に聞いてきた。
「でしたら、何か…面白いネタ、教えて下さいませんか?」

いきなり、難易度の高い質問である。
「何か○○弁、喋ってみて!」と同じぐらいの難易度だ。
黒尾は苦笑いしながらも、ジャブ程度の『鉄板ネタ』を出した。

「今日通った『目に毒な目抜き通り』にちなんで、『目』に関する話…
   東京には、『目黒』と『目白』って名前の駅があるけど、
   実は他に、『目青』『目赤』『目黄』って場所もあるんだ。」


  『えっ!?そうなんですか?知らなかったです。』

黒尾が予想していたのは、このネタを披露した時に、
ほぼ全員が返してくる…こちらも『鉄板』なリアクションだった。
だが、赤葦は…目を見開いて、口をポカンと開けて硬直していた。
そんなに驚く程…意外なネタだっただろうか?

ようやく赤葦が呟いた言葉に、今度は黒尾の方が瞠目した。

「それ、もしかして…『虚無』ですか?」


『虚無』とは、日本探偵小説三大奇書の一つ…『虚無への供物』だ。
ミステリファンであれば、誰もが一度は手に取る傑作だ。
この中に、目黒を含む『五色のお不動さん』に関する話が出てくる。

仏教にも民俗学にも知見のない内に、『虚無』でこの話を知った時、
黒尾は心底驚き…強烈な印象を持った『ネタ』だった。

本来であれば、『ネタ元』をドンピシャに指摘されると、
恥ずかしいことこの上ないのだが…
むしろ黒尾の『歓びレベル』は、一瞬で『MAX』に到達した。
それは赤葦の方も同じらしく、何かを期待するような目で、
じっと…こちらを見つめ続けている。

落ち着け俺…まだ、確定したわけじゃない…
黒尾は深く深く深呼吸すると、静かな声で問い掛けた。

「黄色い…?」
「部屋の秘密。」

「ふたたび…?」
「赤い悪夢。」

「青い…?」
「外套を着た女。」

「白い…?」
「僧院の殺人。もしくは…兎が逃げる。」

「黒猫…?」
「館の殺人。それか…黒猫の三角、ですね。」

五色不動に倣って、『黒・白・青・赤・黄』が入るネーミング…
黒尾の出題に、赤葦は完璧に(しかも黒尾好みのものを)即答した。

もう、間違いない。100%確定だ。
黒尾と赤葦は感極まって、ガッチリと拳を握り合った。

「赤葦お前、ミステリ好きだったのか…っ!!!」
「黒尾さんとは妙に気が合うなぁとは…っ!!!」


あの『酒屋談義』での、『日常生活に全く役に立たない知識』の多さから、
それ相応の読書量はあるだろうな…と、お互い何となく感じてはいた。
そして今日、やたらと『密室』という言葉にこだわり、
それを分類して考察したり、その考察自体も、やけに論理立っていたりと…
ちょっとした『予感』めいたものはあった。

だが、まさか同じ本格ミステリを愛好する『同士』とは夢にも思わず、
二人は手を握り合ったまま、歓喜に咽ぶった。

「これが『ごっこ』じゃなかったら…今まさに、お前に落ちたとこだぜ。」
「えぇ…俺の方も『一生付いて行きます!』レベルのハマりっぷりです。」

空いている方の手で、赤葦は琥珀色のグラスを黒尾に差し出した。

「今日ご用意した『一杯』は、『密室』と『紐』の…『あの人』です。」
「スコッチウィスキーのカクテル…『シャーロック・ホームズ』だな。」

本当は中身が烏龍茶…そんなことは、一切関係ない。
この『ごっこ』に、赤葦が『名探偵』を用意したことこそが、
二人にとっては最重要なのだ。


黒尾は、今まで誰にも言ったことのなかった、淡い『夢』…
こいつなら、それを笑わずに聞いてくれるはずだと、確信した。

「俺さ、将来…自分の事務所を持ちてぇんだ。勿論…『探偵事務所』だ。」
「っ!!?俺もっ…小さい頃から『探偵助手』に憧れて…だから、その…」

赤葦は深々と頭を下げると、声を震わせて懇願した。
「もし本当に事務所開設した際には、どうか俺を…雇って下さい!!」

才能と実力を持ちながら、ナンバー2…『参謀』に甘んじていたのは、
そのポジションこそが、赤葦の『本望』だということだったのか。

黒尾は赤葦の顔を上げさせ、正面からその瞳を覗き込んだ。
「俺も、『超優秀な助手』が欲しかった…絶対、ウチに来てくれっ!」


  『私、いつか自分のお店を持ちたいんです…』

奇しくも二人は(立場は逆ではあるが)、キャバ嬢の『鉄板ネタ』で、
これ以上ないぐらい意気投合し…お互いの理解を深め合うことができた。





***************





「ところで、『虚無』にも『月』が出て来たの…覚えてますか?」
「それは、作中に出て来たシャンソン…『ルナ・ロッサ』だろ?」


ここで『ミステリ談義』を始めてしまうと、明後日の朝が来る…
それを自覚していた二人は、断腸の思いで話題を少々転換した。

いつの間にか『至近距離』に居たことに、内心では驚いていたが、
それを一切顔に出すことなく、グラスを取りつつ『適正距離』へ戻った。


「先日は『ブルー・ムーン』で、今回は…『赤い月』ですね。」
「月が地平線・水平線に近い時に…赤っぽく見えるんだよな。」

地球を取り巻く大気の厚さは、地上から見る方向によって、厚さが違う。
頭の真上が一番薄く、水平方向に近くなるほど厚くなる。
月が地平線に近い時、月の光は厚い大気の中を通過することになるため、
青い光は届きにくく、赤い光のみが目に届き…『赤い月』に見えるのだ。

「赤い月がやたら大きく見えるのも、『地平線に近い』から…ですね。」
「大きさの比較対象となる建造物が多い…『目の錯覚』ってことだな。」

夜空を見上げると、血のように赤く大きな月…ブラッディ・ムーン。
その不気味な姿から、地震や災害の前兆と言われることも多い。

「『青い月』も『赤い月』も…『不吉の象徴』って扱いなんだな。」
「ですが、青と同じく、見ると幸運…『願いが叶う』そうですよ。」

普段見慣れたものが、違う色をしているだけで、
太古から人は、不安を覚えてしまうのだろう。
そして、たまたま見た『偶然』を、何とか『良い方』へ解釈しようというのも、
人が太古から行ってきた、知恵と努力なのかもしれない。


「偶然と言えば…『虚無』に出て来た別のシャンソンも、そうじゃねえか?」
「『小さなひなげしのように』…ヒナゲシの花言葉は、『恋の予感』です。」

カクテル『ブルー・ムーン』に込められた意味の一つが、
偶然にも…ヒナゲシの花言葉と繋がった。
こうして『小さな繋がり』を見つけることこそ、雑学考察の醍醐味だ。

『虚無』は三大奇書。『三大』繋がりだと…と、赤葦は3本指を立てた。

「目黒不動・目白不動と並ぶ、江戸三大不動は…薬研堀不動尊ですね。」
「薬研堀は、三大七味唐辛子の発祥地だな。七味には、『芥子』の実…」

「芥子は勿論、ヒナゲシですね。別の花言葉が…『七色の恋』です。」
「七色は当然、『七色唐辛子』…七味の別称だ。見事に繋がったな。」

辛いだけじゃない、深みも旨味もある…それが『七色の恋』だろうか。
…ケシの花を、『悪の華』だと言っていた詩人もいたが。


「『三』と『七』の繋がり…足したら『十』です。」
「十の目、つまり『十目』とは…衆目のことだな。」

衆目は、周りの視線…『公衆の面前』だ。
周り回って、『公開の場でのイチャイチャ』に戻ってきた。

「『謎解き』という程ではありませんが…着地点としては及第点ですね。」
「『キャバ嬢と指名客』の会話ネタとしては…例外的だが魅力的だよな。」

チン、と涼やかな音を立てて、二人はグラスをぶつけ合った。


その時、静かな室内に、大音量の電子音。
腰を浮かさんばかりに飛び上がると、赤葦は慌てて音源…
入口脇の受話器型インターホンを掴んだ。

どうやら、ボーイからの「お時間ですが…」のお知らせだ。
赤葦は指先で「ご延長いかがですか?」と問い掛けたが、
もうそろそろ、帰らなければならない時間だ。
黒尾も指先で「そろそろお暇するよ。」と答えた。

いや…『アフター』には時間制限も、延長システムもなかったか。
どうでもいいツッコミを、黒尾は脳内で入れておいた。



「そう言えば、『イチャつきやすい場所』の条件ですが…」

狭いエレベーターの、何とも言えない居心地の悪さを誤魔化すように、
赤葦は『酒屋談義』で考察した話を、復習がてら持ち出した。
その時語ったのは、『他のカップルが既にイチャついている』という、
『先駆者がいることで安心する』心理だった。

「もっと基本…物理的な条件だと、『薄暗い』『密室』だな。」
「先日考察した、『二人が横並びもしくは斜め前』…もです。」

周囲に『人け』がなく、『適度に狭い』ことも、条件に加えて良いだろう。

「間違いなく…カラオケボックスも、当てはまるな。」
「ついでに言うと、ここ…エレベーターも、ですね。」


何とも言えない沈黙が、再びエレベーター内を支配する。

「もしかして、月島君達が『イチャイチャ』してしまうのは…」
「『他にもイチャついてる奴らがいる』と、無意識に感じて…」

イチャイチャは無自覚…ここに来る前に、自分達が出した答え。
導き出される『ある可能性』に思い当たり、二人は同時にかぶりを振った。

「まさか…な。」
「です…よね。」


これ以上の考察…『謎解き』は、止めておくことにした。





***************





店外に出ると、周囲はすっかり酔客達で溢れ返っていた。
ナニが目的かは不明だが、カラオケへの入店待ちの列もできていた。

夕方よりも更に『目に毒』になった裏通り。
何となく口を閉ざし、黒尾の半歩後ろを歩いていると、
急に立ち止まったその背中に、思い切り追突してしまった。


「すっ、すみません…」
「やべぇ、監督達だ…」

謝ろうとした赤葦に、黒尾は引きつった声で告げると、
咄嗟に手を取り、脇の小径に赤葦を引き込んだ。

どうやら、飲み屋街に繰り出した『指導者組』達と、
運悪く遭遇(未遂)してしまった…らしい。

4人で外出…外食することは、監督達の許可を得ている。
だが、明らかに『青少年の健全育成』には問題アリな場所で、
しかも『アフター』の途中を見られるのは…何としても避けたかった。
もしもこの状態を咎められ、合宿中の外出を禁じられ…
今後は『酒屋談義』ができなくなるなど、以ての外だ。


息を殺して隠れていると、後方から『殺し損ねた息』が聞こえてきた。
ふと赤葦が振り返ると、何組ものカップルが、
すぐ傍の『完全密室』への『入室』を待ち切れず…イチャついていた。

それだけではない。
そのカップル達の向こうから、見覚えのある二人組が…
のんびりと歩いてくるのが見えた。

「あれは…烏野の、顧問とコーチですっ…!」
「前門の猫、後門の烏かよ…勘弁してくれ…」

月島が、苦々しい顔をして言っていたのを思い出す。
「あの人には…武田先生には、逆らえません。」…と。
あの猫又監督でさえ、手に負えない程…厄介な人物だ。

『武田を敵に回すべからず。』

意見の一致をみた黒尾と赤葦は、瞬時に目配せし合い、
『木を隠すなら森の中作戦』を、実行に移した。


黒尾は赤葦を、腰高の花壇に座らせると、
覆い被さる様に抱きしめ、『人目』から赤葦を隠した。

赤葦は黒尾の頭に腕を回し、熱烈抱擁しているように見せかけ…
その特徴的なヘアスタイルを、ぐしゃぐしゃと掻き乱した。

2メートル程隣…『行列』に並ぶカップルを横目に見ながら、
彼らと同じような仕種を真似て、『イチャイチャ』を演じる。

    これも、『ごっこあそび』の…超リアルおままごとの一種…
     今日の俺達は、『キャバ嬢と指名客』…
    これぞまさに『アフターの鉄板』…

そう思い込むことで、何とか羞恥心を抑えようとするが、
リアルすぎる状況設定と、隣からの声や音、そして、
互いの体温をダイレクトに感じる程の『密接距離』に…
居たたまれない気分になってくる。

    あとほんの少し距離を縮めれば…『一線』を越えてしまう。
    この場の流れと雰囲気に、『ごっこ』に身を任せたら…

近づく足音。あとちょっとで、すぐ傍を通り抜ける…はずだ。
緊張と焦燥、そして羞恥で、二人は『がんじがらめ』に…固まっていた。


少しずつ、通り過ぎる足音。
派手な金髪が小径の角を曲がり…雑踏の中へ消えて行った。


「もう…イっちまった…のか?」

通りに背を向ける黒尾が、小声で訊いてきた。

「この程度では…イけません…」

状況に『相応しい』返答をした赤葦に、黒尾は危うく吹き出しかけた。
慌てて赤葦は黒尾の頭を引き寄せ、その笑いを鎖骨で受け止めた。

首筋に掛かる、熱い吐息。
その感触に驚いた赤葦は、ビクリと身を震わせ…
その振動で、黒尾もようやく、我に返った。

「『致し方ないこと』とは言え…」
「俺達、ナニやってんだろうな…」

猛烈に湧き上がる恥ずかしさから逃れるように、
赤葦は黒尾の胸元に顔を埋め、『十目』から目を逸らした。


「これは、シャンソン…『ルナ・ロッサ』の歌詞なんですが…」

    おお赤い月よ、夏の夕べには
    あなたはわたしたちを小径にいざなってくれた
    そこではわたしたちの二つの影は
    一つに合わさって歩いているみたいだった

「お前なぁ…照れ隠しにしちゃぁ、ドンピシャすぎだろうが…」

赤い月に照らされたように、ほんのり頬を染めた黒尾は、
その顔を見られないように、赤葦の頭を抱き、ポンポンと撫でた。

「ここでそんな歌を出したら、冗談抜きで…惚れちまうぞ?」
「おや、『ミステリ談義』だけでは…まだ不十分でしたか?」


どう考えたって、あれはキャバ嬢の『営業トーク』の域…ではない。
『ごっこ』ではなく、本気で『意気投合』したのは、間違いないのだ。

今、この場で、これ以上考えるのは…危険極まりない。
周りの雰囲気に流されて結論を急ぐのは、
お互いにとっても、あまり良いとは言えないだろう。

黒尾は赤葦を抱きかかえたまま、静かに花壇から降ろし、
そろそろ職場へ…『お勤め先』に帰ろうと、視線でいざなった。


学校へ向けて歩き始めた黒尾の隣に、赤葦は並ぼうとした。
だが、どのぐらいの距離に立てばいいのか…一瞬迷ってしまった。
今日の様々な出来事で、互いの『適正距離』の感覚が、狂ったようだ。

赤葦は、手を伸ばせば背中に触れる距離…『50cm弱』に歩幅を合わせた。
その背中に、努めて明るい声を投げかけた。


「『職場』に向かう…つまり『アフター』ではなく、これから『同伴出勤』ですね?」

『アフター』とは、お店が終わってから行く、二次会のようなもの。
対する『同伴出勤』は、軽い食事等をしてから、一緒にお店に出勤するもの。
よく似ているようだが、『お客様』にとっては、随分と違ってくる。

「『同伴』だったら、別途『同伴料』が取られちまうか…相変わらず仕事熱心だな。」

同伴は、お店のシステム。アフターは、嬢と客の個人的な付き合いだ。
どちらが良いですか?…と、赤葦は『わかりきった質問』をした。


黒尾は立ち止まり、ニヤリと笑いながら言った。

「さっきまでは『アフター』で、今から『同伴』…嬢にとってはこれが最高だろ?」
「さすがは黒尾さん。今後ともぜひ、末永く『ご指名』…宜しくお願いしますね。」


赤葦は丁寧に頭を下げると、黒尾の『真横』に並び、
上機嫌で『職場』へと向かった。



- 完 -



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※『アフター』の文化がない地域や、禁止しているお店もあります。
  
※微妙な距離のふたりに5題『2.好きかも、しれない』

2016/06/22(P)  :  2016/09/11 加筆修正

 

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