※『猫目梟目』 その後。



    猫手梟爪







痛い…
視線が、痛い。


年も明けて、春高も終わった。
日本中の排球部から、3年生が引退。
日本中の排球部が代替わり…『新生』したことになる。

3年はいなくなったが、1年もまだいない。
この時期は人が少なく閑散…実に居心地が良い。
寒いのは嫌だけど、そのおかげで静かなことは、歓迎したい。

少なくなった人数で、効率的に練習をし、新たなチームを編成するには、
やはり実戦形式で個人の力を見極めるのが一番。
その状況はどの学校も同じ…ということで、
梟谷グループでは早速、週末の合同練習が行われた。

今回はウチ…音駒で開催。移動がなくて、ホントに助かった。
片付けは面倒だけど、首都圏の電車移動はもっと面倒だし。


早く片付けて、さっさと解散しよう…
ゴミを集めて回っていると、ゾクリと背筋が凍りついた。
生命の危険を感じる程の、射貫くような強い視線…
本能的に柱の影に身を隠すが、視線はしつこく追尾してくる。

こんな殺人的な視線を、無遠慮に投げ付けてくる奴…
その心当たりは、一人しかいない。
正直、面倒臭いけど…逃してくれそうもない。

仕方なく、体育館裏に歩を進めると、音もなく視線の主はついて来た。
誰も来ない場所…焼却炉の側で止まると、そいつも距離を保ったまま止まった。

「さっきから、何?俺に何か用?」
クルリと振り返ると、予想通りの奴。
こっちが気付いてないとでも思ったのか、かなり驚いた素振りを見せ、
バツが悪そうな、物凄く不機嫌そうな顔を、隠そうともしなかった。

「べっ、別に、孤爪にはこれと言って用はない…」
「あっそ。じゃあ…オツカレサマ。」

脇をすり抜け、この場から去ろうとしたら、咄嗟に腕を掴まれた。
掴んだ方が困惑の表情…視線を泳がせながら、何かを言おうとまごついている。

「その…お元気、ですか?」
「見たまんまだけど?っていうか、いきなり敬語とか…キモいんだけど。」
「誰も孤爪のことなんか、聞いてな…」
「じゃあ、俺に聞くイミ…なくない?」

うっわ、マジ面倒臭っ。
それに、可愛げのカケラもないし。
どうしてこんなに不愛想で、何考えてんのかわかんない『厄介な奴』を、
好き好んで好くようなモノ好きが…って、『好』が多すぎなんだけど。

とにかくこいつは、『敬語を使うような誰か』…
『奇特な好き者』のことを、聞きたいんだろうけど、
それこそ御門違い…何で俺に聞くんだよ。

「そんなの…ソッチの方が、よ~~~く知ってんじゃないの?」
「なっ、何の、話…っ!?
   べべべっ、別に俺は、く、黒尾さんとは、そんな…」
「あ、クロのことが聞きたかったんだ?ふ~~~ん…なんで?」
「あっ!?いや、その…とっ、特に、深いイミとかは…っ」

…前言撤回。
こいつ…意外と可愛いとこあるじゃん。
いつもは、俺ですらなかなか感情が読めない奴なのに、
今は心底慌てまくりの挙動不審…めちゃくちゃ面白い。
気分転換にちょっと、こいつを…赤葦をからかって遊ぶことにした。


コンクリート製の階段に座り(焼却炉の放射熱でここは温かい)、
じっと赤葦を見上げると、居心地悪そうに立ち竦んでいる。
座れば?と、隣に視線を向けると、キッチリ一人分のスペースを開け、
赤葦は静かに腰を下ろした。
…猫の『適正距離』を会得しているあたりは、さすが…かな。

「最初に言っとくけど…バレバレだから。今更取り繕ってもムダ。」
「えっ!?まままっ、まさか、黒尾さんが…いや、それは絶対にない…」
顔を赤く青く点滅させながら、動揺しまくる赤葦。
クロがバラした?と疑うこともなく、それは絶対ないと断言している。
腐れ縁の幼馴染が驚く程…ガッチリと『信頼関係』を築いてんじゃん。

クロのことを、絶対的に信頼してくれる存在が、ここに居る…
何だかそれが、俺はほんの少しだけ嬉しくなった。
「貰い手のなかった捨て猫に…やっと飼主が見つかった気分。」
「…は?」
いや、ただの独り言。
俺はちょっとした『お礼』のつもりで、赤葦を安心させてやることにした。

「クロは上手く隠してる。気付いてるのは…俺だけ。」
「そ、そう…なら、良かった…」
一瞬ホッとした表情を見せたが、すぐに『面白くない』という顔に変わる。
何でお前だけが、それに気付いてるんだ?と、鋭い目で詰問してくる。

あ…ナルホドね。こいつは『幼馴染』の俺に、嫉妬してるってコトか。
だからいつも、俺に対して、つっけんどんな態度を取ってくるんだろう。
究極に面倒臭いけど、こいつにも人間らしいとこがあって…まぁ悪くない。

「クロも赤葦も、わかりやす過ぎ。」
「な、何が…?」

赤葦の質問は無視し、俺はこっちから質問した。


「で?何でわざわざ、俺に『お元気ですか?』なんて聞いたわけ?」
フツーに連絡取り合ってたら、クロが元気なことぐらい、知ってるはず…
だが、赤葦からの答えに、俺は耳を疑った。

「知らない、から…孤爪に、聞くしか、なかった。」
「知らない?まさか、クロの連絡先、知らないとか…?」
「違っ、さすがにそれは、知ってる。でも…」
「じゃあ、しばらく連絡取ってない…とか?」

冗談半分で言ってみたのに、赤葦はグっと喉を詰まらせた。
そして、膝を引き寄せながら、ポツポツと話し始めた。
「この時期に『連絡』なんて、できるわけ…ないだろ。」

年が明けてすぐ春高。音駒も梟谷も、揃って出場した。
年末年始は寝る間を惜しんで練習…今までの人生で、一番多忙だった。
(春高には出たいけど…あの忙しさはもう御免だ。)
それが終わるとすぐ…たった一週間後に、センター試験。
入試シーズン真っ只中…一般的な受験生は、寝る間などない日々のはずだ。

「大した急用があるわけでもないのに、連絡とか…無理。」
だから、黒尾さんが今どうしてるのか…俺にはさっぱりわからない。
でも、気にはなるから…断腸の思いで孤爪に聞くしか、手がなかった。

心底悔しそうに、赤葦は声を振り絞る。
結構失礼な物言い…でも、怒りは微塵も出て来なかった。
そんなモノが出てくる余地がないぐらい…呆れ果ててしまった。
こいつは一体…何を言ってるんだ。
練習で忙しそう?受験で大変そう?…だから連絡取らないって?
何、その大手マスコミみたいな『自主規制』…意味不明なんだけど。


「ちょっと確認。最後に連絡取ったのは…?」
「お正月に…『新年のご挨拶』かな。」
「その前は?但し、『時候の挨拶』は除く。」
「クリスマス…でも、その条件に当てはまるから、除外か。」
更にその前は、赤葦の誕生日と、クロの誕生日…
こちらも『おめでとう』の定型句のみで、完全に除外対象。
それより遡ると、ただの合宿中の『業務連絡』だった。
これじゃあ…こんなんじゃあ、クロのことなんか、わかりっこないじゃん。

「よくこれで、『付き合ってる』って言えるよね…
   イベント目白押しの年末年始に、『時候の挨拶』だけって…何ソレ。」
「そ、それは、そうだけど…でも、仕方ないだろ…」
音駒も梟谷も、春高に出場する…ライバル同士だ。
そのライバル校の主将と副主将が、大会直前に連絡を取り合うなど…
『背信行為』と受け取られても、おかしくないではないか。
お互いの立場上、疑われるようなことはしたくなかったし、
仲間に後ろめたい思いをするのも、させるのも…絶対に嫌だった。

大会が終わり、黒尾は引退…もう『立場』を気にする必要はなくなった。
だが、今度は『今後の人生』を左右する、大事な時期…受験だ。
「俺なんかが、邪魔していいわけ、な…」

「ばっかじゃないの。」

赤葦のセリフを、俺は一言でぶった切った。
本当に、馬鹿だよ…赤葦も、クロも。
相手のことを慮ってばかり…自分のキモチはそっちのけじゃん。

クロは、いつもいつもそうだった。
自分のことは二の次で、俺や周りの人間を優先してしまう。
そんなクロが、ようやく自分のキモチに素直になって、
本心を打ち明けられる…ワガママを言い合える相手ができたっていうのに。
その相手が、よりによって赤葦…ここまで『似た者同士』だったとは。

二人とも、不器用にも程があるでしょ。
この俺に『放っとけない』って思わせるぐらい…超ド級の不器用さじゃん。
面倒この上ないけど、『猫の手』…貸してやるよ。


「赤葦が思ってる程、クロはヤワじゃない。でもそんなに…強くもない。」
「孤爪…言ってることが、完全に矛盾。意味不明。」

ホンット、可愛くない…折角遠回しに言ってやったのに。
じゃあ、遠慮なく言わせてもらうけど。

「ちょっとした連絡ぐらいで、邪魔になったりしない。気にしすぎ。
   むしろ、愛しい恋人と『没交渉』の方が…男には堪えるでしょ。」
「いっ、いとっ、こいっ…そ、そう、なの、か?」
「当たり前じゃん。あいつだって、フツーの健康優良な男子高校生だし。
   知ってしまった『蜜の味』…オアズケは相当ツラいでしょ。」
赤葦も『健康優良な男子高校生』だから…これ以上は言わなくてもわかるよね。
オアズケ喰らって、そのツラさのあまり、大嫌いな俺に頼らざるを得なかった…
だから、こうして俺の後をつけてきたんでしょ?
はいはいゴチソウサマ~、あ、間違えた…『ご愁傷さま~』かな?

…そう言いかけて、俺はその言葉を飲み込んだ。
赤葦の『表情』から、それが『大間違い』だと…気付いてしまったから。

多分、いや…確実に。
こいつら、まだ『蜜の味』を…知らない。
それどころか、キスも…下手したら、手も繋いだことがないかもしれない。

あ…頭、痛い…
冗談でしょ、あんたら…いい加減にしなよ!
そんな悠長に、だらだらと無駄に『ターン』を消費してたら、
絶対に卒業式までに、『真エンディング』に辿り着かない…
『そして10年後~あの時の青春よ、永遠に~』って、バッドエンド確定だよ!


「ホンットーに、馬鹿じゃないの!?今時『プラトニック』とか…
   『A(全年齢対象)』の乙女ゲームでも、有り得ないでしょ!」
「まだ未成年…CERO(ゲーム区分マーク)で言うと、『Z』は、マズい…」
「CERO『D(17歳以上対象)』のでも、ヤることヤってるし。」
「………。」
但し、『暗転』…パソのエロゲーみたいな『肌色』はないけどね。
つまり、直接描写さえしなけりゃ、『17歳以上』はOKってこと。
…って、何で赤葦相手に、ゲームの年齢制限マークについて語ってんだか。
あぁもう、何か無性に腹が立ってきた。

「クロは猫被りすぎ。赤葦も、爪隠しすぎ。
   声聞きたいなら電話!逢いたいなら突撃!ヤりたいなら…」
「わわわっ、わかった!わかったから…それ以上、言わないで…」
顔を真っ赤に染め、慌てて「しーーーっ!!」と、口元に人差し指。
何だよ、その…めちゃくちゃ可愛い仕種はっ!お前はどこの純情乙女だ!?
今のは確実に、ハートマークの『ゲージ』が増える、『大正解』の選択肢だし!
俺相手にターンとMP使うヒマがあるなら、『本命』にちゃんと使えって。

イライラがピークに達した俺は、赤葦の首根っこをグイっと引き寄せ、
強引に肩を組むような格好で…パシャリと『自撮り』した。
お…恥ずかしそうに赤面して、戸惑う表情…悪くないじゃん。
これは、本編とは別の『思い出アルバム』に載る系の、ステキ画像っぽい。
それじゃあ…『送信』っと。

「な、何、して…?」
「別に…ただ、『フラグ』立てただけ。」


俺が『猫の手』を貸すのは…ここまで。
あとはもう、自分らで何とかしなよ。

困惑で固まる赤葦をその場に放置し、俺はさっさと退散した。
あぁ、本当に…面倒臭いったら、ありゃしない。


「『真エンディング』以外…ハッピーエンド以外、俺は認めないから。」




- 完 -



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※CERO →ゲームソフトの表現内容により、対象年齢を表示する制度。
   A…全年齢、B…12歳以上、C…15歳以上、D…17歳以上、
   Z…18歳以上のみを対象。
   ちなみに、『ハイキュー!! Cross team match!』は、
   通常版が『A』で、限定版が『B』になっています…何故か。


赤:「なお、当該ゲームのジャンルは『青春体験シミュレーション』ですが…」
黒:「『D』及び『Z』も、同じく『青春体験シミュレーション』…だよな。」
赤:「こちらのオトナ版には、それぞれサイドストーリーの特典付です。」
黒:「DとZの違いは、『ピンクのしおり』シナリオの『肌色度』だな。」

赤:「…いくらまでなら、出しますか?」
黒:「どこまで出しているか…による。」

(※上記のクロ赤対談は、フィクションです。販売されていない…はず?)



2017/01/12UP

 

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