音駒の要、夜久が負傷した。
ここを勝てば全国。相手は…梟谷。
万全の態勢でも、ウチが梟谷に勝てる確率は、五分…よりも低い。
その中での夜久の離脱は、怪我の具合以上に『痛手』だった。
…怪我したのは『足』だがな。
しょーもないツッコミを自分で入れていると、
俺の考えを読んだかのように、研磨がぼそりと呟いた。
「冷静になろうとするのは大事だけど…
低レベルな『言葉遊び』してる場合じゃないよ。」
まぁ、動揺をチームメイトに見せないのは、『主将』として悪くないけどね。
他のメンツには聞こえないよう、研磨は表情を一切変えずに言った。
俺も実に涼しげな顔で(ポーカーフェイスには割と自信がある)、
美味そうにドリンクを飲んだ。
「…で?実際の所…夜久さんの状態はどうなの?」
「現段階じゃ、わかんねぇ。
痛みが激しいみたいだから…『しばらく』は安静、だろうな。」
夜久の状態については、チーム内にも相手方にも、極秘事項だ。
戦力だけでなく、双方の士気に関わる…絶対に、気付かれるわけにはいかない。
試合を組み立てる研磨にだけは、『本当のトコロ』を知らせておくべき…
そう考え、内心の焦りを何とか抑え込み、無表情を貼り付けて囁いた。
「…だろうと思った。クロの表情、わかりやすいからね。」
研磨の言葉に、俺は苦笑せざるを得なかった。
どんなに取り繕っても、ずば抜けた観察力を持つ研磨には…『幼馴染』には、敵わない。
「俺はお前に、絶対『隠し事』できねぇな…」
お前が『味方』で良かったぜ。
笑いながら『降参』のポーズを取る。
この研磨とのやり取りで、俺の『焦り』も、ちょっと落ち着い…
「何のんきなコト言ってんの。一番バレちゃマズい奴…
超厄介な『相手方』には、もう完全にバレてるし。」
研磨の言葉に、飲んでいたドリンクを噴きそうになった。
「な…何だって…?」
「アッチの『超賢いセッター』も、クロの表情読むの…お手のものじゃん。」
お互いに、全く表情を変えないまま…
表面上は『爽やかスポーツマンの汗』、
だが内部では、『冷た~い汗』が滝のように流れ落ちる。
そんな俺の『温度差』にも当然気付き…研磨は俺の焦りを、心底楽しんでいやがる。
その口の端…ヒゲの先がピクピクっと動くの、俺にバレてねぇと思うなよ。
「確かにアイツは『すんげぇセッター』だが、さすがにそこまでは…読めねぇだろ。
誰しもが俺の特別…隠し事できねぇ『幼馴染』ってわけじゃねぇしな。」
「相手にとって『クロが特別』じゃなければ…普通はそうかもね。」
まさか研磨…
俺とアイツが、『特別』だというコトまで…気付いているのだろうか。
お互いの立場上、周りには極力バレないよう…細心の注意を払っているはずだ。
俺もアイツも、自他ともに認める『腹黒』…内心を隠すのは得意中の得意だ。
それなのに…『幼馴染』とは、何と恐ろしい存在だろうか。
いや、俺の幼馴染が、ずば抜けて恐ろしいのか…
何をどう言えば、この場を凌ぎ…誤魔化すことができるか?
いや、誤魔化すことは不可能と諦め、秘匿と協力を求めるべきか…
窮地に立たされた俺の頭に浮かんで来たのは、全然違う言葉だった。
「薬ない?なら、診断は…?
医師、夜久に悔しい判断 『知らないな…リスク』」
(くすりないならしんだんはいしやくにくやしいはんだんしらないなりすく)
「冷静になりたい気持ちはわかるけど…
何もここまで高レベルな『言葉遊び』しなくても…」
「いや…俺自身、すっげぇビックリしてんだな、これが。」
人間は追い詰められると、とんでもない力を発揮することがある…
天啓の如く閃いた高レベル回文に、俺は『人間の底力』を思い知った。
さすがの研磨も、状況にそぐわない良作に、呆れ返って目を瞬いている。
「あとでその会心作、アイツに『特別』に…教えてやれば?」
あ、間違えた。『特別なアイツに』…だった。
俺にしかわからないような小さな動きで、研磨は不敵に微笑んだ。
その顔を見た瞬間、俺の内心に吹き荒れていた暴風雨が凪ぎ、
普段通りの冷静さを取り戻した。
そして同時に、コイツには『隠し事』は不可能だと…改めて悟った。
「『さすが黒尾さん、凄いですね!』って…惚れ直してくれると思うか?」
「さぁね。さすがの俺も…それは読めないよ。」
とりあえず、『黒尾さん…カッコ悪いですね。』って言われないように、
何とか食らい付いていくしかないんじゃない?
さぁ…反撃開始だよ。
研磨の激励?を受け、俺は雑念を振り払い…コートへと戻った。
- 完 -
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※久々に天啓キたっ!!と大喜びし、全部書き終わってから…
夜久君負傷のタイミングが違うことに気付きました。。。
2016/09/12UP