恋慕夢中⑩







    (可愛いイタズラ…だと?)
    (全く、余計なことを…!)


仲間達がアッチで『作戦』とやらを立てている声は、コッチにぜ~~~んぶ丸聞こえだった。
頼むから、いらんことを言わないでくれ!と、心の中で拝みっぱなしだったが、
問題はアッチよりもコッチ…絶対に『作戦』が聞こえているはずの、『お相手様』の方だ。

   (なぁ。お前は一体、どんな顔して…)
   (聞こえないフリ…してるんですか?)

確定的かつ直接的な言葉はなかったけれども、文脈から察するに、多分(いや、十中八九?)、
『似た者同士』な俺達は、お互いに『似たり寄ったり』な感情を抱いている可能性が…高い?
『お相手様』の正確な心中は闇の中だが、少なくとも自分の方は…バレバレで泣きそうだ。

   (感情を顔に出さない自信、あったのに…)
   (腹ん中は黒くても、胸中はスケスケか…)


本当は、着火ロウソク用に掘った穴の中に、今すぐ発火寸前の頭から潜ってしまいたい。
でも、そうしてしまえば、アッチの暴露を丸ごと認めてしまうも同然だし、
それをずっと『聞こえないフリ』し続けていたことも、全部お相手様にバレてしまうのだ。

   (自分からは、はっきりと言えないくせに…)
   (間接的じゃなくて、直接聞きたいなんて…)

   あと一歩、踏み出す勇気があれば。
   たった一言、想いを告げられれば。
   わかってても…自分から動けない。
   臆病で、狡猾な自分が…嫌になる。

   (そう簡単に、『天の川』は…渡れない。)
   (踏み出すべき『一歩』が…大きすぎる。)

目の前の現実から。二人の置かれた状況から。
自分と相手の心中も『見えないフリ』をして、目を逸らし続けるためだけに、
じりじり…と、心中と同じ音を立てながら手の内で爆ぜる線香花火を、じっと見つめていた。


*****



「キレイ…だな。」
「そう…ですね。」

線香花火には、竹ひごや藁でてきた柄に、黒色火薬が剥き出しに付着している『すぼ手』と、
和紙で作ったこよりの先に、火薬が包み込まれている『長手』の、二種類がある。
元々は上方のお公家さん達が、香炉の灰に『すぼ手』を逆さに挿して鑑賞していたそうで、
それがお線香を立てているように見えたから、線香花火と呼ばれるようになったらしい。

「関東出身の俺は、和紙製の長手しか知らなかったので…」
「線香花火がなぜ『線香』なのか、ピンと来なかったな…」

『せんこう』という音は同じだが、『閃光』を放つことはない。
硝石・硫黄・炭から成る黒色火薬には、火花を生むための特別な薬品は添加されておらず、
火薬の温度変化により、時と共に花がうつろう姿を、シンプルに愛でるタイプの花火である。

蕾、牡丹、松葉、柳、そして散り菊。
今の自分が、線香花火における『花』の、いずれなのか…そんな想いすら去来する儚さに、
古代から日本人は、惹かれてやまないのかもしれない。


「飾り気はないが、この慎ましいところが…」
「黙々と、内側だけで熱く震えるところが…」

その言葉の続きは?
どちらが『せんこう』して、口を開くのか…
内側で焦れる想いと、震える手を必死に抑えながら、滾る熱を先に落とさぬよう、堪え忍ぶ。

ぽとり、ぽとり。
間を置かず、二つの火球が砂に溶ける。
涼風に揺れたせいで、どちらが『せんこう』かは、よくわからなかった。

俺達の間では、俺が『こうこう』でしたよね?と、赤葦は風呂の方にチラリと視線を送ると、
参ったな…と、黒尾は微かに口の端を緩め、新しい花火に火を点けて片方を赤葦に手渡した。

「地味上等。質実剛健さが…最大の魅力だ。」
「漆黒の腹毛の、下の温かさが…ツボです。」

「おいおい、そりゃ…何の話だ?」
「さぁ、何でしょうね…ふふっ。」


静かに熱を放ち、揺れ落ちる美しい花に、頑なに強張っていた心が徐々に絆されてゆく。
淡い光を陶然と眺める表情を、散り逝く可憐な花が仄かに照らす…
蜃気楼のような現実感の薄い幻想の中で、花火よりもその儚い微笑みの方が、眩しく見えた。

「やっぱり、凄ぇ、キレイ…だと、思う。」
「そう、ですね…それは、何の話ですか?」

「今まさに、俺が見ているもの全て…かな?」
「全く同意見。ずっと、見ていたい…かも?」

あと、もう少しだけ。
花が開いている間だけは…と、内に秘したものを、はらり、はらり…花弁と共に零してゆく。
熱を帯びた相手の視線が、花火越しに自分を見つめていることを、密かに察知しながら、
ひとつ、ひとつ…慎重に言葉を紡ぎ、お互いの心もお互いを望んでいることを伝え合う。

「じわじわじりじりした、まどろっこしさ…」
「まさに、線香花火…俺達にお似合いです。」

「そういう性分だから…しょうがねぇよな。」
「これが楽しいんですから…仕方ないです。」


最後の1本ずつに火を点すと、赤葦は意を決して息をゴクリと飲み込み、
黒尾に渡した方の花火に、自分の花火をギリギリまで近付けてから、囁くように問い掛けた。

「もうすぐ、夏が…終わってしまいますね。」

この花火が散ってしまったら、俺達の夏は…ひと夏のアバンチュ~ル☆も、終わりですよね。
ごく短い時間でも、こうしてゆっくり二人で花火を愉しめた…俺にとっては、長い祭でした。

「俺はこの夏を…一生忘れません。」

人生は線香花火と同じ…実にあっけないもの。特に、若さに溢れた時は、あっという間です。
でも、永遠に続く線香花火なんて、素気ない…短いからこそ、花が盛る時の美しさは格別で、
刹那に儚い命を燃やしているのに、その間は時が止まったような、万代(とこしえ)が見える。
そんな線香花火の両面性に、俺は奥深い魅力を感じ…いつしかハマってしまったんです。

   まだ、線香花火を…終えたくない。
   このままじゃ、まだ…この夏を終われない。
   たとえ仮初めの蜃気楼でもいいから、まだ…

「散り逝く夏を、逃していいのでしょうか?」


臆したままで、終えたくない。
そんな想いを代弁するかのように、近付いた二つの火球が一つに合わさり…ぽとり。
だが黒尾は、 長くも短い祭の終わりを告げるように、イヤイヤと鳴く火球にそっと砂をかけ、
名残惜しそうに火を揺らめかせ続けるロウソクにも、同じように砂で静寂をもたらした。

   (それが、黒尾さんの、答え…か。)

熱を失った夏の残り滓を握り締め、砂の上に水球を落としてしまわぬよう、歯を喰いしばる。
すると、力を入れ過ぎて冷たくなった手に、場違いな程に冷え切った黒尾の手が触れ、
驚いて開いた赤葦の掌から、散り終えた花火を取り、火種のロウソクと一緒にバケツに沈め…
片手で終わった夏の入ったバケツを持ち、もう片方の手で赤葦の手を掴み、引き上げた。

「俺としては…始まってすらねぇんだがな。」


「それは、何の話…ですか?」
「さぁて、何だろうなぁ…?」

今日何度目かのやりとりで交わし…躱した?黒尾は、冷たい手で赤葦の手を掴んだまま、
皆が残した花火やロウソク等のゴミ拾いをすべく、海岸をゆっくり歩き始めた。

「悪ぃ。お前が拾って…入れてくれないか?」
「えぇ、喜んで。黒尾さんは、持ったまま…」

「それは、バケツを?それとも…」
「っ!?つっ、繋いだまま…で。」

目的語を明示せずに、赤葦はそれに相応しい動詞だけを、小声で修正した。
黒尾は返事の代わりに、掴んでいたものを一瞬だけ離し、修正に相応しい形に繋ぎ直した。


赤葦が求めれば、こうしていつでも黒尾は返してくれる。
大抵それは、赤葦が求めたよりもずっと…期待以上のものを惜しみなく与えてくれるのだ。
だからこそ、こんな風に優しくされると、いくら慎重かつ懐疑派の赤葦であったとしても、
「もっと…」と、更なる繋がりを期待してしまう気持ちを、抑え切れなくなってしまう。

   (期待しても、いい…ですか?)

猫&梟達のヒソヒソ話。今までの会話や先週の買い出し。そして、さっきのお風呂でのこと。
極めつけは、夏は終わっていない…始まってすらいないという、『今後』を予感させる言葉。
花火越しにこちらを見つめていた瞳も、二人が同じ想いを抱いていると…いるはずだと…

   (でも、だから、余計に…わからない。)

俺にくれる言葉や仕種は、優しい温もりに包まれているというのに、
俺の手を包む手が、こんなにも冷たいのは…どうしてなんだろう。

   (貴方の腹…胸の中は、一体どっちですか?)


「俺、待ってても…いいんですよね?」

俺にしては、最大限…
勇気を振り絞り、核心に迫る質問をしてみた。
返って来たのは、やはり読めない答えだった。

「待ってるのは、俺の方…なんだよ。」


   それは一体、何の話ですか?
   俺はもう一度、この言葉を言えなかった。


*****



月のない暗い砂浜を抜け、合宿所の裏側へ。
ずっと手は繋いだままだったけれど、沈黙以上に重い何かに引き摺られ、足も思考も…鈍い。
それどころか、冷えた手が胸の内に重なり続ける想いを圧迫し、更に重みを増していく。

お互いの想いはしっかり向き合っているとわかっているのに、あと一歩…近付けない。
ギリギリで踏み止まり、繋がれない苦しさに、身も心も押し潰され、切り裂かれそうだった。

   (繋がれないというのは、これほどにも…っ)
   (多分これが、『切ない』ってやつ…だな。)

残りわずかな二人きりの時間…この夏のアバンチュ~ル☆のラストが、これなのか。
近付いたはずなのに、また遠くなる。まるで、寄せては返す波みたいだ。
しかし、その穏やかなはずのさざなみが、二人の間に寂寞とした風を滞らせ、
海に入ってもいないのに、溺れてしまいそうな息苦しさを呼び起こしていた。


ともかく、今は一秒でも早く、この苦しい場から抜け出したかった。
どちらからともなく歩く速度を徐々に上げ、合宿所裏手にあるゴミ置き場へ進んで行った。

   (二人きりが、今は凄ぇツラいから…)
   (二人きりにならない場所へ、早く…)

だが、足早に向かった先は、自分達とは別の『二人きり』が占拠していた。
本能的に『マズい!』と察した黒尾と赤葦は、互いに手を引き合って木陰に身を隠した。


   (あれは、月島君と、山口君…?)
   (こんなとこで、何して…っ!!)

何、というほどものでは…ない。
ただ単に、植栽の花壇に並んで腰を預け、お喋りすることもなく、夕涼み?しているだけ。
月だって出ていないし、星もそんなに見えるわけでもない。虫の声も、夜風の音もない。

のんびり、ぼぅ~っと、夜空に視線を漂わせ…並んで座っているだけ。
それなのに、二人の間には温かい何かが溢れ、穏やかな空気感をほんわり醸していた。

見ているこちらまでほだされ、肩の力が抜けてくるような…ゆったりした微睡みの時間。
その緊張感の欠片もない姿に、温度もわからないほど力一杯繋いでいた手がようやく緩み、
月島達の気の抜けた欠伸につられるように、胸につかえていた息の塊が、ふうっと出てきた。


   …さてと。そろそろ、寝よっか。
   月から?山から?いや…同時だったか。
   んんん~っと立ち上がり、夜空に…のび~
   首と肩をコキコキっと回し、土を払って。

   まずは一歩前へ、次のもう一歩…その前に。
   足を運ぶような、ごく自然な流れで…キス。
   そして何事もなかったように、歩き去った。


   (いっ、今のって…えぇっ!?)
   (何だよ、そのキスは…っ!?)

歩くように。呼吸をするように。
そうするのが当然…『日常動作』や『生活』の一部みたいにキスを交わした、月島と山口。

親子や親族で贈り合う親愛のものとも違うし、恋人同士の挨拶というほどのものでもない。
もちろん、愛を語り合う行為の一部のような、情欲をかきたてる深い絡みなんてないし、
ましてや、αΩがつがい合う時に必要な工程…結合を促すための濃厚さとも、縁遠いキスだ。

   (普通なのに、何か凄く…)
   (特別な、キス…だよな。)

欲深さも色濃さもない、初めて目にした『確定したつがい』風の…信頼?安心?のキスに、
黒尾と赤葦は脳天から貫かれたような大きな衝撃に打たれ、全身から発熱するのを感じた。

   ((あ、熱…っ!!?))

梟谷合宿所で、『イチゴのお部屋』から怪奇現象…『最中』の振動が伝わってきた時よりも、
また、風呂場で滝に紛れながら、『一緒に賢者修行』している生々しい音を聞いた時よりも、
今の『なんでもない普通かつ特別なキス』に、二人のナカは強く激しく揺さぶられた。

   (何かが、開いて…いく?)
   (閉じて嵌る、音が…っ!)


火傷しそうなぐらい熱く拍動する手を、二人は無意識の内に離し、
何も写さない瞳で相手を見つめながら、その手を互いの頬へ沿わせた。
繋いでいた時とは真逆の、焼けるように滾る指先で、目的の『位置』をゆるりと辿ってから、
赤葦は瞼を下ろし…指先で確認した温かくて柔らかいものが、自分の所に来るのを待った。

   (おれも、あなたと………っ!!!???)

唇に降りてきたのは、確認したはずの温かくて柔らかいものとは、全く違う感触だった。
ここに来る間に繋いでいた手よりも、もっともっと冷たくて固い…何か。

予想だにしなかった感覚に驚いた赤葦は、止めていた息を胸の奥深くまで吸い込んだ。
すると、唇に触れたものの冷気が、そのまま体の隅々に浸透し…全身から熱が消え失せた。

重い重い瞼をそっと開くと、固く固く瞼を閉じ、痛切な表情で唇を噛み締める黒尾の顔。
そして、 唇に当てられた銀色の冷たい筒…黒尾が赤葦に贈った、ペアのホイッスルが見えた。


「そんなに、俺とのキスが…イヤ、ですか…」
「っ!?ち、違…っ、そうじゃ、ねぇ…っ!」


溢れ出た一滴の涙だけを、砂の上に残し、
赤葦は黒尾に背を向け、海岸へと走り去った。




- ⑪へGO! -




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※BGM →椎名林檎『長く短い夜』


小悪魔なきみに恋をする7題
『05.(霧散した愛のことば)』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。



2020/09/08

 

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