恋慕夢中⑧







ビーチの片付けを終え、更衣室兼浴場に戻ってくると、予想だにしない空気に包まれていた。
まるで滝行の如く湯に打たれながら、まさかまさかのイイ子で社会科のお勉強中…っ!!?

困惑と驚愕をはるかに超越する感激で、黒尾と赤葦は潤み緩む目元&口元を抑えつつ、
イイ子達の邪魔をしないよう、音を殺し忍び足で一番奥の自分達のブースへ向かったが、
そこは何故か両方共『使用中』のランプが点灯し、空いていたのは入口脇の1つだけだった。

顔を見合わせ首を傾げつつ、空いた前室を覗き込んでみると、二人分の荷物が置いてあった。
ブースと参加者の数は、ピッタリ同じだったはずなのに…あ、そうかっ!!

   (月山組…入れてませんでしたよ!)
   (急遽参加決定…悪ぃことしたな。)


合宿のしおりを作っていた時点では、月山組の参加は決まっていなかった。
というよりも、集合場所に二人が居たことで、参加を初めて知った…引率組だけが。

まぁ、今更二人増えたぐらいでは、手間や苦労は大して増えはしない(元々が多すぎる)し、
物珍しいオモチャが増えてくれた方が、むしろ助かる…現に、めちゃくちゃ助かっている。

   (マジでサンキュー!グッジョブ月山組っ!)
   (このまま、どんどんイっちゃって下さい!)

とりあえず空いたブースに入り、『お勉強』が終わるのを大人しく静かに待っておこう。
やや窮屈だが、半畳程の前室で向かい合わせに立ったまま、興味深いデッキーの話を傾聴。
だが、話はどんどん↓の方へ向かって行き…最後の『思考実験』にイき着いた頃になって、
『大人しく静かに待って』おくという選択が、とんでもないミスだったことに気が付いた。

   (バスの中と、同じルートだったのに…っ)
   (流れは予想できたのに…大失態だっ!!)


豪雨の後の滝のように、轟音を響かせるシャワー(こりこりマッサージモード)の音に紛れ、
黒尾と赤葦はカーテンを開け、奥のシャワーブースへ慌てて移動した。

そう長いこと待たずとも、『修行』が終わった者から順次、ここから出て行くはずだ。
その際には、必ず全員が(ちょっぴり羞恥で染まった顔で)この入口脇のブース前を通って行く。
もしあのまま前室に居れば、首上(と膝下)が開いた扉越しに、修行僧達に見られてしまう…

   (ふたりで一緒に、お風呂に入ってると…)
   (このタイミングでバレるのは…マズいっ)

それはもう、『賢者』になるための『修行』を終えてきたとはとても思えない程に、
自分達の照れ臭さを誤魔化すため、これ幸いにと俺達『生贄』をイジり倒しにくるはずだ。

普段であれば、ブースの前をイソイソと出て行く面々を、コッチからニヤニヤ眺めてやって、
先にアッチの方に羞恥心を感じさせるという、『先制攻撃』をしかけてやるのだが、
コッチは未だ修行『直前』という状態…分が悪すぎるし、扉を開けられたらアウトだ。

   (取り得る手段は…)
   (これしか…ない。)


ひとり、また…ひとり。
賢者達が悟りを開き、ここから全員が去って行くまで、ひたすら息を殺して待つのみっ!!

スッキリした後は、晩御飯まで自由行動。その間、ホールでおやつタイムになるだろう。
(テーブルの上には、香ばしい匂いを放つ…炙りたてのイカがくるりん♪と並んでいる。)
「肴は炙ったイカでイイ♪」と大合唱している中、俺達は何でもない風を装って戻る作戦だ。

言い訳としては…そうだな。
どちらかは『度を越してトロイ遅漏』で、もう一方は…『腹を下してトイレ籠城』あたりか。
一緒に風呂に入った破廉恥引率組だと、再来年まで延々とネタにされまくるぐらいなら、
ついさっきまで別行動だったと言い張り、再来週までのライトめなネタで…覆い隠すべしっ!

   (『枯れた不感症』と、『下痢ピー野郎』…)
   (どっちを演じるか…じゃんけんぽんっ!!)


勝ったのは、赤葦。
声を出さずに思いっきりガッツポーズしたものの、どっちがマシなのかはビミョ~なライン…
というよりも、先に選ぶ方が実は恥かしいんじゃないかと思い当り、黒尾に先攻を譲った。

   (俺は後攻…残った方を致し方なく。)
   (そうきたか…じゃ、お前は後孔な。)

   (!?俺が『後ろ』を選んだような言い方…)
   (俺の脳は『こうこう』を…そう変換した。)

   (ホントに、ズルい人ですね!この…腹黒!)
   (わっ、バカっ、触んなっ!声が…んっっ!)

脇腹黒へのツンツン攻撃と、漏れ出す声を抑えるべく、黒尾は咄嗟に片腕で赤葦を抱き込み、
もう片方の手でシャワーのレバーを倒し、水音で全ての音を掻き消そうとした。

だが、シャワーはお湯モードではなく冷水…予想外の冷たさに、ビクリと全身が跳ね上がり、
喉から飛び出そうになった「冷っ!!?」の声を封じ、冷水から赤葦を守るため、
黒尾は赤葦をすっぽりと自分の身体で覆うように、更に強く抱き込んだ。


   (悪ぃ…驚かせちまったな。)
   (いえ、元はと言えば俺が…)

ごめんなさいと謝りながら、黒尾さんの胸元から腕だけを引き抜き、背中側へ伸ばす。
黒尾さんの腰の真後ろ付近にあったレバーを、手さぐりでお湯モードに切り替えてから、
その腕のやり場に困ってしまい…濡れて張り付く上着の裾を、指先でちょこっと引っ張った。

   (この水着…少しキツかったですか?)
   (水着はキツくなきゃ…危ねぇだろ。)

それはまぁ、そうなんだけど…


俺が選んだ黒尾さんの水着は、水着と言うよりも本気の『サイクルジャージ』だった。
赤を基調としたピッタピタの上着は、喉元から黒いチャックが臍まで一直線…袖と脇も黒。
下の方は、黒のピッチピチなスパッツ(しかも足首まである)の横に、赤いラインが入っている。

上下が繋がっていればサーファーだし、明るい色ならライフガードか水泳教室の先生。
案の定、露出の極めて少ない水着に『チャリダー★黒尾』と、不評を買ってしまった。

   あの水着じゃあ、黒尾のイイトコが…
  『イイカラダ』が、全然見えねぇだろ!
   赤葦に選ばせたのは、痛恨のミスだ…っ

…と、俺の壊滅的なセンス(と色気)のなさを、先輩方は散々なじった挙句、
わざと俺に聞こえるように、円陣を組んでヒソヒソ…バスで学んだことを復習し始めた。

「『首』から先以外は、全部『隠すべき場所』ってことだよな?」
「顔と手足を除けば、黒尾のカラダの大部分が『絶対領域』ってことになるのか…っ!」
「確か、隠すことが逆に、強烈なアピールになる…妄想ヤりたい放題なんだろ?」
「つまり、黒尾は全身性感帯もしくは…全身生殖器ってことかっ!!!」
「その真偽はともかく、少なくともその水着を選んだ奴は、そう思ってるってこと…だな。」

   そんなわけ、ないでしょ。
   ただ単に、それが一番似合うと思ったから…
   日焼けする面積は、少ない方がいいですし。

ヒソヒソ話には、脳内だけで淡々とツッコミを入れ、『センス皆無』を甘んじて受け入れた。
(さすがの俺も、そこは否定する根拠も反論する図々しさも、持ち合わせていない。)

だが今は、俺は声を大にして宣言できる。
俺の選択は(結果的に)ミスではない!この水着を選んだ先週の俺…天才だろっ!!!と。

   (これは、隠すべき…見せなくて大正解っ!)


黒尾さんは今日、水着になってから一度も海へ入らなかった。
砂浜のお片付け等の際に、足首ぐらいまでは波に洗われていたかもしれないけれど、
『水着全体が濡れた』のは、このシャワーが初めて…

   水に濡れ、くっきりと浮かび上がる…姿態。
   隠しているのに、隠しようもない…肉体美。

乾いていると全くわからないのに、水に濡れるとわずかな光沢が淡い輝きを放ち、
くっきりとカラダのラインを…筋肉の形を浮かび上がらせてくるのだ。

   (どおりで、これが『イチオシ』なわけだ。)


全身の大部分を晒してしまう露出度の高さや、錯視を引き起こす色やデザインでもないのに、
水着屋の店員さんが「コレが断トツにエロ…お連れ様の魅力を最も惹き立てますっ!」とか、
全会一致かつ全力で「コレを着こなせるのはカレしかいませんよ♪」と推してくれたイミが、
濡れて初めてわかった…「俺も全身全霊で完全同意ですっ!!」と、叫び出しそうだ。

店員さん達の慧眼に敬服すると同時に、それを見抜くにあたって必要だったはずのプロセス…
黒尾さんをじっくり『観察』したことに、少々その…何と言うか…ふっ、不敬であるぞっ!
俺の『お連れ様』は、エロ…とかじゃなくて、強いて言うなら、えーっと…おそらく…っ

   (セクシー…ですからっ!!)

もうホント、カラカラ浴場の大ホールに飾ってもいいぐらいの、彫刻級の肉体美!
気高く気品に溢れるのに、それでいて、身を寄せたくなるような、安堵を覚える色気を纏う。
この人になら…このカラダになら、自分の身も心も全部預けていいと思えるような…

   (この人になら、俺の全てを、ゆだねても…)


黒尾さんのカラダから立ち上る『何か』に惹き寄せられるように、背中に両腕を伸ばす。
胸に頬をピッタリとくっつけ、『何か』をもっと取り込もうと、大きく深呼吸を繰り返すと、
その『何か』がカラダの隅々に行き渡った満足感に浸り、全身が弛緩していく反面、
もっともっと充たされたいという欲望が、俺の知らない俺のどこかから、滲み出してきた。

   (もっと、黒尾さんを…俺の、中へ…)

おぼろげなのに非常に強力で、抵抗する隙などまるでない『意志』に導かれるように、
黒尾さんの背中に伸ばした手を、浮き上がる肩甲骨に這わせながら、撫で下ろしていく。

濡れた水着は、とにかく…滑らない。
そのせいで、余計に力を込めて、しっかりとした意志を持って黒尾さんに触れているようで、
「何となく手がそこに…」とか、「気が付いたらそこを…」という、言い訳の余地はなく、
自分の行動が、自分の意志…欲望を、隠しようもなくストレートに表してしまっていた。

   (とにかく、そこに触りたい。触って…)


ぽたり…と、睫毛を雫が揺らす。
瞬きして瞼を上げる動きに合わせ、顔も少しだけ上げると、雫の『元』が見えた。
真上から降り注ぐシャワーが、直接俺に当たらないようにと、間近に傾ぐ黒尾さんの頭。
額に垂れ下がる長めの前髪を伝って、毛先からぽたり、またぽたり…俺へ落ちてくる。

黒尾さんはというと、俺の方をじっと見下ろしているようで、どこも見ていない…
自分の髪から俺の頬に落ちる雫にも、なぜだか全く気付いていないみたいだった。
何かを堪えている?それとも、深い思索に嵌っている?古代の彫刻みたいな、『無』の境地…

   (黒尾さんは、どこへ…?)

俺のよく知っている黒尾さんが居る場所に、俺の全く知らない黒尾さんが居る…
何かが根本的に違うと感じつつも、これこそ俺が求める黒尾さんだと、本能で察していた。

   (俺の…俺だけの、黒尾さんを…)


背中を擦り続けていた手を、脇腹から前へ。
赤と黒の境目を下から上へと辿り、両手で頬に触れ…濡れた髪を掻き上げる。
見慣れないオールバックだと、狡猾さで隠し続けている聡明さが、額と共に露わになり、
黒尾さんの『本性』に近付けた気がしてきて…何だか無性に嬉しくなってきた。

   (もっと、俺に…みせて?)

ねがうように、ねだるように。
親指で眉をなぞり、雫を丁寧に掬い取ると、ようやく黒尾さんと視線が合った…その瞬間。
視線と同時に、俺の中の『何か』が、黒尾さんから伝い落ちてくる『何か』と嵌り合い、
隙間なく嵌ったはずなのに、どこかの扉が大きく開かれた感覚に、吸い込まれていた。


*****



   (お前のは、濡れると重く…キツそうだな?)
   (キツくならないうちに…軽くして下さい。)

本当は羽衣のように軽く、太陽の光を外へ弾き返していた赤葦の水着…白いパーカーは、
水に濡れるとその反射機能を失い、今度は内側の光を透過…肌の色を映し始めていた。

濡れれば濡れるほど、重みよりも艶を増していくように見える、不思議なパーカー。
少しでもそれを和らげようと、黒尾はフードを軽く絞ってみるが、まるで意味がない。
キツく絞ったら軽くなるかもしれないが、赤葦が求めているのは、それじゃない…

   (キツいのならば…)
   (開けて、広げて…)


二人に『大正解』を教えるかのように、賢者達の立てる滝行と足音が徐々に遠ざかり、
唯一残った一番遠い滝音が、二人を煽り立てるべく、耳に覚えのある水音を響かせていた。

   (こんなこと、つい最近も…ありましたね。)
   (梟谷の、蜃気楼の中…『怪奇現象』だな。)

隣の『イチゴの部屋』から聞こえてきたのと、同じ速度とリズムに突き動かされるように、
自分の意志よりも、『外』の『何か』に流されて、『内』の『何か』も揺れ動きはじめる。
この夏は、こんなことばっかり立て続けに…募らせた『意思』を、暴かれていく運命なのか。

だったら、もう…


   (どうせこの後…だから、ね?)
   (いっそこのまま…だよ、な?)

確認を取り合うかのように、濡れそぼる髪を互いに整え、額をしっとり触れ合わせる。
そして、互いの喉元に指を挿し込み、同じ速度で上着のチャックを下へ降ろしていく。

   水音に混じるように、ゆっくり…ゆっくり。
   少しずつ見えてくる肌を、隙間から眺めて。
   そこから立ち昇る『何か』に、溶かされる…


「そっちはもっと…物凄くキツそうですね?」
「こっちもお前が、脱がせてくれる…だろ?」

『内』から、『外』へ。
シャワーでは誤魔化すことができなかった、解放を望む『欲』が濡らす…下の水着。
上着が開かれたせいで、下の隙間を何とか押し広げようとしている『キツそう』な姿が見え、
二人は無意識のうちに音を立てて喉を鳴らし、唾を飲み込んでいた。

「ヤらしい…音、だよな。」
「そっちの…声も、です。」

今までは滝音に隠れるよう、小声で囁き合っていたのに、
いつの間にか自分達以外の気配と、真上以外の滝が途絶え、二人の音だけが響いていた。

もう誰も居ないのなら、音も声も消す必要はないかもしれないけれど、
『外』から聞こえていたあられもない音より、『内』から漏れ出る自分達の微かな音の方が、
より一層、羞恥心を煽り…黒尾は真上の滝を更に大きく開き、自分の口は小さく閉じ直した。


   (上からのお湯は…苦しくねぇか?)
   (苦しいのは、そっちじゃなくて…)

先を促すように、赤葦は黒尾の腰を擦るフリをしつつ、その手を下に滑らせた…が、
親指を腰部分に引っ掛けようにも、キツ過ぎて全く入らず、滑り落ちてもいかなかった。
流れに身を任せているうちに、いつの間にか脱げて…という策は、これでは使えない。

濡れそぼった水着は、「脱がせよう!」という強い意思がなければ、肌に直接触れられない…
最も裸に近いのに、最も裸にするのが難しいという、特別な衣装…それが、水着だ。

   (脱がせ甲斐のある…脱がせること自体が…)
   (水着の楽しみの…ひとつだったんですね…)

おそらくこの『水着の真理』は、古代人のものも全く同じだったことだろう。
どんなデザインであれ、濡れた水着…しかも自分が選んだものを脱がせる悦びは、普遍だ。

   (今から俺が、これを脱がせて…)
   (楽にして、差し上げますから…)


『キツそう』な部分に痛みを与えないように、細心の注意を払って手前側を引き開ける。
隙間を広げたのに、隙間を埋めて膨張し続け、「キツい!苦しい!」と声高に主張する…熱。
今度は思い切り水着を引っ張り、その隙間に片手を挿し込み、しっかりとそれを包み込む。

熱よりもずっと熱い掌に握られた衝撃で、滝を跳ね返すほど背を震わせながらも、
相手の熱をしっかりガードしたまま、もう片方の手で少しずつ水着をずらしていく。
そのまだるっこしさと強い摩擦が、『脱がし・脱がされる』感覚をこれ以上になく刺激し、
ようやく触れ合えた素肌の滑らかさと、重ね合った熱の拍動に、呼吸が止まった。

息を喉に詰めたまま腿上まで脱がし合うと、もう危険はない…と黒尾は熱から一度手を離し、
赤葦の両腕を自分の肩に置かせると、両手で赤葦の水着を真横に大きく開いた。

「片足ずつ上げて…」
「わかり、ました…」

自らすすんで協力して脱がされる行為に、赤葦の全身がほのかに赤く染まっていく。
水着を脱いで肌を晒したはずなのに、別の色を纏いはじめたようにも見えてきて…
眩暈さえ感じるその艶めかしい姿に、全てを脱がせ終わるまで、黒尾は呼吸を忘れていた。


「目を…瞑ってて下さい。」
「何とか…努力してみる。」

先に全裸になった赤葦は、黒尾にそう願ってみたものの、黒尾からの返事は芳しくない。
黒尾が目を閉じてくれるのを待つ前に、赤葦の方が目元にキュっと力を入れ、
瞼と同時に腰を下ろし…眼前に迫る熱に呼気を掠めつつ、長い水着を丁寧に脱がせていった。

「黒尾さん。片足ずつ、上げて下さ…」
「っ!?そんなとこで、喋るな…っ!」

目を閉じたまま声を当てた赤葦を、黒尾は慌てて引き上げ、動きを止めるべく抱き締めた。
だが、初めて全身に触れ合った素肌の感触に、呼吸よりも先に思考が完全停止してしまい…
『何か』に意志を支配された二人は、握り合った互いの熱を、夢中で動かし続けていた。


   (もっと、赤葦の、中まで…っ)
   (もっと中で、黒尾さんを…っ)




- ⑨へGO! -




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小悪魔なきみに恋をする7題
『04.(揺れてまた募る愛しさ)』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。



2020/08/23

 

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