恋慕夢中⑦







「さてみなさん、みたび目を閉じて。
   胸に手を当てて…想像してみませんか?」


海水浴と海遊びを終えた夕刻、潮が完全に引くのに合わせて撤収。
全員で更衣室へ戻りシャワーを浴び始めると、またしても木兎のムチャ振り発動…
シャワーヘッドを『打たせ湯』モードに切り替えて、身体をほぐしている間の暇つぶしに、
何かオモシロイ話してくれよ~♪と、溺愛してやまない愛弟子に再びオネダリした。

「デッキーの話、俺らもすっげぇ聞きたい!」
「物知りデッキー…歩く辞書だもんな~っ♪」

梟谷のパイセン方は、ウェ~イ♪と一斉に『デッキーコール』を開始。
それを止めたのは、ちょっと潤みの入った慌てふためく悲鳴…山口だった。

「ちょちょちょっと、まままって下さい!そのファンキーな『デッキー』って、まさか…っ」

「溺愛してやまない俺らの愛弟子ツッキー!」
「もしくは、ディクショナリー☆ツッキー!」
「デキるツッキー、略して…『デッキー』!」

くやしいけれど~お前に夢中っ♪と、梟達はデッキー!感激!とばかりに…ギャランドゥ。
意味不明だが、何だかキケンなカオリがする古代人の呪文に、猫&山口は絶句。
その混乱をものともせず、「どうも。御指名頂きましたギャランドゥ☆デッキーです。」と、
月島は妙に腰にクるイイ声で、バスの中で言ったのと同じセリフを浴場に響かせた。


「ここも立派に『バス』の中ですので、バスつながりの話をしましょう。」

海に至るバスの車内では、古代人ホモ・サピエンスと我々ホモ・オメガバースの違いから、
古代人の水着について、しっかり『胸に手をあてて』考えてみましたよね?

『アタリマエ』が変われば、常識や社会通念…衣装や生活習慣も全然違うものになる。
その際たる例が、バスつまり入浴に関するものかもしれません。
古代人の文明・ローマ帝国時代には、たくさんの大浴場が建設されていました。
中でも有名なのが、第22代皇帝がローマ市街南端に造営した『カラカラスパ(浴場)』です。



ローマ・カラカラ浴場 (クリックで拡大)


「それなら、歴史の授業で習ったぞ!」
「お湯た~っぷりなのに、カラッカラ~」

当時のお風呂は、『大』浴場…大人数が一気に入浴できる、公的な施設でした。
お風呂でカラダをサッパリ…公衆衛生の面だけでなく、アタマにもキく公立図書館も併設。
(正確には、公立図書館の付属建物として、浴場があったそうです。)

「スパはラテン語の『Salute Per Acqua』…水の力で治療する、という意味です。」
「風呂だけじゃなくて、アロマ、マッサージ、フィットネス、食事処、漫画喫茶、お昼寝…」
「いろんな『癒し』が集まった、総合レジャーランド…それが、スパだよな~」
「ってことはさ、スパって現代の『多目的室』の…みんなで使うでっかいバージョンか!」


大規模多目的室…まさに、それです。
ボディタイプ別(男女)にわけられていたとはいえ、複数人が裸を晒す『大』浴場のため、
ココロ(&カラダ)もスッキリ♪な大『欲情』のハッテンバとなっていた…自然の摂理ですね。

「待ってツッキー。古代人は、ボディタイプが同じ人…同性愛はタブーだったんでしょ?」
「いくら第『22』代皇帝が造ったやつでも、公営施設で『ニャンニャン』は…アウトだろ。」

そう…そこが、オモシロイ点なんです。
僕達のような、ボディタイプの別と恋愛が切り離されている、ホモ・オメガバースにとって、
たとえ入浴のためとはいえ、同じ男性型の複数人に対し自分の裸を堂々と晒すだなんて、
とんでもなく非常識な風習…公的乱交推奨施設としか思えないですよね。

しかしながら、古代人の中でも古い時代にあたるローマでは、
魅力的な人がいれば惹かれて当然!と、同性愛も自然な性行為だとみなされていたそうです。
それがタブーとなったのは、時代と共に常識が変わってしまったから…でしょうね。

「古代人の中の古代人の感覚は…むしろ俺達に近かったってことかっ!?」
「遠いホモ・サピエンスが、ホモ・オメガバースに近づいた…っ!!」


やるな…ニャンニャン猫皇帝っ!
ニャン達と浴場で聞いたこの話…さすがの俺もゼ~ッタイ忘れねぇ!テストに出ても大丈夫!

「学校の授業も、こんぐらいオモシロイことを自分で考えさせてくれたら…いいのにな~」
「デッキーは、歴史の先生か…博物館の学芸員さんとか、向いてそうだな!」

俺らの大先輩…ニャンニャン皇帝万歳!と、猫達も一緒になって大喜び。
カラカラは、皇帝が好んで着ていた衣装…フード付チュニックからとった愛称らしいけど、
そのフードには、もしかしたら猫耳が付いてたかも…いや、是非そうであって欲しいっ!!

   衝撃的なっ お前との出逢い~♪
   ギャランドゥ♪ ギャランドゥ~~~っ♪
   ひと夜限りの 恋でもイイ…わけない!
   ん~ギャランドゥっ! ギャランドゥっ♪

猫と梟は、今度は一緒になって髪を振り乱し、潤んだ瞳でギャランドゥ(改)を熱唱…
デッキーはその間隙を突き、「本題はここからです。」と、熟れた肌を叩いて注目を集めた。


「大浴場が大好きだった古代ローマの人々。でも、その後のヨーロッパの風呂と言えば…?」
「俺達と同じくシャワーがメインで、浴槽があっても基本は『おひとりさま』用…だよな?」
「バスタブに『ネコ足』が付いてんのは、ニャンニャン皇帝の末裔だから…だったりして?」



ネコ足バズタブ (クリックで拡大)


『ネコ足』の起源は、よくわかりませんけど…
問題なのは『大浴場が絶滅し、シャワー文化になった』ということです。
元々ヨーロッパの人々は『多目的よくじょう大好き♪』だったはずなのに…何故?

「せっかく俺らと、近付いたはずなのに…?」
「ホモ・サピエンスが、また遠くなった…?」
「遠くなったのに、結果的にまた近付いた?」

お風呂はカラダの清潔を保つために、なくてはならない『日常生活』の一部であり、
社会全体の視点でも、公衆衛生にとって必要不可欠…法律で銭湯の設置が定められる程です。
そんな『アタリマエ』で『なくてはならないもの』の習慣が、激変してしまった理由は、
そうせざるを得なかった…常識すら変えなければいけない事態が起こったから、なんです。

「世の中のアタリマエが、大きく変わっちゃうなんて…そうそうない話だよな。」
「それこそ、ホモ・サピエンスからホモ・オメガバースへ…絶滅レベルの緊急事態だろ。」
「先祖代々、長年続いてきた文化や風習が、あっという間に変わり、消えてしまう…」
「ってことは、歴史的な大事件…歴史で習ったことの中に、答えがあるんだな。」


まるでカラカラ浴場の図書館の如く、全員が静かに考察…遠くて近い古代に想いをはせる。
しばらくの間、浴場内には滝行のような静謐な空気と、水の爆ぜる音だけが響いていたが、
アタマとカラダが煮え切る前に、デッキーは「ヒントを差し上げます。」と口を開いた。

「中小の波や、似たような波は幾度となく打ち寄せてきましたが、
   最も破滅的な大波は、14世紀…中世ヨーロッパの頃です。」

この大事件により、多い所では人口の6割が死亡し、冗談抜きで存亡の危機に直面しました。
お先真っ黒な『危機の時代』にあっては、常識だの社会通念だのは何の役にも立たないため、
今までの生活習慣を続けられず、『新しい生活習慣』への変革を受け入れざるを得なかった。
それこそ、バスタブにまで『ネコ』を招きたいほどに…人類は追い詰められていました。

「世の中から大きなスパが消え、小さなバスタブにネコが必要になった…黒い危機とは?」


「スパが消えたのは、スパが…『水の力で治療する』ものじゃ、なくなったから。」
「ネコが招かれたのは、ネコの手も借りたかった…ネコが危機への対抗手段だったから。」
「不特定多数の人が利用する『水』と、ネコに弱い『鼠』を、できるだけ遠ざけるために…」

   水と鼠を媒介にして広がった、黒い危機。
   不特定多数と接触後の、経路不明の…死。

「黒死病…ペストのパンデミックかっ!?」
「感染症が、常識と生活様式を…変えた!」

目に見えないほどのごくごく微小な存在が、連綿と続く歴史や文化を粉々に打ち砕いていく…
導かれた答えはにわかには信じ難かったが、ただの妄想ではないと誰もが『痛感』していた。


「歴史…過去を学ぶことの大切さ。
   それは遠いホモ・サピエンスも、近いホモ・オメガバースも、全く一緒…ですよね。」

ヨーロッパとは遠く離れた日本では、中世にはペストの大流行はありませんでした。
そのため、ホモ・サピエンス絶滅直前まで、健康ランド的なスパもたくさんありましたし、
温泉では『大浴場』が基本…現代標準の『部屋風呂』は、例外(贅沢?)扱いだったそうです。

しかし、仮にペストとは別の『大波』に、古代の日本も飲み込まれてしまっていたら…
密着・蜜泡・満湯を避けられない温泉は、カラカラスパと同じ歴史を辿ったかもしれません。
現に、インカ帝国はスペインの侵略で…欧州人の持ち込んだ天然痘によって、壊滅しました。

「以上、デッキーによる歴史講座…社会科の宿題も、これで終了です。」


しん…と、静まり返る浴場。
現代標準の温泉・打たせ湯が瑞々しい肌を滑らかに叩く音の他には、重々しい呼吸の音だけ。

海の塩気は洗い流したはずなのに、何だかしょっぱい水気?空気?を感じはじめた時、
スパ本来の目的を取り戻すかのような、穏やかな声が聞こえてきた。


「…さて、バスで最後の『思考実験』です。」

僕達ホモ・オメガバースは、外見上のボディタイプに関わらず、魅力的な人には惹かれる…
自分のココロに正直な恋愛ができる分、ホモ・サピエンスよりもずっと『自由』です。

しかし、ホモ・サピエンスの古代ローマの人々ぐらい自由、というわけでもなく、
魅力あふれる人や好きでたまらない人には、抗いようもなく惹き付けられてしまうせいで、
街中に小さな『多目的室』が溢れる反面、不特定多数が肌を晒す『大浴場』はタブーに…
古代人達の『裸のお付き合い』というコミュニケーションは、夢のまた夢になりました。

共に汗を流した部活の仲間や同僚達と、合宿先や社内旅行の大浴場で胸襟を開き合い、
ビールをお酌するのとほぼ同じ感覚で、『お背中流しましょうか?』と労わり合う…
これは 至極面倒臭いパワハラ的風習なので、僕としては絶滅してくれて万々歳ですけど、
大浴場で長い長~~~い脚を、爪先まで思いきり伸ばすことだけは、ヤってみたかったです。

「裸で温泉にどっぷり…心底憧れますよね。」
「確かに!生まれたままの一糸纏わぬ姿で…」
「両手両足を広げて、大浴場でのび~~~っ」
「なんという贅沢…羨ましすぎるぞ古代人!」


まぁ、それはいいとして。
スパでも浴衣(よくい)着用がアタリマエ、親子(乳幼児)や二次性徴前の子ども同士を除けば、
『誰かと一緒にお風呂に入る』なんて、僕達にとっては破廉恥の極み…
『そういうカンケー』の人としか絶対にできない、性行為の一部に他なりませんよね。

「…では、ラストクエスチョンです。」

大勢と一緒に入浴可能なメンタルを持つ古代人の二人が、『ふたりっきり』で入浴する…
この場合の『ふたり』は、一体『どんなカンケー』だったと思いますか?
(ただし、親子や兄弟、二次性徴前の幼馴染等は除く。)


「両胸にしっかり手をあてて、フシギ発見…」
「うっっっひゃぁっ!!?」
「「「っ!!!????」」」


「ちょっ、ちょっとツッキー、どこ触って…」
「どこって、両胸にしっかり手を…」

「二次性徴後の幼馴染は、アウトでしょっ!」
「『ただし』は除外規定…だよね?」

「そんなヘリクツ、古代人も認めないよっ!」
「これは『ヒント』…それでも、ダメ?」

「イイっ…わけ、ないっ!別の、ヒントを…」
「それは却下。スーパーただし君…没収。」



粛々とした空気と心臓をぶち破った、背筋を駆け上がる甲高い嬌声に、全員が声を失った。
そして水の音に紛れて微かに聞こえてくる『ヒント』のヤリトリに、その声を飲み込み…
わかりきった答えを答えられないうちに、出題者側が勝手に答えを声にして出してしまった。

「ゃ…っ、古代人も、俺達も…変わんな…っ」
「ぅ…ん。僕も、そう思う…よっ」



『大正解の答え』等…モロモロの音をかき消すため、全員一斉にシャワーを全開にした。




*****




   (問いの、答えは…二人の、カンケーは…っ)
   (やむにやまれぬ事情…不可抗力、だろ…っ)




- ⑧へGO! -




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※くやしいけれど~ →西城秀樹『ギャランドゥ』
※デッキー!感激! →秀樹!感激!(秀樹氏の名言)


小悪魔なきみに恋をする7題
『04.近づいたはずが遠くなって』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。



2020/08/18

 

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