恋慕夢中⑥







「夏だぜ!」「Yeah~!」
「夏風っ!」「Fuuu~!」
「夏晴れ!」「Yeah~!」
「夏バテ?」「Booo↓↓」


ショーナン・コロニーの約半分…いや、大部分は、ビーチと海と、溢れる希望でできている。
かつてはヨコハマと地続きだったらしいが、今は海に浮かぶリゾート専用アイランドとして、
一年を通してアゲまくり…イイ風と青い空に、誰もが笑顔になるステキな場所となっていた。

ホモ・サピエンスの時代から、器用貧乏…いやいや、マルチな才能を発揮してきた木葉家は、
そこそこ波の立つプライベートビーチ含む、まあまあな敷地の中に、ほどほどの別荘を所有…
総合的に言えば、なかなか悪くない『アバンチュ~ル☆』感を、ムラムラ醸していた。

「ギラギラの太陽を、ワクワクの貸切…っ!」
「ココなら、何ヤってもいいんじゃねぇ!?」
「イてもタってもいられねぇ!イってもタちまくり…暴れまくってイイよなっ!?」
「めっちゃゴリゴリ!灼熱の夏ドリ~ム!アバンチュ~ル☆に向かって…走れっ!」


ビーチに到着した瞬間、真っ裸で走り出しそうになった面々を、黒赤引率コンビは押し留め…
と思いきや、誰よりも早く更衣室へ駆け込み、そこで『夏っ!!』を煽る曲を流した。

密だか蜜だかを防ぐためか、更衣室は一つ一つがパーテーションで細かく仕切られており、
首から膝辺りまでが隠れる(顔と膝下部分が見える)扉を開けた前室に、荷物置場兼更衣ブース。
奥のカーテンの先が、シャワーブース…合宿所の脱衣所&風呂場と、ほぼ同じ作りだった。

ジャージの下に水着を着て来ていた引率組は、左右一番奥のブースに荷物を投げ込むと、
遅れをとるものか!と我先に飛び込んで来る面々を横目に、ビーチへGO!!
ノリノリの曲に合わせて歌いながら、海へ飛び込む準備体操をし始めた。

「1曲分踊り…カラダを動かし終わったら、海に入ってもいいぞ~っ♪」
「俺達の許可なく海へ入ったら…そう言えば、晩御飯は何でしたっけ♪」

波打ち際を占拠し、言外に思いっきり『言うこと聞かない子は晩御飯ヌキ』と宣言。
絶対に引率組に従わなきゃいけないルールが、ビーチに出る前に成立…見事な手際である。


「くっそ~っ!小姑め…色気のねぇ水着も含めて、全っ然可愛くねぇぞコノヤローっ!」
「つーか赤葦お前…リズム感なさすぎだろっ!盆踊りにしか見えねぇ!ヘタクソーっ!」
「黒尾もせめて…ラップじゃないとこぐらい、音程合わせろ!音楽赤点なのバレバレ!」
「二人そろって、アバンチュ~ル☆が似合わなすぎ!無理すんな…笑わせんなよっ!!」

「やっ…やかましいっ!これが俺らの精一杯なんだよっ!マジで泣くぞ!」
「そういうコト言う人には…バナナボート貸してあげませんからねーっ!」

全員が着替えてビーチに出揃い、全員が最低1曲分準備体操を終えるまで…リピート3回。
1曲が7分15秒もあるため、最初から不慣れにアゲまくりだった黒尾と赤葦は、砂浜に撃沈。
両手両足を投げ出し、汗だくでゼェゼェ…その脇を仲間達は駆け抜け、海へ飛び込んだ。


「似合わねぇことは、するもんじゃねぇな…」
「もう、動けません…俺の夏は、終了です。」

ギラつく太陽が、目に沁みる…
まだ始まったばかりのアバンチュ~ル☆に、早くもバテかけていた二人は、
楽しそうに泳ぐ笑い声を尻目に、パラソルを立てたりバナナボートを膨らませたり、
フランクフルトを買いに行ったり…一度も海に入ることなく、ひたすら引率業務に勤しんだ。



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「なーなー!あかーしっ!磯遊びしようぜ!」
「何でそんなにタフなんですか。俺、足腰タたないんで…猿杙さん達とイって下さい。」

「ムチャ言うなよ!図鑑代わりのお前が来ねぇと、夏休みの宿題…えにっき描けねぇよ!」
「そこの鞄の中に、防水パッドが入ってますから、小見さんにヤってもらって下さい。」


準備体操の後、ひとしきり海水浴を楽しんでから、砂浜に上がって合宿の本題…ではなく、
ビーチバレーのチーム&部屋分けをするための組合せ抽選会こと、ビーチフラッグを敢行。
砂まみれになりながら足腰を鍛えつつ、成績順に『梟谷&音駒』というペアチームを作り、
合宿メイン『Ah!真夏のJamboree!灼熱激闘大会(B地区)』を開催…総合成績を決めた。

優勝チームから、今夜泊まる部屋と、今晩のディナーコースを選択できるシステムゆえか、
普段の合宿よりもはるかに熱が入る死力戦…ようやくそれを終え、現在スイカブレイク中だ。

「じゃあさ、黒尾が辞書ヤってくれよ!一緒にカニ捕まえにイこうぜ!」
「俺の鞄に、おやつのスルメがあるから…俺の代わりにソレ持って、カニ釣って来いよ。」

「スルメは俺が食う!って、何でビーちく大会出てねぇお前らが、そんなにヘバってんだ?」
「選手よりも、審判や運営スタッフの方がキツい…黒尾さんを働かせ過ぎです。」
「木兎、俺の分のスイカもやるから…もうちょい赤葦を休ませてやってくれよ。」


パラソルの下でスイカを頬張る面々の横で、ピクニックシートに大の字で寝転がる引率組。
二人共、そんなガッチガチにガードの固い水着なんて着てるから、余計にバテるんでしょ…
普段なら遠慮なくそうツッコミをした月島も、さすがに今日はそれを口からは出せなかった。

「ツッキーと山口は、別チーム…別々の部屋にはできねぇだろ。」と便宜を図ってくれたり、
「お二人の部屋は決まってるとのこと…自由参加でいいですよ。」と逃がしてくれたり、
僕達が猫梟の『悪ノリHeartbeat!』に巻き込まれないよう、引率組は気を配って下さった。
この僕ですら、毒ではなく『下さった。』と敬意を零してしまうほどの、気遣いっぷり…
山口なんて、率先してフランクフルトやスイカを配って回るぐらいの、惨状っぷりだった。

何が一番凄いって、このとんでもない業務量と気配りを、二人がこなしてしまえることだ。
暴発上等な猫梟御一行様の中で、ずば抜けて人間離れしているのが、実はこの二人なんじゃ…
ケタ違いのバイタリティと要領の良さ&忍耐強さに、僕は本能的に恐れ入ってしまい、
絶対に黒赤コンビには逆らわないようにしようと、もくもく積乱雲に固く誓ったところだ。

   (要領は良いけど…不器用で放っとけない。)


「あの、僕も磯観察…行ってもいいですか?」

僕の口から出てきた言葉に、僕が一番驚いた。
僕の次に驚いてキョトンとする黒赤組に、僕以上に驚いていたはずの山口がフォローした。

「ツッキーも『いきもの大好き♪』だから、図鑑代わりにはなる…と、思いますよ~!」
「さすが俺の愛弟子!んじゃ、あっちで一緒に『ふくろうえにっき』描こうぜ!!」

「月島君っ!木兎さんの宿題まで、手伝わなくてもいいんですからね?ご無理なさらず…っ」
「僕は僕の宿題…自由研究をするだけです。」

「えっと、その…よろしくお願い、します。」
「僕に期待しないで下さい。僕のしたいようにする…面倒を見る気はサラサラありません。」

赤葦さんみたいなことは、到底できません。
それをしっかり念押ししてから、僕は肩を組む木兎さんを半ば背負いながら、磯へ向かった。



*****



「す、すみません、山口君。月島君を、梟が掻っ攫ってしまって…」

せっかくアバンチュ~ル☆に来て頂いたのに、こっ、こここっ、恋人さんと、離れ離れに…っ
『欲望のまんま!』なウチの人達に捕まると、人格崩壊寸前まで遊びに付き合わされます。
特に月島君は、俺と違って木兎さん達にNO!を言えない、可愛いばっかりのイケニエ…

「ディナーの余興に…『ハッピーサマー☆ウェディング』を、一緒に踊らされる運命です。」
「えぇぇっ!?あ、あの、パラッパラパッパ♪なやつですかっ!?それ…見たいですっ!!」

「やめとけ山口。俺は一昨年ソレに巻き込まれたが…ツッキーの幻想が波間に消える。」
「さっきの準備体操『睡蓮花』でも、ツッキーの華々しさが…無惨に散っちゃいましたよ~」

だって、だって…っ!!
まさかあのスーパーかっこつけ万年反抗期ツンデレ慢性厨二病の、イケメン幼馴染の口から、
「濡れたまんまでイっちゃって~!!!」なんて絶叫が聴けた…既に人格消滅してますから!
これが、夏のアバンチュ~ル☆の魔力…猫梟さん達には、感謝しかありませんっ!!

「ノせられると弱い…ツッキーの調子乗りなトコを晒して下さり、ありがとうございます!」

「あ、いえ、それは、何といいますか…」
「よ、喜んでくれて、何より…なのか?」


山口から予想外の感謝を受けた赤葦と黒尾は、恋人の意外な一面(痴態)に大喜びする姿に、
若干ドン引きしつつ…そのタフなメンタル(海よりも深い愛情?)に、興味をそそられた。

梟達にもみくちゃにされながらも、一緒に磯に這いつくばって楽しそうに笑う姿を、
山口は遠く離れた砂浜から眺め、同じく楽しそうな表情で微笑んでいた。
黒尾達にとって、その山口の姿は新鮮…というよりも、簡単には理解できなかった。

「なぁ山口。お前は『ツッキーと一緒』に、遊ばなくても…いいのか?」
「こんなとこから眺めてないで…一緒について行けばよかったのでは?」

申し訳なさと好奇心が入り混じった顔で、引率組は山口に問い掛けた。
堂々とイチャラブを見せつけられるのも困るけど、このバラバラぶりはちょっと可哀想…と。

だが山口は、心配そうに見つめる黒赤組に、困ったような…しかし明るい表情で笑い返すと、
自分以外の誰かと夏を満喫している恋人をぼんやり見つめながら、二人の疑問に答えた。


「おっしゃる通り、俺も一緒に遊びたい…その気持ちにも、嘘はありません。
   でも、今日はこれで…別々で大正解だったなぁ~って思ってるのも、事実なんです。」

俺達は、思春期前…二次性徴が始まる前から、すっとずーーーっと一緒にいます。
方向性は違えど、二人共コミュ障気味なこともあり、至近距離のお互い以外は見てなかった…
『自分以外の誰か』といる相手を、離れた場所から見る機会が、ほとんどなかったんです。

「灯台下暗し…ツッキーがイケメンだと気付いたのも、15の夜でした。」
「思春期&二次性徴の到来と同時に…」
「恋心を自覚…幼馴染あるあるだな。」

そんなこんなで、ずっと俺に『ツッキーかっこいい!』姿ばかりを見せ続けておこうとして、
かなり背伸びしまくって…それがこじれて生意気なクチをきくようになったんでしょうね~
結局『残念なイケメン』に育っちゃったのは、俺もせいでもある(15%ぐらい?)…かな?

だけど、猫梟のお節介&お師匠さん達に、有無を言う間もなく可愛がられるようになって…
『マウントを取られる月島蛍』っていう激可愛い姿を、俺は見ることができましたっ!

「打てば鳴る。わっかりやすい反応を示す、ウチのツッキー…めっちゃ可愛いですよね!?」
「あーはいはい、それはもう…」
「あーだよな。それでいいや…」


離れていなきゃ、見えないこともある。
もちろん、近くにいなきゃ見えないことだってたくさんあるし、盲目になるべき時もある。
それでもやっぱり、二人の全体像を見据えるには、距離のある視点に立たなきゃダメです。

俺達はすっごいラッキーなことに、最初から近すぎる場所で、一緒が当たり前だったから、
この『視点切替』が、フツーとは逆だってことも、十分(イタいほど)自覚しています。
まずは離れた場所から相手を観察し、どうにかこうにかその距離を縮めていく努力をする。
それが恋愛の『王道』…通常ルートで、その道中に『好き』を高めていくんだろうな~って。

だから、俺達がスルーしてきた『どうにかこうにか』…恋愛の夏っぽいキツくアツいトコを、
こうやって少し離れた時ぐらいは、楽しむぐらいの心構えで、アツさをガマンするぞっ!

「って思ってても、やっぱり…
   夏の太陽にジリジリ…胸の奥が妬けまくっちゃってます。」

恋愛真っ只中…恋い焦がれている人達からぶん殴られそうなぐらい、贅沢なこと言ってるし、
こんなに恵まれてるのに、俺以外の誰かと楽しそうにしてるだけで、ホントに泣きそうだし。
自分の強欲さ…独占欲の強さに心底嫌気がさして、自己嫌悪にハマっていく一方で…

「この溢れ続けるヤキモチこそが、『好き』をヤ(められない)キモチの大きさ。
   俺がどれだけツッキーにハマってるのか、再確認できて…よかったなぁ~って。」


貴重な休憩時間だったのに、見苦しい…醜い嫉妬心を晒してしまい、ホントにごめんなさい!
んでもって、ここで謝るついでに、図々しくお二人に『お願い』しちゃいますけど、
ツッキーは『適度に』可愛がって…俺がヤキモチで妬け死なない程度でお節介焼いて下さい!
もっと言っちゃえば、他人に世話を焼く暇があったら、じわじわイカを炙るか、もしくは…

「ご自分の奥を、恋焦がして…夏のアバンチュ~ル☆を、楽しんでみては…うわぁっ!?」


「よく言った、山口。」
「お前、凄ぇ…可愛いなっ!!」
「俺らが猫可愛がりしてやる…こっち来い!」
「アッチも同じだけ…妬かせてやろうぜっ!」

すぐ傍のパラソルの下で、の〜んびりお昼寝をしていたはずの猫達だったが、
どうやら三人の話を聞いていたらしく…一斉に山口に飛びつくと、どこかへ抱えて行った。


「えっ!?やっ、山口君…っ!!!?」
「気に入られちまった…みてぇだな。」

一瞬で『お気に入り』を拉致った猫達に、赤葦が唖然としている横で、黒尾は大あくび。
放っといても、山口は可愛がられるだけ…安心していいぞ~と笑い、ゴロリと寝転がった。
その言葉通り、猫達と山口は木陰でゴソゴソ…仲良く砂遊びを始めたようだった。

「作品を見に来い!って言うまで、遊ばせとけば大丈夫…それまで、赤葦も寝るといいぜ。」
「そうですね。ウチも似たりよったり…わずかな時間ですが、体力回復に努めましょうか。」

赤葦も大あくびしながら、黒尾の隣に並ぶように、ゆっくり背中を倒していると、
抱き枕にしていた浮き輪を、黒尾は二人の頭の下にそっと差し込んで『半分こ枕』にし、
バスタオルを半分ずつお腹に掛け、日除けにフェイスタオルも半分ずつ顔に被せ目を閉じた。



*******************




   (夏の、アバンチュ〜ル☆…か。)
   (このままで、いいわけ…ない。)

アチコチから響いてくる、楽しそうなバカンスの音に、何だか急かされて…落ち着かない。
生あくびは止まらないけど、眠気なんてちっとも来ないし、別の何かまで起きそうな予感も…

夏の夕方に湧き上がる雲のように、自分の中でモワモワと揺れ動く何かを振り払うべく、
二人は同時に何かを言いかけ…同時にそれを譲り合い、年長者の黒尾が先に口を開いた。


「あっ、あのさ、赤葦…」
「はいっ、何でしょう…」

ここまで手伝って貰っといて、今更こう言うのはアレだが…
せっかく夏、せっかくの海。合宿なんて名ばかりの、紛うことなきバカンスなんだ。
引率業務をサボったって、実は大して問題にならねぇ…俺達だって、遊んでもいいんだよ。

だから、仲良し梟達と飛び回りたくなったり、もしもジリジリと胸を焦がす誰かがいるなら…
赤葦も『欲望のまんま!』に、思いっきり夏を楽しんでくれば、いいんだからな?

「ここから遠くを眺めてヤキモキするより、そいつと距離を縮めて…ドギマギして来いよ?」

   腹黒に捕まり、手遅れになっちまう前…
   欲望に跡形もなく焼き尽くされる前に、
   自分の『キモチ』を、大事にするんだ。


「その言葉、イカにのしつけてお返し…モチヤク誰かがいるなら、行ってらっしゃいませ。」

せっかくの夏、せっかくの海。やっと訪れた、唯一のバカンス…束の間の休息なんです。
どこで誰と、何して過ごすかぐらい…お節介焼かれなくとも、俺自身の意思で決めますから。

黒尾さんと遊びたがってる…アバンチュ〜ル☆したいと思ってる人は、たくさんいますよ?
もっとしっかり周りを見て、あなたに焦がれている誰かの視線を、探してみてはどうですか?

   狡猾な罠に嵌り、手を出してしまう前…
   一生消えない焼跡を残されるより前に、
   自分の『キモチ』を守るため…逃げて。


大あくびの中に僅かな『キモチ』のカケラを混ぜ込み、夏空へ向けて小さく溢す。
それをごく近くに感じるのに、まだはっきり掴めない遠くにある…まるで、蜃気楼みたいだ。

   (ヤキモチじゃない、ジリジリ音が…)
   (聴こえて来るような、気がします…)


自分で促すようなことをアレコレ言っておきながら、何だこの積乱雲みたいな…モヤモヤ感?
きっとこれは、隣の大あくびで上下するフェイスタオルが、ソワソワと唇を撫でるせい…だ。
それか、呼吸を落ち着かせようと上下を繰り返すバスタオルが、胸をサワサワと擽るから…?

言葉では上手く言い表せない何かの熱に、ジワジワと焦されるような感覚に陥った二人は、
不意に触れ合った指先に、声も出せずに飛び起き…取り繕うように別荘へ駆け出していた。


「あ、あいつらの、おやつ?さかな?用に…」
「い、イカでも、炙りに…イきましょうか!」




- ⑦へGO! -




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※準備体操 →湘南乃風『睡蓮花』
※『ハッピーサマー☆ウェディング』 →モー娘。


小悪魔なきみに恋をする7題
『03.(溢れ続ける嫉妬心)』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。



2020/08/13

 

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