恋慕夢中⑤







「みなさん、目を閉じて。
   胸に手を当てて…想像してみて下さい。」

   青い海、青い空、照りつける太陽。
   でも、それ以上に輝く…君の笑顔。

   少し恥ずかしそうに俯きながら、
   君は視線で「似合う…かな?」と僕に問う。
   でも僕は、君の全てが眩しすぎて…
   咄嗟に目を逸らしてしまったんだ。


「さて問題です。『古代人の君』は…どんな水着を着ていたでしょうか?」


梟谷&音駒(+オマケ)の、合同夏合宿。
シンジュク・コロニーに集合し、木葉家がチャーターしたバスに乗り込んだ皆様方は、
ショーナン・コロニーに向かう地下高速道路の道中、延々と続くトンネルに飽きてしまい…

「愛弟子っ!なんかオモシロイ話をしろっ!」と、木兎さんのムチャ振りの直撃を受け、
俺は条件反射で「すみません!ツッキー寝ちゃいました!」と、寝た振りで返そうとしたら、
予想外の所から…真横のツッキーからストップがかかり、胃の中からビックリ声を上げた。

パっと見はいつも通りの嫌そうな顔だけど、俺から見ると、明らかに…御機嫌モードっ!?
「僕に頂にイく快感を伝授して下さった、敬愛してやまない師匠の御指名を受け…」云々と、
万雷の拍手を一身に浴びながら、意気揚々と立ち上がり、瞳を閉じてトリップを開始した。


「古代人の…君?ツッキー、どういうこと?」
「現代じゃなくて、前の文明…ホモ・サピエンスのアバンチュ~ル☆ってことか?」
「それは、思考実験として…面白いかもしれません。ぜひやってみて下さいませ。」

どうせ『GO TO』するなら、トラブルからも自粛ナンタラからも程遠い場所へ…
ウィルスもついて来れない妄想の世界へトラベルしようという、ツッキーからの御提案に、
一番前の席で書類仕事を続けていた引率こと、黒尾さんと赤葦さんが即時賛同してくれた。
大騒ぎして仕事の邪魔をされるぐらいなら、皆で大人しく妄想に耽ってくれる方が楽…と、
書類から目を離さず仕事をし続ける背中が、声なき声で大絶叫していた。


「水着といえば…『露出度』に天地の差があるよね。」

話を妄想大暴走方面に促したのは、一番後ろの席でゲームに浸っていた、孤爪さんだった。
この中で一番、話に入ってこなさそうな人物が口火を切ったことに、全員が目を瞬かせたが、
無気力反抗期が言い出しっぺで、なおかつ堅物引率×2と万年無関心がGO!を出したことで、
場の空気が一気に夏っぽい熱を帯び…最後のひと押しとして、控えめ代表の俺も声を上げた。

「どんなデザインの水着でも、『大事なトコは隠す』のは、共通してますよね~?」
  
「絶対に見せちゃダメなトコは隠すけど、その『絶対』具合が人によってマチマチじゃん?」
「見せてもオッケーな部分で、いかにして精一杯の自分を魅せるかが、最大のポイントだ!」
「その上で、隠された『絶対領域(聖域)』をどう妄想させるのか…腕や脚の見せ所だよな。」

ハイハイハイっ!!!と、元気よく挙手して発言を求める、猫&梟の勢いに圧され、
何となく『最後のひと押し』をした俺が、挙手した順に指名…いつの間にか進行役に。
俺なんかでいいのかな?と思いつつも、助けてくれそうな人はいない(そんな暇なさそう)…
仕方なく、言い出しっぺ(言いっ放し)の相方として、場の流れをそれとな~く整えていく。


「ホモ・サピエンスだって、夏はアバンチュ~ル☆にウツツとかアレとかヌきまくったはず…
   だったら、俺達ホモ・オメガバースと似た感覚で、水着を選んだんじゃないでしょうか?」

社会通念とか常識とか、そういうおカタい部分との境界…ギリギリのラインを見極めつつ、
絶対(不可侵)領域をあえて隠すことで、オープンな部分を引き立て…おカタく惹き勃たせる。
アバンチュ~ル☆用の水着なんて、最終的には『おカタい』トコへ辿り着くことこそ…全て!

「つまり、古代人も俺達と同じく、自分の魅力をアピールしまくる用の水着だった…」
「じゃぁ、俺達のとそんなに変わんねぇデザインってことか?違いなんて…あるかなぁ?」
「待てっ!俺の愛弟子が出したクイズだぞ!?そんなカンタンなオチなわけ、ねぇじゃん!」

クイズってことは、俺達が普段考えねぇような答え…『しこうじっけん』って言ってたしな!
普段考えねぇってのは、それがアタリマエすぎることだから…目からウロコになるんだよな?
だから、えーっと、つまり…あ~、わかんねぇよっ!なぁ山口、ヒントくれヒント!!


ヒントって、言われても…
答えを知らない俺に、ヒントなんて出せるわけがない。
俺が惑っている間に、皆さんは各々の鞄から水着を引っ張り出し、見せあいこしつつ…悶々。

すると、大人しくイイ子に頑張る皆さんへの『ゴホウビ』とでもいうように、
答えがわかっているらしい引率組が、書類から目を離さないままでヒントを投げてくれた。

「ホモ・サピエンスとホモ・オメガバースの違いが…水着の違いに現れるんじゃねぇのか?」
「それぞれが『アタリマエ』だと思っていることが違うならば…『絶対』も違いますよね?」


古代人ことホモ・サピエンスと、現代人のホモ・オメガバースの一番大きな違いといえば…

「古代人は、ボディタイプが女性型の人しか、妊娠・出産ができなかったんだっけ?」
「人類の半分しか子孫を作れねぇとか、よく絶滅しなかった…あ、しちまったのか。」
「ボディタイプが違う相手とだけ、恋愛・結婚・子作りするのが、アタリマエの常識…?」
「うっわ、それって…人類の半分が『対象外』ってことか!?厳しすぎんだろ、おいっ!」
「アタリマエとされている『社会通念』が、そうだって話…窮屈な世の中とアタマだよな~」

あ…何となく、見えてきた。
正確に言えば、見えちゃダメなとこが…見えてきた。


「どんな水着でも隠すべき『絶対領域』は、要するにセッ…せっ、生殖に直結するトコ?」
「山口の言う通り…ソコだけを隠すことが、逆説的に強烈なアピールになるんでしょ。」

「ってことは、セッ…せ、せせっ生殖、器と…せっ性感、帯…、だよ、なっ!?」
「つつつっ、つまるとこっ、αとΩっぽい…ボディの激しく『凸凹』なトコっ!!」
「ココと…アソコだな。」

ココとアソコを隠しながら、『ミロの…ヴィーナス♪』とポーズをキめた木兎さん。
いや、ミロだと見ろ…モロ見えですから!そのポーズは『ヴィーナスの誕生』ですよ~
心の中で全員が同じポーズでツッコミしていると、それが大ヒント…とツッキーが呟いた。


ミロのヴィーナス (クリックで拡大)


サンドロ・ボッティチェリ『ヴィーナスの誕生』
 (クリックで拡大)



「俺達にはあって、古代人にはないものは?」
「ミロは見えてて、誕生で見えないものは?」

黒尾さんは腰を捻って腹筋を強調するミロポーズ、赤葦さんはココとアソコを隠して爆誕…
二人並んで『美しい裸体』を表現した(そんな暇はなかったはずなのに…凄いサービス精神!)。
答えを必死に考えながら、黒赤像をガン見していると、何かその妙〜な雰囲気に、だんだん…

   (み…見えて、キちゃいそう…っ)


全員が一斉に、目の前の裸像(実像)と、脳内の妄想(幻影)を振り払うべく、
目を両手で覆って頭をプルプル…全員がほぼ同時に、答えに辿り着いて大声を上げた。

「わかった!見えないのは、ビーチ…くっ!」
「海にイっても、ビーチ…くっ、見えねぇ!」
「ホントはちょっぴり見えてるっぽいけど、見えないように頑張ってるから…見ないぞっ!」
「あっ!俺達ホモ・オメガバースは、ボディタイプが雄型でも、Ωは妊娠・出産できる…」
「当然、おっぱいも雄っぱいも、どっちタイプも変わらず、セッ、性感…生殖器っ!!」
「ココは、アソコと同じぐらいの『聖域』だから…堂々と見せるなんて、絶対ダメだし!」

ってことは、古代人の男性型にとって…
ココは性感帯だったかもしれないけど、生殖器じゃなかったから、『絶対領域』ではない!?

「も、もしかして、古代人の男性型は、見ろ!ヴィーナス達よっ!!と言わんばかりに…」
「思いっきり上半身を晒していた…隠す必要がないんだからね。」
「んなっ!!?ななななっ、なんて、ハレンチな…っ!おそるべし、ホモ・サピエンス!!」
「ノーブラは、ブラブラとイコールなのに…男性型の貞操も、もっと大事にしてくれよ!」


   さぁ、みなさん。目を閉じて。
   もう一度、胸に手をあてて…想像です。

「古代人の貴方は、どうやって『胸に手をあてる』のが正解か…はい、ポーズ!!!」

悠久の歴史に胸を躍らせる『思考実験』のシメに、ツッキーは最初と同じ言葉をかけた。
そして、最後の想像…『ポーズ!!!』の掛声がかかると、
全員揃って両手を雄っぱいにあてて隠し、ほんのり頬を染め…大正解の『答え』を示した。


*****



「それでは、まとめに入らせて頂きます。」


木兎の愛弟子、すげぇぇぇぇぇっ!!
…という、皆様からの大喝采(と、木兎さんの熱ぅ〜い抱擁)を全身に受けたツッキーは、
『オモシロイ話』のシメを語ろうとした…が、誰もツッキーの話を聞く素振りすら見せず、
猫も梟も、一緒になって大騒ぎ…好き勝手に妄想大暴走を続け、全く収拾がつかない状態に。

ここは司会進行の俺が、何とか『静粛に!』的な荒業をヤってのけなきゃいけないんだけど、
ツッキーに引っ付いたままの木兎さんを剥がすことすら、俺にはできなかった。
(そもそもツッキーさぁ…何でこんなに抱き付かれてんのに、楽しそうに笑ってんのっ!?)

この場をどうしたらいいもんかと、俺が独りであわあわ(わなわな)立ち竦んでいると、
一番前の座席からパンパン!と柏手を打つ音(ねこだまし?)が響き、同時に飴が飛んで来た。
たったそれだけで、バスの中(と、飴を口に入れた木兎さん)は一瞬で静寂を取り戻した。

あまりに見事な操縦術に、呆然。
すると今度は、一番後ろの席から、俺達を動かすための多多多大大大なフォローが入った。


「水着以上に、本来の『目的』と『仕様』が離れた衣装は、存在しない…」

泳ぐためでも、水に入るためでもない。
むしろ、誰かを自分に溺れさせ、その誰かと水入らずになるために、脱ぐ前提で着るもの…
仕様通りに呼ぶなら、水着じゃなくて『勝負着』の方が、目的に合致してるよね。

だから、その人が『どんな水着を着ているか』を観察することで、ホントのココロがわかる…
ナニをしにアバンチュ~ル☆に来てるのか、肌以上に妄想を晒しまくってるってことだよ。

「…山口。その水着、広げてみせて。」
「えっ!!?は、はい…っ」


突然の指名と、有無を言わせぬ口調に、俺はノーを言う前に指示に従っていた。
右手と左手に、それぞれ…上と下を掲げ、水着がよく見えるように、俺自身は座席に隠れた。

「ごくごくオーソドックスな、セパレートタイプの水着…山口らしいね。」

部活の時に使う、鳩尾丈のハーフタンクトップに似た上。下の丈は…腿の真ん中あたり?
水着自体は控え目な色とデザインだけど、ふわふわさらさら…明るい色のラメ入りパレオ付。
ウェスト部分を大きく開けることで、腰の位置の『高さ』にインパクトを出した上で、
ロングのパレオと、隙間からチラリと覗く腿半分の肌色から、脚全体の『長さ』も更に強調。
シンプルな水着だからこそ、着ている人のスタイルの良さが、グっと映えてくる…

「…そうでしょ、月島?」
「さすがは孤爪さん…慧眼です。」

「パレオの薄黄色…誰かの髪色に似てるね。」
「ハニームーン…名札代わりですよ。」
「ちょっ、ツッキー、なななっ、何言って…」


堂々と『この水着(を着てる人)は誰のものか』宣言をしたツッキーに、俺は大慌て。
たたっ、確かに、この水着はツッキーがいつも通り強引かつ勝手に決めちゃったやつだけど、
まさか、そんなつもりで選んでたなんて…妄想やら本音やら、曝しまくりじゃんっ!!

   (しししっ、しかもっ、名札代わりって…!)

いつものツンデレ野郎とはかけ離れ、既にアバンチュ~ル☆にイっちゃってたツッキーに、
俺は恥かしいやら、堂々宣言がめっっっちゃ嬉しいやら…真っ赤な顔で座席にうずくまった。

っていうかさ、孤爪さんとそんな、そんな…満面の笑みで語り合わなくてもよくないっ!?
無表情寄りの無気力さが通常モードの二人が、眩しい笑顔を魅せるとか…ズルすぎるっ!!
もうこれだけで破壊力抜群だし、発言の威力を倍増させる高火力さ…何か、やけちゃいそう。

   (それは、ヤりすぎ…だよねっ!!?)

真夏の太陽のように、キラキラ笑い合うツッキーと孤爪さんから目を逸らすと、
別のキラキラしたたくさんの視線が、俺達を照らしていたことに気が付いた。


「どんな水着を着てるか…お相手に『着せて』いるのか。」
「たったそれだけで、烏野幼馴染組は、見せびらかし&虫よけを、やってのけたぞ…っ!?」
「しかも、プチジェラシーまで醸し出すとは…まさに熟練のカップル技…マジすげぇっ!!」
「そうか、これがお前らを特別招待した理由…ラブラブカップルのお見本が、月山組だ!!」

よぉ~っし、俺らも月山組を目指して…
周りの人の水着をじ~~~っくり観察して、ひと夏のアバンチュ~ル☆を達成するぞ~っ!!
ツッキーは俺の愛弟子だけど、俺ら全員の…恋愛師匠だっ!!月山組に、二礼二拍一礼っ!!

ははぁーーーっ!!と、俺達に深々と頭を下げる皆さんに、さすがのツッキーもタジタジ。
そこへ、二拍よりも(さっきのねこだましよりも)速いスピードで、パンパンパンパン!!
慌ただしい音が一番前からけたたましく響き渡り、全員の注意をムリヤリ現実へ引き戻した。


「ちょっ、ちょっと待て!ツッキー達を手本にするのは構わねぇが…」
「他人様の水着姿をジロジロ観察するのは…どうかおやめ下さいっ!」

「相手のイイトコを見つけて、そこを褒めるのは、凄ぇ大事だとは思う。でもな…」
「不躾にガン見するのは大変失礼というか、ただの不審者…絶対モテませんから。」

あ!ショーナン・コロニーに入った…もうすぐトンネルを抜けて、地上に出るみてぇだぞっ!
あと少しで、ビーチ…っが、見えてきますよ!みなさん下車のご準備を。はいっ、はじめっ!

バサバサと書類をまき散らしながら、ワタワタと『ご準備』に取り掛かった引率組。
そんな不審極まりない二人に、「ウェ~イ!」と『よいお返事』を投げ返したみなさんは、
席上の荷台から、鞄やらオモチャやらモロモロを下ろすべく立ちあがり…
俺達の方には黙ってググっと親指を立て、パチクリっ☆と艶々ウィンクを投げてくれた。


   (グッジョブ、月山組~っ!!!)
   (いえいえ、お安いご用です~♪)




- ⑥へGO! -




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小悪魔なきみに恋をする7題
『03.きみが誰かと笑うたびに』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。



2020/08/07

 

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