奏愛草子⑬ (クロ赤編)







    ((考えろ…考えるんだっ!!))


山口君を送り出してから、俺は急いでハミガキし直し、ねむルーム…寝室に飛び込んだ。
布団を頭から被った瞬間、玄関が開く音…絶妙なタイミングで、黒尾さんが帰宅した。

本来ならば、「作戦無事終了お疲れ様です。」と出迎え、冷え冷え烏龍茶で労うべきだけど、
今は新たな策…『黒尾さん陥落作戦』を練るという、喫緊かつ超高難度課題があるのだ。
浴室から、微かにシャワーの音。これが聞こえなくなる前に、なんとか最高の策を…

   (最高でなくても、最良もしくは最善の…っ)

この策は…いや、これから黒尾さんと話し合うべきことは、俺達の未来を大きく左右する。
『話し合う』というのも実は正確ではなく、俺が一方的に雌雄を決する戦を仕掛けるだけ。
飲んで、疲れて、眠気に包まれた状態で『ねむルーム』に入ってくるはずの黒尾さんを、
どうすれば寝落ちさせず家族会議に持ち込み…『京治落ち』させることができるだろうか?

   (いやいや…そもそも論として。)


我が家で会議をするのは寝る直前、ガッチリとソフレスタイル中だ。
冷静に話し合いをするにはコレが一番合理的だと、3ヶ月間のシェア生活で立証され、
今更それを覆すのは難しいほど、既に俺達の『習慣』になってしまっている。

昨夜までなら、コレで全く問題はなかった。
だが今宵からは…前提条件が全く変わってしまっているのだ。

   (『ソフレスタイル』自体が…無理っ!)

月島君を嵌める作戦の最中に、まさか自分のキモチを自覚してしまうなんて。
黒尾さんを落とす前に、自分の方が先に黒尾さんに落ちてしまうとは、分が悪すぎる。
こっ、こっ…恋心を、抱いてしまった相手に抱かれ、組み敷かれて寝るだとか…
俺本体が『寝落ち』する前に、俺の分身・けいじ君が『昇天』してしまう可能性が高いっ!!

   (ソフレに恋心は…アウト、です。)


ソフレとは『添寝フレンド』のこと。
添寝には、合歓みたいな『共寝』の要素は含まれない…恋愛感情や性交渉が御法度とのこと。
俺達が同居開始の際に締結した契約にも、シェアの条件としてソフレが必須となっているし、
黒尾さんも仕事の都合(上司命令)でソフレが義務化…『ソフレありき』の同居なのだ。

つまり、黒尾さんの下で「上へGO♪」と、上昇志向の『けいじ君』がガンガン自己主張し、
ソフレの主目的たる安眠を妨害してしまえば、当然それは、契約不履行に該当し…

   (シェア契約の方も、同時に…解除だ。)


何だ、そんなこと。
ソフレがダメなら『新婚さんごっこ』で誤魔化せば…という打開策は、安直すぎる。

『ごっこ』のヨさを知ってから、少なくない(実に適正な)頻度で『抱き枕』から『腕枕』へ…
たまご100円の日と、成分無調整牛乳158円の日ぐらいのルーティンで『ごっこ』中だけど、
これも、健康維持とスッキリに必要かつ合理的だからこその『ご一緒に』モードでしかない。

…と、必死に自分に言い聞かせ、『ごっこ』の範囲を逸脱しそうなぐらい興が乗った時には、
シャレになるぐらいで止まるように、けいじ君を(どうにかこうにか)なだめていた。
今までだってそうだったのに、今後『ごっこ』したら…けいじ君の暴走を止められやしない。
『上から横』になった瞬間、冗談抜きで冗談じゃすまされないヌキヌキに突入してしまう。

   (睡魔とけいじ君とは…戦わない主義。)


   ソフレもダメ。新婚さんごっこは論外。
   『肉布団』だった人が『肉欲布団』に。
   同居解消…実家暮らしに戻るのは無理。

   でも、お仕事の邪魔は絶対したくない。
   現在の心地良い関係も、壊したくない。
   二人で一緒に生活する理由が、欲しい…
   黒尾さんと別居なんて、考えられない。

   (俺は一体、どうすればいいんだ…っ)

飲み屋から戦略的撤退をして以降、ずっとずっとこれを考え続けてきた。
だけど、いくら必死に考えても、黒尾さんの気配を色濃く感じるこの場所では、
思考は上へフワフワ浮きまくり、横にフラフラ逸れて…何なら下にムラムラ落ちてしまう。
その結果、辿り着く結論は同じ場所…元々シェアを始めようとした『原点』に戻るのだ。


   (採り得る手段は、もう…コレ、しか…)



*****



シャワーで汗を流し、いつも通り冷蔵庫に用意されていた冷え冷えの烏龍茶で酔いを醒ます。
酔いは醒めたけれど…逆に胸が熱くなってしまった俺は、その場にズルズル座り込んだ。

この烏龍茶は、仕事等の飲み会で帰りが遅くなる時に、必ず赤葦が準備してくれているもの。
本当に気が利く参謀…言い方を変えれば、物凄ぇ心遣いができる、優しい奴ってことだ。

今までは学生時代の延長で、「さすがデキる参謀!」としか思っていなかったが、
ひとたび赤葦への好意を自覚してしまうと、その『仕事ぶり』が『心配り』に見えてしまう…
俺に対して『特別な優しさ』をくれていると、自分に都合よく解釈してしまうのだ。

   (参ったな…嬉しくて、たまんねぇ。)


赤葦にとっては『業務』の一環、もしくは常備しているジャスミン茶&緑茶の『ついで』、
もっと言えば、俺不在時の豪遊…ハッピーターンの親友の『残り物』だと、わかってはいる。
それでも、俺のために冷やされたグラス入り烏龍茶を見ただけで、じんわりキてしまった。

   (恋心を自覚すると、こうも見え方が…っ)

『見え方』の変化に戸惑うならば、見なければいい…というのも、無理な話だ。
たとえ暗闇の中で姿は見えなくとも、この腕の中に赤葦を抱き、存在を体感してしまえば…
俺の『下』だろうが『横』だろうが、惚れた相手と共寝しても大人しくしていられるほど、
俺自身も俺分身てつろう君も、紳士じゃない…枕を重ね、枕を並べ、枕を交わしたくなる。

   (『抱き枕』や『腕枕』だけは、もう…っ)


ツッキーと山口が、上京当初から同居に乗り気じゃなく、別居…寝所を分けた理由も、
今の俺には痛いほどわかるし…ソフレから事件に発展したケースも、より深く理解できる。
こうなることを予見して、ウチのボスがソフレ体験を命じたとは到底思えないが、
結果的には、ソフレという特殊な人間関係が長続きしないことを、身を以って体感できた。

   3ヶ月…ちょうどいい頃合いだ。
   今日で、俺達の契約は、終わり。
   これ以上考えても答えは出ない。
   事件が起こる前に、適性距離を…


   (こうするしか、ねぇ…よな。)



*******************




心身を『仕事モード』に切り替え、全てを圧し殺して暗闇の『ねむルーム』に入る。
ベッドの赤葦からは、反応はない…どうやら、既に寝落ちしているようだった。

これではもう、今夜は重要会議を開くことはできない。
決断が先延ばしになったことで、俺の決意には揺らぎが生じた反面、正直…安堵していた。

   (気を緩めるな…赤葦を、見るな。)

天井の一点を凝視しながら、そろりそろり…枕元に畳んでおいた寝間着に手を伸ばす。
だが、目を瞑っていても掴めるはずのものが、何故だか今日は『いつもの場所』にない。
赤葦を起こさないように周囲を捜索。馴染みのある手触りを感知し、それを引き上げるも…
目的を達成する前に、俺の方がその場に崩れ落ちてしまった。


   何かに引っかかり、上がって来ない寝間着。
   つられて浮き上がった掛布団を、少し開く。
   出てきたのは赤葦の腕。その下に…寝間着。

『いつもの場所』に居ない俺の代わりに、隙間を埋めるように俺の寝間着を抱いて眠る…
無意識のうちに俺のモノとソフレする穏やかな寝姿に、何もかもが抑え切れなくなった。

「あーもうっ、どうにでもなれっ!!」


バサリと掛布団を引き剥がし、固く交差した腕を片方ずつ広げて、寝間着を奪い取る。
その寝間着も、ベッド脇に落とした掛布団の上に放り投げ、空いた場所に体を滑り込ませる。

ようやく『いつもの場所』を取り戻し、ホッと息を吐こうとしたが…それを全部飲み込んだ。
薄手の寝間着がなくなり、下着だけで触れた赤葦の体温に、今度は別の吐息が溢れ出てきた。

「ん…っ」
「っ…!」

俺のなんやかんやが籠った熱い息が、赤葦の鎖骨のくぼみを擽ると、
赤葦はわずかに声を漏らし…ごく自然と脚を開き、俺の収まる場所を作ってくれた。
そして、横に大きく広げていた両腕をふわふわ上げて、俺の脇腹付近を探り当てると、
さわさわ撫でながら背中側へと腕を這わせ…そのままぎゅっと抱き着き、安堵の息を零した。

「ん…ぉ、かぇ、り、な…」
「---ーーっっっ!!!」


まるで俺が戻るのを待ちわびていたかのような寝言と共に、むにゃむにゃ…はむはむ。
『いつもの場所』に触れた俺の鎖骨を、柔らかい唇で固定し、穏やかな寝息で包み込んだ。
その熱は頸裏を経由して脊髄を下り、否応なく俺の腰をビクビクと痙攣させ、発熱を促す。

   (俺、よくこんな状態で…寝れてた、なっ)

昨夜までは、『いつもの場所』へ収まった心地良さで、すぐに眠気を感じていた。
これが添寝のリラックス効果か!と、ソフレにハマる人に心の中で賛同の声を上げていた。

勿論、今もその心地良さは変わらず、この最高の抱き枕は一生手放せねぇ!と思う一方で、
もっと奥深くに収まり、共に快楽を得たいと心身が絶叫…『合歓気』を抑え切れなかった。

   (赤葦の『上』は…ダメだっ!!)


本能に従い赤葦の脚を更に割り開こうとしていた、己の不埒な膝を何とか止め、
赤葦を抱いたまま『上』から『横』へ緊急避難し、上半身だけはどうにか距離を取った。

だが今度は、真正面に赤葦の寝顔を直視し、唇に直接吐息を受けてしまっただけでなく、
赤葦は宙ぶらりんになった脚の置き場として、俺の腰を選択…ガッチリと絡めてきたのだ。

   (俺の方が、お前の抱き枕かよ…っ)

手近なものをむぎゅっと抱き込んで寝たがるのは、どうやら俺だけじゃなかったらしい。
二人共が、隠れ腰痛持ち…こんなとこも似た者同士だからこその、収まりの良さだったのか。

何とか冷静さを保とうと、咄嗟に寝顔から目を逸らせ、どうでもいい考察をしてみたけれど、
余計に『腰』へ意識を向けてしまい…先に起きたてつろう君が、けいじ君を起こしかけた。

「んん…くろ、ぉ、さん………?」
「っ!?今、寝言は…やめろっ!」

まずは、寝言で俺の名前を呼ばれたら、心臓が止まっちまうから…やめろ!
それから、この体勢で言葉を発したら、唇同士が当たっちまうから…やめてくれっ!
まさかお前、俺を試してんのか!?何の試練だよこれは!罠か!?ハニートラップだなっ!?

つーか、寝ながらこんなエロい罠を仕掛けてくるとは、さすが赤葦…天性の策士だな。
こんなに積極的な『据え膳』なんて、聞いたことねぇよ!回遊しまくる方のマグロかっ!?
それとも、『まな板の上の鯉』ならぬ、『参ったなぁ↑↑の恋』…静まれっ、てつろう君↑!

   (『横』も絶対無理っ!残るは…コレか!)


何とか活路を見出そうと、未知のスタイルへ…
もう一度赤葦をしっかり抱き込み、腹の底にしっかり力を入れ、赤葦を俺の『上』へ。
いつものソフレスタイルとは真逆のポジションになるよう、赤葦を腹の上に抱え上げた。

   (お、コレはコレで、収まりが…♪)

下でも横でも上でも、体勢をぐるぐる変えたとしても、最高の抱き心地には変わりはない。
見え方は少しずつ変わるが、その変化がどれも魅力的で、更に惹き込まれ…目を離せない。

   (まるで…万華鏡、だな。)

アルコールだか色気だかに酔って溺れて、頭が上手く回らない。
いや、ぐるぐる回り過ぎて…赤葦に酔い溺れ、罠に落ちる結末しか、もう見えない。

   (万華鏡の別名は、ももいろ…百色眼鏡。)


もぞもぞと俺の腹の上で動き、『ベストポジション』を探っていた赤葦は、
俺の腰に跨るように脚を大きく開き、ガッチリとホールドしてから、再び俺の鎖骨をパクリ。
どうやらシックリ収まったらしく、濡れそぼった唇ではむはむ…すやすや寝息。

   (なんか…授乳中?みてぇな気分だな。)

やっぱ、下でも横でも上でも…ひたすら可愛いばっかりじゃねぇか。
どう足掻いたって、『桃色』眼鏡が掛かってしまった俺には、勝ち目なんてない。

 (考えるのは…やめだ!)


「もう、降参だよ。俺の…完全敗北だ。」
「ん…?黒尾さん?おかえり…なさい?」

まいった~!と、両腕を上にあげると同時に、てつろう君も↑にバンザ~イ♪
それがピッタリと『収まりたい場所』を刺激…寝惚け眼だった赤葦も、それで一気に起きた。

「えっ?あ…っ!!?ちょっ、これ…っ」
「起きたか?それじゃあ…会議するぞ。」

今月末で、3ヶ月間のソフレ契約は更新ナシで終了。
だが、シェア契約は6ヶ月毎更新…まだあと3ヶ月は、このまま一緒に暮らそう。
その間に『それから先』について二人で話し合い…3カ月後にまた『新たな契約』を結ぼう。

「はぁ?な、何を、言って…!?」
「つまりは、こういうこと…だ。」

まいった~!と横に伸ばしていた両腕を天に上げ、赤葦の背を力一杯抱き締める。
驚きで息を詰める赤葦を宥めるように、背骨の上から横の脇腹へ、そして下に手を滑らせて…
もちもちした柔らかい部分を、左右の手で思いっ切りむにゅむにゅと撫で回した。

「ひゃぁっ!待っ、ぁっ、んっ…!」
「キモチイイ…最高の触り心地だ。」


起き抜けに突然お尻を揉みしだかれた赤葦は、驚いて上半身をガバっ!!と起こしかけたが、
自分の『下』で欲に色を湛えた瞳に囚われ、更に自らの分身が上を向く姿を目の当たりにし、
ボンっ!!と音を立てて全身を真っ赤に染め上げ、ヘロヘロと元いた場所に撃沈…

「隙ありっ!」
「っ!!!?」

鎖骨に着陸すると見せかけて、その唇は俺の唇の上に不時着した。
ううぅっ奪ってやったり!と、威勢のいい台詞を吐きながらも、その唇は羞恥と緊張で震え、
奪い返そうと赤葦の頭を捕まえるより先に、いつもの場所…鎖骨の上へ胴体着陸した。

「ちょっとだけ…待って、下さい…っ」
「あぁ、いいぜ…いくらでも、待つ。」

しばらくはそのまま、荒々しい深呼吸…それを宥めるべく、背中を上から下へ撫でてやった。
赤葦は何かを俺に言おうと言葉を探しながら、それ発する勇気を必死に絞り出していたが、
抱き合った胸を通して伝わる互いの鼓動が、同じリズムを奏でているのに気付いた俺は、
赤葦がくれるであろう言葉が待ち切れず…下から上へ煽り急かすように、背中を擦り上げた。

   (期待通りの言葉を、どうか、俺に…っ!!)

俺の願いが通じたのか、赤葦は少しだけ背筋を伸ばし、唇を鎖骨から耳元へと移動させた。
そして、耳朶をはみはみしてから、大きく息を吸い込み…目の覚めるような声で宣言した。


「3ヶ月後まで…待てません。」

ソフレなしシェアだけなんて、ただの生殺し…当然、『新婚さんごっこ』も却下です。
しかしながら、仕事上の体面もありますし、俺はここでの二人暮らしを止めたくはない。
大学等の現実的な問題も勿論ありますが、それ以前に俺自身(&分身)が耐えられません。
黒尾さんと離れるなんて、考えられない…どんな屁理屈を付けたって、できっこありません。

だから、明日からはソフレ契約の代わりに、新しいカンケーを、結んでいきましょう。
黒尾さんとずっと、今のまま一緒に生活していけるようなカンケーを…

   ですから、黒尾さん…どうかお願いします。
   俺を、黒尾さんの特別に…どうか、俺の…っ


「俺の…『パパ』になって下さいっ!!!!」
「それを言うなら、『旦那様』だろうがっ!」




- クロ赤編・終 -


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ドリーマーへ30題 『30.万華鏡』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。



2020/06/29

 

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