奏愛草子⑫ (月山編)







赤葦さんに背中を押されながら玄関を出ると、隣…ウチの玄関も同時に開いた。
出てきたのは、黒尾さん。呆れるほどのジャストな黒赤タイミングに、頬が緩む。

一歩一歩近付き、お互いの自宅へ。
二部屋のちょうど真ん中で立ち止まり、俺は色んなキモチを込めて頭を下げようとした。

「………。」
「…っ!!?」

突然、目の前が真っ暗になり、大きくて温かいものにすっぽり包まれた。
ここは、黒尾さんの腕の中。どうやら今夜の俺は、誰かに抱っこしてもらえるデーみたいだ。

さっきまでは、俺が崩れ落ちないように、しっかりと背後から支えてくれた…支援の抱持。
今度は、俺の目指す道へと導き、進む力を与えてくれるような…力強く頼もしい懐抱だ。
タイプは違えど、俺を抱き締める温もり…二人からの激励に、心がじんわり熱くなる。

   (本当に優しくて、素敵な…お隣さん。)


がっしりした腕に全身を包まれ、大きな大きな掌で頭ごと内側へ引き寄せられた。
俺はそれに逆らわず厚い胸板に額を預け、緩やかな心拍に合わせて深呼吸を繰り返すと、
ふわふわぼんやりしていた脳内が、だんだんクリアになってきた。

「…落ち着いたか?」
「お二人のおかげで…もう、大丈夫です。」

「そうか。無理しねぇ程度に…な?」
「はい!ありがとうございますっ!」

お隣さんからお裾分けして貰ったエネルギーが行き渡り、俺の声にも張りが戻って来た。
そのことに気付いた黒尾さんは、腕を緩めて俺から少し身を離し、顔をじっと観察…
そして、ニカっと微笑んで俺の髪をわしゃわしゃ掻き回し、再度強い力で抱き締めながら、
耳元でポソポソ…軽口と共に『本音』のカケラを漏らしてくれた。

   う~ん。やっぱりお前も、違うんだよな~
   何かしっくり来ねぇ…収まりがイマイチ。
   これ、どういうコトか…お前にわかるか?

「俺もツッキーも、黒尾さんとは『枕』が合わない…そうですよね?」

「I see, I thought.」
「愛し…愛そう?」

「So I...So see!」
「相思…相愛!」

   そういうことだから…じゃあな!
   おやすみ、良い夢を…共に見続けろよ?

黒尾さんは最後にもう一度俺をぎゅーーーっと抱いてから、俺ごとくるりと180度振り返り、
ドン!と俺をウチの方へ突き飛ばし、また180度くるり…片手を上げてお隣に帰って行った。


「わっ!お、おやすみなさ…うわぁっ!!?」

いきなり後方へ突き飛ばされて、ビックリ。
その直後、別の温もりに背後からナイスキャッチされ、もう一度ビックリ。
そして、俺を抱き止めてくれた温もりが、痛いぐらいの強い力で、そのままウチの中へ…
あまりの激しさと強引さに、俺はビックリを通り越して、されるがままになっていた。

   (えっ?つ、ツッキー…っ!?)

玄関に引き摺り込んだ勢いが強すぎたのか、ツッキーは俺を抱えたまま廊下へ…
咄嗟に受け身を取り、自分の背中から床へドンと着地したかと思うと、
何事もなかったかのように、俺の上に圧し掛かってきて…そのまま動きを止めた。



*****



「………っ」
「………。」

あ、これ…
さては、痛みで声も出ないパターンだね?
こないだの自転車と同じく、きっとこれは突き飛ばされてきた俺の転倒に巻き込まれただけ。
今回のはそれで大正解だから、俺を受け止めきれなかったことに、落ち込む必要ないからね~

ありがとうとフォローを入れるため、まずはここから這い出して起き上がろう。

   (だから、ねぇ…ちょっと、動いて?)

それを伝えるため、ツッキーの背に手を回し、シャツの裾を上に向けてツンツン引っ張った。
すると、俺の意図を読み取ってくれたツッキーは、腕を伸ばして上体だけを僅かに起こし…

   (あれ?…雨、かな?)

ぽたり。。。と降って来た、熱い雫。
頬を伝って流れ落ちる感触は、ついさっきも同じ場所に感じていたような気がするけれど、
こんなにも熱くて、俺の時間を止めてしまう雨に当たったのは、はじめてだ。


「つっきー、あめ、が…」

ようやく動いた唇に、もうひと粒…ぽたり。
反射的にその粒を舐めると、想像よりもずっとあったかくて、何だか甘い…『あめ』みたい。

…ちょっと、待って。
さっきまでウチの外に居て、玄関に入ってきたばかりだけど、その外だってマンションの中。
雨に濡れることはあり得ないから、この甘い『あめ』は…キャンディの方だったりして。
まぁ、雨でも飴でも、『ドロップ』には違いないし、この『あめ』は一体…?

   (降り続ける…キャンディ・レイン。)


灯りのない廊下で、ツッキー傘に覆われて。
その『あめ』の正体を探るべく目を凝らすも、暗くてよく見えない。
それに、時を止める『あめ』の音で、ツッキーの声も…聞こえてこない。

ぽたり、ぽたり。
頬を濡らす『あめ』を捕まえようと、ツッキーの背から離した手を顔の方へ戻す途中で、
その手はツッキーに捕まり、顔の上から横へ…指と指をしっかり絡め、床に縫い付けられた。
それからすぐあと。ドロップしてきたあめの粒は、降りてきた別の温もりに捕まっていた。

   目元から頬へ。頬から…唇へ。
   甘いあめが落ちて行った道を、
   あめを拾いながら、辿る…唇。

   (うん。安定の…イチゴ味。)

あぁ、この仕種…俺はよく知ってる。
ただただツッキーに喜んで欲しい一心で、時々作っている…甘い甘いスイーツ。
ボウルや泡だて器に残ったクリームやチョコレートを、ツッキーは丁寧に舐めてくれるのだ。
俺が作り出した『本音』のカケラを、大事そうに唇で掬い取り、甘々な表情で微笑む姿に、
まるで俺の想いが伝わり、俺の分身が大切にされて、俺そのものを味わってくれてるような…

   (俺そのものを、味わって…っ!!?)


唇に降り続く、やさしくあったかい『あめ』。
その甘さの正体にようやく気付いた瞳から、ぽろり、ぽろり…止め処なくあめが溢れてくる。

目元と頬と、唇と。
甘いあめを全て捕まえようと、唇が忙しなく行き来するのが、何だかくすぐったくて…
「ここから動かないで。」と言う代わりに、唇に唇が降って来た瞬間、
空いていた方の手を伸ばし、あめに濡れたツッキーの頬を掌で包み、しっかりと捕まえた。

   甘い甘い、キャンディ・レイン。
   止まない想いを溶け込ませ、降り続く…
   甘い甘いキスのあめに、溶かされていく。


時間を止めて、永遠に降り続くかと思えたあめも、徐々に弱くなり…やがて止んだ。
そして、俺を覆っていたツッキーの傘が静かに閉じ、俺の上から離れていった。

   (いやだ…っ!いかないで…っ)

咄嗟に伸ばした手を、ツッキーは俺に背を向けながらも、柔らかく握り返してくれた。
そして、つないだ手をにぎにぎ…そこから何かを絞り出すように、ポソポソと呟き始めた。


「実は、僕…そこまでショートケーキが大好物ってわけじゃ、ないんだ。」
「えっ!?そ、そう…だったの?」

もちろん、ショートケーキは大好きだけど、唯一無二の『一番』というわけでもないんだ。
ケーキの中だと、むしろブラックベリー&ラズベリーが乗っているものの方が、好みの味…
ショートケーキの良さは、味よりも『上にイチゴが乗っている』ことにあるんだよ。

「僕は、イチゴが…好き、だから。」

このイチゴは、『上』から『横』に移動した、背番号1&5な黒赤イチゴなんかじゃない。
出逢った日からずっと僕の『隣』に居る、『真っ赤なほっぺ』に似てる…一番好きなイチゴ。

「ずっとイチゴだけが…唯一無二の大好き。」
「ーーーっっっ!!!」


つないだ手をそのままに、ふにふに…と俺のほっぺを指先で優しく摘み、また背を向ける。
その仕種と言葉に、俺の頬はまるで…まるっきりイチゴみたいに真っ赤に染まり、
降り止んでいたはずの俺のあめが、ぼろぼろと零れ落ちてきた。


「相変わらず…泣き虫だね。」
「だって…だって…っ!!」

今夜は『あめ』…降り止みそうにないね。
仕方ないから、僕がずっと傘になってあげる…昔みたいに抱っこして、添寝してあげるから。
その前に、お風呂で汗とかアレとか流して、イロイロ準備的なモノを整えてくるから…っ!

「僕の横で…隣の部屋で、待ってて。」

そう言うと、ツッキーはもう一度『イチゴ』に口づけてから、お風呂場へと走って行った。


「終わってなんか、なかった…」

止まっていた時が動き出し、ようやく始まった初恋の予感に、眩暈がしてきた。
何とか体を起こし、ツッキーの隣…俺の部屋へ戻り、ぽすん…と枕にイチゴを横たえた。


「今日で『別居』は、卒業…だよね?」




- 月山編・終 -


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BGM→ 久保田利伸『Candy Rain』


ドリーマーへ30題 『29.キャンディ』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。



2020/06/22   

 

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