「山口のこと…嫌いになっちゃうかもよ?」
「それを聞いた俺…マジ泣きしちゃうよ?」
今日のお昼ご飯は、コンビニで買って来たおにぎりと、ちょっと贅沢にカップの豚汁だった。
いつも思うけど、奮発して買った割には、カップの豚汁を食べると『何かが足りない』感…
結局自分達で作った方が断然美味しいと毎度再確認、『ウチの豚汁』が無性に食べたくなる。
「え~っと、豚バラ、人参、大根、ネギ、おあげ、赤出汁にお味噌、麺つゆ…大丈夫かな?」
「何言ってんの。一番重要なゴボウがないよ。コレがない豚汁なんて、僕は認めないから。」
「それじゃあ、俺がお風呂洗ってご飯仕込んでる間に、ツッキーが買って来てくれるよね?」
「………。も、もし他に、必要なものがあるなら、ついでに買って来てあげてもいいけど?」
「食後のアイス!でも、ツッキーに頼んだらイチゴ味オンリー…やっぱ俺も一緒に行くよ~」
「山口の好みは日替わりだから、僕がいつもどんなに困ってるか…ほら、さっさと出るよ。」
全く、誰に似たんだか知らないけど、山口の『食後のデザート』選びは意味不明の一言だ。
リクエストは毎度同じ『今日のおかずに合うデザート』…って、豚汁に合うアイスって何さ?
何を食べたって『イチゴ味』を選んでおけば、ほぼ間違いなく僕に褒められる山口と違って、
僕は常に大博打…一昨日なんて、「卵チャーハンにピノ?ないわ~!」と言われつつ完食。
先週はオムレツにピノだったのに、同じ卵料理で何が駄目なのか、納得できる説明を求む!
(僕が褒められる確率…低すぎる。)
だから僕は、何かと理由を付けて『ひとりでおつかい』を極力回避している。
それに、山口はなんやかんやと理由を付けて、僕と『ふたりでおかいもの』に行きたがる…
自転車に乗って一緒に食品や日用品を買いに行くだけで、物凄く楽しそうにしているのだ。
「たかが買い物ごときで、何でそんなに嬉しそうなんだか…デザートはひとつだけだよ?」
「だってさ、ツッキーと俺はいつも半分こだから、実質ふたつ楽しめるじゃん!僥倖なり~」
「質量的には、ひとつだけど…まぁ、その点に関して言えば、異論はないよ。」
「二人暮らしだと、楽しみも喜びも二倍…そう思わない?」
(それについても、全くの同意だよ。)
…という言葉を飲み込みながら、僕は聞こえないフリをしつつレジに向かった。
『ふたりでおかいもの』なんていう、ほんの些細なことにすら、ふわっと浮足立ってしまう…
その事実に僕は自分のキモチを再確認し、『片想い中のラッキー』に酔いしれているのだ。
(同意を得られる確率は…ほぼゼロだけど。)
そんなこんなで、最近山口が新規開拓したらしいスーパーまで、ちょっぴりおでかけ気分。
駅や大学とは違う道は、未だマーキングしていなかったから、景色もお店も何だか新鮮で、
ゴボウ(とデザート)を買うだけのはずが、なかなか有意義なツーリングタイムを満喫できた。
だが、そんな僕の『らしくない』浮き足立ちっぷりが、最後の最後で足元掬われた。
高級品の泥付ゴボウとはいえ、これだけのために有料レジ袋を買うのは勿体無いからと、
チャリの前カゴに、そのままポンと入れておいたが(アイスは溶けるから帰宅前に食べた)、
自宅マンション目前の段差でゴボウが跳ね、カゴの隙間から下に落ち、それが前輪の中へ…
愛してやまない『慣性の法則』に横槍を入れてしまったため、(以下僕のために割愛。)
「ハデにすっころんだね~!ま、折れたのがツッキーの脚じゃなくて、ゴボウで良かった♪」
「僕は転んでないから。ただ…自転車の転倒に巻き込まれただけ。」
「あはは!折れたのは脚じゃなくて心ってことだね~♪…はい、大人しくこっち来て!」
「ちょっ、引っ張らないで。というより、何で山口が…うわぁっ!!?」
突然のアクシデントで気が動転している内に、山口は迅速に僕を救助&自宅へ連れ帰ると、
僕に手洗い&うがいをさせながらパーカーを脱がし、いつの間にか山口は短パン一丁…
そのまま浴室へ僕を押し込むと、おもむろにジーンズのボタンとチャックを開けたのだ。
「っ!!?やっ、やめてよっ!」
「はいはい黙ってね~別にパンツまで脱がせるわけじゃないんだから…ココに座って。」
物凄い早業で腰まで脱がせると、グっと鳩尾に肘を入れ、僕が呻いた隙に浴槽の縁に座らせ、
膝が出るまでサっと下ろした後は、両腿の間に体を割り込ませて逃走をガッチリとガード。
そこから、今度はゆっくりゆっくり…脚に触れないようにズボンを抜きとった。
「あ~、やっぱり。外から見えなくても、中はすっごい擦り傷ができちゃってるね~」
「………っ」
わわわ~、血が滲んできて痛そ~っ!打ち身にもなっちゃってるだろうね、コレは。
広範囲な擦り傷って、後からじんじん熱くなってきて、目元までじわじわクるんだよね~
だから、まずはしっかり洗って消毒!これが絶対に必要なんだから…
「って、昔ツッキーによく言われた…こうやって俺を介抱してくれたよね~懐かし〜っ♪」
「いっ、いいから!僕は山口と違って、ちゃんと自分でできるから!離し…ぃたたたたっ!」
「ダーメ!ツッキーがしてくれたみたいに、俺がシャワーでキレイに流してあ~げ~る~♪」
「何その楽しそうな鼻歌はっ!?僕はそんなの歌った覚えなんてないんだけどっ!?」
確かに子どもの頃は、毎週のように転んで擦り傷を作り、泣きじゃくる山口を抑えつけて、
僕が代わりにキレイに流して、消毒液をぶっかけてテープを貼ってあげていたけれど、
こんなに嬉々としてヤった記憶はない(むしろ『もらい痛い痛い』を必死に堪えていた)。
その恩を、こんなアダで返してくるとは…っ
「僕、山口のこと…嫌いになっちゃうかも。」
「それを聞いた俺…マジ泣きしちゃうかも。」
僕は咄嗟に、山口がソコから絶対にどいてくれそうなセリフを投げ下ろした。
すると
山口は、わざとらしく涙を拭う仕種…ウルウルな瞳で僕をじわっと見上げてきた。
(…んなっ!!)
その卑怯極まりないカウンターに、僕は言葉を失い…瞼を固く閉じて山口から目を逸らせた。
(それは、ズルい…いや、マズいっ!!)
二人っきりの浴室で。
肌を露わにした山口が、僕の足元に跪き。
膝を抱き、脹脛をゆるゆると撫で擦って、
太腿の間から、潤んだ瞳で見上げてくる…
夢にまで見た光景に、ついさっきアイスキャンディーを頬張っていた表情が脳内で重なり、
冷水をかけられた擦り傷…ではない場所に、ドクドクと血と熱が湧き上がってきた。
(この、アングルは…っ)
このままだと、山口の目と鼻の先に、本体とは似ても似つかないほど自己主張の激しい、
僕の分身『けい君』が、山口に「やあ、ご機嫌よう。」と、礼儀正しくご挨拶してしまうっ!
(ここは本体を見習って…塩対応宜しくっ!)
とにかく、山口の視線を『けい君』から外らせるべく、両手でほっぺを包み込み、
やや強引に上向かせ、本体の顔方向へ固定…視線をがんじがらめにし、淡々声を絞り出した。
「この擦り傷だと、湯船は当分無理…このままシャワー浴びがてら、風呂掃除しとくから。
その間、山口はゴボウと大判キズテープ、それとアイスを…もう一回買ってきてくれる?」
「ら、らじゃ…っ!け、ケガが早く良くなるようなやつを、選んでくる…ねっ!
お掃除は無理しなくてもいいから、ツッキーはゆっくり休んで、イイ子して待っててね!」
僕の鬼気迫る『渾身のお願い』に、イイ子の山口は本能的に(危機っぷりを)察知し、
聞き分けよく『よいお返事』…不必要なほどの全力ダッシュで浴室から出て行った。
どったんばったん、ワタワタしまくりな足音を響かせつつ、行ってきまーすっ!の大声。
玄関の鍵が閉まる音がしてから30秒後、僕はやっと殺した息を吹き返し、
今日一番がんばった子に、心からの労りの声と慰めのヨシヨシを盛大に贈った。
「お待たせ…『けい君』。」
*****
念入りなお風呂掃除等で、若干のぼせてしまった。
夕方の涼やかな風に当たって、火照ったアチコチを冷ますべく、ベランダに出た。
ふと下を見ると、エントランスからスーツ姿の男性が出て来て、駅の方へ…
歩き始めてすぐ、足を止めて歩道脇に屈み込むと、「よっこいしょ、っと!」の掛け声。
(あれは、僕の…)
どうやら、横倒しのまま放置していた僕の自転車を、引き上げてくれたらしい。
それどころか、前輪に巻き付いたままのゴボウを引き抜き、歪んだ前カゴを直した上に、
ジャケットを脱いでYシャツの袖を巻くってから、外れていたチェーンまで戻してくれた。
(何という…お節介振りっ!)
世の中には、ずば抜けて優しいあまりに、それが何故かお節介にしか見えないという、
心底お気の毒様な苦労人が、ごく稀に存在…僕の人生の中でも、たった一人だけ心当たりが…
いや、もう一人、『たった一人』の近くに、似たようなイロモノ苦労人属性がいた気がする。
「全く、相変わらずのお節介さんですね。
」
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ドリーマーへ30題 『24.擦り傷』
お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。
2020/05/27