奏愛草子⑦ (月山編)







「山口のこと…嫌いになっちゃうかもよ?」
「それを聞いた俺…マジ泣きしちゃうよ?」


今日のお昼ご飯は、コンビニで買って来たおにぎりと、ちょっと贅沢にカップの豚汁だった。
いつも思うけど、奮発して買った割には、カップの豚汁を食べると『何かが足りない』感…
結局自分達で作った方が断然美味しいと毎度再確認、『ウチの豚汁』が無性に食べたくなる。

「え~っと、豚バラ、人参、大根、ネギ、おあげ、赤出汁にお味噌、麺つゆ…大丈夫かな?」
「何言ってんの。一番重要なゴボウがないよ。コレがない豚汁なんて、僕は認めないから。」

「それじゃあ、俺がお風呂洗ってご飯仕込んでる間に、ツッキーが買って来てくれるよね?」
「………。も、もし他に、必要なものがあるなら、ついでに買って来てあげてもいいけど?」

「食後のアイス!でも、ツッキーに頼んだらイチゴ味オンリー…やっぱ俺も一緒に行くよ~」
「山口の好みは日替わりだから、僕がいつもどんなに困ってるか…ほら、さっさと出るよ。」


全く、誰に似たんだか知らないけど、山口の『食後のデザート』選びは意味不明の一言だ。
リクエストは毎度同じ『今日のおかずに合うデザート』…って、豚汁に合うアイスって何さ?
何を食べたって『イチゴ味』を選んでおけば、ほぼ間違いなく僕に褒められる山口と違って、
僕は常に大博打…一昨日なんて、「卵チャーハンにピノ?ないわ~!」と言われつつ完食。
先週はオムレツにピノだったのに、同じ卵料理で何が駄目なのか、納得できる説明を求む!

   (僕が褒められる確率…低すぎる。)

だから僕は、何かと理由を付けて『ひとりでおつかい』を極力回避している。
それに、山口はなんやかんやと理由を付けて、僕と『ふたりでおかいもの』に行きたがる…
自転車に乗って一緒に食品や日用品を買いに行くだけで、物凄く楽しそうにしているのだ。

「たかが買い物ごときで、何でそんなに嬉しそうなんだか…デザートはひとつだけだよ?」
「だってさ、ツッキーと俺はいつも半分こだから、実質ふたつ楽しめるじゃん!僥倖なり~」

「質量的には、ひとつだけど…まぁ、その点に関して言えば、異論はないよ。」
「二人暮らしだと、楽しみも喜びも二倍…そう思わない?」

   (それについても、全くの同意だよ。)

…という言葉を飲み込みながら、僕は聞こえないフリをしつつレジに向かった。
『ふたりでおかいもの』なんていう、ほんの些細なことにすら、ふわっと浮足立ってしまう…
その事実に僕は自分のキモチを再確認し、『片想い中のラッキー』に酔いしれているのだ。

   (同意を得られる確率は…ほぼゼロだけど。)


そんなこんなで、最近山口が新規開拓したらしいスーパーまで、ちょっぴりおでかけ気分。
駅や大学とは違う道は、未だマーキングしていなかったから、景色もお店も何だか新鮮で、
ゴボウ(とデザート)を買うだけのはずが、なかなか有意義なツーリングタイムを満喫できた。

だが、そんな僕の『らしくない』浮き足立ちっぷりが、最後の最後で足元掬われた。
高級品の泥付ゴボウとはいえ、これだけのために有料レジ袋を買うのは勿体無いからと、
チャリの前カゴに、そのままポンと入れておいたが(アイスは溶けるから帰宅前に食べた)、
自宅マンション目前の段差でゴボウが跳ね、カゴの隙間から下に落ち、それが前輪の中へ…
愛してやまない『慣性の法則』に横槍を入れてしまったため、(以下僕のために割愛。)

「ハデにすっころんだね~!ま、折れたのがツッキーの脚じゃなくて、ゴボウで良かった♪」
「僕は転んでないから。ただ…自転車の転倒に巻き込まれただけ。」

「あはは!折れたのは脚じゃなくて心ってことだね~♪…はい、大人しくこっち来て!」
「ちょっ、引っ張らないで。というより、何で山口が…うわぁっ!!?」

突然のアクシデントで気が動転している内に、山口は迅速に僕を救助&自宅へ連れ帰ると、
僕に手洗い&うがいをさせながらパーカーを脱がし、いつの間にか山口は短パン一丁…
そのまま浴室へ僕を押し込むと、おもむろにジーンズのボタンとチャックを開けたのだ。


「っ!!?やっ、やめてよっ!」
「はいはい黙ってね~別にパンツまで脱がせるわけじゃないんだから…ココに座って。」

物凄い早業で腰まで脱がせると、グっと鳩尾に肘を入れ、僕が呻いた隙に浴槽の縁に座らせ、
膝が出るまでサっと下ろした後は、両腿の間に体を割り込ませて逃走をガッチリとガード。
そこから、今度はゆっくりゆっくり…脚に触れないようにズボンを抜きとった。

「あ~、やっぱり。外から見えなくても、中はすっごい擦り傷ができちゃってるね~」
「………っ」

わわわ~、血が滲んできて痛そ~っ!打ち身にもなっちゃってるだろうね、コレは。
広範囲な擦り傷って、後からじんじん熱くなってきて、目元までじわじわクるんだよね~
だから、まずはしっかり洗って消毒!これが絶対に必要なんだから…

「って、昔ツッキーによく言われた…こうやって俺を介抱してくれたよね~懐かし〜っ♪」
「いっ、いいから!僕は山口と違って、ちゃんと自分でできるから!離し…ぃたたたたっ!」

「ダーメ!ツッキーがしてくれたみたいに、俺がシャワーでキレイに流してあ~げ~る~♪」
「何その楽しそうな鼻歌はっ!?僕はそんなの歌った覚えなんてないんだけどっ!?」

確かに子どもの頃は、毎週のように転んで擦り傷を作り、泣きじゃくる山口を抑えつけて、
僕が代わりにキレイに流して、消毒液をぶっかけてテープを貼ってあげていたけれど、
こんなに嬉々としてヤった記憶はない(むしろ『もらい痛い痛い』を必死に堪えていた)。

その恩を、こんなアダで返してくるとは…っ


「僕、山口のこと…嫌いになっちゃうかも。」
「それを聞いた俺…マジ泣きしちゃうかも。」

僕は咄嗟に、山口がソコから絶対にどいてくれそうなセリフを投げ下ろした。
すると 山口は、わざとらしく涙を拭う仕種…ウルウルな瞳で僕をじわっと見上げてきた。

   (…んなっ!!)

その卑怯極まりないカウンターに、僕は言葉を失い…瞼を固く閉じて山口から目を逸らせた。

   (それは、ズルい…いや、マズいっ!!)


   二人っきりの浴室で。
   肌を露わにした山口が、僕の足元に跪き。
   膝を抱き、脹脛をゆるゆると撫で擦って、
   太腿の間から、潤んだ瞳で見上げてくる…

夢にまで見た光景に、ついさっきアイスキャンディーを頬張っていた表情が脳内で重なり、
冷水をかけられた擦り傷…ではない場所に、ドクドクと血と熱が湧き上がってきた。

   (この、アングルは…っ)

このままだと、山口の目と鼻の先に、本体とは似ても似つかないほど自己主張の激しい、
僕の分身『けい君』が、山口に「やあ、ご機嫌よう。」と、礼儀正しくご挨拶してしまうっ!

   (ここは本体を見習って…塩対応宜しくっ!)

とにかく、山口の視線を『けい君』から外らせるべく、両手でほっぺを包み込み、
やや強引に上向かせ、本体の顔方向へ固定…視線をがんじがらめにし、淡々声を絞り出した。


「この擦り傷だと、湯船は当分無理…このままシャワー浴びがてら、風呂掃除しとくから。
   その間、山口はゴボウと大判キズテープ、それとアイスを…もう一回買ってきてくれる?」
「ら、らじゃ…っ!け、ケガが早く良くなるようなやつを、選んでくる…ねっ!
   お掃除は無理しなくてもいいから、ツッキーはゆっくり休んで、イイ子して待っててね!」

僕の鬼気迫る『渾身のお願い』に、イイ子の山口は本能的に(危機っぷりを)察知し、
聞き分けよく『よいお返事』…不必要なほどの全力ダッシュで浴室から出て行った。

どったんばったん、ワタワタしまくりな足音を響かせつつ、行ってきまーすっ!の大声。
玄関の鍵が閉まる音がしてから30秒後、僕はやっと殺した息を吹き返し、
今日一番がんばった子に、心からの労りの声と慰めのヨシヨシを盛大に贈った。

「お待たせ…『けい君』。」



*****



念入りなお風呂掃除等で、若干のぼせてしまった。
夕方の涼やかな風に当たって、火照ったアチコチを冷ますべく、ベランダに出た。

ふと下を見ると、エントランスからスーツ姿の男性が出て来て、駅の方へ…
歩き始めてすぐ、足を止めて歩道脇に屈み込むと、「よっこいしょ、っと!」の掛け声。

   (あれは、僕の…)

どうやら、横倒しのまま放置していた僕の自転車を、引き上げてくれたらしい。
それどころか、前輪に巻き付いたままのゴボウを引き抜き、歪んだ前カゴを直した上に、
ジャケットを脱いでYシャツの袖を巻くってから、外れていたチェーンまで戻してくれた。

   (何という…お節介振りっ!)

世の中には、ずば抜けて優しいあまりに、それが何故かお節介にしか見えないという、
心底お気の毒様な苦労人が、ごく稀に存在…僕の人生の中でも、たった一人だけ心当たりが…
いや、もう一人、『たった一人』の近くに、似たようなイロモノ苦労人属性がいた気がする。


「全く、相変わらずのお節介さんですね。 」

すぐ、傍…
真横の仕切り越し、お隣のベランダから聞こえて来た、呆れ混じりの…とても柔らかい声。
今まさに頭の中に思い描いていた声にとても似ているけれど、全く別人みたいな穏やかさに、
僕はアレ?と首を傾げながらも、慌てて目の前に干してあったバスタオルの裏に隠れた。

「お前だって絶対、同じようにしただろ?」

今度は下から、朗らかな笑い声。
この声も、さっき僕の頭の中に居た人のはずだけど、何か空気感?オーラ?が、全然違う。
…って、それはそうか。こんな所に、あの人達が居るわけなんて、な…

「はい、これ…ナイスキャッチ、黒尾さん。」
「おっ!さすが名参謀…ありがとな、赤葦。」

「ゴミは包装フィルムに挟んで…カモンっ!」
「よし、それじゃ…よっ!ナイスキャッチ!」

「では、いってらっしゃい。お気をつけて。」
「あぁ、行ってくる。今日は先に寝てろよ。」


お隣から下へ、何か…多分ウエットティッシュを投げ落とし、下から上へ投げ返す。
流れるようなコンビネーションと、じんわりと老成感っぽい雰囲気を滲ませるやりとり、
そして何よりも、思った通りの人物名が二つともドンピシャに飛び出して来たことに、
僕は驚きのあまり絶叫…しそうになったのを、緑色のバスタオルに顔を埋めて何とか堪えた。

   (ウソでしょ、こんな偶然…っ!!!???)


二人暮らしだと、楽しみも喜びも、驚きだって二倍…それ以上だよねっ!?
このとんでもない『既知との遭遇』を、一秒でも早く山口に伝え、ビックリを共有したいっ!
未知のお隣さんがまさかの知人!しかも物凄い老夫婦感を醸し出す『ファミリー』だよ!と…

   (いやいや、ファミリーというか、むしろ…)

落ち着け…落ち着くんだ、蛍。
どういう『語り方』をすれば山口が最も驚き、イジり倒して遊べるネタになるだろうか?
どうすれば、僕の人生の中で腹黒狡猾な人達ランキング1&2位を、あっと言わせられるか…

   (これぞ、怪我の功名プロジェクト!!)

山口のバスタオルに顔と悪巧みを包んだまま、アレやコレやとシミュレーション。
あまりに美味しいネタに、深呼吸を繰り返してもなかなか興奮は冷めやらぬ…どころか、
せっかく冷やしたはずの興奮を、(バスタオルの色選択ミスにより)またまた高めてしまった。

   (おっ…落ち着け、『けい君』!)

とりあえず、冷静な思考等を取り戻し、今後の対策を練るために…もう一度お風呂へ入ろう。
良い策が出るまでは、このネタは山口にはナイショにしておいた方がベターかもしれない。


「面白いことに…なってきたね。」




- ⑧へGO! -




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ドリーマーへ30題 『24.擦り傷』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。



2020/05/27   

 

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