奏愛草子⑤ (月山編)







「『夜深し 隣は何を する人ぞ』…だっけ?」
「それ、『欲深し~』…じゃなかった?」


慣性と惰性の違いって、何だろうか。
僕の座右の銘である『現状維持』と、実際の所どれほどの違いがあるというのだろう。

いずれにせよ、腐れ縁と呼ぶに相応しい『幼馴染のズルズル』は、慣性の法則に分類され、
切りたくても切れない『幼馴染らしからぬグダグダ』は、惰性的に続いていくもの。
そして、この身動きの取れない状態は、僕の理想とする現状維持とは、ほど遠い…

   (一言で言えば…ダセェ現状維持の完成。)

手痛い失恋から始まった、幼馴染とのやむを得ないルームシェア。
どうすることもできないまま、慣れない上京二人暮らし&結構多忙な大学生活を送る中、
そのグダグダ感にもあっという間に慣れてしまい、そのままズルズル…二年が経過。

慣性だろうが惰性だろうが、現状を何となく続けられるのが、まさに幼馴染の成せる業。
『こういうもんでしょ』と、アッサリ納得してしまえば、それが『普通』と馴染んでしまい、
今まで通りにつつがなく、『何か悶々だけど…こんなもんだよね~』な生活が定着した。


そもそも論として、幼い頃から互いの家を行き来し、家族同然の付き合いを続けてきたから、
それが今更『二人きり』になったって、『おるすばん』の延長ぐらいにしか感じなかった。

失恋した直後…同居を始めて一月ぐらい迄は、こんな生活もうムリだ!と思っていたけど、
よくよく考えてみると、失恋前だってこのキモチを伝えるつもりなんて全くなかったし、
失恋しようがしまいが、僕は独りで悶々と山口を一方的に想い続けていたことに変わりない。

   (惰性的かつ慣性化した…片想いの維持。)

結局、何も変わっていない。
それがわかった後は、随分と楽に…僕達にとっての『普通』が戻って来た。
このままずっと、僕達はズルズルと幼馴染を続けて行けばいいだけ…


   (…あの『音』を、除いては。)




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「ねぇツッキー。そろそろ…引越しない?」
「さすが山口。僕もそれが…いいと思う。」


ツッキーとの生活は、心配していたよりもずっと安定…あっという間に『普通』が完成。
よく考えてみるまでもなく、失恋前も後も、ツッキーに俺のキモチが伝わるはずはない…
アッチは俺の話なんて聞く耳持たないし、コッチも言い出す勇気なんてこれっぽっちもない。

そもそも、こういう幼馴染のダラダラしたぬるま湯感?こそが、幼馴染最大の心地良さ。
この現状をイジってまで、何かを変えよう!と方向転換する気が…そもそも存在しないのだ。

   (もし万が一、恋が叶っていたら…?)

そんなの、決まってる。
今まで通りずっと『仲良し幼馴染』で居たい…俺の願いは、今も昔もそれに尽きる。
要するに、恋が叶っても叶わなくても、実態としては大差ないってオチじゃんか。
だったら、現状をアッサリ受け入れて、ツッキーとの『普通の日々』を楽しめばいいだけ。

   (でもこの『音』だけは…何とかしなきゃ。)


たった一つだけ、ツッキーとの生活で改善しなきゃいけないことがある。
それは、隣の布団から漏れてくる…『アレ』の音を聞かないようにすること、だ。

今までと変わりないとは言え、ずっと好き(で未練タラタラ)な相手が毎晩隣に寝ている状態は、
俺の心(特に↓の方)にとって、やっぱりその…アレレ~なわけでして。
週末のお泊まりとも違うし、他の家族も居ない上に、想い人はすぐ傍で無防備な姿を…

   (お願いツッキー…さっさと寝て!)

ツッキーが寝入ったら、コッソリ俺は布団から出て、『ただし君』もダしてあげにイくから…
その隙が来るのを息を殺して待つ日が、一定の頻度で訪れるのだって、『普通』のこと。
でも、その『じっと相手の様子を窺ってる』時に、耳に刺さるアノ音が聞こえてくると…

   (熱もココロも…しゅん、ってなる。)


   奥底に圧し詰めた何かが、漏れ出てくる音。
   そう…『ため息』だ。

スポーツの応援団等には、この『ため息』を固く禁じているところもある程の、恐ろしい音…
声援は選手に力を与え、その逆に、ため息は選手からもファンからも力と熱を奪っていく。
特に、自分が好いている相手のそれは、もしかして俺のせいで…?という不安も呼び起こし、
たとえ俺とは無関係のものだったとしても、お腹がきゅんとなり、息を飲み込んでしまう。

   (ツッキーのため息だけは、聞きたくない…)

どんなに『一緒が普通』な幼馴染でも、本当の家族でも、夫婦でも恋人でも…他人は他人。
自分とは違う人間と暮している以上、何かしらの悶々が無意識のうちに溜まっているはず。
ツッキーの『呆れ返ったため息』なんて、俺は聞き飽きるを通り越して慣れっこだけど、
それは起きている時に限ったもの…布団に入って、寝る前に零すため息は、全く別物だ。

   (隣のツッキーは、何を思ってため息を…?)


どんな人でも、寝る前に『今日の出来事』を反芻したり、いろんな考え事をしていたら、
本人が全く自覚しないうちに、ため息ぐらい自然と出てきちゃうものだ。
だから、特に気にしなくていいのはわかってるけど…そうも言っていられない事情がある。

   (『好きな人』の、ため息は…っ)

   ツッキーのため息は、俺のせい?
   ツッキーに、嫌われちゃうかも?
   辛い思いとか、してない…よね?
   聞きたいけど…聞きたく、ない。

ズルズルな幼馴染の俺達だけど、これだけは…絶対に、なんとかしなきゃ。
ツッキーのため息を聞かないように。無意識に俺が溢したため息を、聞かせないように。
本当は心優しいツッキーに、無駄な心配をかけてしまわないように。

   (隣は、危険…だから、回避!)

家族はもとより夫婦でさえ、必ずしも同じ布団やベッド、同じ部屋に寝る必要なんてない。
実家の部屋に行き来してた時の感覚で、ワンルームに一緒に寝ればいいと思い込んでたけど、
上京してまでそれの延長じゃなくていい…現実問題として、イロイロ増えてキャパオーバー。
正直言って、学生用の1Kに平均身長大幅超が二人暮らしとか、サイズ感キツすぎるし。

   (そろそろ…別居しようっ!)

そう決意した俺は、上京時から同居していた部屋の、二年契約の更新前に引越を提案…
ツッキーもそれを快く了承し、俺達は大学までチャリ圏内を維持した場所へ転居を決めた。


「次の部屋は、やっぱり…2LDKかな?」
「そうだね。最低限…寝室は別居確定。」


*****


そんなこんなで、月島のおじさんに泣き付き、明光君のツテをフル活用させて貰った結果、
希望通りの2LDK(ファミリータイプ)に引越し、『隣で寝る』生活から無事に脱却できた。

新居での暮らしにも慣れた頃…引越から3カ月近く経ったある日、たまたまツッキーと外食。
大学から帰宅後、夕方以降は滅多に外には出ない俺達は、不慣れな夜道を歩いて帰宅…
自宅マンションが見えてきた所で、ツッキーが不意に足を止めた。


「山口、見て…お隣さんに電気が点いてる。」
「えーっと、3階の端っこ…あ、ホントだ!」

都会では、お隣にどんな人が住んでいるのか、全くわからないことなど、珍しくもない。
現に、ここに引越してから3カ月、お隣さんの姿を一度も見いてない…不在が多いみたいだ。
明光君曰く、引越後の『ご挨拶』は特にしなくても問題ないらしいから、スルーしてた。

壁厚もあり、防音もしっかりしているから、お隣さんの物音が聞こえてくることもないし、
こうして深夜に『外から』灯りが点いてるのを見て、やっと誰か住んでると判明したぐらい。
そう言えば、洗濯物やお布団は…気にして見たことなんてないから、全然わかんないや。


「へぇ〜、居たんだね…お隣さん。」
「らしいね。どうでもいいけど。」

「『夜深し 隣は何を する人ぞ』…だっけ?」
「それ、『欲深し~』…じゃなかった?」

「何してる人なんだろ?ファミリーかな?」
「さぁ…その可能性が一番高いだろうけど。」

隣は何をする人ぞ?なんて…わかるわけない。
隣の布団で寝起きしてたツッキーが、ナニ考えてんのか全〜っ然わかんなかったんだから、
隣の家庭で寝起きし、しかも一度も顔を合わせたことがない人のことなんて、言わずもがな。

いつまでここに住むか未定だけど、次の更新…二年後までにお隣さんとすれ違うかどうか。
全く顔を合わせないままって可能性が、きっと一番高い…都会って、ホント気楽で良いよね〜


「その短歌の真偽はともかく、隣で寝起きする人は…欲深くない方が、助かるよね。」
「っ、あはは~!それはそうだよね〜」

   (その『隣』は、俺…じゃない、よね?)

喉元まで出かかった言葉を、俺は笑い声で誤魔化しながら、早く帰ろ~!と駆け出した。
…自分の口から溢れそうになった『音』を、ツッキーに聞かれないように。


「『夜更かしだ 隣の夜食 何だろな』…あ~、すっごい気になるね~」
「『罪深し 焼きおにぎりの チーズのせ』…あ、これはウチの夜食?」




- ⑥へGO! -




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ドリーマーへ30題 『22.ため息』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。



2020/05/22   

 

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