奏愛草子④ (クロ赤編)







   (どう考えても、おかしいですよね?)


数年振りに不動産屋前でバッタリ再会した、元音駒主将の黒尾さん。
色々と行き詰っていた俺は、「一緒に暮らさないか?」という申し出に唖然としたものの、
『家賃の黒赤比率は3:1』『食費等その他生活費は黒赤折半』という破格の金額設定に、
最後の『必須条件』を聞く前に、『ルームシェア等に関する契約書』に署名をしていた。

「そんなに好条件ならば、たとえ最後の条件が『俺と寝ろ』だとしても…パパ契約成立♪」
「パパ言うな。せめて愛人って…じゃなくて、押印前にちゃんと話を最後まで聞けよな。」

ったく、契約書やら約款やらは、熟読とまでは言わねぇが…せめて重要事項は押さえとけよ?
オンラインの新規入会とかの際も、最低限は見てから『同意』ボタンを押した方が…

「わかりました。今後は全て、黒尾さんの事前確認を取ってからポチっとしますね。」
「自分で読むのが面倒なだけだろ!まぁ、そのぐらいのことは、俺に任せてくれよ。」

「その代わり、物件の選択に関しては、非木造建築専門の俺が惜しみなく助言致しますよ。」
「それは正直、めちゃくちゃ助かるぜ!早速だが、この候補数件を確認してもらえないか?」


そんなこんなで話はとんとん拍子に進み、築10年だが半年前に給水管とポンプを交換し、
かつ、収納とマルチコンセントが多く動線も確保しやすい、ファミリータイプの2LDKに、
再会から二週間後に入居…最寄駅にも大学にも職場にも徒歩7分という、最高の寝床を確保。

いや、正確に言えば…最高の居住地は確保できたが、寝床としては『最高』とは言い難い。
もっともっと正しくぶっちゃけると、最高の寝床を確保できたのは、『パパ』の方だけ。
俺は今のところ、「いやぁ~、最高だぜ♪」と喜ぶ黒尾さんに、相槌すら返していない。
俺の名誉のために言っておくと、相槌を返したくてもできない状態に置かれているのだ。

   (う…動け、ない。)


愛人もといルームシェア契約の最後に書かれていた『重要事項』は、予想外に予想通り…

   乙(赤葦京治)は、甲(黒尾鉄朗)の求めに応じ
   ソフレ(共寝)しなければならない。

つまり、破格の条件でルームシェア(という名の居候)をさせて貰う代わりに、
黒尾さんのベッドで一緒に寝る…サインしたのは『ルームシェア兼ソフレ契約書』だった。

「あっ、愛人契約は、確か、法的に無効…」
「愛人じゃねぇよ。ソフレは…セーフだ。」

「じゅ、重要事項には、どんな事が…ぁっ!」
「これから、寝物語に話してやるよ…っと!」

そう大あくびしながら、黒尾さんは俺をベッドに引き込むと、全身で圧し掛かってきて…
四肢をガッチリ絡ませて俺を組み伏せ、文字通り『寝物語』として語…る途中で、寝落ち。
一週間に分けて説明してもらったことを繋ぎ合わせると、だいたい次のようなものらしい。

   ・まずは1カ月のおためし期間を設けること
   ・少なくとも3ヶ月間は契約を継続すること
   ・ソフレは3ヶ月毎、シェアは半年毎の更新
   ・乙は、ソフレに関する覚書を提出すること
   ・どんな手を使っても、乙は甲を起こすこと

詳しいことはわからない(うやむや、むにゃむにゃ…に、されている)が、
どうやら黒尾さんの方も、俺と同じく超多忙なカツカツの生活を送っていたそうだ。
職場近くに居を構えるついでに、現在担当しているソフレに関する事件の参考にするため、
自らもヤって体験して来い!との上司命令…途方に暮れていたところに、俺とバッタリ。

さすがの黒尾さんも、全く知らない相手と、いきなりルームシェアするのは抵抗があり、
逆に、よく知った相手だと、黒尾さんとのソフレは絶対に拒否られてしまう、とのこと。
その点、俺は抵抗なく同居できるぐらいの気の合う知人かつ、そこまで深く知らない相手…
お互いにとってまさに『渡りに舟』な、運命の再会(もしくは悪魔の采配)だったようだ。


「成程。家賃の大部分は職場からの補助…心置きなく『好物件』を選択できますね。」
「だろ?だから俺は…お前の『パパ』と胸張って言えねぇって、わかってくれたか?」

「要するに俺は、都合の良い男…なんですね。あ、梅おにぎり、もう一個お願いします。」
「そうそう。文句を言うおクチは、胃袋ごと掴んで塞いじまえ…って、俺のも食うなよ!」

「黒尾さんに毎夜抱かれる俺は…お腹が減って仕方がないんですよ。塩加減が絶妙ですし。」
「だからって、毎朝俺を食い散らかすのは、どうかと思うぞ…赤葦、実は吸血鬼だったか?」

「寝汗ゆえか、絶妙な塩加減でして。さ、そろそろキバ…ハミガキして、寝ましょうか♪」
「ま、待て!今、歯じゃなくて牙って言いかけたよな!?ちょっとおクチ…見せてみろ!」


…と、こんなカンジで。

疲れ切って帰宅し、グッタリする代わりに、他愛ないお喋り&お夜食でリラックスタイム。
すっかり緩み切った後、気持ちよくベッドにダイブ…毎晩、即落ち安眠コース確約だ。
十分な睡眠が取れるようになった俺は、一時期のどん詰まり感はいつの間にか消え去り、
研究も順調そのもの…ストレスが激減した代わりに、平均ウェイトが800g増えた。

   (これが所謂、幸せ太り…な、わけないか。)

手近なものは何でも組み敷いてしまう、特殊かつ大迷惑な寝相をした黒尾さんとのソフレは、
目が覚めた時には、重くて身動きが取れず暑苦しいという点では、やや難儀ではあるものの、
適度な圧迫と人肌の温もりで、睡眠導入もスムースかつ夜中に一度も目覚めることなく爆睡…
俺にとって未だ『最高』ではないが、今のところ『最良』もしくは『最善』の寝床である。

   (ウットリするほど逞しい…筋肉布団?)


…さて、そろそろ『仕事』に取り掛かろう。

「俺さ、寝るっつーか…昏睡に近ぇんだよ。」と、やや自嘲気味に頭を抱えていた通り、
黒尾さんは死んだように静かに眠り、多少のことでは全く起きる気配すらない…
「頼むから、死者をも蘇らせる勢いで…死ぬ気で起こしてくれ!!」とのことだった。

この発言から、高校時代の合宿では、ほぼ一睡もしていなかったことが判明した。
責任の重さから、寝たら起きられない恐怖に捕らわれ、必死に眠気を堪えるためうつ伏せに…
それが、『何かに対し必死のレジスタンスをみせた痕』っぽい、怒髪天を突くヘアの真相だ。

   (ちょっと…信じ難いですけどね。)

一緒に暮らし、一緒に寝るようになってから、俺が知っている黒尾さんの寝顔と言えば、
契約でもなければ、起こすのを躊躇ってしまうほどの、穏やかな熟睡…天使の何とやら、だ。
(※ただし、体勢により睡眠中の顔は見えないため、寝起き直後の御尊顔からの想像による。)

あまりに気持ち良さそうで、(寝相はともかく)厄介な睡眠障害?に悩んでいるとは思えない。
だが、起きられないという事実は間違いなく、耳元で声を掛けても、耳に息を吹きかけても、
耳朶をハミハミしてみても、頸筋に舌を這わせてみても、動くのは…腰がピクっと程度。
僅かでも起きる素振りを見せるのは、腹黒な本体とは裏腹に素直な、てつろう君(分身)だけ。

仕方なく、俺は唯一動かせるおクチを最大限使って、最強の攻撃を仕掛けるしかなかった。
それが、皮膚が薄く太い血管が走る急所…鎖骨をカミカミ、だ。


二人分の重なり合った体温で、しっとり汗ばんだソコは、やはり絶妙な味わい…じゃなくて、
昨日付けた歯形の隣を唇で触れ、じわじわと鎖骨を挟んで溝に歯を収めていくに従って、
穏やかな寝息が甘く荒い吐息に変わり、ビクビクっとカダラが動き出す様が、何だかもう…

   (ちょっと…クセになる。)

冷静に考えれば、これは若干おかしな感覚だとは思うけれど、俺も寝起きゆえに…考察放棄。
そんなことにかまけている暇はなく、俺は息を吸込み、わざと大きくずるりと舌なめずりし、
「では、いただきます♪」と大きな声で宣言してから、牙を思いっきり立てて…ガブリ!

「いっっっっ、痛ぇーーーっ!!」
「はい、おはようございます~♪」

「きょ、今日も、最高の…目覚め、だぜ。」
「それは良かった。朝ご飯の準備…早く。」

「わかめの味噌汁と…おにぎりの御要望は?」
「梅と高菜明太…デザートに山椒ちりめん♪」


黒尾さんと始めた、シェア&ソフレ生活。
「おはようございます」より先に「いただきます」を言うのが、俺の『新習慣』となった。




- ⑤へGO! -




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ドリーマーへ30題 『21.鎖骨』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。



2020/05/14

 

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