奏愛草子② (クロ赤編)







「どう考えても、無理か。」


赤葦京治、21歳。
現在、建築学科(設備専攻)に通う大学3年生。
年度が明け、4年生に上がってしまう前に、切実な問題を解決したいと…策謀の真っ最中だ。

その問題とは、通学時間に関するもの。
都内在住の大学生は、余程の事情がない限り、実家(自宅)から通学するのが普通だ。
住居費も光熱費も生活費もかからず、家事だってロクにすることもない、悠々自適そのもの。

地方からの上京組は、自由な独り暮らしで羨ましい…なんて思ったのは、ほんの一瞬だけ。
都心での単身生活がいかに厳しいものか、友人達の『現実』を目の当たりにしてしまえば、
自分達がいかに甘やかされ、何不自由ない『コドモ』のままだったんだと…深く自省の至り。

   (『生活』するって…そんなに甘くない。)


できるだけ独り暮らしはしたくないと思っていた、すねかじりで甘ったれの俺だったが、
現在、その厳しい『巣立ち』という選択を、真剣に考えざるを得ない状況に陥っている。

工学系の学生は想像以上に多忙で、研究室に所属していると、日々のルーティンだけで膨大。
正式な研究員でもない学部生ですら、始発終電当たり前、週3は夜勤もしくは徹夜が続き、
片道1時間程の通学は、首都圏ではごく普通の範囲ではあるものの、キツいものはキツい。
今はどうにか耐えているが、4年になるとコレに卒業設計が加算…明らかにキャパを超える。

院の入試、即ち研究室への正式所属には、教授の推薦が必要…卒設の成果が鍵を握る。
今まで以上に厳しい状態になるのは確定となると、採り得る解決策は限られてくる。

   (通学時間の短縮…ココしか削れない。)

オシャレな家具や、便利な家電も要らない。
寝に帰るだけの、最低限の寝具があればいい。
卒設&院の数年でいいから、大学の徒歩圏内に寝床を確保したい…する必要に迫られていた。


そんなこんなで、俺は正月明け早々、駅前の不動産屋のウィンドに貼り付いている。
だが、窓に映る平面図及び諸条件は、俺のちっぽけな望みを打ち砕くものばかり。
ここは学生街でもあるが、都心から40分というアクセス良好(特急停車)な住宅街でもあり、
賃貸情報の大半がファミリー向けの物件…単身者用のものが少ないせいか、賃料もお高め。
(大学生協の物件は、推薦入試で上京が決まった新入生が優先で、既に空室ゼロとのこと。)

両親に頼み込み、援助して貰えることになった仕送りだけでは、到底『生活』は不可能で、
僅かな睡眠時間を、生活費を稼ぐバイトに費やさねばならないという、本末転倒ぶりだった。

「条件に見合う物件…ゼロ。」


街をチラっと見渡してみても、どこもかしこも賃貸住宅だらけだというのに、
どうして『ちょうど良い物件』は、なかなか見つからないのだろうか。
というよりも、この国は学生に対して厳し過ぎる…奨学金という借金を平気で負わせるし、
学費も物価も税金も高いくせに、補助も割引も少なく就職先もない。

「それでも、大学生が一番…自由。」

卒業し、オトナになったら、大学生なんか比較にならない厳しい生活が待ち受けている。
こうしてみると、現実的かつ合理的な選択肢として浮かび上がってくるのは…

「…ツバメ、か。」

職場近くに2LDK以上の住まいと、鉄骨造5階建以上の広い心と懐をお持ちのパトロンに、
将来有望な若手研究者を飼って頂く(代わりに、俺は『寝に』帰る)…という生活だ。

「就(住)活よりも…パパ活。」

あぁ…俺、崖っぷちなんだな。
こんな結論が出てくるなんて、かなり精神的にも肉体的にも追い詰められている証拠だ。
生活は部活と違って、努力や根性でどうにかなるもんじゃない…学生なんて、所詮コドモだ。

「よぉ〜し、パパを探しに…」
「なぁ〜に、言ってんだよ…」


見覚えのある奴がいるな~と思って、声を掛けようとしたら、妙チクリンなことを延々…
さすがの俺も、ぶっ飛んだ脳内考察ダダ漏れのお前に、若干ドン引きしちまったぞ。
良い物件がなくて困ってるんだろ?だったら、ツバメになる前に…俺と一緒に来てみろよ。

「おっと、いけねぇ。言い忘れてたが…久しぶりだな、赤葦!」


突然背後から現れた人物に、俺は見覚えが…あるような、ないような。
オールバックに黒縁眼鏡、スリーピースのスーツを着込んだ、青年実業家風の長身男性…
金に困った学生にローンを組ませる、その筋の人っぽい容姿&手口に見えなくもないが、
腹黒さを巧妙に隠す、胡散臭い紳士風猫被り(猫なで声?)は、確実に聞き覚えがあった。

「おやおや、子猫チャン達を飼っていらっしゃったパパさん…お久しぶりですね。」
「おい、怒るぞ…って、とりあえず口だけは必要以上に達者そうで、安心したぞ。」

バッタリ出くわしたのは、高校時代の部活で知り合った、他校の上級生…黒尾さん(多分)。
引退後は時折、音駒での合同合宿の手伝いでチラホラ見かけたが、それっきり。
在校期間が重なった二年間は、そこそこ(かなり)お世話になった部類に入る先輩ではあるが、
引退・卒業後にどうしたか?等は、知る由もない…個人的な連絡先だって、当然知らない。
強いて言うなら、この人が上司だったら凄い楽だったのに…という程度の『袖すり合い』だ。

   (全然、変わってない…)


数年振りのバッタリで、外見上はかなり変わっている(特に頭頂部)。
それでも、変わってないという印象を抱いたのは、このガッツリなお節介振りのせいだ。

俺の返事も聞かず、黒尾さんは俺の腕を掴んで不動産屋さんへ突入。
あれよあれよという間に、担当してくれた社員さんと仲良くなったかと思えば、
店の奥から出るわ出るわ、好物件の山…即決レベルのものを数件引き出していたのだ。


「紛うことなく…サギです。」
「ツバメよりゃ…マシだろ。」

不動産屋さんを辞し、(再び俺の腕を掴んで)意気揚々と近くのファミレスに向かい、
好きなモン食っていいぞ~の言葉に、遠慮なく牛タン炭火焼定食&わらび餅を完食してから、
俺用のドリンクバーおかわり(ほうじ茶)を注いでくれている人に、正直な感想を述べた。

「知りませんでしたよ。黒尾さんも同業者…不動産関係のお仕事に就かれてたんですね。」
「違ぇよ。俺は一言もそんなこと言ってねぇ…アチラさんが勝手に思い込んだだけだな。」

相談者カード?とかいう受付用紙の『職業欄』に、黒尾さんは『専門職』と書いた。
お店の人が世間話の一環と見せかけて、詳しい職種を探ってきたところ、黒尾さんは苦笑い…
『不動産を扱う法務』と明かし、「この時期、お互い大変ですよね~」と担当者を労った。

その直後から、担当者の態度が激変。
それならそうと、早く言って下さいよ~!凄くオススメの、優良物件がありますからっ!!
…と、高級洋菓子&高級カップに入ったコーヒーと共に、黒革の分厚いファイルが出てきて、
俺達に上得意様専用の『逸品』を、これでもかと惜しみなくオススメしてくれたのだった。


「同業者には、ウソをつけない…むしろ、カッコウをつけてしまうんですね。」
「俺はウソはつかねぇ男だ…勿論、無駄にカッコウつける必要もないからな。」

「えぇ。見違えるほどステキな好青年に化け…御成長されたんですね。御馳走様です。」
「お前も大概、ウソのつけねぇ奴だな…ま、だから俺も、気兼ねなく話せるんだがな。」

それは、こちらのセリフだ。
高校時代から、ウソのつけないスナオな俺のツッコミにも、平然と同レベルの毒を吐き返し、
フツーに俺と会話してくれた他校生は、黒尾さんぐらいしか存在しなかったと思う(確実に)。
不要な情報は即時削除の俺が、奇跡的に名前と顔を覚えているというだけで、相当に…

  (ウラオモテクロネコ…絶滅危惧種。)

そんなことは、今はどうでもいい。
必要な情報は、偶然バッタリ出くわした俺に声をかけ、お節介を焼いてご飯を奢った理由だ。


「俺に何か、重要なお話でも?」
「あぁ。俺と、取引しようぜ。」

「わかりました。俺のパパに立候補ですね?」
「お前が可愛い子猫チャンになれるならな。」

「なんと!穢れなき…『生娘』ですよ♪」
「そこは…カッコつけ不要な情報だな。」

黒尾さんは楽しそうに笑いながら、テーブルに広げていた戦利品…物件情報を取り払うと、
空いたスペースに、カバンから出した書類ケースを静かに置くと、おもむろに切り出した。


「赤葦。俺と一緒に…暮さねぇか?」




- ③へGO! -




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2020/03/03    (2020/01/10分 MEMO小咄より移設)

 

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