奥嫉窺測(8)  ~王姫側室④(前編)







「『世界』を、壊す…?」
「それは、どういう意味…?」


自分の『世界』が壊れるかもしれない恐怖を抱えている月島に対し、
あえてそれを行うと宣言した、黒尾と赤葦の二人。
その不穏な言葉に、月島だけでなく山口も不安そうに表情を曇らせた。
だが、黒尾達は「大丈夫だ。」とニンマリ笑い、二人の肩をポン!と叩いた。

「別に俺達は、月島君達のココロを粉々に打ち砕いてしまうような、
   理詰めで逃げ場のない『精神攻撃』はしませんよ…多分ね。」
「多少は厳しいことは言うだろうし、苦しい思いをするだろうけど、
   それも避けては通れない『通過儀礼』だろう…おそらくな。」

不穏を超え、かなり物騒な言葉に、月島と山口はヒッ!と息を詰まらせた。
そんな二人の目の前に、黒尾は勢いよく手を出し…ピンと小指を立てた。


「今回、一番立ててやるべき人物は、記憶喪失になってしまった…山口だ。
   だからここは、山口に誓いを立てる意味を込めて、『心中立て』をする。」

『心中立て』は、愛情の不変を誓う証…忠(まごころ)を立てることである。
遊女が小指の第一関節を切り落とし、それを客への心中立てとしていたのが、
『指切り』の由来…約束の厳守を固く誓い合う行為である。

「自分の『世界』を壊すとは、即ち…自分の『殻を破る』ことだ。
   そのためには、『外面』に隠された内面を曝け出すのが一番だ。」
「『外面』…『仮面』を剥がし、本性を暴露してしまうんですよ。
   腹の底に隠し、相手になかなか言えない本心を、伝えるんです。」

これは言う程カンタンじゃねぇ…自分の汚くて醜い部分をバラすんだからな。
だから、この場でお互いに見聞きしたことは、一切他言無用…
何なら、これから数時間の間の出来事は『記憶喪失』してしまってもいい。

「この『4人の世界』から『外』には、絶対に出さないと…ここに誓う。」


真剣な表情で小指を立て、月島と山口を真っ直ぐ見据える黒尾。
奥の奥まで貫き通すような強い視線…だが同時に温かさもある、不思議な瞳。
理由はわからないけれども、この人の言葉に嘘はないと…思ってしまった。

「記憶を失った俺が一番に言うのはズルいかもしれないけど…誓います。
   名目上は『俺のため』にして下さるんですから、俺は全部正直に話します!」

よろしくお願いします!と山口は勢いを付けて頭を下げると、
黒尾の小指に自分の小指をしっかりと絡め、キュっと強く握った。


複雑な表情でそれを眺めていた月島は、先の見えない恐怖と迷いを示すように、
小指を立てたり曲げたり…誓いを立てることを躊躇っていた。

おそらく、月島が一番ツラい思いをするはず…それがわかっていたから、
黒尾と山口は黙ったまま、月島が決断するのを待っていたが、
横から伸びてきた手が、戸惑い彷徨う月島の小指をむんずと掴むと、
強引に引っ張り、『心中立て』に絡みつけてしまった。

「『愛しい山口がそう言うなら、僕も覚悟を決めるしかないね』…でしょう?
   何をウダウダ悩んでるんですか。どうせ逃げられないんですから。」
「えっ、ちょっ、待っ…いや、なっ何でもないです!よろしくお願いします…」

赤葦の生暖か~い笑顔に、月島は完全降伏…渋々ながらも誓いを立てた。
さぁ、これで準備は整いましたから、黒尾さん…一思いにヤっちゃって下さい。
…と、赤葦は『外』から『司会進行役』を買って出ようとしたが、
今度は逆に月島から笑顔で小指を捕まれてしまい、『内』に引き込まれた。

「『当然ながら、俺もご一緒させて頂きますから』…ですよね?」

赤葦さんだけ逃げようなんて、そんなに世間も僕達も甘くないですし、
そもそも4人全員で誓約しなければ、全く『心中立て』の意味がないでしょう?
もしかして…僕以上に赤葦さんの方が、ヤマシイ部分があるんじゃないですか?

「ホンット~に、可愛くないっ!」
「これが僕の『本性』ですけど?」

早速『本音トーク』を開始し始めた赤葦と月島に、黒尾と山口は頬を緩めた。
そして二人が拗ねてしまわないうちに、黒尾は絡め合った小指を上下に振ると、
「全員…回れ右だ。」と指示し、4人は背中をピッタリ合わせて座り込んだ。
これなら、お互いの顔が見えない分、幾分か話しやすいだろう。


「大暴露大会…始めるぞ。」




********************




「まず最初に言っておく。俺も赤葦も、お前らのカンケー…知っている。」
「この点に関しては、隠したりしなくていいです…バレバレですからね。」


黒尾と赤葦の『とりあえずの暴露』に、月島と山口は真逆の反応を返した。
月島は「えっ!?」と驚愕の声を上げた後は、しどろもどろ…周章狼狽。
山口は「あ、そうですか〜」と安堵のため息…そして、闊達自在に喋り始めた。

「じゃあ、ついでにもう一つ、念のため確認させてもらっても良いですか?
   お二人は俺の『ライバル』じゃない…こう思って大丈夫ですよね?」

もし、万が一…だったら、醜い『月島蛍(かぐや姫)争奪戦』が勃発しちゃって、
俺は『黒尾鉄朗&赤葦京治殲滅作戦』を敢行しなきゃいけませんからね〜

「あっ…安心しろ。俺は人様のモノには一切興味ねぇから。」
「おっ、俺も…月島君の顔以外は、趣味に合いませんから。」

不穏も物騒も通り越し、ごくアッサリと危険な発言を繰り出した山口に、
黒尾と赤葦もタジタジ…静々粛々と山口の『大暴露』に聴き入った。


「実は俺、『月島君の記憶』が戻んなくても、別にイイかなぁ〜って、
   最初は暢気に思ってたんですよね~」

俺が記憶喪失になって、一番大変な想いをしたのは、間違いなく月島君だけど、
ホントに申し訳ないことに、俺自身はむしろ『超ラッキ~♪』な気分でした。
だって、目が覚めたらモロ好みの超イケメンが、自分にベタ惚れって状況…
少女漫画や乙女ゲーム、それこそ童話だったとしても、夢物語な設定ですよね〜

輝くイケメン殿が、俺に付きっきりで看病?お世話?してくれるんですよ!?
しかも、一生懸命甲斐甲斐しく…健気に「僕がしっかりしなきゃ!」って。
明らかに無理してんのがバレバレで、きゅ~ん♪ってなっちゃいますよね!!

「俺にとって『今の月島君』は、『超~優しいデレ甘さん』です。」

「山口君…ご愁傷様です。」
「記憶喪失…恐ろしいな。」
「正直、僕も…怖いです。」

山口の暴露した『今の月島君』像に、赤葦と黒尾はホロリと涙…
月島自身も「誰の話だかわかんない。」と、喉をヒクつかせて苦笑いした。


「勿論、それが『大勘違い』だってことは、散々言われてるんですけどね~」

周りからは「これがホントの蛍だと思っちゃダメだよ!?」とか、
「こんな月島…偽物だからな?」とか、再三『注意喚起』されまくりましたし、
月島君自身も、今の状況は罰だと…自分は『かぐや姫』だって言ってたから、
『元々の月島君』が俺に対して、結構アレな対応だったことは大体予測が付く…

「結構どころか…相当アレだったな。」
「正直、今の月島君は…宇宙人です。」
「悔しいけど…返す言葉が全くない。」

あぁ~、やっぱりね。
家族ぐるみの付き合いがある幼馴染…『気心知れた間柄』だし、
未だに反抗期…クールにカッコつけたいお年頃で、素直になれないみたいだし、
きっととんでもなくクソ生意気な、ツンデレ野郎…って『外面』だったんだね。

「山口君が大人しいのをいいことに、ヤりたい放題でしたよ。」
「幼馴染だからって、何しても赦されるわけじゃねぇのにな。」
「ちょっと!何もそこまでバラさなくたっていいでしょう!?」

背中越しにグリグリと肘で押し合う、黒尾と赤葦と月島の3人。
山口は「仲良くて妬けちゃうな~」と、乾いた笑いを立て、話を続けた。


「ところが、唯一その『仮面』を外せる相手だった俺が、記憶喪失に…」

いつも通りのキツ~イ『外面対応』を、記憶の全くない俺にしてしまうと、
フツーに考えて絶対に嫌われちゃうっ!と、当然ながら気が付いてしまった。
だから、月島君はその『ツンツン仮面』を脱がざるを得なくなってしまい、
結果的に『デレ甘イケメン』っていう可愛い本性を、晒すことになった…

「山口を大事にしてこなかったという罪に対する罰が…デレ甘暴露とはな。」
「これ以上に恥かしい罰など、そうそうない…壊れるのも無理ないですね。」
「だって…しょうがないでしょ!さすがの僕も、病人?には優しくしますよ。」

月島の苦悩ぶりが、ただの喜劇に…
不貞腐れる月島に、「可愛いな…」と黒尾と赤葦が笑いを堪えていると、
思いもよらなかった言葉が、山口から飛び出してきた。


「それは、俺にとっても…罰だった。」
「えっ!?何、だって…?」

山口の言葉に、月島は驚きの声。
それには山口はすぐに答えず…しばらくしてから、意を決するように深呼吸し、
今度は先程とは打って変わった震える声で、絞り出すように語り始めた。

「月島君は『ツンツン仮面』のままで…『性悪かぐや姫』のままでよかった。」


最初は、記憶喪失の俺を必死に介助してくれるのが、嬉しくて堪らなかった。
記憶を失ったおかげで、月島君がずっと傍に居てくれて、俺は凄く幸せだった。

皆は「偽物!」って言うけど、これが月島君の『本性』だって、俺は知ってた。
記憶喪失の俺には、『山口忠に優しい月島蛍』っていう『外面』も通用しない…
カラダに残る記憶が、それは『仮面』じゃなくて『本性』だと確信してたから。

「どんな『仮面』を被っても、俺には無意味…本性を晒す必要は、なかった。」

『仮面』が剥がれた月島君の姿を見て、周りは滅茶苦茶驚いて笑ってたのに、
いつしか「そんな月島も悪くない」「可愛いトコあるじゃん」って、
気付けば『実は優しいハイスペックイケメン月島蛍』は、モテ始めていたんだ。

「月島君はもう『性悪なかぐや姫』じゃなくなっていたのに…」
「外見上は逆に『モテモテかぐや姫』状態になってしまった…」

地上での贖罪を通し愛を知ったことで、『かぐや姫』は『人らしく』なった。
同様に、山口を失いかけて愛を知った月島は、逆に『かぐや姫』状態に陥った。
『人らしく』なったから、『かぐや姫』に逆戻りという…皮肉な結果である。


「『モテまくりかぐや姫』を見て、俺がどんなに焦ったことか。」

記憶喪失になったおかげで、『今の俺』は月島君に優しくして貰えた反面、
『元の俺』しか知らなかった月島君の本性を、皆に知られてしまうことに…

『世間の目ではなく、己の感情に目を向け、それを信じろ』という両親の教え…
これがあったおかげで、俺は記憶を失っても『俺の世界』を保つことができた。
『カラダに残る記憶』と、自分の感情…『ココロ』を素直に受け入れられた。
でもそれは同時に、『自分の本性』を知ることも意味してたんだ。

もしこのまま記憶が戻らなかったら…?
恋人の記憶を取り戻せない俺を、さすがの月島君も愛想を尽かすかもしれない。
『俺のモノ』じゃなくなったり、『顔以外の部分』も趣味に合っちゃったら、
あっという間にどこかの超世話焼きに、靡いたりよろめいたりするかも…?

「そんなの、絶対に嫌…かぐや姫を、誰にも渡したくなかった。」


自分の中にあった強烈な独占欲と、周囲に対するドス黒い嫉妬心。
そして、『月島君が欲しい!』と絶叫し続ける、自分のカラダ…
記憶を失ったことで、自分の奥に隠れていた欲望が、はっきり見えてきたんだ。

「『自分の世界』は失わなかったけど、『自分の本性』を思い知らされた…
   一番目を背けたい部分を自覚するっていう罰を、受けることになったんだ。」

『元の俺』は月島君の影に隠れて、比較対象として『大人しい良い子』認定…
でも本当の俺は、醜い感情を奥に抱えながら、月島君を独占し続けていたんだ。

「記憶を失ってしまったことで、月島君への恋愛感情だけではなく…」
「己の中の醜い嫉妬心や強欲さまで、自覚せざるを得なかったのか…」

周囲に惑わされず、己の感情に目を向けることは、プラスの結果だけではなく、
己のマイナス部分を暴露してしまうという、残酷な現実を齎してしまうのだ。

「対人関係の記憶を失うよりも…」
「こっちの方が、遥かに辛ぇな…」

山口が負った過酷な罰に、黒尾と赤葦は胸が締め付けられる想いだった。
もし自分が記憶喪失になったら、この現実に自分が耐えられる自信は…ない。
別の意味で、自我の崩壊…『世界』を失ってしまいかねないだろう。


「自分の醜悪さを自覚した俺は、自分が大嫌いになっちゃいそうだったけど、
   月島君と離れることなんてできないから…それを受け入れるしかなかった。」

   早く記憶を取り戻さなきゃ。
   戻せなくても繋ぎ止めたい。
   ずっと、俺だけの月島君に…

「だから俺は、『カラダの記憶』通りのカンケーを再築しようとした。
   記憶を取り戻すきっかけになりそうだし、何よりも…俺がそうしたかった。」

でも月島君は、一向に『元の俺達』がシてたようなことをする気配はなく、
まるでかぐや姫みたいに…記憶を失った俺には『何もしなかった』んだ。
いよいよ焦った俺は、ほとんど騙し討ちみたいな卑怯な手を使って、
昨夜ようやく、かぐや姫を一歩だけ動かすことができたけど、
結果は、月島君が欲しくて堪らない…自分の強欲さを再確認しただけだった。


「…もうここまで暴露しちゃったから、肚を決めて最後まで言うね。」

キスだけじゃなくて、もっと深いところに残る『カラダの記憶』が…
「『かぐや姫』は俺のモノだった」という俺のココロが間違いないと、
アタマとカラダ全部で、月島君のことを思い出させて欲しいんだ。

「『何もしない』なんて…嫌だ。元の俺達がしてたようなこと…しよ?」



山口が言葉を閉ざすと、場は重い沈黙に包まれた。
だがその沈黙こそが、『月島の世界』が瓦解する音でもあった。

しばらく呆然と月を眺めていた月島…世界が全て崩れ落ちると、
本当に月島が壊れてしまったように、今度は大きな声を上げて笑い始めた。

「黒尾さんでも赤葦さんでもなく、まさか山口に『世界』を壊されるとはね。」


僕はずっと恐れていたんだ。
山口が記憶喪失になった『一大事』に、僕はただ傍に居るだけの、役立たず…
僕は山口に『何もしなかった』し、何もできないままだった。
その間にも山口はどんどん記憶を取り戻し、新しい『山口の世界』が構築され、
山口の中に僕の居場所がなくなっていると…そう思い込んでいたんだ。

「それは僕にとって、『世界』の中心がなくなることを意味する…
   僕が僕でなくなってしまうことに、ずっと怯え続けてた。」

でも実際には、僕が『何もしなかった』というのは共通認識だったけど、
その意味するところは全然違った…笑っちゃうぐらいにね。
こんなことなら、カッコつけてガマンなんかせずに、いつも通りの僕のまま…
ワガママにヤりたい放題、山口と『元のカンケー』をごり押しすれば良かった。

「月島君は、幼馴染の『役に立てなかった』ことを、殊勝ながら悔やみ…」
「山口の方は、恋人が『役立たず!』なことに身を焦がしていたんだな…」

どっちにしても、傍に居ても何もしなかった僕は、山口にとって役立たずです。
記憶が戻ろうが戻るまいが、それは変わらない。新しい山口の世界に、僕は…


「それは違うよ。」

月に向かって自嘲していた月島を、山口は強い口調で遮った。
とりあえず今は、アッチの『役立たず』については置いといて…と前置きし、
言葉をひとつひとつ区切るように、はっきりと断言した。

「ただ傍に居るだけで『何もしなかった』…そうじゃないんだ。
   何もしなくても『ずっと俺の傍に居てくれた』…こっちが重要なんだ。」

いくら両親の教えがあって、月島家の手厚いサポートがあっても、怖かったよ。
記憶喪失…自分が分からなくなるんだから、ホントは途轍もない恐怖だった。
それでも俺が『世界』を壊さずに済んだのは、月島君が傍に居てくれたから…
絶対的な安心感があったからこそ、カラダの記憶を信じることができたんだ。

「僕は山口に、何もしてないのに…」
「傍に居てくれた。それが…一番。」


場に再び落ちる沈黙。
だがそれは、月島の『殻』が消え…新しい『世界』が始まる音でもあった。




- (8/後編)へGO! -




**************************************************


それは甘い20題 『14.指切り』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。


2017/11/28   

 

NOVELS