対暑涼方







「あーーーづーーーいーーーっっっ!」
「ウルサイやまぐち…あつくるしい…」
「ピクリとも、ヤるきがおきねぇな~」
「ヤるきがあれどおきない…でしょ。」


黒尾法務事務所の面々は、世間の皆様と同じように、酷暑でグッタリ…
お盆前にビッチリ〆られた納品のため、昨日まで修羅場っていたこともあり、
(お盆前に納品したって、元請サン達は成果品を見もせず連休じゃねぇかよ。)
疲労とストレス、欲求不満に夏バテも重加算され、ナニもヤる気になれず、
冷えたリビングと続き間になっている、3階黒尾赤葦家の和室でゴロゴロ…

「アンタら、御客様が来てんのに、この有り様…ちょっと酷くない?」

「お前のどこが『御客様』なんだよ…研磨、白パピコ取って来てくれ。」
「僕には麦茶のおかわりを…氷は2つでお願いします。」
「二人共、孤爪師匠に失礼ですよ…あ、黒尾さんの隣はご遠慮下さい。」
「研磨先生、モノじゃなくて…暑さを吹き飛ばす寝物語を聞かせて下さい~♪」

引き籠り気質の研磨だが、実際は猛暑でも御出勤しなければならない社会人だ。
修羅場でなくても三日間ぐらい家から出ない、自宅兼事務所の自営業者の方が、
実質的にはリアルに引き籠り体質…一日の歩数が1,000歩以下な日もザラだ。
(今日は現時点で…仕事帰りの研磨を玄関に迎えに行って、ちょうど819歩。)


暑さでバテバテな家猫のように、冷房の効いた部屋で伸びきる4人を横目に、
研磨はシャワーを浴び、冷蔵庫を漁って缶ビールをあおり、扇風機を独占。
手土産に持って来た、お寿司…の宅配チラシを、黒尾に向かって放り投げた。

「赤葦のご要望…『クロの隣』は、こっちから願い下げ。」

だから、それ以外のものを…
お寿司セット『梅』なら、月島の麦茶。『竹』ならクロの白パピコを。
豪勢に『松』を頼んでくれるなら、山口リクエストの寝物語コースとか、どう…

研磨が言い終わらない内に、赤葦は黒尾と研磨の間に体を割り込ませながら、
「特上松コース。枝豆とフライドポテトといちご大福を5人前。」と電話した。



*****



いつか、こんな日が来るんじゃないか…
近いうちに、絶対このセリフを聞くに違いないと、僕と山口は確信していた。

「ツッキー、山口。ちょっといいか?
   お前らに、その…話しておきたいことが、あるんだが…」


ここは、黒尾法務事務所。
素晴らしく美しい恐竜たちが闊歩する、灼熱の地球上にある人類居住区の1つ…
JPN-045コロニー(通称:Yokohama)の端っこにある、事務所兼所長自宅だ。
所長の黒尾(α)と、参謀の赤葦(Ω)…この『つがい』が当事務所を経営し、
隣人の山口(β)と月島(β)のカップルが、法務及び経理担当として働いている。

僕と山口は、幼馴染からズルズル…平穏無事そのものの、βっぽい安寧の日々。
対する黒赤コンビは、『名は体を表す』を三次元化したようなイロモノ…
『ホモ・オメガバース代表』と言っていいレベルの、『ザ☆αΩ!!』だ。
凹と凸だって、ここまで合致しないんじゃないか…そう思ってしまうぐらい、
デ~レデレのラ~ブラブな、実に羨ま…傍迷惑なお二人さんである。

人目も憚らず、僕達がドン引きする程にイチャイチャしまくるのが通常運転。
だけど、そのイチャっぷりの『質』が、ここ最近ちょっと変化してきたことに、
僕と山口は目敏く(というか、どうやっても目に付くから)…気付いていた。


街中を歩く時は以前から手を繋いでいたが、家の中でも繋ぐようになったり、
扉の開閉だけじゃなく、立ったり座ったりの時も完璧エスコートしちゃったり、
特に階段は、これでもか!と密着し、しばし歩を止めて見つめ合っていたり。

「黒尾さんの、『赤葦さん甘やかしレベル』…メーター振り切っちゃったね~」
「赤葦さんも、全てを黒尾さんに預けきって…ほぼお姫様抱っこ状態でしょ。」

さすがに、これは異常かもしれない。
その『かもしれない』は、すぐに『まちがいない』に格上げされた。
どんな時でも食事をおろそかにしない赤葦さんが、まさかの食欲減退。
「箱入り王子です♪」と溺愛し、箱買い常備している幸麻呂(さちまろ)こと、
ハッピーターン・ツンまろ味を、満面の笑みで頬張った直後…トイレへGO。
「俺の王子がぁぁぁぁ…ぉぇっ」という嗚咽が、流水音と共に聞こえてきたり。

呼吸を荒げ汗を流していたかと思うと、その直後、逆に寒さに震えていたり…
明らかな体調不良から仕事も休みがちになり、定期的に黒尾さんと共に通院し、
イチャイチャの成分比率が、性愛過多から慈愛偏重へと明確に変化した頃、
「今年のお盆休みは、長めに取ることにした。」との決定事項が告げられた。


   (これは、もしかしなくても…!)
   (ついに、きた…そうだよね!?)

男性かつβの僕達には、ソレがどんなものか『実感』としてわからないけど、
多分恐らくきっと十中八九間違いなく…僕達にソレの『ご報告』があるはずだ!

その日を今か今かと待ち続け、そろそろガマンの限界に達しそうだった頃。
明日から2週間もお盆休み…バケーション級の長期休暇前日になってようやく、
待ち焦がれた『ご報告』を予感させる「ちょっといいか?」が聞こえてきた。

山口にお茶とお菓子を依頼し、重そうな身体を黒尾さんに支えられながら、
応接ソファに深々と身を沈めた赤葦さんは、一口だけお茶で唇を潤すと、
片手でそっとお腹を擦りつつ、頬を赤らめてぽそぽそと語り始めた。


「直前のご報告で、大変申し訳ないのですが…明日から、産科に入院します。
   実は、俺のお腹の中に…」

   やったぁぁぁぁぁっ!!!
   おめでとうございますっ!

僕と山口はテーブルの下でギュっと手を握り合い、絶叫する準備を整えていた。
(正確に言えば、バンザ~イ!と飛び上がりたいのを、必死に抑えていた。)
しかし、聞こえてきたのは、全く予想だにしなかった…衝撃の内容だった。

「お腹にできた筋腫が、巨大化してしまいましたので、切除してきますね。」
「入院期間は、明日から約一週間。ま、この機に俺らものんびり休もうぜ。」


「…は?デキたのは、筋腫???」
「…え?ご懐妊じゃなくて???」

僕達は揃ってポカンと口を開け、思いっきりマヌケ面を曝してしまった。
だが、僕達の反応に対し、黒尾さん達はそれ以上に『目が点』になり…
唖然とする僕達を置いて、二人で腹を抱えて大爆笑していた。

「ちょっ、お前ら…っ!何でそんな誤解しちまったんだよっ!」
「俺達が…αΩがそう簡単に妊娠できるわけ、ないでしょっ!」


あーでも、俺らの凹凸合致率がケタ違いってのは、関係あるかもな。
『つがい』が確定してから、それはもうめくるめく愛と官能の日々…
どうしてこんなに結合しまくってもデキねぇのか、人体ってのは謎だらけだが、
相性良過ぎて『お元気!』になっちまった結果、全身の血行もギュン!っとな。

「強力なホルモンも影響し…あっという間に筋腫が成長したらしいんだよ。」
「そのせいでド貧血に…階段の昇降ですらゼェゼェするようになりました。」

とにかく、身体が重いんですよ。
貧血…要するに、全身が酸欠状態なんですから、当然ですよね。
日常生活にも支障をきたすようになったので、さすがに処置することに…
ですが、これが許し難い大誤算を生んでしまったんです。

「貧血を治療するためのお薬…鉄剤との相性が、とことん悪かったんです!」

まさか、この俺が!?
人類史上最高レベルで鉄に愛されし存在なのに、鉄剤を受け付けないだなんて…
錠剤でもシロップでも、胃腸を直撃してゲェゲェ吐いてしまったんです。
鉄が人体には毒となる金属なんだと、身を以って痛感したことなんかよりも、
『鉄を受け付けない』事実に、心の方が大ダメージを喰らってしまいました…

「俺は、二次創作の中でしか…吸血鬼にはなれないみたいなんです。」
「これが、どれだけ俺達にとって痛恨の極みだったか…察してくれ。」


鉄剤の経口摂取が不可となったため、直接鉄分を血液にブチ込んで貰うことに…
週一回通院し、鉄分の注射を継続しているとこなんですよ。

「鉄…は経口からも、お注射でも、やや過剰気味に摂取しまくってるのに…
   酒と同じで、俺の愛はまたも一方通行ってオチ…もう笑うしかないですよ。」
「いや、待て。酒はともかく、鉄…とは双方向に愛が通じまくってるだろ?
   俺らの天文学的な結合率の高さを、筋腫が…オマケがてら傍証しただけだ。」

   黒尾さん、俺に甘過ぎ…優しすぎ♪
   赤葦も、お注射…俺が好き過ぎだ♪


…とまぁ、そんなこんなで。
筋腫を小さくするため、ホルモンの分泌を抑える偽閉経薬を注射したんですが、
その影響で『プチ更年期障害』体験中…突然、体が火照っちゃうんですよ!!
瞬間湯沸器みたいにカッ!と熱くなり、全身の毛穴からボタボタと汗が垂れる…
これ、言葉で言うよりも、はるかにしんどい『よくある症状』なんですよ。

高温注意情報発令中の真夏の午後、長袖長ズボンで坂道を全力疾走しまくり…
その直後、今度はエアコン室外機の熱風に当たっても、寒さを覚える感じです。
一時間に1~2回訪れる急上昇&急降下に、グッタリ疲れちゃうんです。

「体温調節のできない変温動物…恐竜だか爬虫類だかになった気分ですよ。」
「今後は絶対、更年期障害の人を…最大限労わってあげようと心に決めた。」

そういうわけですので、しばらくは皆さんにご迷惑をお掛けすると思いますが、
サクっとリニューアルしてきますので、ご理解ご協力の程、お願いしますね。

「俺の居ない間、黒尾さんのこと…適度に面倒見てあげて下さいませ。
   あくまでも『適度』に、ですよ?どうかお間違えなき様に。」


   それでは、ごきげんよう。
   身軽になって、帰って来ますね。

赤葦はそう微笑むと、必要以上に黒尾に密着しながら、自宅へ上がって行った。



*****



「Ωは男性でも妊娠可能…
   逆に言うと、こういった婦人科系疾患とも、無縁ではいられなくなるんだ。」

2年前の春、皆と一緒に考察しまくった『オメガバース研究』…
あれからBL漫画は300冊程読んだけど、未だオメガバーズは手つかずなんだ。

娯楽として楽しんではいない。でも、こうやって考え続けてはいたんだ。
妊娠・出産に関わる女性ホルモンが強いΩにとって、避けて通れない問題…
勿論女性にとっても、誰しもが他人事ではいられない、凄く大事な論点だよね。

「今回のミニシアター、別の意味で『暑さが吹き飛ぶ』話だったでしょ?
   たまにはこういう『ためになる考察』も、悪くない…かな。」


最後に皆、教えてくれる?
俺のミニシアターの感想と…『超未来酒屋談義』の世界について、どう思った?


研磨の問いに、4人は真剣な表情で顔を見合わせ、慎重に言葉を選んだ。

「今の俺達には、実体験できない世界だけど…想像するって凄く大事だよね。」
「二次創作を通じ、未知の世界を想像することで…他人の痛みを感じられる。」
「どんな状況でも、想像の中でも…最愛の人を大切にしたいと強く思ったよ。」
「想像の結果、このように断言して下さる人がいることに…幸せを感じます。」

答え終った4人は、四方から研磨にぴったりと寄り添った。
暑苦しいんだけど…と言いつつも、研磨は穏やかに微笑み、4人を抱き寄せた。





- 終 -




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※オメガバース研究 →『αβΩ!研磨先生


2019/08/22    (2019/08/11分 MEMO小咄より移設)

 

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