夏越鳥和(前編)







「ただいま戻りました~って、うわっ!どどどっ、どうしちゃった…!?」
「珍しい…何があったんです?」


梅雨は明けたはずなのに、例年通りに梅雨明け宣言後は大雨の連続だ。
ジメジメの中、外回りの仕事をこなして帰ってきた月島と山口は、
外よりも更にジメジメした事務所内…その発生源を見て驚いた。

淡々としているようで実は激情家の赤葦は、定期的にジメることが多々あるが、
実は最も感情が表に出ない黒尾が、あからさまにジメジメしているなんて…

   (鬱陶し…いや、かなりレアかも?)
   (黒尾法務事務所…始まって以来?)

応接ソファの隅に、デカいカラダを精一杯縮こまらせながら丸く伏せる姿は、
さながら飼主に「めっ!」をされていじけた、甘ったれな御猫様なのだが、
その飼主はと言うと、丸まった背を優しく撫でて慰めている状態…
どうやら、しょーもない痴話喧嘩が原因ではないらしい。

   (もしかすると、これは結構な…)
   (緊急事態発生、だよっ!)


自分達の大切なボスの、あまりに『らしくない』姿に、
月島達は迅速に手洗い&うがい&お着替え&おやつ&お茶を調えて、
応接ソファの対面に着席…赤葦に視線で「何事ですか!?」と問い掛けた。

すると赤葦は、困惑とも苦笑いともつかない表情で、
月島達が予想だにしなかったことを、小さく呟いた。

「どうやら『白い小鳥さん』に、こっぴどくフラれた…らしいんですよ。」


「し、白い…小鳥?フラれた?」
「猫が、小鳥を飼うつもり…?」

言っている意味が全くわからないと、月島達は首を揃えて横に捻る。
赤葦も詳細は知らないらしく、同じように首を捻りながら黒尾の背を撫で、
鳥類の王たる梟と、誓約を司る八咫烏達は、あなたの味方ですから…と、
主君に無礼を働いた『白い小鳥』について話すよう、優しく促した。

「ほ~ら、黒尾さん!小鳥と言えば『笹に雀』…笹大福を買って来ましたよ!」
「これをかか呑みし、日本史上屈指の鳥類トリオに話し…水に流しましょう。」

可愛い部下達の励ましで、黒尾はおずおずと顔を上げ…笹大福を一口でペロリ。
渋い緑茶ですっかり流し込んでから、お口直しの星型あられを摘みつつ、
ばりばりぼそぼそと、『白い小鳥さん』とやらについて語り始めた。


「実は、白い小鳥の囁きを…ツイッターを始めようとしたんだ。」

その動機は、ごく単純。
毎週日曜更新のブログ…そのネタ集めに便利だと、サムライ仲間に聞いたんだ。
新しくできる法律や、改正される制度の『概要』をいち早く知りたい時とか、
官報やら法務雑誌を読み込む前の、調査の『手がかり』として使える…と。

「ツイッター情報を『そのまま』使うことはできない…ソースが不確定だし。」
「あくまでも、情報収集の一手段…出典や根拠にあたる必要がありますよね。」
「文書を扱うプロとして、当然でしょうが…常に心に留めておくべきですね。」


行政書士とは、ありとあらゆる行政機関に提出する文書に関わる専門家だ。
公的文書の公正性を守るため、細心の注意を払って職務を遂行している…が、
行政機関本体やそのトップが、率先して文書改竄し、信頼を損ねる事件が多発…
これは、最前線で身を削るサムライ達の存在意義が脅かされているだけでなく、
社会全体が覆ってしまうかもしれない、実に深刻な事態なのだ。

各種免許や許認可、公的認証等が『正しい』という大前提に基づいて、
売買契約や雇用契約等の社会システムが成立し、世の中が回っている。
それを行政や国が改竄だなんて、自らの根幹を破壊しているのに等しいのだ。

「実は医師免許や運転免許が偽造、もしくは、いい加減に許可されてたら…?」
「恐ろしくて病院に行けないし、公共交通機関にも乗れなくなっちゃうよっ!」

行政文書とは、お役所の面倒な書類というだけの話ではない。
ごく身近な『生活』に直結する大問題…公文書とは、それほど重いものなのだ。

激怒を通り越して、絶望すら覚えるよ…
度重なる改竄事件についてそう零した、黒尾の冷気を思い出した3人は、
ぶるりと芯から身を震わせ…慌てて『白い小鳥さん』に話を引き戻した。


「ツイッターは、そんな重々しい文書とは全く違うモノですけど…」
「まさか黒尾さん、ポロっと毒吐いちゃって大炎上…とかですか?」

たった500字程度のブログですら、起承転結…論理の展開に苦心しまくり、
推敲に推敲を重ねる慎重派の黒尾が、焼鳥(小鳥炎上?)するとは考えにくいが、
何をきっかけにして焼鳥にされてしまうか、特に初心者にはわからないし、
140字では本意が伝わらず、誤解を受けやすい…文章としての難易度は高い。

「地味で堅実で不器用でクソ真面目な黒尾さんは、炎上もしにくいでしょうが、
   小鳥さんと相性がいいとは言えない…理屈大好きな梟がお似合いですよね。」

最愛の伴侶へのラブレター(反省文)も、起承転結&三段論法の論文調…
しかも自宅で自営業の引籠り型で、24時間中36時間ぐらい伴侶とベッタリ、
グっとクる妄想より、妄想の定義を考察したがる理論&活字中毒者ですから、
お外で可愛い小鳥さん達と戯れるより、お内で孤高の猛禽類と議論すべきです。

「他所の白い小鳥さんなんて放っておいて、梟(と八咫烏達)と一緒に…ね?」


今回は珍しくいじけた黒尾の話を聞き、慰めるターンだったはずなのに、
いつの間にか、白い小鳥さんから黒尾を引き離して話を逸らせようとしている…
ちょっぴりほっぺを膨らませる姿は、鳥ではなくモチが大炎上中の証拠である。

   (ツイッターの小鳥にまでヤキモチ…)
   (ここまでくると…逆に清々しいね。)

いじけではなく、歓喜で震える黒尾の背中を笑顔でどつきながら、
月島と山口は、「それで…結局どういう話なんですか?」と、
『いじけモード』からそこそこ復活した黒尾に、軽やかな声で先を促した。


「守秘義務もあるし、プライベートで語るようなことも特にねぇから、
   主に『公式』っぽいとこばかりをフォローするアカウントを取ったんだ。」

官公庁や法・科学系雑誌、博物館や天文台、釣りとスポーツと脱出ゲーム等々…
個人の呟きじゃなく、情報ソースとなり得るモノを見るだけのアカウントだ。
迂闊に身分を明かせないし、気の利いた小鳥ネーム?も思い付かなかったから、
親戚んトコで飼ってる、激可愛い猫の写真&名前で登録したんだが…

「登録翌日、小鳥さんの巣…米国本部?から連絡が来て、ロックされちまった。
   『あなたのアカウントはなりすましの可能性があります』ってなカンジで。」

「なりすましっ!?まだ一言も呟いてないのに…そんなことってあるの!?」
「まぁ、親戚宅の御猫様名を騙っているという点では…正しい認識ですね。」


ロックを解除するには、画像認証と共に電話認証が必要だ…とか言われ、
仕方なく指示通りにしたら、なんとかログインできるようになったんだ。

すると今度は、プロフィールを完成させるために正しい生年月日を入れろ、と。
『たとえあなたが猫であっても』…っていう注意書きまで入ってたんだよ。

だから俺は親戚に連絡して、御猫様の正確な生年月日を教えて貰い、入力した。
元の飼主から引き取った時に、たまたまその子の血統書もあったらしくてな。

「文書の正確性を重んじる…小鳥相手でも徹底するのは、さすがですね。」
「ちゃんと根拠となる血統書の画像も、送って貰った…抜かりはないよ。」


さぁ、これで文句はねぇだろ!と、再度ログインを試みたら、警告文が出た。
『13歳以下はダメです』…小鳥さんと戯れるには、年齢制限があるらしい。

このロックを解除したければ、生年月日が入った写真付の身分証画像を送れ、
それで年齢が確認できたらOK…ただし認証には時間がかかります、とな。

御猫様の写真付身分証…血統書に写真を添えて送ればいいのか?
っつーか、野良出身だと正確な生年月日も不明だし、証明書も当然ないし、
そもそも13歳以上は結構な御老体…可愛い盛りの子猫はダメなのか!?
むしろ、生まれたての子猫こそ、世界中の皆様は愛でたいと思うはずだろっ!

別に俺は、猫だからって小鳥さんを捕って喰おうなんて微塵も思ってない…
こんなにも警戒されるのは心外だし、猫に対して厳しすぎやしねぇか?

ここまで小鳥さんから敵意剥き出しにされると、さすがの俺もショックでな。
血統書と写真を送るべきか…知り合いの弁護士に相談しようと思ってるんだ。

「ツイッター…猫とは相性が悪いみてぇだな。」

全てを語り終えた黒尾は、コテンと横になって赤葦の太腿にもぞもぞ顔を埋め、
俺にはやっぱり、梟や八咫烏と考察し合う方が似合ってるよ…と呟いた。


腿の上で大人しくなった黒尾の背を、赤葦は撫で撫で…しつつ口元を押さえ、
月島達と視線を交わしながら、必死に噴き出しそうなアレコレを堪えていた。

入力すべきだった生年月日は、御猫様ではなく…『黒尾鉄朗氏』のやつでしょ!
紛らわしいですけど、『たとえ猫でも』ってのは…アメリカンジョークですよ!
弁護士さんに相談してしまう前に、俺達に話してくれて…本当によかったです!

…というツッコミを、3人は深呼吸と共にゴックンと丸呑みし、
ピクピク緩む頬を引き締め、『黒尾さんを慰撫する会』をスタートさせた。


「それはそれは、大変辛い思いをなさったんですね…心中お察ししますよ。」
「そんな黒尾さんにピッタリなモノを…丁度僕と山口が頂いて来たんです。」
「嫌なコトはかか呑みして、水に流す…季節にピッタリの考察しましょう♪」




- 後編へGO! -




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2018/07/07    (2018/07/06分 MEMO小咄より移設)

 

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