※『直接間接』の続き。



    直巻分巻







いつもは「ツッキィィィ~~~!」と、両手をぶんぶん振りながら来る山口。
だが今日は両手が塞がっており、尻尾を振り回して月島をお迎えに来た。

顔には一切出さないが、月島もその声に耳をピンと立て、尻尾を振って大歓待。
お片付けをしている黒尾と赤葦は、そんな大型わんこ2匹に隠れてホッコリ…
しかけたが、山口が両手で握りしめていたモノを目敏く見つけた赤葦も、
ギュンギュン尻尾を振り回し、2匹の元へすっ飛んで行った。


「お疲れ様です!皆さん、おやつをどうぞ~♪」
「さすがです山口君!俺が一番好きなおやつを持って来て下さるとは…!」

梟谷の監督さんから、第三体育館の苦労人共に…って『おだちん』貰いました!
甘いモノとかジュースより、こっちの方がいいかな~って思ったんですが…

「俺も甘いのは苦手だから…こっちの方が嬉しいな。サンキュー、山口!」
「500円だと、一人1個ずつしか買えなかったんですが…どれがいいですか?」

体育会系の躾が行き届いている山口は、『年功序列』システムを徹底…
まずは最年長の黒尾に、おやつの『おにぎり』を見せ、選ばせようとした。
だが黒尾は、真横から発せられるキラキラした視線に気付かないフリをしつつ、
「参考までに訊くが…」と、赤葦に質問を投げ掛けた。


「この中で、俺にピッタリな具…赤葦はどれだと考える?」
「そうですね。梅、鮭、ツナマヨ、明太子の中でしたら…」

まず梅ですが、こちらは炭水化物とクエン酸の組み合わせですので、
エネルギーをストックしやすい…これからも業務がある方にオススメです。
鮭は良質なタンパク質…抗酸化作用のあるアスタキサンチンが豊富ですから、
ストレスで溜まった活性酸素を除去するには、こちらが最適でしょうね。

ツナマヨは脂質多めなので、ウェイトアップが必要な月島君向けですし、
明太子には必須アミノ酸のBCAA…成長期の山口君に相応しいかと思います。

「以上により、疲れやらナニやら溜まっていらっしゃる黒尾さんには、
   鮭おにぎりがベストではないかと…俺は考えました。」
「よくわかった。お前の考察通り、俺は鮭おにぎりを選ばせて貰おう。
   消去法で赤葦が梅おにぎりになるが…それでいいか?」

「勿論です!喜んで…梅を頂きます!」
「この後の業務も…無理はすんなよ?」


この黒尾と赤葦のやりとりを、月島と山口は感嘆のため息と共に眺めていた。
赤葦が『梅おにぎりLOVE』なのは、周知の事実…おやつは大抵ソレだった。
山口も最初から、梅は赤葦専用のつもりで買って来ていたのだが…

こちらも超体育会系の赤葦は、年長者の黒尾より先には絶対に選ばないし、
安易に黒尾が赤葦に一番手を譲ったり、梅を手渡したとしても、
赤葦は遠慮して、頑なに受け取らない…無駄に礼儀正しく頑固者なのだ。

それを全て見越した上で、赤葦に納得ずくで梅を選ばせた黒尾の人心掌握術に、
月島達は心から感服…赤葦は尊敬と感謝満載の、益々キラキラな視線を放った。

   (黒尾さん…すっごい優しいっ!!)
   (赤葦さんを完璧に…餌付けした!)


お互いに(無意識の内に)意識しまくりなのに、一向に進展しない黒尾と赤葦。
間接キスと直接キスの違いもわかっていなかった、超鈍感で大ボケな二人が、
この『おやつのおにぎり』で、少しは前進…できますようにっ!!!

月島と山口はそう祈りながら、チラリと視線を交わし…ニヤリとほくそ笑んだ。

   (山口…ナイスなおやつ選択だよ!)
   (もうひと押し…してあげちゃう?)

視線と口の端の動きだけで、完璧に意思疎通した幼馴染の二人は、
ツナマヨと明太子をそれぞれ手に取り、『あともう一歩前進作戦』を決行した。


「僕達がツナマヨと明太子…これも助かるよね。」
「4つの中だと、この2つが『半分こ』しやすいんだよね~♪」

二人は仲良くそう言い合うと、おにぎりフィルムを同時に外し始めた。
まずは頂点から①のテープをくるり、次に底辺の②と③を引いて海苔を装着、
そして外した②のフィルムを再度底辺に差し込み、『持ち手』にすると、
もう一方の底辺の③から、同時にかぶりついた。

「えっ!?頂点からじゃなくて…そっちから食べるんですかっ!?」
「っつーか、物凄ぇシンクロっぷり…尋常じゃねぇ仲良しだなっ!」

直巻タイプのおにぎりだった黒尾と赤葦は、幼馴染達の分巻?テクに唖然…
おにぎりに喰い付くのも忘れ、二人のやりとりを、興味津々に観察した。


「どちらかの底辺から食べることには、ちゃんと理由があります。」

コンビニのおにぎりの具は、重心付近…即ち、高さの真ん中よりも下にある。
そのため頂点から食べ始めた場合、ご飯が『半分こ』の位置に到達しても、
具はほとんど口に入らないという、不平等(不均衡)が起こってしまうのだ。

だが、底辺→頂点からの垂線(①のテープライン)という向きで食べると、
ご飯と具も等分になりやすく、また『持ち手』部分を食べないことで、
わかりやすく簡単に『半分こ』を実現できる…賢くフェアな分け方なのだ。

「それに、ツナマヨも明太子も、練ってある系の具…分けやすいんですよね~」

   それじゃあ、ツッキー…はい!
   んー。。。次は山口も…はい!

半分食べ終わったツナマヨおにぎりを、山口は「はい!」と月島に渡…
すかと思いきや、月島の口元にそのままおにぎりを持って行き、
器用に『持ち手』をずらしながら、餌付けするように月島に食べさせてあげた。
月島が食べ終わると、当然のように今度はその逆…『半分こ』を満喫した。


「はい!」&「んー。」…こないだのリップクリームのようなやり取りに、
黒尾と赤葦はド肝を抜かれ、先日と同じようにツッコミを入れようとしたが、
今回は月島と山口が機先を制し、勢いよく二人に提案を持ち掛けた。

「そう言えば、黒尾さんだってこの後まだまだ業務がたっぷり…ですよね?」
「赤葦さんだって、相当アレとかコレとか溜まってるんじゃないですか~?」

梅は勿論、切り身が入ってる鮭おにぎりも、『半分こ』は難しいんで…
お互いに必要な栄養補給のために、一口ずつ食べさせてあげたらどうでしょう?

「確かに…俺達、状況としては似てますもんね。」
「お互い業務と疲労が蓄積状態…両方必要だな。」


よし、ちょっと待ってろよ…
黒尾は白ご飯の部分を何口か食べ、鮭の切り身が出てきたところで、
「ほら!」と赤葦の口元におにぎりを差し出し、笑顔で『一口』を促した。

「わぁ~!黒尾さん、やっさし~い♪」
「赤葦さん、鮭…美味しそうですね~」

最初は躊躇っていた赤葦も、黒尾の笑顔と外野の『やんや♪』におされ、
そろりそろり…やや遠慮がちに、唇だけで鮭に喰い付いた。

だが、その『遠慮』が裏目に出た。
切り身の縁には、こんがり焼き目のついた皮が付いており、
唇だけでは『一口』のところで上手く鮭を切ることができず…ズルリ。
赤葦は唯一の貴重な具を全部、黒尾のおにぎりから抜き取ってしまった。


「あっ…!!?」
「これは…酷いっ!!」

たとえ僕達が超仲良しでも、コレを相手にヤられたら…さすがに喧嘩ですね。
そうならないために、鮭はフレークのものだけを買うことにしてますが…

「くくっ、黒尾さん…赦してあげて!」
「ドンマイ赤葦さん…よくあること!」

二人を煽っておきながら、最悪の結末を迎えつつあったことに、
月島と山口は真っ青…作戦ミスごめんなさい!!と心の中で土下座しつつ、
必死に二人をフォローしたが…黒尾達は全く気にしていないようだった。


「んー。」
「おぅ。」

鮭を咥えた唇を少し突き出し、赤葦は黒尾のシャツをキュっと引くと、
黒尾はごくごく自然な動作で赤葦に顔を近づけ、切り身にそっと噛み付いた。
身はちょうどいい辺りで分割されたが、まだ皮は二人の唇の間で繋がったまま…

赤葦は唇でしっかり皮を挟むと、黒尾は一口ずつじわじわと距離を縮め、
赤葦の唇に自分の唇を固定させ、お互いに反対方向に力を加えて分け合った。

「実は俺…鮭が一番好きな具なんだ。」
「無事お返しできて…良かったです。」

きちんと『一口』あげられたことと、残りをお返しできたことに、二人は安堵…
満足気に微笑み合った後、何事もなかったかのように続きを食べ始めた。


梅おにぎりの方は、どうするんだろう…

月島と山口は、それが気になって仕方なかったが、
「おおおっお茶買って来ます!!」と、猛ダッシュで体育館から逃走…
自販機に辿り着いた頃、体育館からお馴染みの『大絶叫(嬌声)』が響いてきた。


「ファーストキスも事故、セカンドも事故だなんて…」
「もう完全に…『当たり屋』だよね。」

『二度あることは三度ある』のか、次こそ『三度目の正直』なのか。
とりあえず、三度目はどうか自分達を直接巻き込まないで欲しい…

そう言いながらも、月島と山口は『最後の一歩大作戦』の具体案について、
お茶を仲良く『半分こ』に分けながら、ワクワクと管を巻いた。




- 終 -




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※直巻・分巻 →モーターのコイルと回転子の接続が直列・並列という違い。
   ご飯と海苔が分かれているものを『分巻おにぎり』というかどうかは不明。


2018/03/03    (2018/03/01分 MEMO小咄より移設)

 

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