間接直接







「ツッキィィィィィーーーっ痛っ!?」
「おい、どうした山口!?大丈夫か?」


いつも通り、第三体育館居残り組(正確には残業組)がお片付けをしていると、
いつも通り、お片付けをするフリだけしていた月島を、山口がお迎えに来た。

数十メートル手前から『お迎えに参りました!』というお知らせが鳴り響き、
それが聞こえたら月島は立ち上がり、本当にお片付けしている二人にペコリ…
いつも通り、黒尾と赤葦は作業の手を止めず、お疲れさんと生返事だけをする。

ちょっとぐらい、他校の先輩方に遠慮なりリスペクトをした方が…と、
山口は月島に一度だけ言ったが、月島は尊敬する先輩譲りの生返事をして終了。
そして、これでいいか…という、馴れ合いにも似た空気が4人の間に醸成され、
いつの間にか、これが何となく居心地の良い『いつも通り』になっていた。


今日も、ほとんど惰性で『いつものお迎え』シーンをこなそうとしていたら、
『いつものお知らせ』の最後に、ごく小さく異常事態を告げる音が混じった。
それを耳聡く聴き付けたお節介1号は、体育館入口に小走りで向かい、
2号は早歩きでそれに続き、お節介焼かれる係はのんびり立ち上がった。

「あ、黒尾さん赤葦さん、今日もお疲れ様…痛っ…です!」
「いや、そんな挨拶はいいから…どうした?どこが痛ぇんだ?」

「あ、いや、全然大したことじゃ…っ」
「大したことかどうかは、こちらが決めます…見せて下さい。」

口元を押さえながら、それでも律儀にご挨拶し、大丈夫だと山口は言ったが、
黒尾は有無を言わせず、口元を隠す山口の手を掴み、そこから引き剥がした。

「何だ、唇が切れたのか。血が出て…これ、地味に痛ぇよな。」
「この時期はどうしても、乾燥しますからね…はい、こっち。」

黒尾が山口の顎を引き上げると、赤葦が横からティッシュで傷口を押さえ、
その後、どこからともなく取り出したリップクリームを、唇にしっかり塗った。


「あ、ありがとうございます!リップを塗るだけで、かなり楽なんですね~♪」
「そちらは山口君に差し上げますから…このペンで名前を書いて下さい。」

ポーチから今度は油性ペンを出した赤葦に、黒尾と月島は顔を見合わせた。
何とまぁ、恐ろしく用意のいい参謀殿…だが、確認しておくべきことがある。
どちらがそれを聞くのか…黒尾と月島が視線で牽制し合っていると、
二人のやりとりに気付いていなかった山口が、アッサリ尋ねてくれた。

「あの、このリップクリーム…赤葦さんのですよね?
   まだ新品っぽいのに、俺なんかがおさがりを貰っちゃって…いいんですか?」

いやいやいや、『新品』じゃなきゃいろいろマズいだろ!と、
気遣いポイントが著しくズレズレな山口に、心の中でツッコミしていると、
それは『予備の新品』で、厳密に言えば俺のじゃなくて梟谷の備品です…云々、
本題とはズレズレな答えが返って来たため、月島が会話に割り込んだ。


「自分用以外に『予備の新品』までお持ちとは、さすがはデキる参謀ですね。」
「自分用だけじゃなくて、ほぼレギュラー全員分を常備してますよ。」

より正確には、常備『させられている』んですけどね。
俺の応急処置セットに、自分用のを入れているのを、先輩方に運悪く発見され、
「俺のも一緒に入れといてくれよ!」「俺もリップ欲しい!塗りたい!」と…
あっという間に、常に10本近く持ち歩く羽目になってしまいました。

「仲良し梟谷っぽいな…」
「ご愁傷様です。」
「しかも、なぜか全員同じリップ…だから名前入りなんですね~」
「全員が同じじゃないと、絶対にダメなんですよ。」

複数個セットのお買い得品を購入した、という理由が一番大きいのですが、
各々が違うリップにすると、「それ、味見させろ!」とか言い出しますからね。
更には、テキトーに買って「色が付くやつだったから、お前にやる!」等と、
『ぷるるん艶々♪』なんてのを、押し付けられて…扱いに困るんですよ。

「そんなわけで、梟谷は猛禽類らしく…嘴(唇)には気を使っています。」

唇を少しすぼめて、パチリとウィンク。
何の変哲もないメンズ用リップのはずなのに、妙にぷるるん艶々♪な紅い唇に、
黒尾は咄嗟に赤葦から目を逸らし…山口と月島も、慌てて話を逸らせた。


「つつつっ、ツッキー!だったら俺達烏も…嘴は大事にしとこっか!…はい!」
「そそそっ、そうだね山口!僕も…んーはいっ、完了。山口が保管係でいい?」

さっき赤葦からもらったリップを、山口は月島に「はい!」と渡し、
受け取った月島は、何の躊躇いもなく唇に「んー。」と塗って、山口に返した。

会話の中で、ごく自然な流れで行われた『ぬりぬり』に、黒尾と赤葦は絶句…
さっきペンで書いた『山口』に、『&月島』と月島が書き足し終わった頃、
お節介組はようやく我に返り…仲良し幼馴染組に、猛然とツッコミを開始した。


「ちょっと待てっ!お前ら…他人のリップ使っても平気なのかよっ!?」
「は?他人のリップだなんて…絶対嫌に決まってます。」

「でも、今まさに月島君と山口君は…同じリップを使いましたよね!?」
「ツッキーは『他人』じゃないですし、俺達は何でも『共有』が基本です♪」

二人の言い分に、黒尾達は改めて絶句…
「幼馴染って、どこもこんなカンジですか!?」という赤葦の詰問系視線に、
「んなわけねーだろ!コイツらが例外だよっ!」と黒尾も強い視線で返答した。


「いくら仲良し幼馴染でも、リップ共有は…間接キスは有り得ねぇよ。」
「そんなのいちいち気にしてたら、幼馴染なんてヤってらんないですよ~」

「直接リップに口付けるのではなく、せめて一度何かを介して下さい…」
「例えば指とか…ですか?そちらの方が衛生的には問題大アリでしょう?」

全く意見が合わない、黒尾&赤葦のお節介組と、月島&山口の幼馴染組。
意見の一致を図るのは到底不可能…埋め難い生活環境と価値観の違いである。

これ以上の話し合いは無駄でしかない…そう割り切った黒尾は、
なおも「そっちがおかしい!」とギャンギャン喚く3人を止めることにした。


「おい、お前らその辺で…痛っ!?」

大声を出した勢いで、どうやら黒尾の唇も切れてしまったらしい。
眉を顰め、口の端を拭おうとしたら、先程と同様に赤葦がティッシュで止血…

「困りましたね。予備はもう…」
「それじゃ…こうすればいい。」

黒尾は赤葦のポーチの中から、『赤葦』と書かれたリップを抜き取ると、
赤葦の顎をそっと引き上げ、赤葦の唇にやや多めのリップを優しく塗り付けた。
そして、おもむろに自分の唇を重ね…唇を介してリップを『ぬりぬり』した。


「なっ…!!?」
「えっ…!!?」

目の前で行われたとんでもなく非常識な行為に、今度は月島と山口が絶句…
ツッコミを入れるどころか、息をするのも忘れる程、驚愕と羞恥で固まった。

そんな常識的?な二人を他所に、黒尾と赤葦は満足気にお互いを讃え合った。

「さすが黒尾さん!これならリップを介して…間接キスしなくて済みますね!」
「安心しろ。俺は虫歯ゼロだから…間違いなく指なんかよりも衛生的だしな!」

「俺も虫歯ゼロです!学校でもちゃんと歯磨き…予備の歯ブラシも常備です。」
「さすが赤葦!俺は学校では携帯用マウスウォッシュ…勿論、予備もあるぜ。」


肝心なトコから、とことんズレズレな論点で盛り上がるお節介組…
今度はそれに割り込まず、月島は山口を伴って、静かに体育館を後にした。

「ねぇツッキー、あの二人って実はおバカ…じゃなかった、ド天然なの?」
「僕があの人達を心からリスペクトしきれない理由…わかったでしょ?
   あと10秒ぐらいで、体育館から二人分の大絶叫が聞こえてくるはずだよ。」


月島と山口は、仲良く歩幅を合わせて10カウントダウン…
きっちりゼロのところで、間接的に聞こえてきた大嬌声をBGMにしながら、
二人は敬愛してやまない先輩達の『ぬりぬり』を、直接見習っておいた。




- 終 -




**************************************************


2018/02/03    (2018/01/31分 MEMO小咄より移設)

 

NOVELS