順番に湯船に浸かってリフレッシュしている間に、待ちに待ったお寿司が到着。
そのうち2人前のネタを、黒尾がアウトドア用ガスバーナーで炙った。
「自宅で炙り寿司を楽しめるなんて…バーナー最高ですね!」
「こんな食べ方があるなんて…俺、知りませんでしたよ~♪」
一種類ばかりがたくさん入っている、スーパーのパック寿司や、
割引シールが貼ってある分、少々鮮度が落ちるものを買って来た時等に、
フライパンにホイルを敷き、その上にネタだけを乗せて軽く炙り…塩を振る。
「こうすると、雰囲気の違う味になりますし、飽きなくて楽しいんですよね。」
「海産物の鮮度と値段を見事にカバーする、都会ならではのテクニックだな。」
今日みたいな高級寿司の時は、ちょっと勿体ねぇ気もするんだが…
やっぱり炙りも食べたかったから、専用に2人前多めに取ったんだよな~と、
黒尾が鼻歌交じりにバーナーを操っていると、月島達も台所へ突入してきた。
「残りは、僕にヤらせて下さいっ!」
「ズルいツッキー!俺もヤりたい!」
「待って下さい。次は俺の番です!」
「これは俺専用。全部俺が炙るっ!」
美味しいお寿司とバーナーの登場で、気分は一気に最高潮…
三徹明けで極限突破している分、理性やら格好やらに気を使う余裕もなく、
自分の欲望に対し、実に素直…ストッパー機能もとっくに消滅していた。
子どものように4人で大はしゃぎ…大声を上げて思いっきり笑い合う。
ツラい修羅場を共に潜り抜けた『戦友』が居て、本当によかった!!…と、
照れることもなく『俺達最高っ!』と、4人は互いをベタベタに褒めちぎった。
「月島君の仕事ぶり…迅速ですよね♪」
「山口の精確さには…及びませんよ♪」
「黒尾さんの交渉も…カッコ良いっ♪」
「赤葦の緻密な手配…あってこそだ♪」
普段はなかなか言えないことも、箍が外れればちゃんと言える…言ってしまう。
『徹夜明け』には、飲酒と同じような精神高揚効果があるのかもしれない。
まぁ要するに…イっちゃってる状態だ。
『4人全員がハイテンション』という、ごくレアな状況に陥った面々は、
お片付けもせずに、和室にごろごろ~と寝っ転がりながら、
グデグデの極致…寝落ち寸前の『酒屋談義』を、ダラダラとダベり始めた。
「記憶喪失って…モロに『創作!!』な考察テーマだよね~」
ココはドコ?ワタシはダレ?だなんて、漫画や映画でしか見たことないよ。
二次創作とかなら、パラレル設定の『ザ☆定番』かもしれないけど…
あぁ!だとしたらこの考察は、研磨先生も居る時にやればよかったですね~
記憶喪失ネタは『他人事』もしくは『夢物語』だと、スッパリ言い切った山口。
だが、残り3人は顔を見合わせ…苦笑いしながら異を唱えた。
「そうとも…言いきれないでしょ。僕も何度か経験あるし。」
「山口自身に経験はないだろうが…すっげぇ身近な話だろ。」
「…えぇっ!?」
まさかこんなに近いところに、とりあえず2人も記憶喪失経験者が居たことに、
山口は目を大きく開き、心底驚いた声を上げた。
「俺は、記憶喪失というよりも、記憶する間もないタイプですけど…」
つまりこういうコトですよ…と、赤葦は目を閉じ、『ミニシアター』を始めた。
*****
目が覚めると、目の前に見慣れた幼馴染の顔…の、どアップ。
ほわほわ~と顔を緩め、穏やかな寝息を立て…実に気持ち良さそうだ。
(いくつになっても、寝顔は…)
もう結構長い付き合いになる。
お互いに成人もし、随分と『オトナ』になったはずなのだが、
この寝顔だけは、出会った頃とそんなに変わってない気がする。
ふっ…と、少しだけ息を吹きかけると、眉間にちょっとだけ皺を寄せ、
ぷるぷるっと睫毛を揺らして…さっきまでより更にふわ~っと頬を緩める。
(緩むにも、程があるでしょ。)
安心しきったその姿に、若干心配になりつつも…つられて綻んでしまう。
これぞ、部活も学校も仕事もない、『休日の朝』の光景だ。
…あれ?
昨日…ウチに泊まったんだっけ?
まあいいか。そんなの、いつも通り…気にするまでもないことだ。
いちいち思い出すのも億劫だし、頭がガンガンして…思考が回らない。
「ぅ…ん…っ」
あまり朝に強くない幼馴染は、多少こっちが動いても、起きることはない。
何やらモゴモゴ寝言?を言っていたが、すぐにまた、スヤスヤし始めた。
意識しない内に口角が持ち上がり、その動きで喉のヒリつきを自覚した。
頭痛に加え、喉もカラカラ…冷たい水を飲みに行こう。
できるだけ振動を伝えないように、そっと布団を捲って上体を起こす。
(…ん?)
ぼやける視界に映る色がやけに少なく、肌に触れる感触も…摩擦が少なすぎる。
そう、まるで何も着ていないような肌触りと、肌色多めの世界…
(なんで…え?)
今度はさっきより大きめに布団を開け、中を確認…すぐにそれを戻した。
霞む目を必死に凝らし、遠くへ視線を外らせると、床一面に色んな…色々。
おそらく、昨日着ていた2人分の衣服等が、散乱しているのだろう。
視線を徐々に手前に引き戻すと、見慣れた水色の布団カバーと、
見慣れた幼馴染の黒髪、そして…あまりじっくり見ることのない、自分の肌色。
(なんで、裸のまま…寝てんの?)
恐る恐る、もう一度だけ布団の端を開けて、中をチラ見する。
さっきのは見間違えではなく、上半身どころか、真っ裸…2人揃って。
(ウソ…2人共ハダカ…えぇっ!?)
ちょっ…ちょっと待て。落ち着こう。
昨日は…そうだ。高校時代の部活のOB会があったんだ。
体育会系の悪しき伝統に則り、煽られるまま同期の4人で飲み比べをして…
確実に『トップ』を取れないことは分かっていたから、せめて2位を死守!と…
その後…どうなったんだっけ?
これっぽっちも…覚えてない。
この状況から鑑みると、勝負にならない飲み比べは、幼馴染の圧勝に終わり、
非常に不本意ながら、幼馴染…桁外れの酒豪に、連れて帰って貰ったのだろう。
酔って醜態を晒したなんて…是非とも記憶から消して貰いたいが、
それ以前に、こちらは欠落した記憶を、取り戻さないといけない。
なぜ、2人共ハダカで寝ているのか?
昨夜、何があった…ヤらかしたのか?
あ…頭、痛い。グルグル…回る。
状況を今一度、正確に把握しよう。やっぱり見間違えの可能性も、大いにある。
幼馴染を絶対に起こさないように、そろりそろりとベッド傍に手を伸ばす。
寝る時は必ず『定位置』に置く眼鏡をかけ、周りを観察…しようとしたが、
いつもよりわずかに、その位置が違った(多分置いたのは自分じゃない)ようだ。
しっかり掴んだつもりが、レンズに指先がカツンと当たってしまい…
よりによって、幼馴染の鼻先スレスレの所に、眼鏡を落としてしまった。
「ん…っ?」
「あ、ごめんっ!当たらなかった!?」
慌てて眼鏡を拾い上げ、装着。
その瞬間から、あやふやだった周りの景色が、クリアになり…
「あ…お、はよっ…」
寝惚け眼を擦り、こちらに焦点を合わせた幼馴染の顔が、みるみる朱に染まり、
恥ずかしそうに布団を被って、中に隠れる姿が…はっきり見えてしまった。
(なっ…何ソレ、可愛い…)
…いやいやいや、何言ってんだろ。幼馴染が可愛いとか…違うでしょ!
そうじゃなくて、全身全霊で『恥ずかしいです』を表現とか…どういうこと!?
もぞもぞと蠢く、布団のカタマリ。
顔なんか見なくても、幼馴染が羞恥で悶絶しているのが、その動きで明らかだ。
声にならない「ひゃぁぁぁぁぁ~っ!」も、しっかり響いてきているし。
恥ずかしさで布団から出られないけど、布団の中で動くと互いのカラダが触れ…
その度にビクっ!と全身を震わせ、素肌を通じてダイレクトに伝わってくる。
(まさか…まさかまさかっ!!?)
状況証拠だけを見れば、昨夜何があったか…ナニをヤったかは、一目瞭然。
酔った勢いでハダカになり、翌朝恥ずかしさで顔を見れないようなコトを致し、
その結果、見慣れたはずの幼馴染の寝顔を、『可愛い』と思ってしまった…
そのくらいの感情の激変を伴うような…人生の『一大事』を起こしたのだ。
(記憶と共に…アレも、喪失っ!?)
本来なら、大事な事実はちゃんと幼馴染自身に確認すべきだろうけども、
2人にとって、物凄~く重大な変革をもたらす『一大事』を、
こちらが何も覚えてないと知ったら…幼馴染を傷付けてしまうだろう。
(いや、もう傷モノにしちゃった…か?)
マズい…1秒でも早く、昨夜のことを思い出さなきゃ…
焦れば焦るほど、二日酔いで目が回り、頭は全く回らない。
とととっ、とりあえず…何か、言わないと。時間を…稼がなきゃ。
「昨日は、その…ありがと。」
『何について』かは明示せず、どう捉えられてもいいように、お礼だけ言った。
我ながら、狡くて卑怯なヤり方…心の中では素直に、ゴメン!と頭を下げる。
こちらの声に、布団の山が驚いて跳ね上がり、盛大にもぞもぞ動く。
そしてしばらく待っていると…布団の中で、そっと手を握られた。
「こっちこそ…あ、りがと。」
本当に、長い付き合いだけど…こんな風に手を繋いだことなんて、記憶にない。
たったこれだけで、心臓が止まりそうなほどドッキーン!なんて経験も…ない。
いや、実は覚えてないだけで、ホントはあるのか…?
どうすべきなのか、全くわからない。
今更もう「覚えてない」とも言えない…かといって、打つ手もない。
迷った挙句にとった行動は…
布団の中で幼馴染の手を、ギュっと握り返すことだった。
*****
「このパターンの記憶喪失…何度もBL漫画で読みましたけど、
読む度にドキドキ…羨ましくてたまりません。」
舐める程度ですら昏睡してしまう俺からすれば、酔って即オチじゃなくて、
色々ヤりまくった挙句、アレやら記憶やら飛ばしまくるなんて…憧れます。
「というわけで、さっそく『記憶喪失』についての考察を始めましょう。
まず、『記憶喪失』とは…」
赤葦はそう言うと、考察のスタート…用語の辞書的な定義を説明しようとした。
だが、初っ端から「はいっ!!」と同時に2人が挙手し、許可なく発言した。
「こっ、考察の前に、さっきの『ミニシアター』の続きを…お願いしますっ!」
「この後、俺とツッキーがどうなるか気になって…考察どころじゃないです!」
何なら今日はもう考察はやめて、じっくり『ミニシアター』だけでも…と、
月島と山口は、鼻息荒く赤葦に懇願したが、赤葦は笑顔で首を横に振った。
「先程の『ミニシアター』は、ただの例題…よくある『ザ☆定番』な話です。」
「赤葦は何一つ、個人を特定するような具体的な名称を…使ってねぇだろう?」
固有名詞どころか『語り手』の一人称が何か…『僕』かどうかも不明だ。
これが月島&山口の『ミニシアター』だとは、一言も言ってないんだよ。
「ってなわけで、お前さん方の請求は…却下。考察開始するぞ。」
「そうカンタンに『サービスタイム』は来ない…そうでしょう?」
ニヤニヤとイヤらしい表情で、黒尾と赤葦は「残念でした~♪」とほくそ笑む。
それに対し、月島と山口は頬をぷぅ~~~っと膨らせて猛抗議。
もう完全に…コドモである。
「わかりました!面倒臭い考察は、ささっと終わらせちゃいましょうっ!」
「そんでもって…記憶喪失ネタの『ミニシアター』三昧しましょう!」
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③へGO! -
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2017/09/18 (2017/09/16分 MEMO小咄より移設)