億劫組織①







「はぁ~っ!?聞いてねぇぞっ!?逆よりマシって…そういう問題じゃねぇよ!
   俺らの貴重な時間を返せっ!こっちは寿命が縮まった…あ!切るなっ!!」


この仕事、クライアントが超~~~メンドクサイ(けど破格な)案件なんだけど、
急に『書類すぐに持って来い!』って…納期が半月も早まっちゃったの。
というわけで、黒尾君達には申し訳ないけど、三徹ぐらいで仕上げてくれる?

わかってるって!報酬はいつもより弾んどくからさ~ホントに頼むよっ!
ちなみにさ、俺は7日連続で自宅に帰れてないんだよ。意識も朦朧としてるし。
今『大文句』言われても、俺は全然覚えてらんないから。じゃ、ヨロシク!


…という電話が、仙台本社の明光からかかってきたのが、三日前。
無茶振りはいつも通りだが、いつも以上に聞く耳持たない切羽詰まった様子が、
本当に危機的状況にある…立場的にも心情的にも、No!とは言えなかった。

その電話の直後から、黒尾法務事務所の4人は死の淵を彷徨う修羅場に突入。
いつ食事したのか全く記憶にない程の三徹の末、明け方やっと納品したのだが…

データを受け取った明光から、朝9時半過ぎ(定時出社!?)に電話があり、
グッタリと机に伏せていた黒尾は、その電話の内容にブチ切れた。


口は悪いが、基本的に礼儀正しく冷静な黒尾が、上司相手に怒号を飛ばす…
明光の無茶はいつも通りだし、極度の疲れと徹夜の亢進状態だったとしても、
その珍しい姿に、同じく机に撃沈していた部下達は、驚いて顔を上げた。

ツー、ツー、と無情な音を響かせる受話器を、音を立てずにそっと置くと、
臨界点を突破した黒尾は、グググッと腹に何かを抑え…一転、笑顔を見せた。

   (これは…マズいヤツです!)
   (黒尾さんが…危ないっ!!)

激怒を通り越した黒尾は、大爆発…ではなく、一気に『急冷却』してしまう。
赤葦でさえ身動きが取れなくなる程の、絶対零度の冷気を纏うのだ。

この状態の黒尾の恐ろしさを、3人は身を以って体験しているが、
その恐怖以上に、黒尾のことが心配になってしまうのだ。
本当は大噴火すべきところを、無理矢理抑圧し、独りで耐え抜こうとする…
黒尾の優しさの表れだが、黒尾自身の負担が大きすぎる『我慢』なのだ。

自分達のために、黒尾だけがツラい想いをしようとしている…
月島と山口は『これから起こることは、僕達の記憶に残りません』とばかりに、
赤葦に視線を送ると、ガバっ!と再び机に顔を伏せた。


「黒尾さん!はい…こっち!」
「どうした、赤葦…っん!?」

黒尾の机の上に散らばっていた書類を、バサッ!!と思い切り跳ね除けると、
赤葦はその机に乗り上げ、黒尾の頬を両手で掴み…熱烈なキスをした。

   驚いてカラダを離そうとする黒尾。
   それを許さずキスをし続ける赤葦。

怒りを強引に腹に押し込み、蠢く感情を記憶から消去し始めていた黒尾だが、
強烈なキスに感情を吸い上げられ、全身の緊張も徐々に解されていった。


「独りで我慢…しないで下さい。」
何があったのか…明光さんに何を言われたのか、俺達にも教えて下さい…ね?

黒尾の強張りが完全に抜けるまで、赤葦は黒尾の髪を撫で、キスを続けた。
黒尾はその優しさに絆され、ふわっと頬を緩めると、
もう大丈夫だと言うように、赤葦の頭を引き寄せ、音を立ててキスを返した。

「赤葦、いつも…サンキューな。」
それに、ツッキーと山口も…イロイロと気ぃ使わせちまって、悪かった。
その…ありがと、な。

照れ臭そうな黒尾の声に、月島と山口もホっとした表情で顔を上げた。

「俺達は4人で1チーム…一蓮托生ですよ!」
「4人で一緒に…兄ちゃんへの罵詈雑言大会しましょう!」


明るく柔らかい『労わりの空気』に包まれた、事務所内。
黒尾は皆からは見えないように、コッソリと赤葦のジャージで目頭を押さえ、
もう一度「お前ら…サンキュー、な。」と小さく呟いた。

そして、机の上から赤葦を下ろすと、三徹明けの神経を逆なでする声を出した。


「黒尾君、おっはよ~♪今日も爽やかな秋の陽気だね~♪」

場違いな程薄っぺら~く、軽~い口調…電話口の明光の『リプレイ』だろう。
浮ついた実兄の様子をありありと想起した弟達は、忌々しげに顔を歪めた。

「え、どうしたの?これって…こないだのヤツ?もうできちゃったのっ!?」

いやぁ~、クライアントが超~~~気ままなジジィでさぁ~、
昨日の午後、急に電話が掛かって来て、突然怒鳴り散らすんだよっ!
『すぐ持って来いなんて儂は言った覚えはない!お前らに会う暇もないっ!』
…とか言い出しちゃってさ~。もうホント、ボケてんじゃねぇのっ!?って。
テメェが言ったコトぐらい、ちゃんと記憶しとけっつーのっ!!
こっちの事務所も、全員が大激怒…昨日はその電話の後、全員揃って早退だよ。

そんなこんなで、ジジィの御都合が宜しい来週半ばに、打合せも延期。
その書類も、納期が来週頭に延びたんだけど…言ってなかった?

おっかし~なぁ…黒尾君にも連絡してたつもりだったけど、記憶違いかな?
ま、早い分には全然問題ない…逆の納期短縮の連絡が行かないよりマシでしょ?

「じゃ、そーゆーことで♪皆にもヨロシクね~♪あ、激早い納品お疲れさま~」


通話はいつも通り、一方的に終了。黒尾は受話器をそっと置く仕種。
事務所内に、『しーーーん。。。』という、静寂の音が響き渡った。

しばらく続いた沈黙は、徹夜明けには眩しすぎる笑顔×3で破られた。

「とうとう明光さんも、ボケたみたいですね。心からお悔やみ申し上げます。」
「兄ちゃんの脳内から、僕達の記憶全てを喪失させてあげたくなりましたね。」
「俺の記憶からも、明光君の存在を消しちゃっても、大して問題はないよね。」

一日…いや、半日でも早く『納期延期』という『吉報』を、
明光が忘れずに、コッチにお知らせしてくれていれば、
『神様仏様明光様!!』と、部下や弟達から大歓迎されていたはずなのに…
今やその存在すら、実の弟達からも抹消されてしまいそうである。


極限状態の中、クライアントの電話を直接喰らった仙台事務所の面々は、
こっちの比じゃないぐらい、大荒れになったことだろう…心中お察しする。
おそらく、その怒りのあまり、誰も周りを気遣う余裕もなく、即時退社…
おかげで、誰からもウチに連絡が来なかったということだろうが…酷すぎる。

遣る瀬無い怒りを押し殺そうとしていたが、部下達が話を聞いてくれて、
俺が怯むほど激怒してくれたおかげで…冷静さを取り戻すことができた。
明光を許すことはできないが、あっちの状況も斟酌できるぐらい、落ち着けた。

俺の代わりに、悪しき記憶を消滅させようと、呪詛を撒き散らす部下達…
そのいきり立った心をなだめ、穏やかな休息を与えてやるのが…俺の役目だ。

本当に、俺は部下に恵まれている。優しくて頼りになる…最高の部下達だ。
俺は手を叩き、『楽しい黒魔術』という物騒な本を読み込む3人の気を引いた。


「いくら三徹明けで、死ぬほど疲れてても…このままじゃ寝られねぇよな。」

イライラの極致…腹が立ったままじゃ、疲れも取れねぇし、いい夢も見れねぇ。
だから、立った腹がどっしりと座るぐらい、旨いモンをガッツリ入れ込んで、
忌まわしい修羅場等の記憶を、4人でマッタリ…消さねぇか?


机の引出しから、高級寿司店のメニュー表を出し、赤葦に渡す。
ツッキーと山口には、財布から諭吉先生を『引率』として手渡した。

「特上寿司6人前。赤葦、注文頼む。」
「了解致しました♪赤出汁付ですね。」

「二人は、各種お惣菜と…デザート。」
「唐揚げと…胡麻和え買って来ます!」
「角の店の…チーズケーキですよね?」

その間に、俺が3階の風呂掃除しとくから、順番に入って…寿司を待つ!
飲んで食ってダベって…落ち着いたらその場で記憶を失う『寝落ち』コースだ。
今日明日は、絶対に仕事しねぇ…仕事のことは綺麗サッパリ忘れるぞっ!!


「今日の『酒屋談義』は…『記憶喪失』がテーマだ。」

もう一度、パン!と手を叩くと、徹夜明けのハイテンションの勢いで、
部下達は「イエッサ~!!!」と敬礼…各々の持ち場へと駆け出した。




- ②へGO! -




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2017/09/18    (2017/09/13分 MEMO小咄より移設)

 

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