上下出入







「本当に月山は…どんな月山も美味しいよね。」
「限定品じゃなくても、定番のでも実に爽やかで、じんわりするね~♪」


4人で晩御飯を食べ、のんびり晩酌…至福の時間である。
今宵の夕餉を用意したのは、月島と山口だったから、
食後はほろ酔い気分で足を伸ばし、その間に黒尾と赤葦が水仕事をする。

黒尾が食洗機に食器をセッティングし、赤葦はデザートとお酒を出す…
準備と片付けの組み合わせは、その都度フレキシブルだが、
これが週に2、3度ある、4人で過ごす夜…いつもの『酒屋談義』だ。


「月島君は、ホントに『月山』が大~好きですよね。」
「コレなしじゃ生きてイけねぇ!ってぐらいだよな。」

好きと言うより、もう溺れちゃってますよね…と赤葦が笑うと、
俺はまだまだ全然足りないし、もっとイけます!と、山口も笑い返した。

月島&山口の結納(結婚)の際、赤葦が祝酒として用意したのが、『月山』…
正式な読み方は『がっさん』だが、縁結びの酒ということもあり、
当たり前の様に『つきやま』で定着し、『酒屋談義』の定番酒となっていた。

特に、月島は格別のお気に入りで、ことあるごとに月山を所望…
月島がこの酒をリクエスト→超ご機嫌♪というサインだった。

なお、紺色ラベルの大吟醸ではなく、ピンクの特別純米を所望した時は、
『今夜如何でしょう?』という、月島→山口への『月山サイン』であることに、
黒尾と赤葦は目敏く気付きつつ、気付かないフリをしてあげている。
ちなみに今宵は本醸造の紫…どんなサインが出るのか、注視している所だ。


「ツッキー、それ3杯目でしょ?そろそろ止めときなよ~」

ふわふわし始めた月島のぐい呑みに、山口が横から口を付けた。
次の瞬間、チュ♪っと可愛らしい音…に全く似つかわしくない猛烈な吸引力で、
1合程の『月山』が、あっという間に消滅してしまった。

「相変わらず、山口の『バキューム』は凄いよね…僕も瞬殺されちゃうし。
   こないだも、珍しく僕の蛇を『かか呑み』して貰えた♪と思ったら…」

月島はトロンとした目で、『オイシイ月山の話』を語り始めそうになったが、
慌てて山口は、月島の口に梨を強引に突っ込みながら、
ムフフフフ~♪とほくそ笑むクロ赤コンビに、話題を振った。


「お、俺達には『月山』…モロに『全力で月山ですっ!』なモノがあるけど、
  『クロ赤』の方には、思いっきり全力で『超~クロ赤!』なの…あります?」

『相生の松』が黒松と赤松だとか、色の組み合わせじゃなくて、
日本酒『月山』みたいに、もう既にネーミングがダイレクト!なやつです。

山口の問いに、「言われてみれば…」と黒尾は思案顔…
その答えが出てくる前に、月島が勝手に結論を語り始めた。


「もしあったら、もうそのネタは出してるんじゃない?」
そんなオイシイのがあれば、とっくにデレデレ~って語りまくってるでしょ。
特に赤葦さんが歓喜して、ことあるごとにその話をしてるはずだよね。
だからきっと、ド直球で『クロ赤!』なネーミングは…存在しないんだよ。

「『月山』はジャンプショップにも、ラブラブペアグッズがある…
   僕達はもはや『公式』『公認』と断言していい仲ってことでしょ。」

いやぁ~、参っちゃうよね。
いくら人気キャラとは言え、地味な管理職同士…マイナーなクロ赤と違って、
僕達月山には、超絶美味な『月山』だってある…ホントにオイシイ存在だよね。

「…羨ましいでしょ?」
「あーはいはい、羨ましくてたまんねぇよ…冗談抜きでな!」

軽くあしらうつもりだったのに、黒尾は羨ましさを隠しきれず、素直に暴露…
そんな黒尾に、暴発寸前だった赤葦は、デレデレと鎮静化した…ように見えた。


「思いっきり『クロ赤』なモノ…ありますよ?」

赤葦はニコニコ笑いながらそう断言…あまりに穏やかで輝かしい笑顔に、
3人は背筋をビシッ!!と伸ばして正座し、赤葦の講義に傾注した。

「その名もずばり、『クロアカ・マキシマ』…皆さんはご存知ですか?」

「存じ上げませんけど…間違いなく『クロ赤!』なネーミングですね~」
「槙島?お二人のご友人ですか?」
「いや、そんな奴知らねぇし…『クロアカ・マキシマ』も初耳だな。」

どう考えても、かなりマニアックなネタだろ…と3人が目配せし合うと、
赤葦はジャーーーッ!と勢いよくシンクに水を出し、視線を戻させた。


「都市の基盤を整備する上で、最も重要なインフラは…『水』です。」

『水を治める者が国を治める』と言うように、農業に欠かせない治水事業は、
国の根幹…『水』がなければ、文明は成立しません。

「四大文明は、全て川沿い…だよね。」
「米も野菜も、酒も鉄も…水がなければ作れない。」
「だから『水』を統べる蛇や龍が…国を治める存在だったんだな。」


「では、近代的な治水の起源と言われているモノ…月島君、知ってますよね?」

いきなり赤葦に指名された月島は、ビクリと身体を震わせたが、
酔いが回った頭を必死に動かし、受験勉強で暗記したキーワードを思い出した。

「ローマの…アッピア水道?」

その通り…よくできました。
紀元前312年に築造された、アッピアやクラウディア等の『ローマ水道』は、
広大なローマ全域に水道を供給し、その一部は現在も使われています。
重力によって配水するシステムは、土地に傾斜が必要なことからも、
『どんな都市を作るか』という、都市計画のベースとなる設備です。

ただし、現代のように『蛇口を捻って水を止める』ことはできないので、
常に水を流し続けるタイプの、『自然』な水道システムです。


「ここで山口君に問題です。
  『流れっぱなしの水道』にとって、絶対に必要となる設備は…?」
「えっと…流れてきた水を、どこかに溜めて使って、それから…
   あっ!汚れた水を『流し去る』ための設備…『下水道』もなきゃっ!!」

さすがは大蛇…酒が入った山口君の思考は、実に清廉な流れですね。
この点は、『月山』云々は別として、本当に羨ましく思いますよ。
とは言え、鋭敏さでは黒尾さんも負けてはいません…そうですよね?

「ローマも、他の都市と同じく、川の傍に作られています。
   市内を流れるテヴェレ川…流域面積は日本一の利根川より広いんですよ。」
「確か、ローマ創始者のロムルス・レムス兄弟が流されたのが、テヴェレ川…」

黒尾は遠い暗記記憶を辿る途中に、口を閉ざし…しばらく黙考した。
そして、「そういうことか!」と声を零すと、赤葦に確認を取った。


「都市全体を網羅する水道を敷設できるってことは、ローマには元々水が豊富…
   おそらくローマの地は、『治水せざるを得ない』場所…湿地帯とかだろ?」

水はなくても困るが、ありすぎるのはもっと困る…治水とは『水害対策』だ。
だとすると、ローマには世界的に有名な『上水道』だけじゃなくて、
『下水道』も確実にある…むしろ、こっちの方が先なんじゃねぇのか?

黒尾の言葉に、赤葦は深く頷き、流れる水のように解説を続けた。


「上水道は紀元前312年。それより300年も前に、下水道が築造されています。
   その下水道の名が…『クロアカ・マキシマ』なんですよ。」

クロアカ・マキシマ(Cloaca Maxima)は、黒尾さんの推理通り、
湿地帯に作られたローマにとって、最大の都市問題であった、
『排水』のために築造されたもの…治水とは『下水道』が基本なんです。

下水道は、雨水を速やかに排除し、水害を防止するだけでなく、
ペストや赤痢等の『水』を介して伝染する病気を予防…公衆衛生にも必須です。
さらには、汚水を浄化することで水質汚濁を防止し、環境保全の一役を担う…
人類の文明的な生活には、絶対に必要な都市設備なんです。

「『クロアカ・マキシマ』とは、『最大の下水』という意味です。」


俺は建築学科の、設備専門です。
建築学の花形は躯体…建物本体がメインで、設備は『オマケ』扱いです。
建築現場でもそれは同じ…配管ダクト工の、山口パパさんも仰ってましたが、
特に『下水』に関わる設備屋さんも、そういう扱いを受けているのが現状です。

設備がなければ、生活できないというのに、隠されて見えない『下』のことは、
全くと言っていい程、無関心…トイレが詰まって初めて気付くぐらいです。

「『全ての道はローマに通ず』…近代都市生活の基盤も、ローマに通じる…」

『下』がしっかり流れてないと、いくら『上』の流れがよくても、無意味です。
出すモノをしっかりダさないと、入れたくてもイれられない…
『↓』があってこその『↑』…↓方向がなければ、高尚な考察は流れません。

「『クロアカ・マキシマ』とは、最大の『↓』な水の流れ…ダしまくりです。」


そちらさんは『公式』だか『公認』だか知りませんが、
こちらは2000年以上前から稼働し、現在も一部バリバリ現役ですから。
規模も歴史も重要度も、比較にならない圧勝…だから、出さなかったんです。

「全ての『↓』は、クロアカに通ず…壮大なオチだと思いませんか?」


赤葦が語った、真面目で高尚な歴史と設備の流れに、月島達は感服した。
調子に乗って赤葦の闘争心を煽った挙句に、完膚なきまでに論破されてしまい、
素直な月島と賢明な山口は、頭を深々と下げ、赤葦にひれ伏した。

「ま…参りました。」
「かっ…完敗です~」


わかればいいんですよ。わかればね。
別に俺は、月山の『公式』具合とか、ドンピシャ銘柄酒が羨ましい…ではなく、
ただ単に『MAXクロ赤!』な歴史遺産の存在を、お教えしただけですから。

「赤葦京治による特殊講義『ローマ起源の都市基盤について』…終了です♪」
「じゃ、今日の『酒屋談義』は…これでお開きだな。赤葦…お疲れさんっ!」


結局赤葦が証明したのは、俺達が…『クロ赤』が『↓方向MAX!』という、
誤魔化しようもない『歴史的事実』(しかも証拠が現役バリバリ稼働中)だ。

『クロ赤』と『月山』に酔った赤葦とツッキーが、そのことに気付く前に、
俺と山口はコッソリ目配せして苦笑い…赤葦を引き摺りながら、自宅へ戻った。




- 終 -




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※日本酒『月山』 →『結一無二


2017/09/14    (2017/09/12分 MEMO小咄より移設)

 

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