ご注意下さい!

この話は『R-18』…BLかつ性的な表現を含みます。
18歳未満の方、性描写が苦手な方は、 閲覧をお控え下さい。
 (閲覧により不快感を抱かれた場合、当方は責任を負いかねます。)


月島への初恋を終えた山口と、山口への初恋を始めた月島。
そんな二人を、真剣に応援する黒尾&赤葦…(前半は。)
『黒魔術』シリーズ最終話の一月後(後日談)です。
後半は、『月山スッキリ♪編』です。



    それでもOK!な方  →
コチラをどうぞ。























































※『効力消滅』一月後。




    想像以上







「邪魔だって…言いましたよね?」
「帰れって…また言わせる気か?」


梟谷グループ合同合宿恒例の自主練後。
第三体育館では、木兎達脱走後、ようやく訪れる安息のひととき…
超多忙な黒尾&赤葦の『心休まる時間』が始まろうとしていた。
教育の成果もあり、今日はアッサリ邪魔者も居なくなった体育館を、
二人は猛然とお片付け…さぁ!ご褒美タイムだ♪と用具室に入ると、
そこにはまさかの先客…とっくに帰ったはずの月島が、堂々と居座っていた。

一瞬にして凍り付く空気。
黒尾と赤葦は、肌を刺すような冷え冷えとした声で、月島を威圧した。

「ツッキーよ…黒尾家の秘術に呪われたくなかったら、すぐ出てけ。」
「一月前、あんなに厳しく『お説教』したの…もう忘れたんですか?」
黒尾はストップウォッチを出し、月島の目の前にプラプラ。
赤葦は月島の頬の両端を優しく抓み、プニプニと横に引いた。

だが絶対零度の退去要請にも関わらず、
月島は「はぁ…」と深いため息を付き、肩を落とすだけだった。


一月前の合同合宿の際、黒尾と赤葦の他愛ない悪戯をきっかけに、
月島と山口が偶然催眠状態に陥ってしまった…通称『黒魔術事件』が起こった。
結果として、山口の初恋が終わり、月島の初恋が始まったのだが…
黒魔術的な力によって、何やかんやで解決したはずだった。

山口が長年溜め続けたモノも、黒尾達が消滅させ、山口は呪縛から解放された。
月島は教わった『想像力養成演習』をこなし、二人で桃色妄想を楽しむ日々。
一月も経てば、収まるべきトコへ、もうズッポリ…ではなく、
スッカリ収まっているものだと、黒尾達は思っていた。

はぁ…と、月島は魂さえ抜けてしまいそうなため息を繰り返す。
そのあまりに『らしくない』月島の姿に、黒尾達は眉を顰めた。


「おい、一体…どうしちまったんだ?」
「この一月に…何があったんですか?」

こう尋ねてはみたものの、まだ二人は警戒心と拳は握り締めていた。
傍迷惑極まりない『どうしょうもないバカップル』のことだから、
「実家じゃなかなか満足にヤれないのが辛くて。」とか、
「かなり溜まってるんで、用具室利用権の譲渡をお願いします。」等と、
大マジな顔で堂々と言い出しかねない…
1ミクロンでも惚気成分を検知したら、即時強制退去させるつもりだった。

だが、月島から返ってきた言葉は、黒尾達の想像力を超越していた。
怒りが全て困惑と心配に入れ替わり、『世話焼き』モードが発動した。

「僕の初恋、もうダメかも…です。」


黒尾が赤葦に目配せすると、赤葦は用具室奥から隠しておいた鞄を出し、
紙コップにお茶を3人分、紙皿に塩豆大福2つと海苔巻おかきを乗せた。
黒尾はウェットティッシュで月島の手を拭いてやり、塩豆大福を握らせると、
月島は「いただきます…」と律儀に礼を言い、豆の部分に小さく口を付けた。

黒尾と赤葦は、大福を半分こして食べ、熱いお茶を飲みながら、静かに待った。
一口ずつ時間を掛けて食べ終えた月島…
口の周りについた粉を、赤葦がティッシュで優しく拭いやると、
ようやく月島はポツポツと話を始めた。


「仙台に戻って二週間は、元通りの生活を送っていました。」

元通り…いえ、新たに『桃色妄想』を披露するという楽しみができたので、
以前よりももっと、山口と楽しく笑い合える時間が増えました。
黒尾さん達に教わった『想像力養成演習』…何かについてじっくり考え、
プロットを組んで創造するのって、物凄く面白いんですね。
ただ調査して「なるほどね。」と、単純に納得するだけじゃなくて、
いかにその考察を生かし、新たな創造に繋げていくのか…
ワクワクもドキドキも両方楽しめて、最高の娯楽だなぁと、感謝しきりです。

そんなこんなで、僕は毎晩のように『~でのクロ赤』を色々と妄想して、
山口に披露しまくっていました…二週間前までは。
でも、そろそろ『ネタ切れ』というリアルな悩みと共に…
もっと現実的かつ根本的な問題に気付いたんです。

「僕がヤってることは、本来の意味で『想像力養成演習』ではない…と。」

勝手にクロ赤妄想してるうちに、黒尾さんや赤葦さんは、この場面で何を思い、
何を考えて行動したのか…僕なりに想像するようになりました。
その流れの中で、何故お二人が僕にこの演習をやらせたのか…
理由が少しずつわかってきました。

僕が本当にすべきだったことは、クロ赤R-18創作じゃない。
一番大切にすべき相手…山口の気持ちを考え、行動するために、
この演習が課されていたんですね。

それが分かった僕は、僕がヤってきたことに対し、山口がどう感じていたのか…
今までの人生を振り返り、ひとつひとつ検証していきました。

「その結果は…最悪だったと。」
「自己嫌悪真っ只中…ですね?」

黒尾達の確認に、月島は力なく頷いた。
頭を抱え込んで項垂れ、苦しみと後悔を絞り出した。

「僕が山口にしてきたことは、『最低』の一言です。」

どんな時でも僕の味方で居てくれて、僕にはノーを言わない…
その上に驕って、僕は何ひとつ山口に返さないまま、好き勝手してきました。

こんな僕を好きで居てくれたなんて…僕なんかが『初恋』だったなんて、
仮に山口がドMだったとしても、不憫過ぎます。

「山口の初恋は、辛いばかりだった…
   もう僕と恋したくないと言われたのも、納得です。」


僕は山口と一緒に居たい…
二人で『心休まる時間』を過ごしたいという気持ちは、今も変わりません。
そのためには、僕自身が変わらなきゃいけないんです。

僕の言動に対し、山口はどう思うだろうか?を、必死に想像しました。
でも、想像すればするほど、また山口を傷付けてしまうかも?と怖くなり…
何も言えない、何もできなくなってしまったんです。

そんな訳で、ここ二週間は、山口とまともに会話をしていない…
いや、視線すら合わせることができず、悶々とした日々を送っています。

「一緒に居たい。もっと話したい。でも、これ以上嫌われるのが…怖い。」

誰かを好きになって、恋をするのって…本当に辛くてしんどいんですね。
僕はこれから、どうすればいいのか…どう山口と接するべきか、わからない。
この状況を打破できるなら、黒魔術的なモノにすら、頼りたい気分です。


話し終えた月島は、ぬるくなったお茶を飲み干し、はぁ~と再度肩を落とした。
「つまらない愚痴を聞かせてしまい…すみませんでした。」

それに、お二人の貴重な時間も邪魔してしまって…申し訳ありません。
僕はもう戻りますから…失礼します。
ご馳走様でした、と丁寧に頭を下げ、月島は立ち上がった。

だがその肩を、黒尾達がガッチリ掴んだ…目頭をティッシュで押さえながら。

「まさか、こんな日が来るとは…」
「月島君が、普通の恋愛相談を…」

感極まり、じんわり滲み出る涙。
大分遠回りしたようだが、あの演習を本来の意味で理解してくれたこと。
自分達が思っていた以上に、真面目に山口とのことを考え、自省したこと。
その結果、超鈍感だった月島が、ちゃんと普通に恋をし始めたこと。

驚くべき月島の成長と、予想以上の演習効果に、黒尾と赤葦は感涙した。
これはもう、冗談抜きで黒魔術のチカラとしか言い様がないレベルだ。

何とか月島を助けてやりたい…
黒尾と赤葦はコッソリ目配せし合い、赤葦は用具室から出て行き、
残った黒尾は月島の隣に座り直すと、背を優しく撫でた。


「恋したら…誰かを好きになったら、凄ぇしんどいよな。」

あの時あんなことを言ってしまったけど、気分を害していないだろうか?
もし嫌な思いや、悲しい思いをさせてしまっていたら…?
そう考えるだけで、怖くてたまらない…眠れなくなる日があるんだ。

「え…黒尾さんでも、ですか?」
「あぁ。俺だって…恐ぇよ。」

黒尾の口から、『恐い』なんて言葉が出たことに、月島は心底驚いた。
いつでも泰然として、周りを率いている堂々とした背中…その印象が強いのに。
恋人とあんなにラブラブで、幸せに満ち溢れているのに…なぜ?

月島は黙って黒尾を見つめ、その理由を教えてほしい…と、視線で請うた。
黒尾はふぅ~と伸びをして、表情を崩すと、苦笑いしながら答えた。


「恋愛なんて、『苦しい』の連続だぞ?」

やっと恋が実っても、満足に逢えなかったり、思い通りにいかなかったり。
相手を傷付けちまうかも?って不安は、以前よりもっと強くなった。
もしこの幸せが、失われてしまったら?
…そう想像すると、恐怖で震えちまう。

あいつを大切にしたいって気持ちに、嘘も偽りもない。
でも、自分の奥底から突き上げる欲望…『もっと』という声も、無視できねぇ。
たまにしか逢えない上に、逢えたとしても、合宿中だと『生殺し』状態だ。
俺だって男だ…アレもコレも、思いっきりヤりてぇけど、
あいつの負担や、課せられた職務を考えたら…耐えるしかない。

「ツッキー妄想の『用具室のクロ赤』…現実になればなぁって、本気で思う。」
残念なことに、実際には難しいから…それは妄想の中だけの『お楽しみ』だ。

「そうだったんですか…てっきり僕は、『R-18』コースだと。」
「のんびり饅頭食って、茶ぁシバいて…『R-65』コースだよ。」

ま、これもすっげぇ贅沢な、『心休まる時間』なんだけどな。
恋人同士だからって、いつでも盛ってるワケじゃねぇ…
むしろ、『それ以外』の時間がどれだけ居心地良いかが、長続きの秘訣だろ。

黒尾は海苔巻きおかきを放り投げると、パクリと口でキャッチした。
そして天井を向いたまま、独り言のように呟いた。


「どうすれば赤葦を傷付けず、喜ばせ、幸せな時間を過ごせるだろうか…?」

無理のない範囲で、いかに二人で楽しむか…あいつを喜ばせることができるか、
それを必死に考え、想像してるんだ。

「想像力って、ココにこそ使うべきモノなんじゃねぇかな。」

傷付けたり、失ったりした時のことを考え、恐怖するためのものじゃない。
二人で『心休まる時間』を過ごすためには、自分はいかにすべきか…
『想像力』を使って考え続け、ずっと仲良くしていくための努力をするのだ。

「想像力は、相手を大切にするために、使うもの…」
月島の言葉に、黒尾はコクリと頷き、俺もまだ修行中だ…と、頬を緩めた。

黒尾ですら悩み、苦しみ、それでも一緒に居たいと努力し続けるのは、
赤葦がそれだけ大切な相手で、『苦しい』以上のナニかがある…
努力に値するだけの想いが、二人の間には存在するということだ。
本当に二人のことが、心から羨ましいと、月島は強く思った。


黒尾は月島の正面に座り直し、月島の頬を両手で包むと、
「目…閉じるんだ。そして、ゆっくり…深呼吸。」と指示した。
言われた通りにしていると、用具室の中に温かい空気が漂い始めた。
微睡むような、ほわほわした…黒魔術の空気だ。

「山口を大切にしたいっていうツッキーの気持ち…きっと伝わる。」

お前らは『幼馴染』っていう元々の強固な関係があるから、
それを失うかもしれないのは…凄ぇ怖いよな?
でも、それを恐れたら、この先には絶対に進めない。
自分の『もっと』に気付いた今、もう元にも戻れないんだ。

「だから、勇気を出して…ちゃんと伝えるんだ。」

そのまま目を閉じて…二人の『心休まる時間』を想像するんだ。
幸せそうに笑う山口を…思い描くんだ。
自分がどうすればいいのか…必死に考えろ。


「ツッキーは山口と…どうしたい?」
「僕は、山口と…ずっと一緒に…居たい。」




***************






「…と、今はちょうど、第二章が終わった所です。」
「続きが気になって…しょうがないですね。」


第三体育館入口脇の、植栽の中。
一月前に背を預けていた木の根元に、山口は同じように座り込んでいた。
ぼぅ…と物思いにふけっていると、突然真横にストンと腰掛ける音…
いつの間にか体育館から出てきた赤葦が、山口の横に居た。

驚いて飛び上がる山口に、赤葦は挨拶もそこそこに、
予想だにしなかった言葉を掛けてきた。
「月島君作の『クロ赤妄想』を、聞かせて下さい。」…と。

有無を言わせぬその要請に、山口はゴクリと喉を鳴らし、
手渡されたペットボトル(炭酸入乳酸菌飲料)を、恐る恐る開けて飲み、
意を決して、その内容をザックリと赤葦に語り始めた。


月島が山口との『心休まる時間』に披露していた、鋭意連載中の妄想…
『黒魔術にオネガイ』は、先月の合宿帰還後からたった二週間のうちに、
第一章『太陽黒点』と、第二章『遠赤外線』まで進んでいた。
一章あたり5話×四章構成の超変態作…ではなく、長編大作になるそうだ。

最初のうちは、創作という慣れない作業に、ツッキーも戸惑っていたようで、
『ふんわり』とした雰囲気のみの短めの話や(俺は嫌いじゃない)、
ただ単に『ヤってるだけ』という話だった(これはこれで大歓迎)。
それが、話を重ねるごとに、起承転結をはっきりさせた、筋のある構成になり、
ちょっとした言葉遊びや、雑学を入れ込んでみたり、
以前蒔いておいた小ネタを回収したり…文章テクニックが徐々に向上してきた。

第二章になると、「僕の日々の研究の成果だよ。」という言葉通り、
登場人物の心理描写まで、丁寧に表現するようになってきた。
情景や舞台設定だけではなく、苦手だった感情にまで想像力を膨らませ…
情感あふれる『しっとり系』のEROまで、手がけるようになったのだ。

「月島君、そんな短期間に、一体どうやってそんな演習を…?」
「BLコミックサイトの『お試し読み』…これを使ったそうですよ。」

物語の設定と雰囲気を『お試し』の第1話で掴み、
そこから、登場人物の心理と第2話以降を勝手に想像する訓練…だそうだ。
意外と緻密に、コツコツ真面目に演習をしていたことに、
赤葦は心から驚き、その地味な努力に拍手したくなった。
教えた以上のコトをやってのける…本当に『デキる教え子』だ。


「そんなこんなで、お互いに想い合っているクロ赤の二人は…
   あっ、これはツッキー妄想の話なんで、敬称略ですみません!」
「構いません。それで、クロ赤はこの後どうなるんです?」

運命の悪戯に翻弄された二人は、ある決意をする。
全てを投げ打って、二人で逃げてしまおう…と。
第三章以降は、クロ赤の駆落同棲編にするか、それとも…
クロ赤を傍で見守っていた、月山編にしようかなって…言ってました。

「だから俺は、そこで『待った!』をかけたんです。」

このままクロ赤ルートだと、『暗黒物質』『赤色矮星』みたいなタイトルで、
ブラックホールに惹き込まれるようなレッドゾーン…R-18にイっちゃいます。
それはそれで、ホントにもう「待ってましたーっ!」なんですけど…

「月山ルートは…『僕と山口のコトを妄想するよ。』という、宣言ですね?」

タイトルはさしずめ、『月面探査』と『泰山北斗』あたりでしょうか。
想像力養成演習と、10話程の創作を経験した月島君が、どんな月山を描くのか?
俺は第三者として、実に興味深いのですが…『モデル』は違いますよね。

赤葦の問いに、山口はコクリと頷き、抱えた膝の中に顔を埋めた。
そして、蚊の鳴くようなぽそぽそ声で、『待った!』をかけた理由を口にした。


「妄想と現実は違うって、わかってはいるんですけど…」

ツッキーの作風は、おカタそうなタイトルと考察と見せかけて、
その内実はただのラブコメ…全力でデレデレしまくる系なんです。
今までのクロ赤も、黒尾さんが赤葦さんを大事に大事に…
『愛おしくてたまらない』をひたすら追求する、デレ甘い話でした。
もしかして作者は、赤葦さんを心から愛し、黒尾さんに抱かれたいんじゃ…?
そんな疑念すら浮かんでしまうぐらい…羨ましいやら恨めしいやらです。

それ、ちゃんと文章に起こして、是非『参考資料』として送って下さい。
…という言葉を赤葦は飲み込み、山口の気持ちを代弁した。

「そんな作風で、デレ甘い月山を語られてしまったら…耐えられませんね。」
「これはただの『妄想』だ…そう割り切って聞き続ける自信は、ないです。」

どんな人でも、自分の作品には、少なからず自分の思想や好みが反映される…
願望とまではいかなくても、自分が好きな話だから、創作するんだと思います。

今まではクロ赤…これは『他人事』だって一線を引くことができました。
でも、それが月山になると…どうやったって、その線引きが難しくなります。
もしかしたら作者は、山口を心から…?山口とこんなコトしたいの…?
ただの妄想なのに、そんな勝手な想像をしてしまうのを、止められません。

「ツッキーは、俺のことを本当に…って、勘違いしちゃいそうで…怖い。」

これはまだ、俺の思い込みだから、マシな方です。
もし万が一、その妄想が本当にツッキーの願望だったとしたら?
お互いを思いやり、ココロ休まる時間を楽しむ…二人の物語。
ストレートに愛の言葉を紡ぐ月島。それに応える、ピュアで可愛い山口…

「ツッキーの描く、理想の月山像…現実の俺は、きっとそれを壊してしまう。」
現実はこんなもんかって…幻滅させてしまうのが、怖くて堪らないんです。

だから、ツッキーの妄想ダダ漏れも困るけど、続きも物凄く気になる…
かと言って、続きを聞いてしまうのも怖い。
俺は『黒魔術にオネガイ』の続きを聞けないまま、悶々と二週間が経ち、
その間、ツッキーとはほとんど会話もない状態なんです。


想像力を駆使した結果、その想像に怯え、身動きが取れなくなった…
恐怖の対象は違えど、月島と山口は同じような状態だった。

第三者から見れば、「気にしすぎ。」「考えすぎ。」だとわかるのだが、
嫉妬や羨望、劣等感と同じで…特別な相手に関することには、
人はどうしても故のない妄想をし、過剰に反応してしまう生き物なんだろう。

きっと山口本人は気付いてないが、今の話をわかりやすく言ってしまえば、
「好きな人の期待に応えたいけど、上手くできるかどうか不安。」
という、ただの惚気…よくある『恋愛相談』の一種である。
月島も山口も、実に健気で…可愛いじゃないか。


顔を埋めたまま、重いため息を付く山口の頭を、赤葦は優しく撫でた。
「妄想と現実は、リンクする部分はあれど…明確に『別物』です。」

その証拠を、今から俺がお話します。
同じ駆落ちがテーマでも、月島君の第三章クロ赤編(案)とは、かけ離れてます。

「これは、約半年前の出来事…『駆落物語(仮題)』とでもしておきますか。」
「えっ!?それって、もしかして…」

ガバっと顔を上げ、驚きの声を上げた山口に、
赤葦はチチチ…と『お口チャック』を示し、静かに話し始めた。


「愛し合う二人が、手に手を取って逃亡。それが本来の『駆落ち』ですが…」

この事件を起こしたクロ赤の二人は、その時点ではただの親しい知人…
お互いに好意は抱いていたものの、恋人でも何でもなかったんです。
冷静に二人の性格を考えれば、そんな手段を採るはずはない。
だからこそ逆に、真相を知らない者達にとっては、センセーショナルでした。

『俺達の知らない所で、あの二人はいつの間にかデキていた!?』
『そして、その愛のために駆落ちし…(中略)…ついに結ばれた!』

事件の後、クロ赤の二人は頑なに真相を口にしませんでした。
そのことが余計に、(中略)の部分を含め、恰好の妄想ネタとなりました。
自由に妄想させることで、現実を上手く隠した…恐るべき策士っぷりですよね。

「本当は、この事件をきっかけにして、クロ赤は…なんです。」
「原因と結果が、全く…逆っ!?」

ステキな妄想と創作をして下さった方々には、大変申し訳ないんですが、
現実なんてこんなもん…ご期待に添えず、心苦しく思っていますよ。
驚嘆する山口に、赤葦はニヤリとほくそ笑んだ。
そして、キュっと表情を引き締め、言葉を慎重に選びながら続けた。


「妄想と現実は違う…これには、もう一つ大事な教訓があります。」

好きな人に、もっと自分のことを好きになって貰いたい…
お互いに切磋琢磨し合うことと、相手の理想に自分を合わせることは、
全く違うものじゃないか?って、俺は思うんです。

「相手の理想…妄想に合わせるだけなのは、ただの『都合のいい奴』です。」

勝手に妄想した挙句、「思ってたような人じゃなかった。」等と言われ、
一方的に幻滅される…よくある話ですけど、冷静に考えたらおかしいですよね?
どんなに確度が高かろうと、頭の中で考えたことと、目の前の現実は違います。

自分の想像が及ばないことがある、ということすら想像できない…
そういう人は、平気で他人を傷付けることができる人です。
一方的に幻滅されて、離れてくれる方が…実はありがたいかもしれません。

それに、妄想より現実の方が遥かに素晴らしいことだって、多々あります。
それを発見した時の驚きこそが、喜びに繋がるのだと思います。
例えば、そうですね…

「月島君妄想より、現実の黒尾さんは、遥かにイイ男…みたいな感じです。」
「ツッキー妄想よりも、現実の赤葦さんは、黒尾さんにベタ惚れ…みたいに?」

山口の軽妙な返しに、赤葦はキョトンとし、ほんの少しだけ頬を染めた。
思っていたよりもずっと…赤葦はお茶目で可愛らしい人だと気付き、
山口は何だか無性に嬉しくなった。


「超鈍感…一月前までの月島君は、相手の感情に対して無頓着でした。」

想像力が欠如していたことで、山口君を傷付け…辛い初恋が終わりました。
でも、今の月島君は違う…俺達の想像を遥かに超える成長を遂げました。
想像力を養った月島君は、一月前とはもう『別人』です。

ですが、やはり妄想は妄想…
山口君は、それを恐れる必要も、それに合わせる必要もないですから。

「月島君と、一方的な関係になりたいわけじゃない…そうですよね?」

赤葦の確認に、山口は力強く首肯した。
そんな関係じゃあ、とても『心休まる時間』なんて過ごせない。
下手すると、『初恋』の時よりも辛い状況に陥ってしまうだろう。

「俺はツッキーと、対等な立場で…ずっと一緒に居たいです。」


はっきりそう断言した山口の目には、もう迷いの色はなかった。
赤葦は柔らかく微笑み、イイ子イイ子…と、山口の頭を撫でた。

「今の月島君なら、山口君のことをちゃんと見て、考えてくれますよ。」
山口君が『初恋』した月島君とは別人…デレ甘大好きな、優しい人でしょう?

赤葦の言葉に山口は目を丸くし…はにかみながらコクコク頷いた。
頭を撫でていた手を頬に添えると、赤葦は山口の耳元にそっと囁いた。

「月島君のこと…今もやっぱり、好きなんですよね?」
「多分ツッキーが妄想してるよりも…ずっとずっと好き、です!」

真っ直ぐな感情を、堂々と囁き返されるなんて…全く想像してなかった。
訊いた赤葦の方が、恥ずかしさに身悶えし…頬を真っ赤に染めてしまった。


「山口君がこんなにも強い人だったなんて…驚きました。」
「こうでもなきゃ、ツッキーの幼馴染なんて…やってられませんから!」

二人は顔を見合わせて笑い、しっかりした足取りで体育館へと向かった。



***************






赤葦と山口が用具室に戻ると、黒尾と月島も話を終え、
何やら楽しそうに笑いながら、おかきをバリバリ頬張っていた。

合流した二人も一緒に、楽しい『おやつタイム』…
他愛ない話で盛り上がる、実に貴重な『心休まる時間』を満喫できた。

「まさかこの4人で、こんなに楽しい時間を過ごせるとは…想像外です。」
「別に大切な二人の時間『だけ』が、『心休まる』わけじゃねぇんだな。」

意外なところに、意外と気が合う人が居る…
これだって、想像力の限界…驚くべき喜びの一例だろう。


皿のおやつもなくなり、黒尾が最後の一口を飲み干した所で、
赤葦はストップウォッチで時間を確認…丁度いい頃合いだ。
全員でその場を片付けると、月島と山口が深々と頭を下げた。

「先月に引き続き、今月も…」
「お二人にはアレもコレも、大変お世話になりました。」

「俺達で力になれたなら…良かった。」
「二人で仲良く…頑張って下さいね。」

まぁお互い、アレやらコレやら…頑張ろうぜ?
黒尾は月島達の肩をポンポンと叩くと、用具室の扉を開けた。

「………。。。」
「………。。。」

そのままの状態で、固まる…4人。
まるで時間が止まったかのように、動こうとしない。

皆の予想よりずっと堪え性がなかった…赤葦が、笑顔で手を振った。
それに応えるように、今度は山口も手を振り返した。

「お疲れさま。もう帰っていいですよ?ここは俺達が鍵を閉めて…」
「いえいえそんな!俺達がヤっときますので、どうぞお先に…」

再び訪れる、凝固と沈黙。
予想だにしなかった『思惑の合致』に、凍り付いた場に一瞬で火が点いた。


「流れ的には、『二人でしっかり話し合って下さい…』ですよね!?」
この鞄に、アレもコレも入ってるから、どうぞご自由にお使い下さい…
って、僕達をココに『ガチャリ♪』って閉じ込めて、退出です!
どう考えたって、この先は月山編(正確には山口)に突入じゃないですか。
『僕達を導いてくれた素敵な先輩』として…この場は明け渡して下さい。

「それは前回ヤりましたし…『素敵な先輩』こそ、ただの妄想です!」
何度も同じネタを使い回すのは、創作としても問題アリですよ。
それに、その月山編…アレもコレも使うような『R-18』確定ですよね?
言っときますけど、『はじめて』の方には想像を絶する負担ですから。
まさか、山口君(合宿中)に、そんな負荷をかけるつもりですか?

「心配ご無用です!こんな日が来るかもって…事前演習してます!」
俺の妄想…じゃなくて予想では、次にツッキーと二人きりになるのは、
自称『俺はいつでも親切だ』って人が、セッティングしてくれた時…
その機会を逃さないため、アレとかコレを使って演習してきました!
家族ぐるみの付き合いがある幼馴染…自宅じゃ難しいですからね~♪

「ちょっ、ちょっと待て!おおっお前らイロイロ…待て待て待てっ!」
黙って聞いてりゃ、とんでもねぇコトを堂々と言いやがって…
想像のナナメ上をイく会話に、アレとかソレがヌかれちまいそうだよ!
とは言え、この場をアッサリと譲ってやる気は、さらさらないし、
二人きりできちんと話し合う時間を、取ってやりてぇ気持ちもある…


もしこのまま『月山編』にしてしまえば、やっと初恋が実ったと、
月島は封印していた月山『妄想』を、『実行』に移すだろう。
いくら山口が演習しているとは言え、それもまだ『妄想』の範囲内…
大事な合宿中に、想像を絶する『現実』を知るのは危険だ。

では、『現実』を知り、経験も積んでいる『クロ赤編』にしたら…?
黒尾と赤葦が逢ったのは、『お焚き上げ』以来…実に三週間ぶりだ。
オアズケを喰らった赤葦が、例の『淫猥な空気』を抑えるはずもなく、
黒尾がその空気を喰らって、自分を抑えられるはずもない。

どちらのルートを選ぶにしても、本業に支障きたしまくりなのは、
想像するまでもなく…明白かつ差し迫る『現実』だ。


俺に黒魔術が使えるなら、全部叶えてやりてぇんだけど…悪ぃな。
皆が納得して、それぞれが満足するような方法を、今考えてるから、
もうちょっとだけ…待ってくれ。

どうしたもんか…と、一人真面目に悶々とする黒尾。
思っていた以上に誠実で優しい(そして意外とピュア)な黒尾の姿に、
3人はキュン♪となり…顔を綻ばせて微笑み合った。

「ねぇ黒尾さん。これからどうすべきか…
   俺達が考えてみたので、次の3つの中から選んで下さい。」

そう言うと、月島・山口・赤葦の3人は、一つずつ黒尾に提案した。

「①『黒魔術にオネガイ』の続き(R-18)を、皆で妄想する。」
「②この用具室が2部屋になるよう、黒魔術に願ってみる。」
「③いっそのこと4人で、黒魔術的なアレをヤってしまう。」

眩しい程の笑顔で、決断を迫る3人。
出された選択肢に、黒尾は呆然…そして、大きくため息を付くと、
選ぶ余地なんかねぇよと、呟き…ニヤリと笑った。

「そんなの決まってる…『全部』だ。」

まずは4人の妄想が全て尽き果てるまで、①を語り合う。
そして、それが尽きたら、②の実現を試みる。
それでも時間が余ったら…③に突入だな。

「というわけで…早速始めるか!」


黒尾の出した答えは、現実的な結果としては予想通りなのだが、
3人が想像しなかったルートを辿り…全員が納得するものに帰結した。

「覚悟しといて下さいよ?僕の『デレ甘系』妄想…悶絶必至です。」
「意外かもしれませんが…俺のは『生唾ゴックン系』なんです~♪」
「俺は皆さんのご期待通り、『思わず手が下に…系』でしょうか。」
「じゃあ俺は…ど真ん中どストレートの『純愛系』にでもするか。」

これからしばらくは…4人で楽しい合宿が過ごせそうだな?
黒尾の問い掛けに、3人は満面の笑みを返した。






***************






「そして二人は、静かに瞳を閉じた。」
「『黒魔術にオネガイ』…これで完結、だね。」


月島家と山口家の中間にある、僕達の秘密基地…いつもの公園。
かつてはここで、ほぼ毎日のように『業務連絡』が行われていた。

先月の合宿後からは、その『業務連絡』の代わりに、
僕の桃色クロ赤妄想『黒魔術にオネガイ』を披露する場となり…
二週間ほどの休止期間と、先週の梟谷合宿を経て、再び連載を再開していた。

先週の合宿では、4人で第三章(結局、月山+クロ赤編になった)を妄想し、
時間が足りなかった第四章は、それぞれの組で持ち帰っての創作となった。
僕達は一週間かけて、『クロ赤編』の最終章を二人で創り上げ…
この長編大作も、本日ようやく完結を迎えたのだ。

「長かった…ね。」
「うん…凄く、長かった。」

物語の余韻に浸るように、黙って星空を見上げる。
いつもより星々が瞬いているように見えるのは…気のせいなんかじゃない。
座っているベンチの脇…そこを照らしている外灯が、切れかかっている。

この様子では、灯りはいつ消えるかわからない。
じじじ…と音を立てて瞬き、徐々に暗くなってくる灯りを見ていると、
ポケットに入っている、『ストップウォッチ』のことを思い出した。
きっと、灯りが消えた時に…僕らの『桃色妄想』は終了…そんな気がする。


星空と外灯から目を下ろし、少し離れた場所に座る、山口の横顔を見る。
瞬きの回数が減ってきたせいか、山口の顔はほとんど見えない。
でも、この外灯がしっかり点いていた頃…『業務連絡』をしていた頃に、
山口がどんな表情をしていたのか、僕にはまるで記憶がない。

今よりも近い距離にいたから、近すぎて見えなかったという面もあるが、
それ以上に、僕は山口を…見てはいなかったからだ。
それでも僕は、その頃の山口はこんな顔はしてなかったと、断言できる。

細かな表情なんて、実際には暗くて見えないけれど、
間違いなく山口は、僕と一緒に居て心地良いと…
まさに今が『心休まる時間』だと感じていることが、僕にはわかった。
これは僕の都合のいい『妄想』…なんかじゃない。
目の前に居る『現実』の山口の空気が、それを僕に伝えてくる。

今なら、僕の気持ちも…山口に伝わるかもしれない。


震える手をポケットの中にそっと入れ、ストップウォッチを握り締める。
目を閉じて…ゆっくり深呼吸。
浮かんでは消える恐怖を、ぎゅっと掌で握り潰し…
ストップウォッチから手を離して、ベンチに置かれた山口の手に触れた。

突然の触れ合いに、山口はビクリと全身を震わせた。
その反応に、一月前の用具室を…悲しみにくれる山口の涙を思い出し、
思わず手を引いてしまいそうになったけれど、
なけなしの勇気を振り絞り、触れた手を今度はしっかりと掴んだ。

「僕は、山口が好きだ。」

目を固く閉じ、耳も塞ぎ。
あの時の「やめて…」という拒絶の言葉を、脳内から必死に追い出す。

幸いなことに、しばらくそのまま待っていても、
恐れていた言葉は、山口から返ってこなかった。
でも、それ以外の言葉も返ってこない…息が止まりそうだった。

ようやく返ってきた山口からの反応は、掴んだ手を解かれたこと…
掌に触れた冷たい空気に、心臓が止まりかけた。
閉じていた目を開けたのに、目の前は真っ暗…
遂に外灯も消え、妄想の時間も終わり、僕の初恋も…消えたのか。

そんな妄想に引き摺り込まれそうになっていると、
聞き覚えのあるセリフと共に、真っ暗だった目の前に、白い封筒…
それを、外灯の最後の瞬きが照らしていた。


「はい、ツッキー。これ…今日の分。」
今日の分というより…これが最後の分、かな。

聞きなれたセリフだけど、その声は…震えている。
僕も同じぐらい震えた手でそれを受け取り、恐る恐る中を開いた。


  ツッキーが好きです。
  ずっとツッキーを見てました。


見慣れた定型文。こんなありきたりな言葉…創作でも使い古されている。
だけど、自分が好きな相手の『自筆の文字』で書かれたこの言葉は、
想像を遥かに超える威力と…抑えがたい歓喜をもたらしてくれた。

ありがとう。凄く嬉しいよ。僕も山口が好き。
…ちゃんとその歓びを返したいのに、言葉がまるで出てこない。


真っ白な脳内に浮かんだのは、微睡むような空気の中で聞いた、
「ほら、お前の『したいこと』…していいぜ?」と、僕を誘う声だった。

その声に導かれるように、僕は山口を引き寄せ、キスをした。


**********


「凄い…『純愛系』な雰囲気に、なっちゃったね。」

暗闇の中、ゆっくりと唇を離すと、山口がそう呟いた。
暗闇で本当に良かった…今の僕は、月島蛍史上最紅の顔をしているはずだ。

「あんだけ桃色妄想して遊んでたのに、現実はこんなに…」

とんでもないピュアさに、今頃になって猛烈な羞恥心が駆け巡る。
冗談抜きで、黒尾さん作の『純愛系』を実践した気分だ。


火照る顔を誤魔化そうと、もう一度山口にキスをする。
一瞬だけ触れて離れようとすると、山口に引き止められ、頬に頬…
そして、耳元にそっと一言。

「今日、ウチ…俺一人なんだ。」

完全に停止する脳。
ゴクリ…と、喉が上下する音が、星空に響き渡る。

「これが山口忠作…『生唾ゴックン系』かな?」


あはははは…と、照れ隠しに笑う山口。
僕はそれに何も返さず、山口の手を引いて走り出した。



***************






玄関を開け、中に飛び込んで。
扉が完全に閉まる前に、背後からツッキーに抱き込まれた。

ギュッと強く抱擁され、上手く身動きが取れない。
鍵閉めて…と、何とか首を反らしながら頼むと、そのまま顎を固定され…キス。
走って帰ってきたし、無理な体勢だし、すぐに息が上がってしまう。
呼吸のために口を開くと、酸素の代わりにツッキーの熱い呼気が入ってきた。

「んっ…つ、きー、待っ…」

何とか絞り出した声も、ツッキーに全部吸い取られてしまう。
どうにかして酸素を得ようと、ツッキーの唇を自分の唇で抑えながら、
舌で隙間をこじ開けようとしてみたら、それが更に深いキスを誘ってしまった。

初めて触れ合う、舌と舌。
想像していたよりもずっと熱くて、ずっと柔らかくて…
カラダの奥から、何かがぞわぞわと駆け上がってくるような、不思議な感触だ。

全神経が、舌と唇に集まってきて、全身からは力が抜けてくる。
俺はツッキーに、ツッキーは玄関扉に背を預けながら、ズルズルと滑り落ちる。
その間もずっとキス…玄関タイルに座り込んでからも、夢中で舌を絡め続けた。

「山口…好きだ、よ。」
「俺も、ツッキー…好きっ」

荒い呼吸と、貪るようなキスの合間に、うわ言のように、ツッキーは繰り返す。
その言葉を聞く度に、胸を満たす想いに衝き上げられ、
俺も同じ言葉を、繰り返し呟き続ける。


あぁもう、止まらない。
このままツッキーと、ひとつに溶け合ってしまいたい。

俺を抱き込んでいたツッキーの腕にも、もう力は全く入ってない。
俺は身を捩ってツッキーの首に両腕を回し、強く引き寄せた。
横抱きから、徐々に正面へ…
抱き合う体勢を動かしながら、キスの角度も変えていく。

暗く静かな玄関に、互いを掻き懐く衣擦れ音と、絡み合う舌の音、
そして、鼻にかかる甘い吐息が、反響していく。

いつの間にか靴を脱ぎ、玄関ホールのフローリングに背を付け、
真上からツッキーに覆われていた。
完全に寝た状態で抱き合っていると、熱く硬くなった部分が触れ合った。
思わず声が漏れ…無意識のうちに、互いの熱に手を伸ばしていた。

カタチを確かめるように手を這わせ、指でなぞって擦り上げる。
分厚い布越しでも、熱を煽るには十分…キスの呼吸も、更に上擦ってくる。

「あっ…んんっ」
「これが…『思わず手が下に…系』だよね…」


もうこれ以上、耐えられない。
下に伸ばした手で、慌ただしくベルトを抜き、ズボンを引き下ろす。
直接触れる素肌の感覚…妄想してなかった五感に、身震いが止まらない。

たったこれだけでも、想像以上の気持ち良さ…
妄想だけでは味わえない、温度や手触りに、目眩がしそうだった。

もう何も、考えられない。
考えたく…ない。

これは、そう…黒魔術にかかった時と、よく似た浮遊感だ。
好きな人と抱き合い、キスをして、熱を包み込んで…蕩けていく。
まるで催眠のように、脳内にはあの時の言葉が浮かび、俺の欲を引き出す。

『お前が今、したいことは…?』

そんなの、決まってる。
俺の願いは、ずっと変わらない。

「ツッキーと、一緒にっ、居たい。
   ツッキーと…ひとつに、なりたい…」


微睡むような、熱に浮かされて。
想像を遥かに超える感覚…俺の記憶は、曖昧にしか残っていない。

ただ、俺の願いは叶った…それだけは、はっきりと覚えている。


**********


「ん…?」
「ごめん、起こしちゃった?」


やけに重たい瞼を開けると、ぼんやりした視界。
部屋の明るさに目が慣れ、周りに視線を巡らせる…ここは、俺の部屋だ。
押入の前に、部屋着(お泊まり専用)を着たツッキーが立っていて、
二人分の制服を、綺麗にハンガーに掛けてくれているところだった。

「あ、俺の分も…ありがとう。」

気にしないでいいから、まだ寝てなよ。
ツッキーはそう言ってくれたものの…『現実』を認識するにつれ、
俺は慌てて飛び起き…ようとした。

「マズい!玄関っーーーっ!!?」
「僕が片付けておいた…って、大丈夫っ!?」

声にならない声を上げ、ベッドに背中から不時着。
その衝撃に、また喉が詰まり、それすら全身に響いてくる。

ベッド脇に腰掛けたツッキーが、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
そうだ、俺はツッキーと…あろうことか、我が家の玄関で…


羞恥で発火する顔。何とかツッキーの視線から逃れようとするものの、
布団を引き上げる指先にすら、力が全く入らない。

「その…体調は、どう?」
「どうもこうも…一言で言うと、全身筋肉痛。」

割とハードな部活をこなし、体力も有り余ってるはずなんだけど、
バレーや日常生活では使用頻度の少ない筋肉も、余すところなく酷使…
硬い板間を滑っていた背中は勿論、硬いアレが滑っていたトコも、
更には、頬や舌の裏側とか…ありとあらゆる部分が、ギシギシ音を放っている。

バレー以外の不慣れな球技をしたら、運動不足じゃなくても筋肉痛になる。
それと似たような状況…これも妄想圏外だった。
(俺の『事前準備』なんて、ほとんど意味がなかった。)

「慣れないうちは、合宿中とか用具室とか…絶対ムリ。」
「確かに…僕も、膝と腰が悲鳴を上げてるよ。」

体中が突っ張ってるカンジ…だけど、心理的には緩み切ってる自覚があるよ。
ツッキーはそう微笑むと(こっちの緩みは無自覚らしい)、
俺の髪を撫でながら、そっとキスをしてくれた。

労わり、慈しむような、優しいキス。
そのキス以上に、柔らかく温かい、ツッキーの表情。
たったこれだけでも、カラダもココロも緩く解かされていく気がする。

「これが『デレ甘系』…桃色妄想、コンプリートだね。」
「黒魔術シリーズ、これで全部『スッキリ♪』…かな?」

何とか無事に完結できそうで、俺は安堵のため息を付いた。
すると、ツッキーは少し迷うような表情…俺から視線を外し、
「もうちょっとだけ、『完』は待って。」と、しどろもどろに言葉を続けた。


「あのさ、山口の『二番目の恋』は…本当に、僕で…いいの?」

僕も山口も、こんなコト…勢いとかノリでヤれる性格じゃないし、
山口が僕を受け入れてくれたことは、本当に嬉しいんだけど…
ついこの間、僕は手酷く山口を傷付けたし、山口の初恋は終わったばかり。
それなのにもう…また僕と、なんて…本当に良かったのかなって。

不安そうに俺の手を握りながら、ツッキーは内心を吐露する。
その予想外の内容と姿に、俺は驚き…それ以上に嬉しさが溢れてきた。
それを伝えるように、ほとんど感覚のない手で、繋いだ手を握り返す。

「今の発言こそ…ツッキーが『別人』になった証拠だよ。」

俺が『初恋』したツッキーは、それはもうサイテーの一言で…
今思えば、何であんなのを『カッコイイ』だなんて感じてたのか、謎だよね。
でもツッキーは、文字通り『リニューアル・ツッキー』に生まれ変わった。

この変化には、俺以外も当然気付き…以前よりももっとモテるようになった。
最近のツッキーは、もうやめて!というぐらい…『カッコイイ』のだ。
あんな酷い『旧型ツッキー』でも、俺はずっと好きだったのに、
こんなカッコイイ『新型ツッキー』のことを、嫌いになれるわけがない。
『初恋』終了直後に、同じ人を好きになるなんて…これぞ黒魔術の効果かな。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど…人はそんなに簡単には、変われないよ。」

僕なりに努力してはいるけど、また山口を傷付けるかもしれない。
『言いたい放題』は全然自重できてないし…する予定もないし。

なおも不安を湛え、気遣いを見せるツッキー。
また傷付けるかも?って…そんなの当たり前なのに。
誰も傷付けずに生きていける程、人間って聖人君子じゃない。

それに、『旧型』でも割とやっていけてた俺が、
そう簡単に『新型』の言動に、へこたれるわけがない。


思い切り繋いだ手を引っ張り、その勢いで傾いたツッキーの首元を掴んだ。
そして、初めてツッキーに怒号を飛ばした時と同じように、
キっ!と眉間に力を込めて…俺はらしくなく声を張り上げた。

「俺なんかよりずっと、ツッキーに相応しい人は、たくさんいる。」

黒尾さんに赤葦さん、木兎さん…上には上が、いくらでもいる。
ツッキーを高みに導いてくれる、とんでもなく凄い人達が、果てしなくいる。
どんなに努力しても、俺なんかじゃあ太刀打ちできない。

だけど、そんな俺でも、たった一つだけ…誰にも負けない『一番』がある。

「俺のケタ外れの『ツッキー耐性』…想像以上だから。
   この『一番』だけは、誰にも譲らない…それが俺の、プライドだよ。」


言った直後、あの時以上に俺は後悔した。
このセリフ、とんでもなく『カッコ悪い』…何言ってんだ俺。
そんなに怖がらなくていいから、どん!と来ていいよ…って、
ツッキーを安心させたかっただけなのに…大失態だ。
これじゃあ、俺はただのドM…文言を完全にミスってしまった。

あぁぁ…穴があったら入りたい。
掴んでいた手をパっと離し、布団に潜り込もうとしたら、予想外の反応…
感極まったツッキーが、「ヤマグチィィィ!!!」と奇声を発しながら、
バサっ!と布団を剥ぎ取り、ガバっ!と俺に圧し掛かってきたのだ。


「僕がグダグダ考えるより、山口の一言…ココロにガツンとキたよ。」
「ココロじゃなくて…『シタゴコロ』にズキュンとキてるでしょ!?」

身動きが取れない俺の部屋着を、あれよあれよと脱がせていく。
『ガツン』とキた部分を押し付け…実にカッコ悪い。

「ちょっ、ちょっとタイム!どんな原動力で、これ以上動けって…」
「『ここから先はムリ』っていう線引き…僕はもうしないよ?」

いやいやいや、これはもう、プライドなんかじゃどうにもならないから!
理屈とか何とかは置いといて…逃げようにも、逃げ場も気力もない。
あっという間に真っ裸…温かい笑顔と熱い部分に、眩暈がしそうだ。

「上手いのと下手なの…どっちがカッコイイかなんて、決まってるよね?」
「イってることはカッコイイけど、ヤってることはカッコ悪いよっ!?」

あぁ…俺とツッキーの人生…そして、関係の転換点となった出来事が、
どんどん『とんでもない』方向に、リニューアルされていく…
同じ『文言』でも、こんなにも『意味』が変わることがあるという実例を、
こんなカタチで体感してしまうなんて…予想できるわけがない。


今のツッキーに、何を言うべきか?
結局思い付かなかった俺は、何も言わず…静かに瞳を閉じた。
この後のことは、もう…黒魔術でも何でもいいや。


「これにて無事完結…『スッキリ♪』だね。」

『妄想』は終わり…俺達の『現実』は、『スッキリ♪』と始まった。
『現実』も同じ…やっぱり『桃色』だった。



- 完 -



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※作中の桃色妄想『黒魔術にオネガイ』は、ただの妄想です。



2017/04/13

 

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