薄暗く静かな用具室の中で。
微睡みながら、触れ合う唇。
一体どのくらい、こうしていたのだろうか。
徐々に霞が晴れるように、視界と脳内もクリアになってくる。
近すぎてぼやける山口の顔を、しっかりこの目に焼き付けようと、
ピントを合わせるべく、少しだけ距離を取る。
そう…今までも、山口との距離が近すぎたから、山口を良く見ていなかった。
自分の気持ちを自覚した今は、もっとじっくり、山口を見たいと思った。
未だ眠りから醒めていないような…トロンと呆けた、山口の顔。
少し潤んだ瞳に、じんわりとした温もりがせり上がって来た。
この心地良い温かさに包まれたい…もう一度、キスしたい…
そう願って、山口の頬にそっと触れると、ビクリと体が跳ね…覚醒したようだ。
そして、山口の頬から、熱がスっと冷めていった。
「やっと…やっと、終わったと、思ったのに…」
「な、何だって…?」
掠れた声で呟く山口。その言葉の意味がわからず、聞き返そうと肩を掴むと、
山口は僕の手を払い除け…その行為に山口自身が驚愕しながら、
顔を覆って項垂れてしまった。
小さく縮こまり、震える肩。
両掌の隙間から、漏れる嗚咽。
幼い頃によく見ていた、『べそをかく』のとは、全く違う涙…
身を切るような苦しみが、抑え切れない吐息から伝わってくる。
こんなに苦しそうに泣く山口を、僕は知らなかった。
山口がこんな風に泣いてしまったのは、間違いなく…僕のせいだ。
(僕が、山口に…キス、したから…?)
その事実に気付き、愕然とする。
僕はキスして、本当に温かくて…心地良かった。
でも、同じキスで山口は熱を失い、悲しみに暮れてしまったのだ。
「どうして…?」
山口だって、それを促すように…目を閉じたじゃないか。
キスをして…嫌がる素振りなど、全く見せなかったのに。
まさか、あれは黒魔術的な何かによって、拒絶できなかっただけ…?
必死に想像力を巡らせるが、山口の涙に動揺してしまい、上手く頭が回らない。
何とかその涙を止めたいのに…何もできず、ただ慌てふためくばかりだった。
そのうち、何もできない自分自身の無力さに、絶望的な気分になってきた。
「やっと…僕の初恋が、始まったのに…」
意図せずして、零れ落ちた言葉。
その言葉に自分で驚き、少し後ずさると、指先に何かが触れて音を立てた。
(これは…ストップウォッチ…か。)
あぁ…それで、僕の『本音』が出て来たのだろう。
やっと始まった、僕の初恋…山口が好きだと、やっと気付いたのに。
どうしてこんなに、山口を悲しませてしまったのだろうか。
縋るような思いでストップウォッチを握り締めると、
それを掌ごと座り込む山口の膝に乗せ、僕は言葉を振り絞った。
「僕は、山口が…好きだ。」
これは、嘘でも偽りでもない…やっと気付いた、僕の本音。
どうかそれが山口に伝わるようにと、ギュっとストップウォッチを押し付ける。
不思議な力で、ぐるぐると時が回り続ける、ストップウォッチ…
暫くすると、ようやく山口は顔を覆った掌の間から、本音を漏らし始めた。
「俺も、ツッキーが、好き…だった。」
ずっとずっと、ツッキーのことが好きだった。
俺なんかが羽ばたこうとするツッキーを、留めていいわけない…
でも、一秒でも長くツッキーと一緒に居たかったから、この気持ちを封印し続けた。
「ツッキーを、好きになっちゃいけない…」
もしこの気持ちがバレてしまったら、『心休まる時間』が、なくなってしまう。
そうならないように、俺はひたすら気持ちを隠し続けた。
幸いにも、ツッキーは鈍感だし、俺なんかには気を留めないから…意外と簡単だった。
今まで通り、傍に居れば…近すぎて俺のことなんか、見えないはずだったのに。
ずっとそうしていれば、よかった。
このまま『付かず離れず』の幼馴染で居られれば、俺はよかったのに。
溢れる才能に『もっと上へ』と突き動かされているのに、動こうとしない…
いつまでも明光君の殻に隠れ続けるツッキーを、見ていられなかった。
「あんなこと、言わなきゃよかった…でも、言ってよかった。」
ツッキーは無事に、更に高みへ引き上げてくれる人達の所へ、飛び立った。
これでようやく、俺はツッキーから卒業できる…
一緒に居たいっていうエゴのために、気持ちを抑え続ける苦しみから、解放された。
自業自得だったとは言え、本当に…辛かったから。
「やっと俺の、辛い初恋が…終わった。」
そう思ったのに…それなのに…
ストップウォッチの黒魔術に囚われ、まだちゃんと消し切れてなかった想いを、
アッサリと引きずり出され…ツッキーと、キスしてしまった。
ツッキーはただ、『用具室の黒尾さん&赤葦さん』を妄想した結果、
それに惑わされて…黒魔術に操られてしまっただけなのに。
終わったはずの初恋なのに…『もしかしたら』って、期待してしまった…
「もう、あんな辛い想いは、二度としたくないのに。」
もう二度と、ツッキーを好きになんて、なりたくなかったのに…
山口は思いの丈をぶちまけると、声を押し殺したまま泣き崩れた。
あまりに衝撃的な山口の『本音』に、僕は怒りがこみ上げてきた。
勿論その怒りは、自分自身に対して…
自分のことばかり考えて、周りの人がどんなことを考え、想っているのか…
それを一切『想像』してこなかった、自分に対して、だ。
僕の一方的な『凄い兄ちゃん』という憧憬に、どれだけ兄が苦しんだか。
そのことを、自分が努力を怠る『口実』にし、殻に閉じこもり続けた…
そんな僕のことを、兄がどんな気持ちで見ていたのか。
どんな時でも、僕の傍に居て、僕の味方でいてくれた山口…
二人で一緒の時間が、僕にとっては本当に『心休まる時間』だったけど、
その穏やかな時間のために、どれだけ山口が辛い想いをしていたのか。
『相手はどう思っているか』を、ちゃんと『想像』してこなかったばかりに、
僕は大事な人達を、ずっとずっと傷付けていたのだ。
握り締めていたストップウォッチを、思い切り放り投げる。
その勢いのまま、今度は体全体で、山口を強く抱き締める。
「僕は、山口が好きだ。」
「や…やめて、ツッキー…」
体を硬化させ、僕から逃れようと身を捩る山口。
拒絶の言葉と態度に、心が折れそうになるが、ここで引くわけにはいかない。
「初恋が終わっただなんて、言わないで。」
「あんな辛い恋、もう嫌だ…」
ワガママで自己中で身勝手で言いたい放題…そんな超鈍感を好きになったって、
俺はずっと、辛いだけ…そんな相手を、もう好きになんて、絶対なりたくない…
山口の厳しい『本音』に、ぐうの音も出ない…どころか、挫けそうになる。
大人しくヘラヘラ笑ってるだけだと思っていた山口が、
心の中では僕のことをそこまで手厳しく…正当に評価していた、ということだ。
そんな『今までの僕』が拒否されたのならば、僕が採り得る手段は、一つ…
「山口に好きになってもらえるよう…僕が変わるから。」
「え…?」
あまりに意外な言葉だったのか、山口の体からこわばりが抜けた。
このチャンスを逃してはならないと、僕は必死に捲し立てた。
「ワガママも自己中も身勝手も、できるだけ自重する。」
黒尾さん達に教わった通り、『想像力』を養って、相手の気持ちを考える。
僕へのラブレターとか言付けにも、きちんと対応して丁重にお断りするし、
山口にその『処分』や返事を押し付けたりしない。
あと、兄ちゃんにもできるだけ素直に接するようにして…
木兎さんや黒尾さん…『目上の凄い人達』にも、精一杯尊敬と感謝の念を表すから。
「時間はかかるかもしれないけど…ちゃんと努力する。」
これから僕も山口も成長期だし、それぞれが色んな場所に『羽ばたく』だろうけど、
それでも僕は必ず、山口の所で『羽を休める』ために…戻って来るから。
二人の『心休まる時間』を楽しみたい…山口の傍に居たいから。
だから、ほんのちょっとでも『もしかしたら』っていう期待が残っているなら…
「もう一回、僕のことを好きになってもらえる…チャンスが欲しい。」
僕の必死さが伝わったのか、山口からは拒絶の色はなくなった。
だが、体中から『困惑』の色を滲ませている。
「『超鈍感』じゃないツッキーなんて…想像できない。」
「それは、まぁ…現段階では想像力の限界を越えてるだろうね。」
自分であっさり認めると、山口はキョトンとした顔…一気に力を抜いた。
「具体的には、どんな『リニューアル・ツッキー』になる…?」
「予定では…山口限定で『無茶苦茶優しいツッキー』かな?」
ごめんツッキー…これっぽっちも想像できないし、
それが本当に『ツッキー』なのかも、今の俺にはわかんないや。
なかなか酷い言われっぷりだが、山口から少し…笑みが零れた。
山口が笑ってくれるなら、それで僕は十分だ。
「山口の『二番目の恋』の相手も、僕であるように…頑張るから。」
誓いを立てるように、再度山口を抱き締める。
今度は山口から全く抵抗はなく…安心して力を抜くと、
山口はスっと身を離し、用具室の隅へと歩いて行った。
離れていく山口に、体中が冷える。
慌ててその腕を掴もうと手を伸ばすと、山口は何かを拾い上げ、僕の手に乗せた。
「ツッキーが、俺を好きだと言ってくれたこと…」
それが、ストップウォッチの黒魔術とか、想像力養成演習の産物じゃなくて、
いつかツッキーが、本当に俺のことを好きになってくれるように…
「俺も、頑張ろう…かな。」
文字盤に何も映さなくなった…もう動かない、ストップウォッチ。
僕はそれを強く握り締め、「好きだよ、山口。」と、もう一度言った。
***************
「それでは只今より、黒尾家に代々伝わる儀式を始め…」
「はいはいわかりました。では僭越ながら俺が…点火!」
合宿から1週間後。
黒尾と赤葦の二人は、黒尾の親戚が管理する神社の境内に居た。
手水舎の裏、社務所の中庭に掘られた穴…
そこは、神社に返納された古いお札やお守りを『お焚き上げ』する場所だった。
その穴の中には今、仙台から届いたダンボールが、2箱納められていた。
「穴に投げ込んで焼くだけ…お手軽便利ですよね、黒魔術。」
「一応、お祓いしてもらったし…俺、嘘は言ってねぇだろ?」
赤葦が点けた火は、徐々に大きくなり…ダンボールの隅が黒く焦げてくる。
そのうち、穴の中全体を、炎が包み込んでいった。
「これで、山口にかかった呪縛は…解けたかな。」
「ようやく…長年の辛い初恋が、終わりました。」
ダンボール全てに火が点き、封印し続けたものを浄化していくのを確認してから、
黒尾と赤葦は穴の傍から離れ、縁側に並んで腰掛けた。
天高く立ち上る煙をぼんやり眺めていると、黒尾が「そうだ!」と家に入り、
しばらくすると、お盆の上に綺麗な和菓子と、熱いお茶を乗せて持って来た。
「ツッキーと山口から…『この度は大変お世話になりました。』とさ。」
「おやおや、それは殊勝な心掛けですね。遠慮なく…頂くとしますか。」
縁側でまったり、甘味と渋茶。
待ち望んだ『心休まる時間』の到来に、二人は上機嫌でズズズ…と茶を啜った。
これでやっと、今回のドタバタも終わった…と、心からホッと息をついた。
「二人から赤葦に…これも渡してくれって。」
「これは…新品のストップウォッチですか。」
二人は俺の…『黒尾家の逸品』だと思ってたみたいだが、
あれは梟谷バレー部の、ただの『備品』だから…お前に返しとくよ。
壊れたやつは、戒めのために…大事に持っておきたいんだとよ。
両手で受け取った赤葦は、良い心掛けです…と、柔らかく微笑んだ。
「あれを壊したのは、本当は黒尾さんなのに…」
『目には見えない力』で動いている…だなんて、大嘘じゃないですか。
トドメを刺したのは月島君達かもしれませんけど、元はと言えば、
黒尾さんが八つ当たり気味に放り投げて…止まらなくなってただけでしょう?
「『電力』は目に見えねぇ…嘘じゃねぇだろ?」
大嘘と言えば、赤葦の方こそ…用具室に鍵なんて、掛けてなかっただろ。
何が『その方が面白いからですよ。』だよ…ま、思い込む方も悪いけどな。
「俺は一度も…『扉に』鍵を掛けたなんて言ってませんよ?」
「『ガチャリ』って、南京錠だけを閉じた…嘘じゃねぇな。」
約束の45分経っても、黒尾達は二人を迎えに行かなかった。
今回のドタバタの原因は、自分達にもあるから…と、涙を飲んであの場を譲り、
『用具室でのアレとかソレ』に、十分事足りる時間が経った後…
日付が変わる頃に、こっそりと二人の様子を見に行った。
やけに静かだな…と思いつつ扉を開けると、跳箱にもたれ掛かるように月島が、
一人分の距離を開けた奥に、山口が寝転がっていた。
山口の身体には、(おそらく月島の)ジャージが掛けられ…二人とも、寝ていた。
疲れ切って寝ているようだったが、それは『カラダを酷使』したわけではなく、
用具室内の様子や、赤葦の鞄が開けられた形跡もなかったことから、
ただ単に、練習疲れ(泣き疲れ?)で寝てしまっただけだった。
黒尾達は、寝ぼけ眼の月島達を支えながら、烏野の合宿部屋に送り届け…
その後はお互いに『本業』たる合宿や、帰還後の学業・部活が忙しく、
用具室で二人がどうなったのかを聞く余裕がないまま…ダンボール等が届いた。
「あの二人は、結局…上手く行ったんでしょうか?」
「恐らく、確度の高い推量として…答えはイエス。」
心配そうに呟く赤葦に、黒尾はポケットから封筒を取り出して渡した。
赤葦は手に持った和菓子を口に全部突っ込むと、
『黒尾様・赤葦様』と連名で宛先が書かれているそれを受け取り、
もごもごと口を動かしながら、いそいそと封を開け、中の便せんを広げた。
文面は、至って常識的な時候のご挨拶から…差出人は間違いなく、山口だろう。
先日は大変お世話になりました。
例のブツをお送りしますので、お手数お掛け致しますが、お手続の程宜しく…
と、用件とお礼をきちんと述べた、実にまっとうな手紙だった。
同封した和菓子は、こちらでも有名なものです。
お二人の『お茶タイム』にご賞味くださいませ。
黒尾さんと赤葦さんのお口に合えば幸いです。
実に美味…ご馳走さまでした。
赤葦は心の中で山口にお礼を言いながら、最後の<追伸>を読み…吹き出した。
<追伸>
あれからツッキーは、毎日のように『想像力養成演習』を実践しています。
ですが、その妄想だか想像だかの内容がダダ漏れで、大変困っております。
どうか次回お会いした時には、演習内容を『口に出して言わないこと』と、
きちんとご指導して頂けますよう、心よりお願い申し上げます。
「紛れもなく…惚気ですね。」
「あぁ…『文言通り』にな。」
このままいけば、そう時間が掛からないうちに、
月島の『初恋』は実り…山口の『二番目の恋』も、幸せなものになるだろう。
想像するまでもなく…『どうしょうもないバカップル』になりそうだが。
本当に、上手くいってよかった…
無事に今回の事件が解決したことに、黒尾と赤葦は大きく息をついた。
「これで、めでたしめでたし…だな。」
「やっと俺達も…安心できましたね。」
黒尾はごろりと縁側に寝転がり、伸びをする。
青空にたなびく『お焚き上げ』の煙も、だいぶ細くなってきた。
これが全て消えたら、今回の事件は終わり…そして、黒魔術の効力も消滅する。
「もしあの煙が、最後に一つだけ願いを叶えてくれるとしたら…」
赤葦は『黒魔術』に…何を願う?
今回、自業自得とは言え、俺達自身は『いいトコなし』だった。
合同合宿で『一緒に居られる』貴重な数日間ではあったが、
当然ながら我慢の連続…とても『心休まる時間』を過ごせたとは言い難い。
特に赤葦は、あの時のこと…『駆け落ち事件』のことを思い返し、
(かなり『ネタ』として昇華させているとはいえ)辛い思いをしてしまった。
自分は山口に救われ、実に『スッキリ♪』した幕引きだが、
赤葦は我慢と説教の連続…本当に『いいトコ』がなかった。
俺にできることなら、何でもしてやりたい…と、黒尾は赤葦に問い掛けた。
思う存分、『うたた寝』のような催眠状態に浸れればいいのに。
『二人きり』の幸福な時間が、長く長く続くか…
そもそも時間など、止まってしまえばいいのに。
そう黒魔術に願いながらも、結局その効果は全て…月島達の方にかかった。
黒尾達は一切、その恩恵に預かっていないのだ。
赤葦はしばらく迷う素振りをしたが、明瞭に願いを申し出た。
「もし本当に叶うなら…次の3つのうちいずれかを希望します。」
・木兎さんが大人しく聞き分けの良い子になりますように。
・仕事量が今の半分…せめて8割程度に減りますように。
・佐久早聖臣と遺伝子レベルで縁が切れますように。
「どれもこれも…黒尾家の『秘術』じゃあ、実現が難しそうな願いだな。」
「ホンット、使えませんね。それなら、黒尾さんにもできそうなもので…」
赤葦は天に向かって手を伸ばし、煙を掴む仕種をした。
そして、次の3つのヒントから、俺の願いを『想像』して下さい、と微笑んだ。
・先日の合宿では、『オアズケ』を喰らい、全く『スッキリ♪』していない。
・あれ以来、黒尾&赤葦が顔を合わせ、ゆっくり話す機会はなかった。
・今日明日は奇跡的に休暇が重なり、しかも『二人きり』のお泊りである。
「ごくごくカンタンな『想像』で…おわかりですよね?」
お手軽な黒魔術なんかに頼らず、黒尾さんの独力で…叶えて下さい。
天に伸ばしていた腕を静かに下ろし、赤葦は黒尾の手に、そっと触れた。
「俺が想像した『願い』…恐らくコレだと思うんだが。」
俺にできる範囲で、赤葦の『スッキリ♪』を実現してやりたいと思ってるが、
俺の『想像』が当たってるかどうか、これから…教えて貰ってもいいか?
触れた手を握り、黒尾は赤葦を部屋へ誘った。
***************
布団の上に向かい合わせに座ると、黒尾は赤葦の髪を撫で、耳元に囁いた。
「目…閉じて。息を吸って…」
いつものように、心身をリラックスさせ、本音を引き出す…催眠導入。
だが赤葦は首を横に振った。
「今日それは…いりません…」
そんなものに頼らなくても、もう…本音しか出てきませんから。
赤葦はそう言い切ると、黒尾の首に腕を回し、自ら後ろへ倒れ込んだ。
「これ以上の『オアズケ』は…俺には耐えられません。」
早く、黒尾さんを…下さい。
黒尾が想像していたよりも、ずっと直接的な『お願い』…
情動に突き動かされるように、黒尾は赤葦をきつく抱き締め、激しく口付けた。
「俺も、すぐにお前が…赤葦の全てが、今すぐ欲しい。」
その言葉通りの性急なキスに、赤葦は息を荒げた。
「ちょ、ちょっと、待っ…」
**********
「待って!これ以上は…ダメ!」
頬を真っ赤に染めながら、山口は月島の口を抑え、『待った』をかけた。
「ここからが、せっかく…いいトコなのに。」
「そうだけど…これ以上は、18歳になってから!」
昨日の夜、僕が一生懸命『想像』した、『黒魔術事件~解決編』なのに…
と、ツッキーは不満タラタラのご様子だ。
ここ最近、ツッキーはこうして『~の黒尾&赤葦』を勝手に妄想しては、
二人の『心休まる時間』の余興として、俺に逐一『演習の成果』を報告するのだ。
酷い時は、リアルタイムで妄想しながら、その内容がダダ漏れ…
恥かしさとドキドキ感で、俺は全く『心休まらない』時間になりつつある。
「妄想と想像は違うって、習ったんでしょ!?」
「ちゃんと根拠はあるから、これはれっきとした想像だよ。」
山口だって実物を見たし…扉越しだったけど、間近に『音』も聞いたよね?
アレの後に続くのは、コレとかソレ…因果の流れは間違ってないよ。
そりゃまあ、そうだけど…
演習と調査(イロイロと参考文献を読み漁ってるらしい)の甲斐あって、
ツッキーの妄想もかなりリアルかつ官能的に…日々『上達』している。
さすがツッキー…才能をやや無駄遣い気味だが、如何なく発揮しまくっている。
だけど、それを毎日のように聞かされる俺の脳内は、
じわじわとピンクな『クロ赤』に染まりつつ…もう、何色かもわからない。
「あんなにお世話になったのに…『ネタ』にして申し訳なくならないの?」
「それは問題ないよ。赤葦さん本人の許諾を得てるからね。」
本当は、僕としては『月山』のアレとかソレを『悶々~♪』ってしたいけど、
山口がダメだって言うから…これでも一応、自主規制してるんだけど?
「『妄想』がダメなら、いっそ『実行』…」
「それはもっとダメーーーっ!」
っていうかそもそも、初恋の相手(しかも輝くイケメン)に、
毎日のように『桃色妄想』を聞かされ続けるのって…ある意味拷問でしょ!?
しかも、本音では自分達をネタにして、その上実行したいとまで…堂々宣言。
とんでもない羞恥プレイ…あ、ツッキーも遂に『とんでもない人』入りだ。
黒魔術でも何でもいいから、是非ともツッキーの妄想を止めて欲しい。
そんなこんなで、俺は合宿以降も、ツッキーの『言いたい放題』に振り回されている。
(『言いたい放題』を自重するとは言ってない…と、ツッキーは断言した。)
それが結構面白い話だったりするから、本当にタチが悪い。
二度と俺は、黒尾さんと赤葦さんの顔を、正面から真っ直ぐ見れないや…
「山口…好きだよ。」
「っ…!!あ、ありがと…。」
その優しい笑顔は…ズルい。
結局俺は、何も言えなくなり…妄想大暴走を聞き続けてしまうのだ。
俺が陥落するのも…ツッキーの妄想が実現するのも、
そんなに遠くはないかもしれない…恐らくは。
- 完 -
**************************************************
黒魔術のひと5題
『5.お手軽便利ですよね、黒魔術。』
お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。
2017/03/08