ご注意下さい!

この話は、BLかつ性的な表現を含みます。
18歳未満の方、性描写が苦手な方は、閲覧をお控え下さい。
(閲覧により不快感を抱かれた場合、当方は責任を負いかねます。)

※なお、『黒魔術』シリーズは第5話で完結しております。
   こちらはいつも通りただの蛇足…じんわりと滲む程度のEROです。

      


    それでもOK!な方  →コチラをどうぞ。



























































    時間停止









「ところで、『黒魔術』って実際はどういうものか…ご存知ですか?」


布団の中で赤葦を横抱きにして寝ていると(要は腕枕というやつだ)、
胸元からもぞもぞと顔を上げ、話を振ってきた(つまりピロートークだ)。

「何となくっていう『イメージ』だけで…その言葉を乱発してたな。」

辞書的に言うと、黒魔術とは『邪悪な意図のために行う魔術』とある。
魔術には様々な意味があるが、文化人類学では『邪術』と同義の言葉で、
『呪術信仰において超自然的な作用を有すると信じられる呪文や所作、
何らかの物を用いて意図的に他者に危害を加えようとする技術』のことである。

「つまり、他人に危害を加えるための、不道徳な術か。」
「もしくは、自己の欲求・欲望を満たすための術です。」

対立する概念として、『白魔術』というものもある。
神や自然の力を借りるのが白で、悪魔の力を借りるのが黒…といった分類や、
ゲームや漫画等では、『白=回復・黒=攻撃』という分類がなされている。
しかし、誰に力を借りようとも、自己の欲求を満たすものならば黒とも言えるし、
回復したつもりが逆効果…相手にとっては攻撃である場合もある。

「単純に『白黒』で分けられるようなもんじゃない…と。」
「要は術を行う者の『意思』次第…とも言えそうですね。」


例えばそう…
黒尾は赤葦の背をゆっくりと撫でながら、『わかりやすい例示』を挙げた。

「俺はお前をリラックスさせる『いやしの術』のつもりでも…」
「その手の動きにゾクリとしたら…『イヤラシイの術』です。」
しかも、『自己の欲求・欲望を満たす』ためでもあり、
ヤり方によっては、『不道徳な術』と言えなくもない。

実際に、どういったものが『黒魔術』であるのかについては、
はっきりとした定義もなく、実に『灰色』なものなのだ。

「結局、術者の黒尾さんに、邪(よこしま)なココロがあるかどうか…ですね。」
「自分の欲望に真っ直ぐ『縦↑』でも、ヨコシマ『横→』とは…面白いよな。」

ちなみに、『よこしま』は『横』+接尾語の『し』『ま』が付いた言葉で、
『し』は方向を表す『さ』と同じもの…つまり『横さま』が語源だ。
同じ構成の言葉には、『逆さま』がある。
元々は『横の状態』を表す語が、『心の向きが正しくない(横向きである)』
という意味を持つようになったそうだ。


ま、俺の今の状態は、→から↑へ変わりつつある途中ぐらい…
と言いかけて、黒尾は真面目な顔と話題に戻した。

「『皿』の上に『虫』が3匹…『蠱る』って、どう読むか知ってるか?」
「『蠱惑的(こわくてき)』の『蠱』という字ですけど…わかりません。」

蠱惑的とは、人を惹きつける魅力のことであるが、
その『魅力』が人を惑わす程あるものを『魅惑的』と言い、
色香によって人をたぶらかすのが『蠱惑的』…徐々にヨコシマ度が増してくる。

答え…教えて下さいませんか?と、→ではなく↑へと誘うような表情で、
赤葦は黒尾にオネダリをする…これがまさに、蠱惑的の例である。

「『蠱る』…『まじこる』って読むんだ。」
「『まじこる』…初めて聞いた言葉です。」

アレとかソレをヤりすぎて、ココとかが『マジ凝る』…ではない。
呪術を表す『まじ(蠱)』+動詞を作る『なう』で、『まじなう』になり、
それに接頭語『お(御)』が付くと『おまじない』…
神仏等の力を借りて、災いを避けたり起こしたりする術を、行うことである。

「つまり『蠱る』は、邪悪な力に引き込まれること…」
「『おまじないマジなう。』…そのままなんですね。」


黒尾は目を閉じて記憶を辿り、『おまじない』のような言葉を呟いた。
「天のまがつひといふ神の言はむ悪事(まがごと)にあひまじこり…」

毎年6月12日と12月12日に、宮中に災厄が入ってこないようと祈祷する、
大殿祭(おおとのほがい)という祭祀の中で行われる、御門祭の祝詞の一部だ。

『まがつひ』とは、禍津日神…黄泉から還ったイザナギが、
禊を行った時に生まれた『災厄の神』である。
6月末と12月末に上げられる『大祓祝詞』に登場する『祓戸神』の一柱…
『瀬織津姫』と同一の神という説もあるそうだ。
その『災厄の神』の不吉な言葉に蠱り(まじこり)…引き込まれ、という祝詞で、
ここから、災いを招く不吉な言葉を『まがごと』と言うようになった。

「って、悪ぃ!つまんねぇ話…だったよな。」
面倒な話をくどくどと続けたせいで、赤葦が黙ってしまったと思った黒尾は、
慌てて話を切り上げ、赤葦の背を撫で場を取り繕った。
どう考えても、甘い甘いピロートークには…相応しくない。

「いえ…興味深い話に、聞き入ってました。」
『今(now)ヤってること』を表現する小鳥の呟き『~なう』が、元々日本語の中に…
『ヤること』という動詞を表す『なう』として存在していたこと。
おまじない…『マジコル』が、魔術『magical』のネイティブ発音っぽいこと。
『災厄の神』を祭ることで、災厄を祓おうとしていること…
実に蠱惑的で、引き寄せられる話題ばかりです。

「祭祀や祝詞にお詳しいのは、黒尾家に代々伝わる…?」
「門前の小僧ってやつだな。寺じゃなくて…神社だが。」

小さい頃から、ここに出入りして…自然と覚え、興味を持つようになったんだ。
これは遺伝かもしれねぇが、俺自身は楽しくて仕方ないんだよな。
顔には似合ってない自覚はあるが、好きなもんは好き…つい熱中しちまうんだ。

楽しそうに語っていた黒尾は、何故か少し寂しそうに微笑んだ。
「赤葦がココを気に入ってくれて…話に興味を持ってくれて、凄ぇ嬉しい。」

俺にとっては、辛い時に匿ってくれた大事な場所なんだが、
管理してる親戚ももう結構な歳だし、跡継ぎがいないから、
恐らく近いうちに、ここも…なくなっちまうかもしれねぇんだ。
そうなる前に、赤葦とこの場所に来れて…本当によかった。

黒尾の話に、今度は赤葦の方が泣きそうな表情になった。
「この場所がなくなってしまうなんて…寂しいというより、絶対嫌ですね。」

部外者の俺が、どうこう言える立場じゃないんですけど、
ここは、俺が黒尾さんに救われた場所…俺達にとって『心休まる』場所です。
それこそ、黒魔術でも何でもいいので、残して欲しい…そう願わずにはいられません。

「何ならもう、黒尾さんが跡を継いじゃえばいかがです?」
「そうすれば、いつでもココに二人で入り浸れるってか?」

入り浸る…というよりも、俺も黒尾さんと、ココで一緒に…
赤葦は黒尾の胸に顔を埋めながら、真っ直ぐでヨコシマな願いを呟いた。
その蠱惑的な言葉に、黒尾は『→から↑』へと変化した欲で、赤葦にそっと触れた。





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横向きに抱き合ったまま、上になった膝を立てて脚を大きく開く。
つい先程まで繋がっていたこともあり、さほど入念な術を施さずとも、
赤葦は催眠状態に陥ったかのような、トロンと微睡んだ表情になってきた。

優しく労わりながら、繊細かつ緩やかに、指先だけを蠢かせる。
あの用具室での『時間との戦い』とは真逆な、スローな動き…
だがその分確実に、カラダの奥底から隅々に到るまで、熱が伝わっていく。

この『イヤラシイいやしの術』も、見方やヤり方によっては、
白だったり黒だったり…人を癒すことも、逆に傷付けることもできる。
それは『言葉』も同じで、『文言』と『意味』をそれぞれが取り違えると、
一方は喜び、一方では悲しみ…それに『力』があるからこそ、
使い方を誤った際の被害が、非常に大きくなるのだろう。

「当人達は幸せでも、周りが辛い思いをすることもある…」
「『駆け落ち』も、見方を変えれば…それに当たります。」

駆け落ちは、愛し合う二人が様々な事情で結婚を許されない場合に、
親の知らない場所で同棲生活を送るため、一緒に逃げる…最後の手段である。

全てを投げ捨て、逃げた当人達…確かに苦しみ、苦渋の選択だっただろう。
一時的には『二人きり』を実現し、幸せを手に入れたかのように見えるが、
その後、罪の意識にじわじわ追い詰められていく…
駆け落ちを扱った物語は、殆どが逃げた『当人達』のそうした心情が描かれる。

では、駆け落ちされた側…我が子に『最後の手段』を取らせてしまった親や、
周りにいた友人達は、一体どんな気持ちだったのだろうか。

我が子を追い詰めてしまった。辛い時に助けてやれなかった。
表面上には出てこなくても、その心の中では恐らく後悔し…
悲しい思いをしているのではないだろうか。
結婚を認めなかったのも、子どもの幸せを願うからこそであり、
その価値観…物事の見方や捉え方が違ったが故に、悲劇的な結末に至ったのだ。


赤葦は開いた脚を黒尾の腰に乗せるように、更にしがみ付いた。
そして、快楽だけではなく、僅かな恐怖から掠れる声で、黒尾に問い掛けた。

「もし俺が、本当の意味で『一緒に逃げて下さい。』と言ったら…?」
以前起こした事件は、周りが勝手に『駆け落ち』と誤解しただけだった。
だが、二人の関係が世の中全ての人から祝福されるかと言えば…ノーだろう。
むしろ、価値観としては完全否定される可能性の方が、ずっと高い。

激情に駆られ、全てを投げ出して…例えばココで同棲を始めてしまったら?
状況としては、これは全くありえない『妄想』とも言いきれない。
意図したわけではないが、紛れもなく『未遂事件』を起こした前科がある…
ごくごくカンタンに『想像』できる、『ありうる事態』かもしれないのだ。

そんな葛藤を感じ取った黒尾は、赤葦の額に自分の額を付けた。
そして、しっかりと瞳を覗き込みながら、迷いのない声で答えた。

「もしそんな事態に陥ったら…俺は迷わず、お前と一緒に逃げるな。」
両立しえないものが在った場合、何が自分にとって一番大切か…?
それを突き詰めて考えると、古人らが採ったのと同じ選択をするだろう。
周りを悲しませた、逃げてしまったという罪悪感を背負ったとしても、
愛する人と生きる道を、きっと俺は選択すると思う。

勿論、そんなことにはならないよう、お互いに言葉を尽くして話し合い、
双方が納得できるような着地点を見つけられるよう、努力を惜しまない。

「そのプロセスの『一手段』として、駆け落ちを利用…それはアリだと思う。」
『近すぎる』とわからなかったり、感情的になりすぎたりする場合も多い。
一度距離を置いてみて、冷却期間を取ることで、
お互いに自分を見つめ直し、建設的な話し合いができたりするのだ。
離婚調停等で別居期間を設けることが多いのも、そういった理由からだし、
距離が開いたことで、自分の気持ちを自覚した…月島と山口のケースもそうだ。

「冷静になれるのは、当人達も同じ…『同棲』が上手くいくとは限りません。」
どんなに愛し合う『恋人』同士であっても、結婚『生活』が成功するかは不明。
北欧諸国等では、実に9割を超えるカップルが、
『お試し期間』としての同棲を経てから、結婚に踏み切っているのだ。
せっかく駆け落ちして同棲を始めたのに、それが上手くいかなかった場合、
帰る場所も逃げる場所もなく、より事態は悲劇的な様相を呈してくる。


「だから、もしココでお前と一緒に住むとするなら…」
二人の仲が認められなかった結果としての『駆け落ち』じゃなくて、
二人でこれからやっていけるかどうかを、確認するための『試用期間』として、
誠意をもって同棲を願い出る…これなら、被害は少なくてすむんじゃないかな。

「ま、例えばの話…だがな?」と、黒尾は照れ隠しのように言い足し、
赤葦の髪を撫で、安心させるように柔らかく微笑んだ。

「やっぱり黒尾さんは…とんでもなく凄い人ですね。」
感情や勢いに流されるのではなく、はたまた伝統の黒魔術に頼ることもなく、
きちんと誠意を以って対応する…一番『真っ直ぐ』な方法ですが、
その分非常に面倒で、できれば避けたくなるのが、人の常です。
でも黒尾さんは、正々堂々とその道を選択する…心から尊敬します。

そんな凄い人に、選んで貰えるように…
いつか来るかもしれない『試用期間』が、無事成功するように、
俺もちょっとずつ、家事の練習…努力したいと思います。

「これも例えばの話…です。」と、赤葦もはにかみながら笑うと、
腰に乗せていた脚を強く絡ませ、先を促すように黒尾の指をゆるりと抜いた。


一口ずつ大事に食むように、ゆっくりゆっくり唇を合わせ、舌で触れていく。
そのスローな動きと同じペースで、ほんの少しずつ黒尾は赤葦の中に入り込む。
呼吸や鼓動といった、ごく僅かなカラダの動きですら、それよりもずっと早い。
いつものような強烈な圧迫を感じることもなく、
二人が徐々に一体化していく…そんな不思議な感覚にさえなってきた。

「何だか、時間の流れが遅くなったみたい…」
二人きりで微睡む『うたた寝』の状態が長く長く続いている…
用具室で黒魔術に願ったことが、実現したかのようだ。

「なら今度は、俺達の時間を止めてみるか…」
ようやく最奥までカラダを繋げると、黒尾はその状態で赤葦を強く抱き、
緩やかだった動きすら、完全に止めてしまった。

時間を止め、静かに見つめ合う。
だが、動いていないはずなのに…少しずつ『動き』が中から伝わってきた。

「あ…な、んだ…?」
「う…んっ、あっ…」

繋がった部分から、じわじわと何かが湧き出してくるような感覚。
動くつもりもなく、むしろ止めようとしているのにも関わらず、
赤葦は黒尾を熱で包み、溶かし込もうとするように、きゅ…と収縮していく。
黒尾もその動きに呼応し、ずん…と膨張を繰り返して熱を発する。

時間を止めたことで、繋がった場所のごく小さな蠕動をはっきり感じ、
それが逆に『繋がり』を強く意識させ…歓喜と快感が反響し合うのだ。

「赤葦…すっげぇ、動いて…」
「黒尾、さんも…あっ、ん…」

動かないように。時間を止めたままで。
そう願って互いを固く抱けば抱く程、滲み出る快楽がカラダを細かく痙攣させ、
深く色濃く混ざり合っていく。
これこそまさに、蠱惑され惹き込まれていく感覚…
黒魔術に侵食される感覚なのかもしれない。


「時間を、止めたとしても…」
「幸せ…止まんねぇんだな。」

溢れてくる熱を、唇で受け止めながら、
ようやく叶った黒魔術の甘さに、二人は酔いしれた。



- 完 -



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※瀬織津姫と大祓祝詞について →『雲霞之交
※『虫』という漢字は、『頭の大きな蛇(まむし)』の象形文字です。
   禍津日神は素戔嗚尊の荒魂という説もあり、結局は『蛇』となります。



2017/03/11

 

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