「俺、こんなとこで…何やってんだろ。」
大きな桜の木に隠れながら、チラリと第三体育館を窺う。
そして、ズルズル…根元に体育座りして、膝に頭を乗せる。
相変わらず、第三体育館の自主練は…長丁場だ。
俺達の所だって、暗くなる直前まで自主練…もうクタクタなのに、
こっちはそれよりもずっと長く、しかも超が付く程ハードな練習を、延々…
コレを毎日『課外』にこなしてしまうなんて、本当に『とんでもない』人々だ。
そして、その中にツッキーもガッツリ入っている…誇らしい気持ちと共に、
「やっぱり俺とツッキーは違う。」と、しみじみ痛感してしまう。
汗も引いて、お腹が空いてきた。
それよりも、連日の疲れで、ちょっと眠たく…
いや、ダメだ!ここで寝たら…また昨日みたいに、嫌な夢を見てしまうかもしれない。
慌てて俺はペットボトルを左右の頬に当て(1本はツッキー用)、
ひやっ!という声を飲み込みながら、眠気を飛ばした。
あっ、物凄い足音が…3人分。
いつも通り、木兎さん達が『脱走』した音だ。
ということは、自主練はやっと終了。そろそろ、ツッキーを迎えに…
(いっ…行き辛いっ!!)
あそこへ行くと、まだ残っている『とんでもない』人達と、顔を合わせてしまう。
どんな『顔』をして、あの人達…黒尾さんと赤葦さんに会えばいいのだろうか。
目を閉じると、昨日見た光景が…鮮明に蘇ってくる。
ほわほわとした温かい空気の中、幸せそうに見つめ合い…
アレを目撃して、嫌な気分になったりとかは…全然なかった。
ただただ、物凄い衝撃を受けた…それこそ、今朝までの意識が吹っ飛ぶぐらい、だ。
『今朝まで』どころか、ここ数日の『悶々』さえ、どこかへ消えてしまった。
そこは正直、ありがたいような気もするけど…不思議なチカラでも働いたのかな?
テレビや漫画とかで、アレを見たことは勿論何度もあるけれど、
自分の目の前で、しかも知っている人が…というのは、
『直筆のラブレター』以上に、『とんでもない』レベルの衝撃だった。
今こうして、冷静に?振り返ってみて思うのは…たった一言。
(凄く…羨ましい、な。)
溢れんばかりのお互いへの信頼と、愛情。
誰かを好きになって、その人と心から愛し合うというのが、
どれだけ温かくて、幸せな空気を醸すのか…俺は初めて、それを目にした。
こういうモノは、他人に見せるものではないから、そうそうお目に掛かれないし、
(特に日本では、公共の場でのイチャイチャも少ないし、目を背けてしまう)
テレビなんかでは、そうした『空気』までは、どうしても伝わってこない。
いくら緻密に描写された漫画や小説でも、実体験がなければ…『夢物語』だ。
変な喩えだけど、初めてAVを見た時よりも…『心』にガツンときた。
『東京の強豪校』の、『凄い主将』さんと『凄い参謀』さんで、
同じ場所で、同じ競技をしているけれども、ずっと『遠い』存在…
何となく『同じ高校生』という現実感が、乏しい人達だった。
でも、その『凄くてとんでもない』人達だって、俺と同じ高校生で、
好きな人と一緒に笑い合い、そして、幸せな時間を…
(………。。。。。)
はっ!!?お、俺はこんなトコで、何を考えて…っ!
いやいやそんな、さすがにコレは…
って、またまた妙な『妄想』しちゃったよっ!
ぶんぶん!と頭を横に激しく振っても、桃色の妄想がもんもんも~ん♪と…
止めようと思っても、湧き上がって来てしまうのだ。
(だって…俺も、ごくごく『普通の』高校生だしっ!)
そんなこんなで、俺は数日間の黒々とした『悶々』は霧消した代わりに、
今度は『桃色妄想ループ』という道から抜けられず、
ツッキーを迎えに行く一歩が踏み出せないまま…『悶々~♪』としているのだ。
「ツッキー、よくあそこに…あの二人と一緒に居られるよね…」
ツッキーが周りの空気を全っっっ然読めないのは、今に始まったことじゃない。
だけど、目の前でアレを見て、あの『桃色空気』の直撃を喰らったのに、
今日もフツーにあそこへ残っているというのは…ちょっと信じられない。
すっごい照れ屋のくせに、実は意外とイケるクチ…だったりするのだろうか?
いや、もっと可能性が高いのは…『振り切れて』しまっている状況だ。
あまりの衝撃に、元々『ごく狭い』感情のキャパがキャリーオーバー…
完全に脳の一部(周りの感情を読み取る回路)が、ショートしているのかも。
だとすると…非常にマズい。
通常運転でも、人の感情に対して『超鈍感』なツッキーが、
その細っっっい回路すら『不通』になっているとすると…
(黒尾さんと赤葦さんに…ご迷惑掛けちゃうよっ!)
あの二人の超多忙さは、他校の俺でも目が回りそうなレベルだ。
やっと一日の大きな業務が終わり、後は『二人で』お片付けという時間…
そんな貴重で稀少な時間を、『考えナシ』のツッキーが邪魔しているのだ。
(きっとこれから、あの二人の『素敵タイム』なのに…)
ツッキーの超鈍感は、この場合…もう犯罪クラスと言ってもいい。
一分一秒でも早く、そこから退出してあげないと…
(残り時間だって少ないんだし…アレとか、ソレとか、できなく…)
………っ!!また俺は、なななっ、何を妄想して…!!
もっ、桃色悶々め…っ、あっちへ飛んでけ~~~っ!!
手にしたペットボトルごと、ぶんぶん腕を振って妄想を振り払う。
こんなことをしている場合じゃない…
ソッコーでツッキーを迎えに行って、引き取って帰るべきなのに、
『これからの二人♪』をリアルに妄想しちゃった俺には、そんな勇気はない。
(俺の勇気含有量は、ツッキーの感情キャパよりも更に小さい)
「俺、こんなとこで…何やってんだろ。」
ツッキーも、そんなとこで…何やってんの。
そして、黒尾さん達も、これからそこで、一体『ナニ』をやるつもり…
「…お前、こんなとこで…何やってんだ?」
脳内でぐるぐるしていた言葉が、いきなり脳天に振ってきた。
俺はあまりの驚きに、声も上げられず…腰を抜かしてしまった。
***************
「おいおいおい!大丈夫か!?俺、そんなビックリさせるつもりは…」
っつーかお前、こんなとこでチマチマっと縮こまって、ナニやってんだ?
あ、ツッキー待ちか!それなら、すぐにイってやれよ、ほら…!!
驚きでショートしかけた頭に、ガンガンと響く声。
無理矢理俺を引っ張って立たせようとするが…頭も足も、付いていけない。
ようやく「こ、腰が…」と言うと、キョトンとした顔…
「おぅ!そりゃ悪ぃなっ!!」と背中をバシバシ叩き、隣にドカリと座った。
突然現れたのは、梟谷の主将…木兎さん。
さっき第三体育館から、日向達を連れて飛び立ったはずなのに…
そんなことよりも、この人…声がデカすぎる。体育館に聞こえちゃうよっ!
「えっと、お前は確か…『ウルサイヤマグチ』だったよな!?」
ツッキーがいつも、そう呼んでるもんな~!
んで、そのウルサイヤマグチは、ここで何やってんだ??
こっ、この木兎さんから、『ウルサイ』と言われてしまった…
妙なところでショックを受けた俺は、できるだけ小声で、こっそり呟いた。
「ちょっと、道に…」
もうちょっとマシな言い訳は、なかったんだろうか。
咄嗟のアドリブに弱い俺…そんな自己嫌悪を感じる間もなく、
木兎さんは突如「はっ!!!」という顔…しみじみと小声で頷いた。
「そうか、道に迷ったんだな…『人生』という、長ぁ~く入り組んだ道に。」
いや、別にそこまで大げさじゃないんですけど…当たらずとも遠からず?
ポカンと口を開けていると、木兎さんはグっと俺の傍に寄り…
ほとんど密着するような格好で、『内緒話』を始めてしまった。
「お前も大変だよな~あんな『とんでもない』幼馴染に振り回されちゃってさ。」
「え…いや、まぁ…そう、ですか?」
木兎さんから『とんでもない』認定されたツッキーって…
俺は再度、妙なショックを受けてしまった。
っていうか、小声なのは助かるけど…ち、近い。
家族やツッキー以外の人と、こんなに引っ付いた記憶は…ない。
その事実にも、ちょっとしたショックを受け、俺は更に縮こまった。
そんな俺を、木兎さんは(きっと四次元的なルートで)誤解…
「そうか…ツッキーとのことで、悩んでんだな。」と、勝手に断言した。
いえ、そんなことは…と言いかけ、ここ数日は確かにそうだったと思い出した。
(あ、当たってる…の、かな?)
またしても何も言い返せなかった俺…
木兎さんは何故か、ふるふると肩を震わせながら、俺と強引に肩を組んだ。
「俺に任せろ!俺がお前の悩み…解決してやるぞっ!!」
「は…?いっ、いえいえいえっ!謹んでご遠慮…」
「エンリョはいらねぇ!俺がお前を…スッキリ♪させてやるからな!」
仰ってる意味が、サッパリ♪わかりませんっ!
…という俺の言葉なんか、きっとこれっぽっちも届いていない。
俺も、やってみたかったんだよな~!
『他校の下級生の悩み相談』ってやつ!すっげぇ『頼れる兄貴!』で…カッコイイ!
それなのに、せっかく子分にした日向もリエーフも、
親分の俺に似たのか、悩みなんか全っっっ然ありゃしねぇし。
そういう『カッコイイ』役目は、ぜーんぶアイツら…黒尾と赤葦が持ってくんだよ。
「俺がお前に言ってやれることは…この程度だな。」とか、
「一緒に策を練り上げ…この難所を乗り切りましょう。」な~んて、
難しい顔して、ヘリクツこねくり回すだけなのに…あいつらのが人望あるんだぜ?
そういうメンドクセェ話が、合う奴と合わねぇ奴が居るってのに…
俺のカンが告げている…お前の悩みは、俺こそが解決できる!ってな。
だから…安心して俺にどーーーんと任せてみろって!
「は、はぁ…」
暗くて良く見えないはずなのに、木兎さんがキラキラ(ギラギラ?)と…眩しい。
その強烈な光に、『飛んで火に入る夏の虫』の気持ちが、わかるような気もするし、
この人に相談したら、イロイロな意味で『終了のお知らせ。』のような気も…
とりあえず、この場から何とか逃げよう…という俺の『理性』は、
次の木兎さんの一言で…『好奇心』に完敗してしまった。
あ~んな冷静に見えても、あいつら…俺以上に『ぶっ飛んだ』奴らだからな。
思い込んだら一直線。まさに激情型ってやつ?
「思い余って…『駆け落ち』しちゃったぐらいだしな!」
「か…駆け落ちっ!!?あの二人が…ですかっ!!?」
いつも木兎さんとセットでいるせいか、落ち着いていて淡々…
そんな風に見える、あの黒尾さんと赤葦さんが、まさかの『駆け落ち』とは。
『ドラマチック』さや『熱情』とは一番縁遠い…
「そんな不合理な手段、そもそも選択肢に存在しませんね。」
「そんなことに至る前に、そうならねぇように策を尽くす。」
…と、一蹴しそうな雰囲気なのに。
「ぼぼぼっ、木兎さんっ!あの賢くて冷静な二人が、何でそんな…!?」
ドキドキを必死に抑えながら、俺は木兎さんに自分から引っ付き、声を下げた。
木兎さんも珍しくマジな顔で、ヒソヒソ声…わからねぇ、と首を横に振った。
「何で『駆け落ち』なんかしたのかは、いくら問い詰めても、口を割らねぇんだ。」
俺らには言えない、深ぁ~~~い事情ってのがあるんだろうけど、
『主将』と『副主将』っていう立場の奴らが、遠征先…練習試合の会場から、
片付けもミーティングも放り出して、手に手を取り合って…『愛の逃避行』だ。
『駆け落ち』事件の前から、あの二人はメンドクセェ同士、気が合うっつーか、
はたから見れば、お互い意識しまくりなのはバレバレで…
「いい雰囲気じゃねぇか~!」って、軽~く茶化したりはしてたんだけどな。
まさか俺らも、あいつらが『駆け落ち』するほど悩んでたとは知らず…大騒ぎだよ。
事件の後、口は割らなくても、あいつらが『ラブラブ』になった…
どうやら『駆け落ち』は成功したっぽかったから、
「暖かく見守ってやろう。」って、梟谷と音駒の両校で、密約を結んだんだよ。
「黒尾も赤葦も、すっげぇイイ奴だし、お似合いだし…応援してやりてぇな~って。」
あいつら、何かいっつも仕事ばっかりしてて、忙しいみたいだし、
学校も違うから、なかなか逢えねぇ…遠距離恋愛みたいで、切ないだろ?
たった数日の合宿でも、一緒に居られるのが、めちゃくちゃ嬉しいみたいで、
片付けサボっても、説教されねぇし…気味悪いぐらい、機嫌が良すぎなんだよな~!
あ~あ、お前も考えてみろよ。
今頃あいつら、アソコの用具室とかで、組んず解れつ…
「わーーーっ!」
大人しく黙って話を聞いていたら、木兎さんはとんでもないことを言い出した。
慌てて俺は木兎さんの口を抑えたけど、脳内の妄想は止められず…
恥ずかしさに大赤面してしまった。
「ちょっ、ちょっと木兎さんっ!そそそっ、そんな妄想は…」
木兎さんは、黒尾さんの友達で、赤葦さんの先輩ですよね!?
そんな『仲良し』さん同士の、アレとかコレを妄想して…平気なんですかっ!?
俺の質問に、木兎さんは至極真面目な表情で…はっきりと言い切った。
「正直…めちゃくちゃ羨ましい!」
「は…?」
黒尾が真横で着替えたら…男の俺でも惚れ惚れするような、いいカラダ…
「こんなすげぇカラダに、赤葦は…」って、フツーは思うだろ?
それに、今はちょうど合宿中だし、赤葦とも一緒に風呂入るけどさ…
「このカラダを、黒尾が…」ってのが、フツーにアタマを過ぎるから、
あの事件知ってる奴は、みんな…チラチラ見ちゃってるし。
湯気の中、何とな~く目を凝らして…『それっぽい痕』を探しちゃうんだよな~!
愛し合う恋人同士が、あ~んなコトやこ~んなコトを…って妄想してしまうのは、
ごくごく自然…あったりまえのことじゃねぇか。
もし俺があいつらの立場だったら…毎晩あの用具室で『むふふふふ♪』だよ。
「健康優良な男子高校生から、『妄想』を取ったら…ナニも残らねぇよ。」
木兎さんは無駄に漢らしく、アッサリそう言い放った。
み…身も蓋もないとは、まさにこのことだろう。
『顔見知り』程度の俺ですら、ヤマシイ妄想に後ろめたい気分だったのに、
二人共と親しい木兎さんが、何の躊躇いもなく、妄想して当然!と断言した。
何という開き直り。何という…もう、何でもいいや!
あぁ、俺も悶々とするのが、馬鹿馬鹿しくなってきた。
「妄想が止めらんねぇのと一緒で、『好き』って気持ちも止めらんねぇんだ。」
だから、あのカタブツの二人ですら…『駆け落ち』したんだろ。
木兎さんの言葉に、俺は一瞬…心を鷲掴みにされたような気がした。
今、木兎さんは…『誰の話』をしているんだろうか?
「『好き』は…止められ、ない?」
「あの忍耐強い黒尾と赤葦ですら、抑えられねぇんだぞ?」
そんなもん、『一般人』の俺らが抑えるとか…無理に決まってんだろ。
さすがに俺らみたいな『常識人』は、『駆け落ち』なんて強硬手段に走る前に、
素直に『好き』に身を任せて…イロイロと暴発しねぇように、手を尽くすな。
「好きなもんは好き!それでいいじゃねぇか!だって…好きなんだし。」
木兎さんは、本当に不思議な人だ。
言ってることは無茶苦茶なのに、その言葉には周りを惹き込む『力』がある。
押入に封印し続けた闇も、胸に隠し続けた想いにも、その光を当てて浄化する…
これはもう、魔法だか魔術だかに近い…それぐらい強力で、抗い難い光だ。
「好きは…抑えなくても、いい…?」
恐る恐る口にした、淡い期待。
俺の小さな呟きに、木兎さんは片目を瞑り、ニカっと笑った。
バレーがもっと上手くなりたい。好きな人ともっと仲良くしたい。
…どっちも同じ、『もっと』だろ?
「自分に正直…これ、一番大事!」
煌々と光を放つ、木兎さんの言葉。
ここ数日の黒い『悶々』が…その光に照らされ、スッと消えて行った。
「木兎さん…ありがとうございました。」
「ん?何だ何だ?まさかお前…スッキリ♪したのか!?」
「はい…何だかよくわかりませんけど、おかげさまで…スッキリ♪です!」
そうか…俺もよくわかんねぇけど、ま、いっか!
っつーか、いつの間にか『人生相談』のワザまで習得してたとは…やるな、俺!
見たか黒尾&赤葦!『チミツなコーサツ』だけが、カイケツのホーホーじゃねぇぞ!
「木兎人生相談所…お前が顧客第一号だ!メンバーズカードの番号…『0001』だぞ!」
「俺なんかが『一番』を頂けるなんて…身に余る光栄でありますっ!!」
とりあえず『4ケタ』まではメンバーズに入る…『顧客』になるってことだろうか。
いいのか悪いのか、俺もよくわからないけど…ま、いいよね!
割とノリやすい俺は、それ以上考えるのを放棄し、恭しくカードを受け取る仕種をした。
「いっぱい喋って、のど渇いたな。」
「あ、もし良かったら、これ…」
ぬるくなってるかもしれませんけど…と、ツッキー用に買っていたボトルを渡すと、
木兎さんは「超ナイス!」と言って、喜んで受け取ってくれた。
んじゃ、エンリョなくイタダキマス~と、キャップを回した瞬間…
ボトルは激しい音を立て、猛然と中身を噴射させた。
「うおぉっ!?」
「ひゃあっ!?」
そう言えば…手に持ったまま『悶々払い』しちゃった気がする。
驚きのあまり、木兎さんは飛び上がり…着地点に、またしても腰を抜かせた俺。
びしょ濡れになり、落ちてきた木兎さんに押し倒されながら、
隠れていた桜の木から、もんどりうって転がり出ると…
体育館前に座っていたツッキーと、逆さまに目が合った。
***************
いつからだろうか。
僕は、黒尾さん&赤葦さんコンビの命令に逆らえない…
『ちゃんと言うことを素直に聞く』ターンが、続いている気がする。
確かに、あの二人のことは『一目置いている』とは思うけれども、
この僕がここまで聞き分けが良い子だったとは、我ながら全く…気味が悪い。
特に昨日のアレ辺りから、まるで僕には決して「ノー!」を言わない、
山口のような…驚く程の素直さじゃないか。
…そうだった。山口について考えろ、という言い付けだった。
僕は体育館の入口に背を付け、大きく深呼吸…『考察モード』に突入した。
『・昨日、山口はココに迎えに来なかったのか?』
この可能性は、低いだろう。
統計的に見ても、山口が僕を迎えに来なかった日は…今のところゼロだ。
『・最近、山口に何か変わったことはなかったか?』
これについては、既に考察している。
つい先日、僕を前に進めるために…山口は僕に対し、初めて怒号を飛ばした。
あれ以来、僕達の間に『距離』ができたことを、実感している。
変わったことと言えば、これくらいしか思い当たらない。
『・今日、山口が未だに来ていないのは何故か?』
ココよりも遅くまでやっている場所はないと、黒尾さん達は断言していたから、
あちらの自主練が終わっていないという可能性は…どうやら薄いようだ。
だとすれば、ココに来ていない理由など、現段階では特定できないじゃないか。
これで…『考察』は行き詰まってしまった。
…いや、待て。黒尾さん達は、『考察』しろとは言っていなかった。
僕に対する指示は…『想像』しろ、だったはずだ。
山口が、ココに未だ来ていない理由は…?
そんなもの、僕は山口じゃないんだから、想像するのも…実に難しい。
と言うよりも、『山口が何を考えているか』なんてことを、
僕は今までの人生で、一度も『想像』した覚えが…ないような気がする。
(山口は普段、どんなことを考えて…生活しているんだ?)
とりあえず、これは難問らしいから、『ヒント』の方を『想像』してみよう。
えーっと、まずは…
『・昨日、『アレ』の後…黒尾&赤葦はナニをしたか?』
………はぃ?
『アレ』は、まぁいわゆる、その…唇と唇を交接というような…アレ、だ。
こうして冷静に思い返してみて、僕は『とんでもない』モノを見たことに、
今更ながら、ようやく気付いた次第であり、即ち、えっと…
アレの後にするナニを『想像』するとすれば…
(………うん、ソレとかも、悪くない。)
『・今日、黒尾&赤葦はナニをするために、『二人きり』になろうとしたか?』
……へ?
邪魔者である僕を摘み出してまで、『二人きり』になろうとした。
アレは、僕がいるのにヤって見せたから…『それ以上のナニ』をするのだろう。
仮にアレを、頭文字から『A』とすると、それ以上のナニは…『B』とか?
って、偶然にも『そのまんま』…せめて未知数は『x』とか『y』にするべきだった!
それはまぁ、良いとして。
昨日彼らは、二人で『心休まる時間』を過ごしたい…と、言っていた。
と言うことは、アレしたり、ナニしたりすると、二人はココロ休まって…
(…っ!!『カラダ休まる時間』とは、言ってない!)
『・これから30分、用具室の中で…黒尾&赤葦は一体ナニをするつもりか?』
………。。。
なっ、何故僕は、ちょっと疲れたな~という雰囲気を醸して伸びをしつつ、
頭を扉にピタっと付けて、息を殺して耳を澄ませちゃったりしてるんだっ!?
あの用心深い二人だから、『音漏れ』には細心の注意を払うはずじゃないか。
それ以前に、30分は足りないような…せめてもう15分ぐらい捻出したかった…
って、時間ロスの原因は、まさかの…僕!
(心から…謝罪した気持ちでいっぱいです。。。)
…以上、『想像』終了。
黒尾さんと赤葦さんからの『言い付け』を、律儀に守った僕。
『ごくごくカンタン』な『想像力養成演習』を行って、わかったことがある。
僕は、他人の行動理由や感情について、ほとんど『想像』した経験が…ないようだ。
当然と言えば当然だけど、アレやらコレやらという『妄想』だって、
(漫画やネット等からの『朧げなイメージ』は、それなりにあるものの)
『身近な人物』をネタ…じゃなかった、題材にした上で、
ごく『リアル』に『妄想』したのは…今回初めてかもしれない。
(っーーーーー!!!)
タオルを頭から被り、ギュっと目を瞑る。
目を瞑れば瞑る程、瞼の裏には昨日の光景。脳裏には、未知数A→B→…(以下略)
頑丈な扉を2枚隔てているはずなのに、どこからか楽しそうな声すら、
微かに聞こえてくるような…僕の想像力は、幻聴まで生み出しつつあるようだ。
(このままは…マズい。大祓祝詞だか、般若心経だかを唱えて…)
脳内を支配する桃色の煩悩を振り払うべく、僕は必死に呪文的な何かを探すが、
そもそも煩悩は『桃色』が標準色かもしれないな…と、どうでもいいことばかり。
(そうだ!お取り置きしておいた、山口に関する『謎』を…!)
今日、山口が未だに来ていない理由…『難問』だというコレについて、
『想像力養成演習』の成果を発揮してみよう。
想像力とは、『相手の気持ちを考える』ことだと、言っていた。
つまり、山口の立場に立って、山口が何を考えているかを、想像してみろ…
『山口になりきって考えてみろ』という指示なんだろう。
じゃあ、早速…『山口』になってみることにする。
**********
今日も大好きなツッキーを、俺はお迎えに…行くはずだった。
でも、昨日来た時に、アレ(仮に『A』とする)を見ちゃったから、
またアソコで、黒尾さん達が『A』とか『B』とか(以下略)…って思うと、
お邪魔するだなんて、とてもとても…恐れ多くて俺には到底できないよ。
だから、大好きなツッキーをお迎えに行けなくて…ごめんねツッキー。
(恐らく、ここまでは100%間違ってない。本番は、ここから…)
あぁ、俺だって大好きなツッキーと一緒に、いつものような時間を…
『心休まる人と、穏やかな時間を過ごしたい』のに。
このままじゃあ…そんな時間も、どんどん無くなっていっちゃう。
(…ん?ココロ休まる時間って…)
俺だって、健康優良な男子高校生だし。
あんなの見せつけられたら、そりゃアレやらコレやら悶々と妄想しちゃうよ。
正直…めちゃくちゃ羨ましい!
(全くだ。僕だって…あんな『幸せです♪』を見たら…羨ましいに決まってる。)
俺だって…俺だって、その用具室でアレとかソレとか…シてみたい。。。
スッキリ♪したいと思って…当然だよね。
大好きな人との、ココロ休まる時間…本当に貴重で、大切な時間だもん。
だから俺は、毎日大好きなツッキーをお迎えに行くんだし…
(だから僕は、ここで山口を待っている…)
**********
我ながら、完璧だ。
状況とも齟齬がなく、熟知している山口の性格も考慮の上、
無理のない因果の流れ…昨日出した『結論』に、ピッタリ帰結した。
この完璧な想像から、導き出せることは…明白じゃないか。
山口は、ごく平均的な健康優良な男子高校生の『普通』として、
現在進行形で繰り広げられているであろう『用具室のアレとかソレ』を妄想し、
気まずくて黒尾さん達に顔を合わせ辛く…僕のお迎えに来れないのだ。
何だ、僕が『待ちぼうけ』を喰らった挙句、貴重な時間を奪われてるのは、
あの二人のせい…ってことじゃないか。
自分達ばかり、『A』だとか『B』だとかの『素敵タイム』を…断じて許すまじ。
…いや、違う。これはただの…僻みであり、八つ当たりだ。
もっともっと重要なコトが、ごく簡単な三段論法で導き出せるじゃないか。
・僕と山口は、『心休まる人と、穏やかな時間を過ごしたい』と思っている。
↓
・黒尾さんと赤葦さんは、『ココロ休まる時間』に、アレとかソレとか…
↓
・僕及び山口は、二人でアレとかソレとかしたいと思っている。
(そういう、ことだったのか…)
山口が僕のことを大好きなのは、今の『想像』からも…疑う余地がない。
そして、僕だって…ということが、当然導き出せる。
この結論を補完する事実を上げるとするならば、
・山口が僕宛の手紙を預かってくることが…いちいち腹立たしいこと。
・『二人きり』の静かな時間こそ最高…誰にも邪魔されたくないこと。
・最近、ちょっと距離が開いたことが…物凄く不愉快極まりないこと。
(僕も、山口が大好きである…以上、証明終わり。)
あぁ…ここ数日の謎と、与えられた課題を共にクリア…実にスッキリ♪
僕も山口も、用具室でアレとかソレをシたかっただけ…実に簡単な答えだ。
それが判明したなら、今すぐ用具室を明け渡して貰って、今度は僕達が…
(…え?ちょっと、待っ…)
想像力養成演習に夢中で、結論が出たことに大満足していたけど、
今、僕が証明したことって、つまり、その…
(僕は、山口が…え…っ!!?)
衝撃的な事実に気付き、僕は愕然…
そして同時に、脳内には『用具室のアレとかソレ~ver.僕&山口』の妄想…
ボンッ!!と脳が破裂する音と、ブシュッ!!と顔が発火蒸発する音。
そして、目の前に…その妄想通りの光景が現れた。
…誰かに組み敷かれる、山口の姿が。
- 続 -
**************************************************
※黒尾と赤葦の駆け落ち事件 →『駆落物語』
黒魔術のひと5題
『3.いえ、いつの間にか習得していたんですよ。』
お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。
2017/02/22