起床添潔







「山口の…ウソつき。」


烏野に入学し、部活はバレー部…つつがない高校生活を送るはずだった。
それが、勝手に『古豪復活!』だとか、『目指せオレンジコート!』なんて、
まるでスポ根漫画な戯言を真顔で言う奴らと、同期になる不運に見舞われた。

そこから、僕の緻密な『波風立たぬ高校生活』計画は、跡形もなく崩れ去り…
部活と学業に追われ、息をつく間も無くバタンキューな日々を過ごしている。

こんなはずじゃなかったのに!と、盛大に後悔しても、もう遅い。
運命を恨むのも生産的じゃない。ただただ諦観…粛々と悟りを開くのみ。
最低限のエネルギーで、最高の結果を出すという、コスパ重視に切り替えて、
少なくとも僕の内心だけは、『波風立たぬ』安寧を保つ努力を続けている。


僕は入部3日で悟りの境地に至ったけれど、山口はそうじゃなかった。
僕以外には人見知りで、元々がビビリないじめられっ子気質の山口は、
慣れない新生活、知らない人達、ハードな部活に、心身を疲弊しまくっている。

その結果…ここ最近、なかなか眠れないのだとか。
睡眠不足がたたり、朝練後の授業中にコクリ…怒られるだけなら笑い話だけど、
妙に真面目だから、遅れを取り戻そうと予習復習に精を出し、また睡眠不足。
部活でもミスが増え、その分が焦りに繋がり、無茶な自主練…悪循環だ。

それに加え、厄介な同期の通訳だか面倒を見る係にまでなってしまい、
空気読まない奴らに振り回されて、更に心労が嵩んでいるという、貧乏くじ。

   (全く…要領悪すぎ。)


そこで、山口が苦肉の策として思い付いたらしいのが、『ウチに来る』こと…
「眠れない夜のお伴に、ツッキーんちの恐竜図鑑、貸して欲しいな♪」だって。
恐竜図鑑を睡眠導入剤にするなんて、失礼極まりないというか、僕への挑戦だ。
ワクワクのあまり、日常のストレスも消え失せるような、素晴らしい恐竜話を、
山口が寝入るまで一晩中聴かせてあげるから…本気で覚悟しといて欲しい。

そんなこんなで、中学まではほぼ毎日遊びに来ていた山口が、
高校に入ってからは、多忙のあまりそれもなくなり…今日久々に、ウチに来た。
「図鑑貸して♪」は、ただの口実…真の目的は『ウチに来る』ことそのものだ。

とにかく、ウチの人間は…月島父も母も兄も、山口をベッタベタに甘やかす。
「忠は優しいから、周りに気を回しすぎちゃうんだね〜ヨシヨシっ!!」とか、
「今日は忠ちゃんの大好物ばっかりよ~しっかり食べて元気出してね♪」とか、
「高校生の忠君…可愛らしく成長してくれて、おじさんは嬉しいぞっ!」等々、
一家総出で山口をチヤホヤしまくる大歓待…居心地が悪いわけがない。

   (要は、甘えたいだけ。)

ウチに来ると盛大に『イイコイイコ♪』して貰え、承認欲求を満たされるのだ。
山口にしては、賢い選択…ウチならお手軽にストレス発散できるんだから。
山口が来ると、鬱陶しい父兄の関心が、僕から逸れてくれて、正直助かるし、
月島家の面々に溺愛されて…どうぞご勝手に、ゆっくりしていけばいいでしょ。


居間でデレデレしまくる山口を放置し、僕は独りで風呂へ入り、部屋へ戻る。
今まで通り、何のお構いもしない…そういうとこが、心地良い関係の秘訣だ。

   (気なんて、絶対使わないからね。)

大あくびしながら部屋に入ると、居間でダベっていたはずの山口が…いた。
しかも、何故か僕のベッドに寝転がり、すやすやと穏やかな寝息を立てていた。

「…は?ちょっと、何で…寝てんの。」

寝るんなら、山口専用の布団を出して、そこで寝ればいいのに。
そもそも論として、山口は不眠症気味だから、ウチに来たはずじゃなかった?
それなのに、この僕が起こすのを躊躇うぐらいの、『天使の寝顔』を曝して…

   (僕より先に寝るなんて…っ)


「山口の…ウソつき。」

鼻先をちょんちょんとつつき、小声で囁いてみても、起きる気配は微塵もない。
怒る気力も、ツッコミを入れる勢いも、小言を言う建前も、全部奪われていく…
まさに『完落ち』な状態に、アレもコレもいろいろ全部、抜けきってしまった。

「まったく…しょうがないね。」

山口を起こさないように、ベッドの隙間にそっと体を横たえる。
決して広くはないけれど、ちゃんと『僕のスペース』分は空けているなんて…

「僕にまで、気を使わなくても…」

…いや、違う。
僕以外に気を使わなければ、こんなに疲れ果てることなんて、ないじゃんか。
つまり、結論としては…

「山口は、僕にだけ、気を使ってれば…いいでしょ。」


導き出した答えに満足した僕は、無意識のうちに『イイコイイコ♪』…
心地良い温もりを胸に抱き、深く安らかな夢の世界へと、久々に落ちていった。



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    (これ、どういう状況…?)


目の前には、白いTシャツの袖と…長い長い腕。
袖は何だかシットリ&ヒンヤリ。あ、これ、俺の…ヨダレじゃん。へへっ♪
温かいけど、正直なとこ、ゴツゴツしてて寝心地の悪い…腕枕、かな?
このやたら長~くて色白で、実は結構筋肉が付いてる腕には、見覚えがある。
袖を少し捲ると、二の腕の内側に…あった。小さな小さな、ほくろが2つ。

腕の先…壁際に、机と棚。
棚には、恐竜のフィギュア…あ、あっちに学ランが2つ、並んでかけてある。
ご丁寧に、俺の分も皺を伸ばしてかけてくれて、ホントありがとね~♪

   (ここは…ツッキーの、部屋。)

えーっと、何で俺、ここに…?
あ、そうか。昨日、恐竜図鑑を借りに来た…という口実で、久々のお泊まりだ。


最近、何だか上手く寝られなくて、慢性的な睡眠不足に困っていたら、
「山口がいつも爆睡できる場所や環境…ないの?」と、ツッキーからの助言。
それって、『助言』というよりは完全に『誘導尋問』じゃんか…と思いつつも、
俺は助言から三日経つのを待ってから、ツッキーに図鑑レンタルを願い出た。

この『三日待つ』が、実はかなり重要なポイント。
ちょうどお泊まりしやすい週末にかかるという、現実的な理由だけじゃなくて、
いろいろ考えて、いっぱい悩んだ結果、やっぱりコレしかなかった感を演出…
俺自身の意思で、ツッキーんちを選んだよ~を醸し出す、絶妙なラインなのだ。

   (これぞ、幼馴染の距離感♪)

長年連れ添った経験から、『今』のお互いにとって最も心地良い距離感を、
カンよりもずっと確実性の高いもの…身体感覚?として、瞬時に把握できる。
この感覚を身に着ける時間が短いほど、お互いの相性がイイってことかも?

ちなみに俺、出会って三日で『さわらぬツッキーにたたりなしモード』を搭載、
一週間後には『きょうウチにあそびにきていいよサイン』を察知可能になった。
そして、どんな面倒臭い人でも、三日経てば気分は変わるという悟りを得た。

そんな俺が、ツッキーの変化…慢性的な睡眠不足に、気付かないわけがない。
計画通りにいかなかった、不慣れな高校生活。全く予想不可能な同僚達…
根性やら夢やら、理性とは真逆なスポ根街道に、心身共に疲労困憊していた。
強がったって、俺の眼は誤魔化せない…『ツッキー千里眼』を侮るなかれ、だ。


   (ツッキーが爆睡できる場所と環境…)

自分の部屋で、好きなコトを好きなだけヤらせて、寝落ち。これに尽きる。
愛してやまない恐竜のことを語らせまくればいいだけ…分かり易くて助かる~♪
どれだけキラッキラな瞳で、嬉しさ満点な顔してるか、気付いてないとこが、
ツッキーの可愛らしいポイント…この顔を見るだけで、俺も幸せな気分になれ、
そのまま(聞き疲れて)グッスリ寝落ちコース…の、はずだったのに。

   (ツッキー爆睡計画…失敗!!)

まさか、ツッキーの部屋に入った瞬間、俺の方が即落ちしてしまうなんて。
ツッキーんちが居心地良すぎる罠…山口忠、策(欲?)に溺れて自滅コースだ。
ただでさえ睡眠不足なのに、俺がベッドを占拠したせいで強制ソフレ…
これはもう不眠加算もコミで、三日間は『激おこ不動明王モード』確定かも。

   (今のうちに…逃げるが勝ち!)


背後からは、予想に反して実に穏やかな『釈迦の涅槃モード』っぽい寝息。
これなら、スっと抜け出して…袖のヨダレに気付かれる前に、逃走できそうだ。
ちょっとずつ体をベッドの外へ…あれ?全然、動かない???

ようやく冴えてきた目で観察すると、腰からお腹にかけて、ツッキーの腕。
しかも、手は俺の腿の間に突っ込み、ガッチリと『背後霊ホールド』してるし。
とりあえず、腿に挟まった腕をツンツンしてみたら、さらにムギュ~~~っ!!
枕だった方の腕がこっちに来て、今度は俺の方が抱き枕にされてしまった。

   (…ん?)

背後霊よりもさらにピッタリ…幽体離脱クラスに密着してくるツッキー。
あ、幽体離脱なら、カラダの一部が繋がってないと、魂がヌけ…いやいやいや!
ぶっ、部活で鍛えられたのか、ツッキーも御立派にスクスクと逞しく成長し…

   (たっ、たくましく、せいちょう…っ)


   カラダ全部で、抱き締め…捕捉。
   耳元にかかる、穏やかな…気息。
   呼吸に合わせ、拍動する…愚息。
   せいちょうを、体感する…蛇足?

「おっ!結構ウマいこと韻を踏めた♪」

…じゃなくて。おおおっ、落ち着け俺。
確か、や…夜間陰茎勃起現象は、眠りの浅いレム睡眠中に起こる生理反応で、
健康な男性なら、約90分周期…一晩に4~6回起きる可能性が高いらしい。
精神的・肉体的な疲れが溜まってると、カテコールアミンの影響で起きやすく、
さらには、リラックスも『起きる』を促す大きな要因となる…だったっけ?

「一晩に、4~6回…それは起ちすぎというか、翌朝、腰が起たないよね~」

いくらツッキーが『起』の担当でも、それを謹んで承る身にもなって欲しい。
せめて、前・本・後の3起か、起きヌけにもう1起…あ、4回達成できそう♪
…って、ナニ言ってんだろ俺。寝起きで思考とかアレとか、トばしすぎじゃん。

要するに、疲れやらが溜まりまくってたとこに、久々の大爆睡…リラックス。
健康優良な男子なら『起きて』当然のモノが、ムクムクと御立派♪に性徴し、
魂とかアレとかがヌけそうだよ~と、背後から主張している状態ということだ。

「おっ、お元気そうで、ナニヨリ…」


忠の策『ツッキーの爆睡計画』は、ナニをしてなくても大性交…ではなく、
俺がナニもしてなくても、大成功をおさめたってことになるのかな。
これだけリラックスして、いっぱい寝られたんなら、結果オーライじゃん。
というわけで、そろそろイって…ココから解脱させて欲しいな~って。

「じゃないと、俺…」

夜間陰茎勃起現象は、生理反応。
でも、本当にコレは…『それだけ』しかないと、言い切れるのか?
『ツッキーのキモチ』の証拠ではないとは、たとえお釈迦様でも断言できない…

「俺に都合よく…解釈しちゃうよ?」


超高感度かつ高精細な『ツッキーの御機嫌センサー』を、標準搭載している俺。
高校に入り、ツッキーがどんな眼で俺を見はじめたか…気付かないはずがない。

「それはまるで、月島蛍君が恐竜図鑑を見るような、キラッキラな瞳…もとい、
   肉食恐竜が草食恐竜を見るような、ギラッギラな瞳だよね~」

あんなギリシャだかローマの神様みたいな、彫刻並に整ったイケメンから、
美味しそう…嬉しそうな顔して見つめられたら、誰だって『起きる』でしょ。
そのくせ、実態は草食系なもんだから、正直なとこ、こっちは生殺し状態だし。

   (ねぇ、そろそろ…)

こっちは、ツッキーより大分早く『起きて』るんだから。
俺の腿に挟んだ手が、その『証拠』を掴んでるよね?
もしツッキーにも、簡易タイプでも『忠のココロ感知器』が付いてるのなら、
ぼちぼち涅槃(寝半)から起きて、俺を解脱(極楽)へ誘ってくれてもいいのに…


「もし肉食恐竜が起きて、全身で拘束中の草食恐竜に喰いつこうとしたら…?」
「その時は、真正面から正々堂々と…うけてたつよ。」

「…受けで勃つ?言い得て妙だね。」
「…承けて起つ!の方が良くない?」





- 終 -




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参考資料 →『同床!?研磨先生⑤*』


2019/07/18    (2019/07/06,14分 MEMO小咄より移設)

 

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