風邪を引いた。
いや、正確な疾病名を言うと、咽頭炎及び喘息らしい。
振り返ってみると、初夏から2ヶ月程、空咳が続いていた。
エアコンの効いた店内から、酷暑の屋外に出た時等、急激な寒暖差を感じた際、
コンコンコンと、多少むせるかな?という程度…大して気にしていなかった。
暑さと共に、咳もようやく治まったか…と思ったら、今度は台風&長雨の季節。
一日の中でも蒸したり冷えたりを繰り返したのが、弱った喉に直撃したらしい。
例えるなら、全力疾走中にアスファルトの上で豪快に転び、膝をジャリっ!!
血が滲み、じんじんとヒリつく膝小僧…が、喉にあるような痛みだ。
唾も呑み込めない程の痛みに、さすがの僕も慌てて耳鼻咽喉科に駆け込んだ。
僕にとって耳鼻咽喉科は、歯医者さんよりも恐ろしい場所だ。
何故なら、アソコへ行ってしまえば、『例の検査』をされてしまいかねない。
アノ原因による症状かもしれないと、ごく軽~い調子でヤられてしまうやつ…
即ち、アレ○ギー検査とかいう、ありがた迷惑な判定である。
恐怖と痛みを堪えて、貴重な血液をヌかれた挙句、一週間ドキドキして過ごし、
頑なに否定し続けている『花の季節』特有のアレだと、科学的に証明されたら…
いや、それならまだマシな方で、万が一にも御猫様ア○ルギーだと判明すれば、
それは僕にとって死刑宣告に等しい…ノーキャット・ノーライフなのだから。
そんな僕でさえ、耳鼻咽喉科に飛び込んでしまう程の痛み…緊急事態である。
(例の検査は「ヤったことあります。全て陰性です。」と自己申告した。)
診察の結果は、夏前からの気管支炎をズルズルこじらせた上での、咽頭炎。
そして…喘息にまでなっている、とのことだった。
ス○とかヒ○キとかシラ○バとか、御猫様じゃなくて…本当によかった。
…と、安堵したのも束の間、数日間の絶対安静と会話禁止を厳命された。
声を出すと悪化するから、一週間はおしゃべりや会話は厳禁らしい。
…はぁ、そうですか。これといってしゃべりたいこともないですし、
そもそも、しゃべりたくてもこの痛みじゃ到底無理ですしね。
仕事や作業も、寝転がってオンラインでできるし、特に問題ないです。
僕は安心しきって病院から帰り、薬を飲んでのんびりお昼寝(安静)を満喫。
…し始めてすぐに、カラダの中に更なる異変を感じた。
(あ…あつ、い???)
台風前にタオルケットから羽根布団に替えたせいで、蒸し暑いのか…?
スマホで作業をするにも、全然頭が動いてくれないし…涙で画面が滲む??
喉は焼け付くように熱い…その熱が、全身に回ったように…あ、つい…???
(これ、もしかして…)
朦朧とする意識。とにかく熱い。
ヒリつく喉を通って出てくる呼気も、火が付きそうな程に…熱い。
(ぼくは…死ぬ、のか…)
死ぬ前に、ヤり残したことは…
そうだ、山口に、アレとかソレの、証拠隠滅を…頼んでおけば、よかった…
僕の、ヒミツの、二次創作サイト…全消去…パス、ワードは…ta9da2shi7…
後生だから、『いつものセリフ』で僕の人生をシメようかな。
そのためには、『いつもの前フリ』が、必要不可欠…だから…
夢でもいいから、最期に、あいつの声、聞いておきたい…
「ツッキィィィィィィィィィィ!!!」
(うるさい、やまぐち…)
神様、ありがとう。
これで僕も、静かな場所へ逝け…
「うっわ、ツッキーが風邪引いてダウンしたって、ホントだったんだね~!
冗談か仮病か…俺を嵌めようとしてんのかと思ったけど…マジなんだ!」
(う…うるさいっ!!)
これは夢か?ぜひ夢であってくれ。
長年の付き合いの結果、僕の不機嫌オーラに対する耐性が異常に高くなり、
ちょっとやそっとのことでは、僕の醸す空気を一切読もうとしない…山口。
どう見ても異常事態なのに、いつも通りヘラヘラ~と緊張感なく笑いながら、
ねぇねぇツッキー、どうしちゃったの?と、無遠慮に顔を覗き込んでくる。
(うるさい、やまぐち)
怒る気力も、声を出すこともできない僕は、何とか口の動きで意思伝達を図る…
「ん??『ううあい、ああうい』…
あ、わかった!!『くるわし、あやうし』って言ったんだね~」
狂わし、危うし…そんなの、見りゃわかるって。
ゼェゼェ言いながら大人しく寝てるツッキーなんて、危うく狂ってるもんね。
はいはい、それで…俺になんか、してほしいこととか、欲しいものある?
(ち…違うっ!!)
山口は僕の口の形から、母音だけを読み取り、自分に都合よく解釈したようだ。
ツッコミを入れたくて堪らないが、ここはガマン…今はこの伝達方法しかない。
とりあえず、今、早急に欲しいものを、何とか伝えなければ…
(たいおんけい)
「あいおんえい…『だいこんめし』?大根飯なら、風邪引きさんに良さそう~」
(ぽかり)
「おあい…『おかし』?それはダーメ!治るまで甘いモノはガマンだよ~」
(むしぱん)
「ういあん…『くりまん』?まぁ、それならお腹に優しそう…いいかな?」
(ひえぴた)
「いえいあ…『シベリア』!え…寒いトコに行きたいの?意味わかんない。」
…ダメだ。話にならない。
見当違いならまだしも、ビミョーにニアピンなのが、余計に腹立たしい。
筆談しようにも、その前段階として『ぺんとかみ』と言ったら、
きっと『遠慮ない』って解釈するだろうし、そもそも僕が書けそうにない。
「俺、あんま役に立ちそうにないから…そろそろ帰るね~じゃ、お大事に!」
はぁ?ちょっと待ってよ!
この状態の僕を、このまま放置とか…酷すぎるでしょ!
せめて、体温計ぐらいは持って来て欲しいんだけど…あ、そうだ!!
ベッドから離れようとする山口の手を、僕は渾身の力を振り絞って…掴んだ。
この手の熱さを体感すれば、山口も体温計やら冷えピタやらを持ってくるはず…
「ツッキー…寂しいの?
俺に、傍にいて欲しい…ってコト?」
(なっ…なに、言って…っ)
珍しく風邪引いて、熱が出て…不安になっちゃったんだね。
まぁ、こんぐらい高熱でも出ない限り、ツッキーが甘えるなんて有り得ない…
口で言わなくても、物凄~~~い緊急事態だなって、ビシビシ伝わってくるよ。
あ~ぁ、こんなにチョロくツッキーが俺にデレてくれるんなら、
庚申講みたく、60日に一回ぐらいの間隔で、ダウンしてくれてもいいのに。
ま、熱にうなされて…ツッキーには聞こえてないだろうけどね~ザンネン!
(いやいや、はっきり聞こえてる!)
…もう、埒が明かない。
山口とストレートに意思疎通ができる日は、一体いつやって来るのだろうか。
これからの長い人生も、山口と一緒にずっとヤっていく自信が…消えそう、だ。
半ば絶望的な気分で視線を落とすと、ベッドの下に僕のスマホが見えた。
どうやら、作業中(新作打ち込み中)に落としてしまったらしい。
(…そうだ!)
会話や筆談はできなくても、LINEやチャットならば、問題ない。
何故それに今まで気付かなかったのか…これも、高熱のせいだろう。
僕はもう一度、山口の手を枕元に引き寄せて、ポンポン…
(ここに、スマホ…)
これが、最後のチャンス…
アタマもカラダも、限界…
もうこれ以上は、ムリだ…
最後に残った力で、想いを伝える。
すると山口は、おおいうあお…と、母音を正確に読み取り…頬を一気に染めた。
「『共に、暮そ…』って…言った?」
あーもう、それでいいから。
山口が、それでいいのなら…
考える力などとうに失っていた僕は、ヤケクソ気味にコクコク頷いて…ダウン。
薄れゆく意識と視界の中で、山口は照れ隠しに大声を出した。
「あっ、そうだっ!俺…ツッキーが欲しがりそうなもの、持って来てたんだ!
体温計とポカリ、冷えピタ…秋限定・栗味の蒸しパンなら、食べられそう?」
冷蔵庫に冷やしてるの、取って来るっ!
何か用事があったら…あ、ここにツッキーのスマホを置いとくから、
声出さなくてもいい方法で…ポチっとメッセージ送ってね~♪
うるさい、やまぐち…
ううあい、ああうい…
求愛、空振り…
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終 -
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※山口を嵌めようとした月島 →『花之季節』
2018/10/06