恋愛工口







「おれ…『恋人』が、ほしいんだ!」


ごく端的に言って、俺の弟達は可愛い。
血の繋がった方も、繋がってない方も、何だかんだ言って可愛くて仕方ない。
クソ生意気なトコも、泣き虫で手が掛かるトコも含め、ただひたすら可愛い。

弟達の望むことなら、できる範囲で叶えてやりたいし、
俺が与えられるものならば、全部惜しみなく出し尽くしたい…本気でそう思う。
試験前でも絵本を読んであげるし、弟達の「なんで?」の調査を最優先するし、
嫌そうな顔をしても、抱き着いてもみくちゃにしてあげたくなるのだ。

そんな『デキるお兄ちゃん』の俺でも、簡単に叶えてあげられないこともある。
できることなら、「欲しい」に応えてあげたいけど…ちょっと無理かな。
でも「ゴメン、無理だわ。」と、一言でシャットアウトすることもできない。
無理な理由を懇切丁寧に説明し、納得させるのが、兄ちゃんとしての務めだ。

「蛍、忠。こっちにおいで。今日のテーマは…『恋人』についてだね。」



晩御飯とお風呂の後、部屋でのんびり寛いでいたら、予定通りのノック。
今日は忠が泊まりに来ているから、この本を読んで欲しい…という、
可愛い弟達が就寝前の『オネダリ』をしにやって来た音に違いないだろう。
だが、おずおず入ってきた弟…忠は、開口一番に耳を疑うセリフを吐いた。

   『恋人』がほしい

いやぁ~、ついに蛍と忠も色気づいて…オトナへの階段を上り始めちゃった?
ちょっとまだ早いような…兄ちゃんは嬉しいやら寂しいやら、実にフクザツ。
おセンチな気分になっていたら、蛍がスーっと忠の前に出て、淡々と語った。

「山口が、こう言ってるんだけど…兄ちゃん、どうしたらいいと思う?」

ぼくがあげられるものなら、あげてもいいんだけど…今のところ持ってないし、
どうやって自分から作る?とか、全然わからないから、兄ちゃんに聞きに来た。
兄ちゃんは持ってなくても、作り方ぐらいは知ってるんでしょ?教えてよ。


くぅぅぅぅぅ~~~可愛くないっ!!
どーせ俺はフリーですよ!部活一筋の脳筋族ですよっ!泣いてもいいよねっ!?
…じゃなくて、どうして忠がこんなことを言い出したのか、凄く気になる。
ピュアで真っ白で可愛い忠が、変な奴に騙されてないか…めちゃくちゃ心配だ。

どういうことなの?と、すこぶる柔らかな視線で問い掛けると、
忠はキラッキラと輝く瞳で「きいてよ明光くん!」と、嬉しそうに喋り始めた。


「あのね、ツッキーって、すっっっっごいモテモテモテ~~~なんだよっ!!」

1組の谷崎さんとか、2組の夏目さんとか、3組の宮沢さんとか、
あとは、中学生の人とか、スーパーのレジのお姉さんとか…いっぱい!!
福沢さんも樋口さんも野口さんも、みんなツッキーのことが好きなんだって。
それで、もう何回も「恋人になって下さい!」ってコクハクされてるんだよ~♪

こないだなんてね、高校生のお姉さんに「君は将来有望よ~♪」って言われて…
すごいよねっ!?将来有望って、ツッキーが出世するってコトだよねっ!?
ブチョーとかセンムとか…せいねんジツギョーカになっちゃうかもしれない!!

「ツッキー、カッコいいねっ!」
「そ、それほどでもないよっ!」

でね、でねっ!ツッキーはほめてもらえたのに、全然そっけない返事で…
「ぼくが将来有望なのは認めるけど、あなたには無関係でしょ。
   そもそも、あなたと恋人になって、ぼくに何かメリットがあるの?」
…って、超ナマイキなクチをきいて、お姉さんを追い返しちゃったんだよ~

「ちゃんとテドリとか、フクリコーセーのことを言ってくれればよかった?」
「しゅうぎょうキソクとか、ろうき法とか、『机上の空ろん』でしょ。」


そういうわけで、ぼくと山口は、恋人になったら何かイイコトがあるのか?
いろいろ調べたり考えたりしたけど、いまいちパッとしなかった…というより、
そもそも何で恋人をほしがるのか、その辺があいまいにごまかされてたんだ。

「わからないなら、実際に作って体験してみようよ!って、山口は言うけど…」
「すぐに恋人ができるツッキーは、面倒臭そうだから嫌だって言うんだよ~」

だから、ツッキーじゃなくておれが恋人作ってみて、検証することにしたんだ。
でも、どうやったら恋人ができるのか…コクハクされないおれにもできるのか、
手づまりになっちゃったんだよね~困ったことに。

「明光くん、恋人の作り方…教えてよ!おれにもヤれそうな方法でヨロシク!」
「『恋人』と『愛人』の違いも…ごまかすことなく、わかるように説明して。」


あー、それね。むしろ俺の方が知りたいんですけど。
それにしても、子どもというのは恐ろしい生き物…好奇心って怖すぎる。

恋とは何か、愛とは何か。二つセットの恋愛とは?そして、両者の違いは…?
こんなの、古来から偉人達が延々考え続けてきた哲学的テーマなんだし、
答えは一つではない…言葉の『定義』で決められるようなものでもない。

蛍や忠から見れば、俺は何でも知ってるお兄ちゃんかもしれないけれど、
俺だってまだまだ未熟者…恋人を作るメリットも、その良さも未知数だ。


二人の疑問には、誠意を以って答えてやりたいし、そう努力してきたつもり。
カッコつけて知ったかぶりしたいけど…それをしちゃいけない部類のものだ。
断片的な知識だけを教えても無意味どころか、悪影響を及ぼしかねない。

   頼られた兄ちゃんとして。
   カッコつけたがりとして。

これを言うのは、物凄く勇気がいるけれど…二人のためにはこう言うしかない。

「俺にも…まだ、わからないよ。」


驚いた顔とガッカリした顔を、隠しもしない弟達…『長男心』がズキっと傷む。
でも、俺のちっぽけな自尊心よりも、二人の恋愛観は、もっとずっと大事…
それを歪ませたり、偏見を持たせることだけは、絶対にしたくなかった。

「これは、オトナが都合の悪いコトをごまかすとか…そういうんじゃない。
   世の中には、考えてもわからないことも、答えがないものもたくさんある。」

自分に言い聞かせるように、俺はそうはっきり言うと、弟達をベッドに座らせ、
俺の知っていること、今伝えられる範囲のことを、誠実に説明した。


恋人は、恋愛関係にある相手…お互い特別好き合っている、両想いな人のこと。
既に婚約したり、結婚した相手には使わない名称であること。
愛人は『愛する人』というより、人口に上がる…他人にウワサされると厄介で、
正式な婚姻(事実婚含む)にはない関係…マルサ用語で『特殊関係人』のこと。
(『人妻』と同じく、裏に別の意味が隠されてるオトナ専用の言葉だから省略)

恋と愛の違いは、きっとこれからの長い人生で、徐々にわかってくるもの…
ただ好きなだけじゃなくて、もっともっと深くて大きな想いだと思うから、
今あわてて考えたり、理解したつもりにならなくていい…なっちゃダメなもの。

強いて言うなら、メリットだのデメリットだの言ってるウチはまだ『恋』で、
そういう損得勘定抜きで、とにかく大切に想うのが…『愛』かもしれないね。

「だから、無理矢理頑張って、人工的に恋人を作るのは…俺はよくないと思う。
   本当に好きな人と恋人になって、ずっと一緒に居られれば…幸せだよね。」


上手く説明できなくて…教えてあげられなくてゴメンね。
わからないことを知ろうとするのは、とっても大事だし、良いことなんだけど、
時間と経験がなければわからないこと、あっても解けない謎だってあるんだ。
考えてもわからないことは、素直にわからないと受け入れる…
そこから前に進むことだってあるし、苦しみから抜け出せることもあるからね。

「大好きでたまらない人と、運よく恋人同士になれる日が、きっと来る…
   蛍も忠もイイ子だから、絶対にそういう相手ができると思うよ!」

もし好きな子ができたら、俺に相談してよ!できるだけ協力するからね~♪
俺から離れちゃうのは、ちょっと寂しいから…多分兄ちゃん、泣いちゃうけど!


…よし、我ながら上出来だ。
子どもの疑問に誠意を以って答えるのって、本当に難しい。
とりあえず、今日はこのぐらいで勘弁して下さい…そう願っていると、
首を傾げながら考えていた二人が、同時にポソリと呟いた。

「ずっと一緒にいたい、大好きな人…それって、ツッキーのこと???」
「だったら、ぼくと山口が恋人になったって、問題ないってことだよね?」

「あはは!そうかもね~♪」

可愛いなぁ~、もうっ♪
友情と愛情の区別がつかない子どもは、こんなにもストレートに好意を口に…


「って、違うでしょ!『友情と愛情の違い』も、人類永遠のテーマだから!」
「友情と愛情…友人と愛人の違いってこと?恋人だったら『恋情』じゃない?」
「え~、友情と愛情と恋情も違うの?全部ツッキーじゃダメなの?」

あーもう、ややこしいっ!!
言われてみれば、何で『友情と恋情』じゃなくて『友情と愛情』なんだろう…
まさか、友人とは恋人にはなれないけど愛人にはなれるとか、そういうオチ!?


「じゃあさ、おれとツッキーが『恋人ごっこ』して検証してみる?
   じっしつ的には、おれ達のカンケーってあんまり変わらなそうだしね~」
「山口、それは名案だよ!お互い好き合っている友人同士なら、ビビたる差…
   むしろ、その違いがわかりやすいかもしれないね!じゃ、さっそく今から…」

「だめーーーっ!そんな『ごっこ』したら、将来ロクなオトナにならないよ!」

そんな風に自分のキモチをごまかし続けたら、とんでもない腹黒に育った挙句、
『ホンモノ』の恋人になったら、今度は『ごっこ』以上を求めてしまう…
何かもう、愛人臭すら漂うような、どエロいカンケーになっちゃいそうじゃん!

そういう赤黒いモノが渦巻く雰囲気は、蛍と忠には似合わない…却下だから。
友人→愛人ルートにならないよう、清く正しく堂々と恋人に…見張っとくべし!

   (お前達の将来は、俺が…守る!!)


俺は弟達を引き寄せ、肩をしっかり抱きながら真剣な表情でゆっくり諭した。

「蛍、忠…人工的な恋人ごっこするぐらいなら、ホンモノの恋人になるんだ。
   もちろん愛人もダメだし、人口に上るようなコトも、しちゃいけないよ?」

「つまり…ひとさまに見つからないトコで、かくれてコッソリ…するの??」
「人前でイチャつくなって意味でしょ。陰でコッソリ…ナニすればいいの?」

恋人が陰に隠れてコッソリするのは、ナニに決まってんだけど…まだ早いっ!!
そこは兄ちゃんじゃなくて、お…お父さんに聞きなさいっ!!

とにかく、現時点で未熟な兄ちゃんがお前達に教えてあげられることは…


「友人と恋人の違いは、『特別好き』の度合だと思うんだ。」

他の友達とは違って、この人だけが特別好きで、一緒に居たいと想う相手に…
もしも将来、蛍にとって忠が、忠にとって蛍がそういう相手になった時には、
二人でホンモノの恋人になってもいい…兄ちゃんは全力で応援してやるから。

その時は、人前ではデレデレせずに、二人きりの時だけ甘えたり甘やかしたり…
メリハリのついた、分別あるオトナの恋人同士を目指すんだ。

「普段は冷静な人が、恋人との時間だけは甘く優しい…カッコいいでしょ?」
「か…カッコいいっ!!おれだけトクベツってカンジで…キュンとクるよ!!」
「普段は冷静、特別な時だけ甘く…それなら、ぼくにも無理なくできそう!!」


   明光くんは、やっぱりスゴい!
   兄ちゃんも、カッコいいよっ!

キラッキラの瞳でスゴい!を連発する弟達…あぁ、ホントに可愛い。
あ、そうだ。二人はお互い以外の友達もちゃんと作ることっ!
そうじゃないと、ただの友達との違いがわからない…検証できないからね~
…って、全然聞いてなさそうだね。ま、いいか♪


俺は「その時まで、ずっと仲良くするんだぞ~」と頭をヨシヨシ撫でてやり、
手を繋いで「おやすみなさい!」する二人を、蛍の部屋まで送ってやった。

「えーっと、ぼくの当面の目標は、ツンデレになること…がんばるよ、山口!」
「うん!ツッキーなら絶対、カッコいいツンデレになれる…おれも応援する!」


「…は?」

何だかちょっと、兄ちゃんの意図とは違う結論に達したような気もするけど…
二人が幸せなら、それでオッケーかな?そういうコトにしておこうっ!!



*****



「…ってことが、あったんだよね~すっごい可愛くないっ!?」

「そりゃ…マジで可愛いな。」
「ホントに…可愛いですね。」


昼下がりの黒尾法事務所応接室。
上京した明光と仕事の打合わせ終了後、黒尾と赤葦の3人でお茶タイム…
買物へ行っている月島と山口が居ない間に、昔話で盛り上がっているところだ。

「新幹線でこのパズル見てたら、急に思い出しちゃったよ。」





これは、いわゆる『和同開珎』っていう漢字パズルの一種。
空白の周囲に漢字が配置された形式で、真ん中の空白(□や?)に漢字を入れて、
矢印の方向に読むと、二字熟語が4つできるというもの…
その形が古代のお金『和同開珎』に似ているから、そう呼ばれているらしいよ。

        恋
        ↓
愛 → ? → 工
        ↓
        口

「本来は和同開珎形に書くのが一般的だけど、それだとカンタンすぎるよね~」
「縦書きにすると、漢字の『工』『口』がカタカナの『エロ』に見える…」
「実にユーモラスで、オトナ向けの面白い謎…こういうの、好きですよ。」

このパズルの答えは、明光の昔話に全部出てきた熟語だ。
真ん中の空白部分『?』に、『人』という漢字を入れてみると…
『恋人』『愛人』『人工』『人口』の4つの熟語がキレイにできあがる。
難易度は軽めだが、和同開珎パズルだと気付くまでが面白い…良問である。


お、俺も一つ…こんなのはどうだ?
黒尾はそう言うと、メモにサラサラ~と和同開珎パズルを殴り書きした。

        山
        ↓
島 → ? → 口
        ↓
        月

「月島山口パズル…さしあたって答えが二つ出るから、良問じゃねぇけどな。」
「一つはさっきと同じ『人』…咄嗟に考えた割には、非常に面白い問題です。」
「いや、咄嗟にコレを思い付くって…黒尾君、凄いじゃんっ!!」


えーっと、ちょっと待っててよ。考えさせて…
メモを片手に、集中思考モードに突入した明光を横目に見ながら、
黒尾と赤葦は顔を見合わせ苦笑い…ボソリと囁き合った。

「月島君がツンデレになった理由…今回その大謎が解けましたね。」
「お兄ちゃんは精一杯頑張った…さすがに責める気になれねぇな。」

実に微笑ましい月島三兄弟。頑張り屋のお兄ちゃんを、黒尾と赤葦はヨシヨシ…
すると見せかけて、ガツンと一発ずつお見舞いしておいた。


「腹黒どエロで…悪かったな!」
「愛人臭…余計なお世話です!」




- 終 -




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※両想いについての考察 →『諸恋確率
※月島山口パズルの答え →
   (反転又は拡大すると見えてきます)



2018/05/10    (2018/05/08分 MEMO小咄より移設)

 

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