再配希望⑦







朝と言うよりはもう昼近くの、柔らかく高い陽射しが室内に差し込み、
キラキラした金髪を、更に綺麗に輝かせている。

そろりそろり…手を伸ばし、冬の陽射しと同じぐらい柔らかい髪を撫でる。
それが少し擽ったかったのか、眩しそうにキュっと瞼を閉じながら、
腕の中の俺を、同じようにキュ…っと抱き締めてくる。

長年連れ添い、寝食を共にし、俺が心から安らげる場所が、この腕の中…
でも、そんな俺達の関係にも、ついに変化の時が来たようだ。

「おはようございます…赤葦さん。」
「月島君…おはよう、ございます…っ」

いつもの『おはよう』を口にしただけなのに、胸に熱いものが去来する。
こうしてこの腕の中で目を覚まし、『おはよう』を言うのは、これで最後…
それがお互いに解っていたから、ただ静かに見つめ合い…小さく微笑んだ。

「赤葦さん。これからもずっと…僕だけは貴方の味方ですから。」
「俺も…ずっとずっと、月島君のことが一番大好きですからね。」

これがホントに…最後だから。
二人は何かを絶ち切るように、お互いの頬を掌で包み、そっと瞳を閉じ…



「…あのさ、さっきからそこで、何をブツブツ言ってんの?」
「勝手に妙なナレーションを付けるの…やめてもらえます?」

カっ!と目を開いた二人は、心底厭そうな表情で『天の声』に不服を申し立て、
明らかに『寝落ちしました』風の、くたびれた格好で、もそもそ起き上がった。

「あれ?気に入らなかった?おっかし~な…結構自信作だったのに。
   とりあえず、二人ともシャワー浴びて着替えてね〜お昼ご飯ができるから!」

その声で、部屋中におみそ汁のいい匂いがしているのに気付いた二人は、
同時にベッドから飛び降り…競うように浴室へと疾走した。

「ちょっと!月島君は自分の部屋でシャワー入って下さいよっ!!」
「ちょうどシャンプーが切れてるんですよ!ここで浴びさせて下さい!」

ほどなく、浴室から響く二人の怒号。
シャンプーとコンディショナーの位置が違うと、揉めているようだった。
全くもって、しょーもないケンカ…完全に『男子校』のノリである。

「仲良しで…ちょっと妬けちゃうな。」

卵をフライパンに落としながら、楽しそうな笑い声に、つられて頬を緩めた。



*****



「はっきり申し上げますが、俺達は『そういうカンケー』ではありません!」

大体、月島君のイイとこなんて、顔以外には思い付きませんからね。
これっぽっちも俺好みじゃない…可愛げのカケラもない、生意気な後輩です。
俺が縁故採用してあげないと、到底『勤め人』としてヤっていけませ…んっ!?


昨夜、『妄想大フィーバー』の途中で寝落ちしてしまったらしい僕達二人は、
知らぬ間に侵入していた魔女君の、珍妙なナレーションで叩き起こされたが…
美味しいお昼ご飯を用意して貰え、不法侵入は『大歓迎』に即時変更された。
だが、赦してはおけないことも、当然あるわけで…

ご飯を目一杯頬張りつつ、自分の無実証明代わりに赤葦さんは僕をディスった。
僕はこれ以上、魔女君にあることないことバラされてしまわないように、
赤葦さんの口の中に、極太粗挽きソーセージをぶち込んで黙らせた。

「僕達は、ただ単に学生時代からの腐れ縁…ごっ、誤解しないでよっ!!?」
「でもさ、ツッキーは赤葦さんのこと…大~好き♪なんでしょ?」

昨日初めて『お姫様』に会った時も、さんざん『怖い人』風に言ってたけど、
それもこれも、赤葦さんに変な虫が付かないための殺虫剤…『演技』だよね?
そうやって、歌舞伎町の魑魅魍魎から、大切なお姫様を守り続けてきた…

「優しくてデキる部下…後輩が居て、赤葦さんはホントに幸せ者ですね~♪」
「えっ!?そっ、それは…はぃ。仰る通り、です。。。」

何と…ハラワタがメビウスの輪みたいに捻くれまくっている赤葦さんを、
一瞬で大人しくさせてしまった…これが『魔女の力』なんだろうか。
だとしたら、この話題を続けるのは得策ではない(分も体裁も悪すぎる)。

僕は黄身を零さないよう、慎重にお茶椀の上に目玉焼きを乗せてから、
話題を僕達からアチラ側へと、やや強引に転換させた。

「それで、魔女君は一体…ここに何しに来たんだっけ?」


魔女君が来たのは、『二週間僕のお世話をするため』なら、実に嬉しいのだが、
昨夜の話の流れでは、その取引(愛人契約?)は無効とのこと…
たとえ僕が『破棄します』と言わなくても、ナシになったと考えるのが普通だ。
まあ、色々と難癖やら屁理屈やら捏ねまくって、来て貰う気満々だったけども。

僕の質問に、魔女君はキッチリ「あの取引の件は後日要相談で…」と前置きし、
割烹着のポケットから白い封筒を取り出すと、赤葦さんに手渡した。

「今日は赤葦さんに用事。これを…」

敬愛する我が上司・吸血鬼の王子より、文を預かって参りました。
魔女直々の参内…どうぞお納め下さい。


「王子様よりの文、確かにお受け致しました。幾久しく受納致します。
   親愛なる魔女様。本日はお役目、誠に御苦労様でございました。」

二人はお互いに静々と頭を下げ、文の受け渡し…結納みたいな遣り取りをした。
粛々とした儀式だったのに、その文が入ったハイセンスな封筒を見た瞬間、
僕は危うくおみそ汁を全部噴き出しそうになってしまった。
手渡した魔女君の方も、下を向いて恥ずかしそうに目をギュっと閉じている。

いくら上司命令でも、コレを配達させるなんて…完全にパワハラじゃないか。
僕は心から気の毒に思いながら、興味と恐怖半々で、横から中身を覗き込んだ。

中から出て来たのは、予想(外身)に反して随分とマトモな文だった。
チラリと視線を送ると、ゴーストライターがパチりとウィンクを返してきた。

…あぁ、やっぱりね。ぶっ飛んだ上司を持つ部下の苦労、僕にもよ〜くわかる。
すったもんだの末、魔女君が手を出し…自ら持って来ざるを得なかったんだね。
よし、ここは僕も魔女君と一緒に、上司達のロマンスを盛り立ててあげないと。


「『今宵貴方のハートを頂きに上がります』…やりましたね、赤葦さん!
   これはまさに『差押予告通知書』…王子様はあなたをモノにする気ですよ!」
「何言ってんですか?これは俺が憧れ続けた…『読者への挑戦状』ですっ♪
   おそらくこの文は暗号…キーとなるのはハートに書かれた『AED』です!」

キラキラと目を輝かせ、予想の斜め上…ハイセンスな感想を抱く、我が上司様。
真剣に暗号解読を始めてしまったが、製作者にそんな意図は全くないらしく、
僕に向けて指先で小さく『×』を送ってくる…まぁ、そりゃそうだろうね。
何とか赤葦さんをミステリモードから引き戻すべく、脳と口をフル回転させた。

「多分『AED』は、『赤葦さんのエロいとこが大好き♪』の略ですよ!」
「今回は暗号とかナシって言ってましたから、素直に文面通り…ねっ!?」

どう見ても『貴方を奪いに行きます』という、熱烈なラブレターである。
(真の作者自身がそうだと言っている。)
それなのに、まだ赤葦さんは「困りましたね…」と大真面目に悩んでいた。
僕と魔女君は再度視線を交わし、ロマンスモードへの軌道修正を図った。


「昨日出逢ったばかりだから、赤葦さんの『心(とカラダ)の準備』がまだ…
   そういう『困った』なら、俺もわかりますよ〜!いきなりですもんね〜?」
「それか、もう昨日の段階で、既にハートはガッツリ奪われちゃったから、
   今更『頂きます』なんて言われても…そりゃぁ困りますよね~?」

でも、このまま『今宵』を待つだけで、愛しい王子様が迎えに来てくれる…
一目惚れした相手とのロマンスが実現するだなんて、羨ましい限りですよっ♪

魔女君と僕は、手を取り合って『いつか王子様が♪』をハミングし、
雰囲気を盛り上げるが…赤葦さんは頭を抱え、深刻そうに呻いた。

「その『今宵』が一番の問題ですよ。」


『宵』もしくは『宵の口』は、『日が暮れてまだ間もない頃』のことです。
日没後、西の空に明るく輝く金星を『宵の明星』と言いますよね?
気象庁ではかつて、『宵のうち』という時間帯を表す言葉を使ってましたが、
その定義は『18時〜21時』…現在は『夜のはじめの頃』と言うそうです。

「その時間帯は、『レッドムーン』の営業時間真っ只中…俺は不在です。」

相手は宅配業者の方…『時間指定』には非常に気を使っておられるはずです。
『不在時にコッソリお届け』が、黒猫魔女さんのウリみたいですけど、
今回ばかりは、それでは困る…俺が居ないと、荷物?を引き受けて頂けません。
師走でご多忙の中わざわざお越し下さるのに、不在なんて申し訳なさすぎます。

「時間指定の変更…可能でしょうか?」


あぁ…魔女君が、遠くカルパチア山脈辺りに意識と視線を飛ばしてしまった。
数時間前にも、きっと似たような表情で悟りの境地に達したのだろう。
「何かもう、すっごいデジャビュる…」と、ヤマビコが聞こえてきそうだった。
いやもう、明敏でクソ真面目な鈍感上司で、部下として心から申し訳なく思う。

完全に両想いでロマンス確定なのに、誠意の次元がパラレル…
似た者同士の上司を持つ魔女君の苦悩を痛感し、僕は急速に親近感を覚えた。
この出来事だけで、『二丁目のお姫様』が難攻不落かつ高嶺の花な理由が、
『三丁目の王子様』と全く同じだということを察した僕達は、
一瞬のアイコンタクトで意思疎通…『上司のロマンス達成同盟』を組んだ。

   (魔女君、頼んだよ!)
   (ラジャー!任せて!)


魔女君は早速スマホを取り出し、「今すぐ上司に聞いてみますね!」と言い、
短縮番号『960』をタッチし、王子様に電話をし始めた。

「………あ、もしもし黒尾さん?山口です!今、お電話大丈夫ですか~?」


魔女君の第一声に、僕と赤葦さんは大仰天…口をポカンと開けて固まった。
魔女君は、今…超重要なコトを、超アッサリとポロリしなかったか…?

「くっ…黒尾…さん?」
「山口…って言った?」

呆然とする僕達をよそに、魔女君はテキパキと上司に業務連絡…
時間指定の変更について、アレコレ指示を仰いでいた。

「…ちょっと待って下さい。ご本人に聞いてみますから。
   …あ、赤葦さんって今日の昼過ぎから夕方にかけて、外出可能ですか?」
「あ、はい…18時開店なんで、17時ぐらいまでなら、大丈夫ですけど…」

『昼過ぎ』は気象庁用語で『正午から15時まで』で、夕方は15~18時!
俺らの業界とは違いますから…はい、わかりました。伝えてみます…それじゃ!


魔女君は早々に電話を切ると、すみません…と申し訳なさそうに頭を下げた。

「年末で業務が立て込んでるらしくて…夕方まで開けられないっぽいです。
   もし宜しければ、『営業所での受取』に変更して貰えないでしょうか?」

こっちから『頂きに上がります』って、送り付け商法の如く言っときながら、
頂かれる側に『貰われに来て♪』だなんて、なんだか妙なカンジなんですけど…
赤葦さんの方から、ウチに出向いて貰ってもいいですか?

「俺は別に、構いませんが…月島君、開店準備をお願いできますか?」
「それは全然問題ありません…えぇーっと、いってらっしゃい…??」

流されるままにOKを出すと、魔女君は「よかった~」と安堵のため息。
ポケットから小さなケースを取り出し、中の紙の裏側に何やら走り書きした。

「はい!これは俺の名刺ですけど、ここがウチの住所…徒歩10分ぐらいかな?
   裏に書いた『黒尾鉄朗』ってのが所長の名前で、数字は電話番号ですから。」
「あ…ありがとう、ございます…山口、忠…君。」


赤葦さんは泣きそうな顔で名刺を握り締め、「ゴメンなさい…」と目で謝った。
僕もグっと涙を堪えながら、「仕方ありませんよ…」と目だけで返事し、
昨夜の『妄想大フィーバー』を記憶の奥底に封印しつつ、魔女君に話し掛けた。

「あのさ、僕にも魔女君の名刺くれる?今後のことも考えて、電話番号も…」
「あ、そうだったね!…はいどうぞ~♪俺もツッキーの、貰っていい?」

さりげな~く、僕にとって唯一の『キラキラ御名刺』を震える手で渡すと、
魔女君はそれを見もせずに、ポケットにズボっと突っ込んで立ち上がった。


「それじゃ、俺は一旦配達に戻るね!赤葦さん…黒尾さんのこと頼みますね♪
   それからツッキー、俺は夕方前にはここに戻って来るから!!」
「えっ!?な…何しに…?いや、嬉しいけど…僕は開店準備で不在かも…」

「だから、赤葦さんの代わりに、俺が開店準備を手伝うよ~一緒に頑張ろ?」
「あ、うっ、うん…あ、ありがと…や、山口。」
「正直助かります。山口君、お店と月島君のこと…よろしく頼みますね。」

   は~い、ラジャりました~♪
   じゃ、ちょっくら行って来ま~す!!

一人で勝手にアレもコレもソレも決めてしまった魔女君…山口は、
割烹着と三角布を外して僕に投げ渡し、ベランダから飛び立って行った。



「全く予定外でしたが…本名も連絡先もゲットしちゃいましたね。」
「しかも、二人きりで逢う約束までも、ごくごくカンタンに…ね。」

物凄~く嬉しいはずなのに、何とも言えない虚しさも感じてしまった僕達は、
来るべき『昼過ぎ』に向けての準備…とりあえず風呂に入り直すことにした。




- ⑧へGO! -




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2017/12/19 (2017/12/17分 MEMO小咄より移設)

 

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