再配希望⑥







「これで…どうだっ!?」
「サイテーです。やり直し!!」


上司から緊急招集を受けた俺は、ツッキー宅から制限速度ギリギリで帰還…
そのままの勢いでコタツの中にダイブすると、上司が真剣な顔で唸っていた。

首から上だけを見れば、悩める文学青年風で実にカッコイイんだけど、
下は黒いジャージに赤いちゃんちゃんこという、コタツにマッチし過ぎな格好。
寒さに震える俺は、コタツの向こうの脚をガシガシ蹴ってスペースを確保…
と見せかけて、ちょっとした憂さ晴らしをしておいた。

「所長~、俺もその『ぜんざい』食べたいです!」
「あぁ、鍋に残ってるから…好きなだけよそっていいぞ。」

「所長は暖房の効いたタクシー。俺は寒空を時速75キロ…パワハラですよ!」
「パワハラの定義と違うだろ!ったく、しょうがねぇな…」

ついでに俺のズボンとちゃんちゃんこもお願いしま~す♪と言うと、
自分が着ていたちゃんちゃんこを脱いで俺に渡し、コタツの中を指差した。
所長は体温とコタツで俺の分を温めていてくれた…ホントにデキる上司だ。

「『パワハラ』発言…撤回します♪」
「ついでに着替えさせてやろうか?」

「それはセクハラ確定ですよね?」
「お前自身が望めばセーフだな。」

餅は2個でいいよな?と笑いながら、所長は台所へ向かい、準備してくれた。
仕事はキツいこともあるけど、この人と一緒に仕事ができるのは本当に楽しい。


もう結構長い付き合い…確か初めて出会ったのも、忙しい年末間近の冬だった。
内藤新宿の旅籠前でスカウトされて、一緒に号外を配って回ったんだっけ。
徳川慶喜が大政奉還したとか、坂本龍馬と中岡慎太郎が暗殺されただとか…
ただでさえクソ忙しい時期に、号外増やすなよ!って…150年ほど前かな?

あの頃から所長は全然変わらない。150年前からずっと、優しい人だ。
150年間一緒に働き、ずっと傍にいた俺だからこそ、はっきりわかる。
所長が今、大きく変わりつつある…と。

   (今度こそ、ロマンス達成っ!!)


昔からモテモテなくせに、何故か上手くいかないのだ。
「思っていたのとは違った」と、勝手に期待され、勝手に幻滅され、フラれる…
あまりに王子様過ぎる故の弊害かもしれないが、所長の方にも非はある。
超が付く鈍感で、奥手…自分から「血を吸わせて下さい♪」と言えないのだ。

いつも一方的に惚れられ、所長からアプローチした経験は、150年間でゼロ!
だから献血ルームに勤務し、時々オコボレを頂戴する生活…ホントに情けない。
吸血鬼としても、男としても大問題。放っておけなくていつも手助けするけど…
大好きな上司が、妙な奴に引っかかるのだけは、絶対に認められないから、
超デキる部下の俺は、徹底的に阻止…事前に排除し続けてきたのだ。
上司の面倒を見るのが忙しくて、俺自身も150年間フリー…魔女なのにっ!!


そんな所長が、150年で初めて自分から膝をつき、お姫様に求愛…
生来の『暗く狭いとこにうつ伏せ寝』をやめてもいいとまで言ったのだ。
150年もかけてやっと出逢えた、超好みの…血。俺ももらい泣きしそうだった。

しかも、相手は歌舞伎町の伝説…『二丁目のお姫様』だっていうし、
お姫様の方も『堕ちた』っぽいから、今度こそは上手くイかせてあげたい。
『キラキラ御名刺』もいきなりゲットできたんだから、あとはもう…

「っていうか、こんなとこでナニのんびり書類仕事なんかしてんですか!
   御名刺貰ったなら、電話なりメールなりして…吸いにイってらっしゃい!」
「そんなこと、できるわけねぇだろ!モノゴトには、順序ってもんが…
   おおおっ、俺だって別に、のんびりしてるわけじゃねぇぞっ!?」

所長は御名刺を俺に見せ、しどろもどろに言い訳を開始した。

「電話もメールも…できねぇんだ。」


この御名刺、本名はご丁寧に漢字とローマ字で併記してあるし、
裏側には『本券提示で指名料サービス』って、スーパー特典は付いてんだが、
連絡先として書いてあるのは、お姫様の『住所』のみなんだよな。

「住所…ツッキーんちの隣、ですね。もう知ってますよね〜」
「しかも、店と同じ建物…本名以外に特別な情報は、まるでないんだよ。」

まあ、『二丁目のお姫様』という大物だから、ストーカー防止の観点からも、
おそらく店の上に住んでることも、極秘っちゃあ極秘なんだろうがな。
そんなこんなで、お姫様と連絡を取り合う手段は、コレしかねぇってことで…

「とりあえず文をしたためてみたから、文章の推敲を…頼む。」

誤字脱字があったら恥ずかしいし、誠意が伝わらないのも困るからな。
今回、俺は絶対に…失敗したくない。だから、お前の力を貸して欲しい。

「ダメな所があれば、遠慮なく言ってくれよ?」
「了解です。それじゃあ…」


文(ふみ)をしたためた…って、アンタいつの時代の人!?
もしかして、古式ゆかしく和歌でも添えてんじゃ…
好奇心とは違うドキドキに手を震わせながら、俺は文(案)を受け取って開いた。


*****

<赤葦京治様>

(a)3日以内に出血を伴う歯科治療
(b)4週間以内に海外から帰国した
(c)1カ月以内にピアス穴を開けた
(d)6カ月以内に
   ①不特定又は新たな異性と性的接触
   ②男性同士で性的接触
   ③麻薬や覚せい剤を使用
   ④上記①~③の該当者と性的接触
(e)今までに
   ①輸血や臓器提供を受けた
   ②ヒト由来プラセンタ注射を受けた
   ③梅毒、C型肝炎等にかかった

以上に当てはまる場合には、残念ながら献血をご遠慮頂くことにはなりますが、
たとえその様な場合でも、俺にとって貴方の血は、この世で最も尊いものです。
一滴も無駄にすることなく、美味しく頂戴致しますので、ご安心下さいませ。

なお、頂いた血液や個人情報は、目的外には使用致しません。


*****


「…どうだ?」
「一言で言うと…どうもこうもありませんよっ!!」

これ、まるっきり『献血パンフレット』の注意事項じゃないですか!
ご丁寧に『個人情報の取扱について』まで入れちゃって…法令遵守甚だしい!
『どんな血(貴方)でも愛します』って意味でしょうが、全~然っ通じませんよ。
ラブレターなら、もっと書くべきこと・聞くべきことがあるでしょっ!?

「『お名前、生年月日、ご住所、電話番号は正確にお答え下さい』…とか、
   あ、『採血直後の排尿は座位で行って下さい』も書いた方がいいか?」
「『駅のホームでは線路近くで電車を待たないで下さい』も、大事ですね~
   …じゃなくて。。。誠意の方向性が著しく音痴です!ダメダメですっ!!」


ここから、何枚も書き直し&ダメ出しの連続…もうすぐ夜が明けそうだ。
どんなに俺が『それとな~く直球』でアウトを告げても、全く伝わらないのだ。

あぁ…アタマ痛い。
こんなんじゃあ、ロマンス達成にはあと3世紀ぐらいかかっちゃう。
ということは、俺自身のロマンスも遠のく…それはもうホント勘弁して欲しい。
こうなったら、魔女の俺が全身全霊全魔力でフルサポートするしかない。

俺は渋々コタツから這い出すと、備品棚から当社ロゴ入りの便せんを出した。


「相手は所長を『吸血鬼の王子様』だと思ってくれてるはずです…多分。
   だとしたら、その『イメージ』を壊すようなことは絶対にNGですから。」

吸血鬼らしく、かつ王子様らしく。
セクシーでドキっとするようなメッセージを送るのが、一番効果的ですよ~♪
例えば、そうですね…





「こんなの、どうでしょう?」
「凄ぇっ!真犯人からの『犯行声明文』みたいで…カッコイイじゃねぇか!!」

「それを言うなら怪盗団の『予告状』でしょ。まだモノは頂いてないんだし…」
「よし!早速これをお姫様に送ろう。えっと、封筒は…これでいいか?」

大小たくさんストックしてある梱包材の中から、所長はよりによって茶封筒を…
俺はそれを横からひったくると、純白の洋2封筒(ダイヤ貼)を手渡した。

「折角ですから、ハートにビビっとクるようなマークでも描いて下さいよ。
   おまけに『キスマーク』なんてのもイイかもしれませんね~」
「成程!ビビっとクるようなハートマークなら、俺もよく知ってるぞ!
   キスマークは、ちょっと恥ずかしいけど、一応描いとくか…ほら、どうだ?」





「あーもう…コレ以上に『ビビッ!!』とクるハートは存在しませんね~
   それに、こんなに差出人がわかりやすいキスマークもないですよね~」

5世紀先を見つめながら、俺が乾いた笑顔で感想を棒読みしていると、
所長は「やっと合格貰えたな~♪」と喜び、再び備品棚の引出しを開けた。

「封筒に貼る切手は…62円だったか?確か消費税で値上げされたんだよな。」
「それは平成元年の3%です!今やはがきが62円の時代…ビックリですね~」

「待てよ。『予告状』なんて大事な文を普通郵便で送るのはマズいな。
   …よしっ!内容証明も付けとくか。」


もう…ツッコミするのも疲れた。
俺は所長から『予告状』を再度ひったくり、ジャージのポケットに突っ込んだ。

「明日、俺が…魔女様が直々に配達して来ますっ!その方が箔が付くでしょ?」


速達料金も航空料金も、全部コミコミで請求してやろう…
俺は心にそう誓いながら、「お餅もう一個下さい!」と、お椀を高く掲げた。




- ⑦へGO! -




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2017/12/17 (2017/12/14分 MEMO小咄より移設)

 

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