再配希望⑤







「月島君お願い…脱がせて、下さい…」
「赤葦さんっ…わかり、ました…」


指定された『3分以内』を厳守して、赤葦さん宅の玄関へと飛び込むと、
赤葦さんは「お待ちしてました…」と囁いて俯き、僕の袖をそっと引いた。

そして、恥かしそうに頬を染めながら、チラリと上目使いの流し目…
やや潤んだ瞳と、桃色グロスの艶、白い頸筋から馨しい色香を漂わせながら、
僕の胸元にちょっとだけ額を当て、脱がせて欲しい…と懇願した。

これは上司命令。僕に拒否権などない。
赤葦さん自身が望んだことなんだから…僕は粛々と、それに従うだけだ。


「いいんですね…?」
「はぃ…」

ゴクリと唾を嚥下し、震える手をゆっくりと赤葦さんの背に回す。
白く立った襟を外し、露わになった更に白いうなじを覗き込むように抱き寄せ、
大きく開いた襟元に掌を軽く添えて、人差し指をドレスの隙間に差し込んだ。

爪の先が、滑らかな素肌に触れる。
ごくわずかな感触に、「んっ…」と赤葦さんは小さく肩を揺らした。
その瞬間、僕は弾かれたように赤葦さんの肩を両手でガッチリ抱き…
腕の中でクルリと、赤葦さんのカラダを反転させた。


「背中を向けてくれないと、脱がせ難いでしょ。全く…手間のかかる!」
「ドレスのチャックなんて、上げ下げしたことない…仕方ないでしょう!」

俺、そもそもカラダがそんなに柔らかくないですし、
このドレスはチャックの金具が内側?についてて、指で掴めなかったんですよ。
それに、一人で着れなかったものを、一人で脱ぐなんて…到底無理ですからね。

「お姫様は毎日、こんなに脱ぎ着が面倒な格好させられて…気の毒ですよ。」
「お姫様もきっと、『召使』に脱ぎ着を手伝わせてますよ…今みたいにね。」

自分で言っておきながら、ちょっぴり泣きたくなってしまった。
せめて「王子様が脱がせてるはず♪」ぐらいにしておけば良かった…
心の中でそう苦笑いしながら、脱がせたドレスをハンガーに掛けていると、
中途半端に『脱お姫様』した赤葦さんは、そのままの格好で床に座り込んだ。


「ちょっと赤葦さんっ!何というハシタナイ姿…上も着て、隠して下さい!」
「座らないと、これ…ガーターベルト?を、外せないんですよ。」

僕はベッドの上に投げ散らかされてあった毛布を、赤葦さんの肩から掛けた。
白くふわふわした毛布の下から伸びる、純白のストッキングに包まれた長い脚…
さっきの『丸見え』の時よりも、なぜか今の方がドキリとしてしまう。
だが、ふわふわの中から聞こえてくる音は、色気とは程遠いものだった。

「あれ、この留め具…どうやって外すんです?レースに引っかかって…」
「こらこらこらっ!そんな乱暴に引っ張らない…壊れますよ!!」

普段(仕事中)はしっかり者のくせに、実は物凄く不器用な、我が上司。
ガーターベルトのホックからストッキングが外せず、じたばたもがいている。


この衣装は、さる常連客からの贈り物…『爆安の御殿』で売っているような、
可愛らしいコスプレ衣装ではなく、オーダーメイドの超一流品である。

「このドレスに見合うお酒をお出ししたいのですが…」とさりげなく尋ねた所、
黒い棺に眠る死…スペードのエースを冠した最高級シャンパンを御注文された。
『アルマン・ド・ブリニャック』の赤…サラリーマンの月給が吹っ飛ぶ金額だ。
さすがの姫も、「これを着ているところが見たい」という御要望には抗えず、
近隣店を見習い、『コスプレデー』なるものを初開催したというわけである。

黒い棺の中で眠る赤…何かを暗示するようなセレクトだなと思いながら、
僕は召使の如く、粛々と姫をお手伝い…ガーターベルトとストッキングを離し、
ベルトと一体化している、ビスチェという拘束具?のホックもついでに外した。


「はぁ~やっと解放されました…これ着てダンスとか、何の拷問ですかねぇ?
   見て下さい。慣れないヒールで立ち仕事して、ふくらはぎもパンパンです!」
「わかりましたから、堂々とオミアシを見せびらかさないで下さいよっ!
   本当に、どいつもこいつも…恥じらいというものはないんですか?」

部屋着のフリースを頭から被せながら、僕はバタつく上司のオミアシを押さえ、
レースが破損したり、本体が伝線しないよう、慎重にストッキングを脱がせた。

「赤葦さんといい、魔女君といい、いくら中身が体育会系の野郎だからって、
   ジャージの時と同じような『立ち居振る舞い』は、勘弁して下さい…」

別に、身も心もお姫様に成り切れ!(夢を壊すな!)とは言わないけれど、
『制服(衣装)に対する信用・信頼』ぐらいは、最低限守って頂きたいと思う。
というより、今日の僕は『女装した男性のお世話係』って運命なんだろうか…?


赤葦さんの頭から、小さな赤いリボンのついたカチューシャを取りながら、
同じ『赤いリボン』を付けた魔女君のことを思い出していると、
いつもの部屋着に戻った赤葦さんが、毛布に包まってもじもじ…
僕のシャツの裾を、ツンツンと指先だけで引っ張った。

何で『体育会系の野郎』に戻ってからの方が、可愛い仕種になるんだろうか…
さっきの『お姫様』は論外としても、この人は『普通の格好』をしている方が、
脱いでいる時よりも格段に卑猥なオーラを醸す…『着エロ』の究極進化系だ。

「『ガードの固さ』が、赤葦さんの魅力の一つかもしれませんね。」
「そのガードを、一瞬で破る殿方が現れるなんて…思いもしませんでした。」

毛布の中から、生娘のようなしおらしく細々とした声(誰ですか貴方は)…
ようやく出てきた「先程の方々は、一体どなたですか?」という『本題』に、
僕は何とも名状しがたいナニかで、ニヤニヤと緩む頬を必死に抑えながら、
帰宅してから魔女君との出会いを、懇切丁寧に説明した。


*****


「…以上が、あの可愛いだけじゃなくて賢く機転も利く魔女君との出会いです。
   これはもう、まさに運命…『送り付け商法』様々なカンジですよね。」

この運命を、僕は大切にしたい…二週間の『お世話期間』の間に、
魔女君と、その…ねっ、懇ろになりたいなぁ…と、思ってる次第でして…
そんなわけなんで、魔女君が来てくれる時間帯は、シフトを外させて下さい。

僕は誠意を持って真剣に、上司に『一生のお願い』をしてみた。
だが上司からは大あくび…テキトーに聞き流しているのを、隠しもしなかった。

「どうでもいい前振りは終わりました?それじゃあここからが本題ですよね?
   その魔女君と一緒に居た、漆黒の王子様について…余すところなく詳細に!」
「どっ、どうでもいいって…やっと僕に訪れたかもしれないチャンスですよ!?
   可愛い部下の初ロマンスを、デキる上司なら全力でヘルプして下さいよ!」

「嫌ですよ!誰かの面倒見たり、振り回されるのはもう懲り懲りだから、
   わざわざ独立開業した…上司の居ない人生を選択したんですからねっ!」
「ぼっ、僕の方こそ、ワガママ三昧で振り回す方が性に合ってるんですよ!
   それに、『フリーの月島蛍』というのも、何だか収まりが悪いでしょっ?」

らしくない…アタマのどこかでそう思いつつも、ぎゃんぎゃん喚いて大騒ぎ。
子どものように取っ組み合って大ゲンカし…程なく我に返り、お互い苦笑い。
そして、同時にペコリと頭を下げて素直に謝罪し、アッサリ水に流すのだ。
これが、僕達『レッドムーン』の流儀…実に気持ちの良い関係なのだ。


「何ヤってんだか…人生初ロマンス到来に、お互い浮足立ってましたね。」

少々らしくない言動をしてしまい、申し訳ありません…
月島君の『初ロマンス』とやらも、友人として出来る限りの応援は致します。
ですから、その…あの方のことで、知っていることを、教えて頂けませんか?

「あ、俺の方は、まだ『初ロマンス』とは限らないんですけど…」
「幻の『御名刺』を渡しといて、何を今更…僕達の間に隠し事はナシですよ。」

一緒にふわふわ毛布に潜り込み、ヒソヒソと内緒話をする。
思春期に入ったばかりの、女学生同士のコイバナのような雰囲気である。


「あの人は、魔女君の上司…『吸血鬼』らしいですよ。」

『黒猫魔女の宅Q便』という特殊宅配業者の、歌舞伎町営業所の方々で、
所長の吸血鬼さんは、新宿三丁目の献血ルームで嘱託職員もしているそうです。
僕もついさっきお会いしたばかりで、その程度しか知らないんですが…

「ウチの『レッドムーン』と同じタイプの安直な屋号だとすると、
   吸血鬼さんは『黒猫』の方…ということになりそうですね。」
「確か、吸血鬼は蝙蝠だけじゃなく、猫に姿を変える者もいるみたいですし。」

他にわかっていることと言えば、僕以上に口達者な講釈垂れで、
おそらく最も黒い部分は肚の中…赤葦さんと良い勝負で狡猾なカンジですね。
三丁目で生き血を啜る、恐ろしい吸血鬼の王子様とのことですが…

「どういうわけだか、全く悪い人には見えないんですよね。」
「俺でも見通せない底知れぬ黒さこそ、最大の魅力…たまりません♪」

うわぁ…この人、ゲテモノ好きだったのか。道理で一般人には靡かないはずだ。
まさかの『人外』に一目惚れしちゃった理由は、そのキワモノ趣味ゆえか。
…と言いかけて、賢明な僕はすんでのところでそのセリフを飲み込んだ。


「…で、その方のお名前は?」
「名前、ですか?えっと…黒猫?」

自分で言っていて、そんなはずはないと首を横に傾げる。
身分証を見せては貰ったが、見えたのは顔写真と登録番号らしきものだけ。
そう言えば、魔女君の箒運転免許証も、名前らしき表記が見当たらなかった。
住所や名前は、見えなかった『裏書』の方にあったのかもしれないが…
魔女君に名前を尋ねた際も、『業務規則だから言えない』と言っていた。

「もしかしたら、民俗学やファンタジー等でよくある『名前』に関する設定…
   『大切な人』にしか名前を知られてはいけない、とかでしょうか?」
「『黒猫』や『魔女』は、俺達にとっての『源氏名』みたいなもので、
   本命客にしか本名入りの『キラキラ御名刺』を渡さないのと、似てますね。」

『人外』の存在にとって、本名(忌み名)を知られることは、即ち『契約』…
主への絶対服従を誓う証を意味するのだ!…とかいう、超ステキ設定である。


「『俺の名を呼ぶことが、何を意味するのか…わかってんのか?』とかっ!?」
「『もう絶対、俺はツッキーに逆らえない…死ぬまで一緒だよ?』ですっ!!」

自分達の勝手なステキ妄想に、毛布の中で手を取り合って、じんわり感涙…
嗚呼、こういうステキな出逢いを、どんなに待ち望んだことだろうか。
『いつか王子様(お姫様)が♪』という、ピュアな夢を諦めなくてよかった!!


…ということは、だ。
僕達の当面の目標は、魔女君達から『キラキラ御名刺』を頂戴すること…
何としても本名をゲットし、自分達が『特別な存在』だという証を得るのだ。

「月島君。共同戦線…張りましょう。」
「全力で相互協力ですね…赤葦さん。」


こうして僕達は、自分達の『初ロマンス成功譚』という夢(妄想)を、
夜が明けるまで延々…好き放題仲良く語り合った。




- ⑥へGO! -




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2017/12/14 (2017/12/12分 MEMO小咄より移設)

 

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