再配希望③







「ほ~た~る~さぁぁぁぁ~ん♪
   ヘルスをアナタに…デリバリー魔女、戻りました!イれて下さ~い♪」
「『デリバリー』とか『ヘルス』とか…大きい声で言わないでよっ!
   あと、僕は『ほたる』じゃなくて『けい』だって言ったよね?」

「じゃあ…けいちゃ〜ん、イれて?」
「その呼び方はもっとマズい…却下!」


ズキズキ傷む側頭部を押さえながら、ベランダの窓を急いで開くと、
「超~寒っ!何で暖房付けてないの?」と、白い息と共に大文句を吐きながら、
自称魔女君は部屋に飛び込み、勝手にエアコンのスイッチを入れた。

「誰かさんのせいで、さっきまで昏倒してたからね。付けたくても…」
という、僕の恨み言(言い訳)には全く耳を貸さず、魔女君は寒いっ!を連呼。
『快適おまかせ』コースではなく、ピピピとリモコンを連打して温度を上げ、
『パワフル』モードにまで切り替え、送風口の真下でガタガタ暖を取った。

「いいっ、いくら160デニールでもっ、烏並の速さで飛ぶと、意味ない、ねっ」

烏の飛行速度は、時速60〜75km。この寒空をそんな速さで飛ぶなんて…
ズボンの下に防寒インナー(古典的雅称で股引)をこっそり愛用中の僕は、
イメージを壊さないでくれた魔女君に対し、少々申し訳ない気分になった。

「とりあえず…ベッドに入りなよ。電気毛布が敷いてあるから。」
「あぁぁっ、ありがとっ!!えええ、エンリョなくお邪魔します~」

エンリョする余裕もないぐらい、カタカタと歯を鳴らし、布団に潜り込む。
「ふわぁぁぁぁ~ゴクラク♪」という緩んだ声に、つられて僕もホッと緩んだ。


熱いお茶でも入れようと、電気ケトルに水を入れていたら、チャイムが鳴った。
「お届け物です」の声に、迂闊にも僕は警戒心を抱かず玄関を開けてしまった。

目の前に立っていたのは…全身黒づくめの男だった。
歌舞伎町では見慣れた『黒服』とは、その黒さが段違い…暗闇を背負っている。
本当の意味で『闇社会の方』だと察した本能が、無駄な動き(抵抗)を止めた。

息を飲んで固まる僕…
するとその男は、不釣り合いな程に人のよさそうな『営業笑顔』を見せた。


「夜分恐れ入ります。私、『黒猫魔女の宅Q便』歌舞伎町営業所の責任者です。
   この度は、弊社の従業員が失礼をしたとのことで…お詫びに参りました。」

心ばかりですが、こちらを…滴るような蜜が自慢の逸品だそうです。
月島さんのお口に合いますと幸いです。

どうぞお受け取り下さい、と差し出された籐の籠には、血のような深紅の実…
高級店御用達の果物店名が、籠に刻印されていたこともあり、
僕は思わず「あ、ご丁寧にどうも…」と受け取ってしまった。
見た目の黒さはともかく、意外ときちんとした人のようだ。


「ところで、ウチの魔女がそちらにお邪魔しているはずなんですが…」
「あ、それなら…」

部屋の中にチラリと視線を送ると、魔女君は手だけを布団から出し、
黒く長いモノをヒラヒラと振りながら、黒い男に返事をした。

「こっ、ココで~す!」

あ、声の震えが大分止まってる。少しは温もったみたいで良かった。
…と、ホッとしたのも束の間、僕は黒い男に突然胸倉を掴まれた。


「テメェ…ウチの可愛い従業員に、ナニしやがったっ!!?」

再訪早々、タイツ脱がせてベッドにインとは、ポリスも驚く『早撃ち』だな?
布団から出られねぇような姿にして、声を震わせる程に怯えさせるとは…

「ケダモノめ…万死に値する。」

闇よりも静かで、凪いだ冷たい声。
だが、見た目の比ではない漆黒の怒気を纏った姿に、呼吸が止まる。
あぁ…僕は明日朝、素戔嗚尊のように簀巻きにされ、東京湾に浮かぶ運命か。

反論する機会も意思も失い、意識だけを先にぷかぷか漂わせ始めていると、
「違いますよ~」と、場違いな程楽しそうで明るい声が響いてきた。


「所長~、それ『早とちり』ですよ~」

優秀な日本の警察官が、そんな危険なコトをするわけないじゃないですか。
逆にそんな『早撃ち』できたら…警察官失格でも、男として尊敬ですよね~
コブラ、ダイヤモンドバック、アナコンダ…さすが『コ○トパイソン』です!

「商品名は全て『蛇』…装填数は6。」
「なっ!?6連射可能…す、凄ぇな。」

まるでバケモノを見るような目で、僕をケダモノ扱い…勝手に怯んでくれた。
その隙に僕は黒い男の拘束から逃れ、魔女君にツッコミを入れた。


「ちょっと!それ、全然フォローになってないでしょ。
   ちゃんと僕の『身の潔白』と…君自身の『身の純白』を証言して…ほらっ」
「タイツは自分で脱ぎました!靴下?履いたまま布団に入るのは失礼かなって。
   ベッドにはインしたけど、アソコにはインされてませ~ん…今のところ♪」

「よっ、余計なコトは言わなくていいから…フォローだけしてよ!
   僕はただ、魔女君を温めてあげようとしただけ…そうだよねっ!?」
「ナカから、か?『未遂』も十分犯罪…そうだったよなぁ?」
「俺の口からは…言えません♪」

そこは重要だから、きちんと言って!
という僕の正当な主張は、またしても無視…無邪気に事態を悪化させていく。
純朴そうな顔をして、とんでもない小悪魔…いや、本職の魔女だったか。

誰も僕をフォローしてくれない…このままでは、ケダモノ確定されてしまう。
『未遂』なのにそんな不名誉な称号を戴くのは、全くもって納得できない。
せめて2発ぐらい撃ってから…と、最低限の主張をしようとしたが、
やはり僕の声は一切聞く耳を持って貰えず、どんどん話が進んで行った。


「っつーか、『早とちり』はお前の方だぞ?よく見ろ、コイツの服…」
「オシャレなポリス…イケメンがコレ着るとか、ホントに卑怯ですよね~♪」

そうじゃねぇよ。ここ…胸元に『NYC』って書いてあんだろ。
これはニューヨーク市警の制服風衣装…要するに『コスプレ』だよ。

「えっ!?警察官でも何でもない…?」
「ただのコスプレ野郎ってことだな。」

ちなみに、軽犯罪法1条15号では、資格がないにも関わらず、
法令に基づく制服・勲章・記章等の偽物を用いる行為を、処罰対象としている。
これは『制服』に対する一般人の信用や信頼を保護するためのもので、
警察官や自衛官等のコスプレで、社会を混乱させてはならない…という規定だ。

「なるほど…だからハロウィンとかの衣装は、『外国の』ポリス風なんだね。」
「明らかに『日本の』警察官じゃねぇってわかれば、セーフだよ。」

リアルすぎるコスプレは、法に触れる場合もある…二人共、気を付けろよ?
あと、こいつは一度たりとも、自分から「僕は警察官だ」とは言ってない…
お前が勝手に勘違いしただけだし、自宅で『趣味』として着てるだけだから、
ただのイメクラ好きな野郎…法的にはセーフと言えばセーフだな(今のところ)。


どうやら、黒い男は僕といい勝負な講釈垂れ…口達者なキレ者のようだ。
一緒に酒でも飲みながら語り合うには、最高に面白い相手かもしれないけれど、
追及されている立場の今は、これほど厄介な存在もいない…分が悪すぎる。

何とか弁解して形勢を立て直し、『東京湾土左衛門』コースを回避しなきゃ…
そう焦るものの、口から出てきたのは実にどうでもいい自己弁護だった。


「ま、待って下さい!べ、別にイメクラが駄目とか嫌だとかじゃないですけど、
   僕のコレは『趣味』じゃなくて…厳然たる『仕事』ですからっ!!」

僕だって、好き好んでこんな格好をしていたわけじゃない…
今日は『そういう日』だったから、仕方なく着ていただけの話です。
せめてここぐらいは、冥途の土産に…僕の主張を聞き入れて下さいよっ!

「な~んだ、ほたるさんの方が『本職』のデリヘルだったんだね~♪
   俺らも略すとデリヘルだけど、医療健康…ヘルス関連のデリバリーだし。」
「念のため言っとくが、俺らの衣装はコスプレじゃねぇからな?
   これこそ『本職』…厚労省の特別認可を受けた『資格者』だ。」

国交大臣から飛行計画の承認は得てないが、そもそも俺らには必要ねぇ…
航空法にも違反してない、実にクリーンかつ健全な会社だよ。

「ほら、これが身分証…れっきとした純血の吸血鬼だ。」
「こっちは俺の魔女登録証だよ〜」
「は、拝見します…」


吸った血が体内に吸収された段階で、既に『純血』じゃない気もするし、
魔女登録証は通称で、正式名称は『普通箒第一種運転免許証』なのか…

「ねぇ、これ…更新期限ギリギリなんじゃない?」
「あっ、忘れてた!誕生日前後1カ月間だから…あと3日しかないっ!?」
「確か、タイムカードのとこに『更新はがき』が貼ってあったな。
   半休やるから、明日の午前中にソッコーで行っとけよ?」

危なかった〜!気付いてくれて、ホントにありがとね〜?と、
魔女君と吸血鬼は揃って頭を下げ…和みかけた空気を、再び引き締めた。


「ま、それはそれとして…」

お前が違法に『愛人契約』を強要しようとした、ド変態コスプレ野郎なことを、
ネット上にバラされたくなければ…この件とウチの魔女から手を引いてくれ。

「これは脅迫じゃない…取引だ。」

世の中には、知らない方が幸せな『闇』がある…そういうことだよ。
できれば俺も、お前さんみたいな可愛げのない奴の血なんて啜りたくねぇし、
イメクラもコスプレも、むしろ大歓迎なのが本音…お互い穏便に済ませようぜ?


それじゃあ…お邪魔しました。
吸血鬼は僕以上に言いたい放題喋りまくると、一転…
ふわりとマントを翻し、ス…とお腹に手を当て、静かに頭を下げた。
まるで王子様か舞台俳優のような…確か『レヴェランス』というお辞儀だ。

そのあまりに美しい立ち居振る舞いに、さすがの僕も思わず見惚れてしまい…
自分の名誉回復とツッコミのタイミングを、完全に逸した形になった。

悔しくて堪らないが、今回は僕の完敗…そう観念しかけた瞬間、
玄関扉が激しく乱打&乱暴に開かれ…待望のフォローが入って来た。


「こんな夜更けに…煩いですよ。覚悟は宜しいですか?」

入ったのは『フォロー』ではなく、闇よりも恐ろしい灼熱の『炎』…
僕の死亡診断書の死因欄は、溺死ではなく焼死に変更された。




- ④へGO! -




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※ダイヤモンドバック →背中にダイヤの模様がある、ガラガラヘビの一種。


2017/12/09 (2017/12/07分 MEMO小咄より移設)

 

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