再配希望②







「ただいま戻りました~!!」
「おう、お疲れさん。」


従業員専用出入口…ベランダから事務所へ戻ると、
大量の書類に埋もれながら、所長が手を上げて労をねぎらってくれた。
部屋を通り抜け、廊下を出て隣室へ…宿直室兼更衣室で制服を脱ぐと、
皺を伸ばしてハンガーに掛け、着なれたジャージに袖を通した。

着替えを終えて廊下に出ると、ほんわりと良い香り…
所長自らがドリップしてくれる、美味しいコーヒーの予感に、肩の力が抜けた。


「結構寒かっただろ?ほら…おこたで脚をあっためとけよ。」
「ありがとうございます♪ホント、生足飛行がツラい季節になりましたよ~」

ここは『黒猫魔女の宅Q便』日本支社の一つ、歌舞伎町営業所だ。
所長の『黒猫』と、『魔女』の2人だけで、この『夜の街』を担当している。

某映画では、黒猫の飼主が魔女だったような気もするが、ウチは黒猫が雇主。
立場が逆転してませんか~?と、一度ジャブを放ってみたんだけど、
「はぁ?猫っつーのは、謹んで『飼わせて頂く』もんだろ。」と、
不変の定理『御猫様と飼主の関係』で、アッサリ躱されてしまった。


「そんなお前さんのために、コレを支給してやろう。」
「これは…タイツ?ストッキング??」

所長がくれた生足保護装備には、『あったか』『キレイ』『60』の文字…
おそらくその性能を示す謳い文句なんだろうけど、いまいちよくわからない。
っていうか、買ったことも履いたことない…当然ながら。

「この『60』って数字が、『あったかさ』を表す数値ですか?」
「あぁ。単位は『デニール』…タイツを編んでいる糸の重さらしいぜ。」

9000mあたりの糸の重さが基準となっているそうで、
1g/9000mが『1デニール』…数値が大きくなる程、生地が厚くなる。

「生足に近いのがストッキングで、オシャレでカラフルなのが…タイツ?」
「ちょっと違う…30デニール以下のタイツを、ストッキングと呼ぶらしい。」


日本には「女性はスカート。タイツはオフィシャルには合わない。」っていう、
不合理な神話がまかり通ってる…OLの制服を決めたのは、オッサンだろうな。
そこで、より生足っぽくてより温かいものを…と、研究が続けられているんだ。
『透け感』と『保温性』のバランスを、社風と世間の風から見極め、脚を守る…
それを数値化したものが、この『デニール』という単位ってことだな。

「『60』は、脚全体がほんのり透けてシルエットが綺麗でありながら、
   対生足時に比べ保温率約13%UP…ここがギリギリだろうって話だ。」

本当は、重量制限いっぱいまで着こませてやりてぇんだが…
従業員の健康よりも、対外的なイメージの方が大事らしいからな。
「『宅配業者の魔女』が極厚タイツを履いてるなんて…夢を壊された!」って、
冗談抜きでクレーム入れてくる奴がいるから…困ったもんだぜ。


「世間のイメージって…ホントにいい加減ですし、いい迷惑ですよね~
  『魔女』は男ってだけで、犯罪者扱いですからね。」
「俺も…『吸血鬼』ってだけで、いつも夜勤シフトばっかりだしな。
   フツーに朝型だし、『吸血歯』の長さだって、個人差がかなりあるしな。」

遺伝的に、狭い所が落ち着く…酸素カプセルみたいなのに入って寝てんだが、
「棺桶開けたら『ジャージでうつ伏せ寝』かよ!」って激怒されちまったし、
ちょっとした八重歯程度の吸血歯も、何かショボいとか…余計なお世話だよな。

燕尾服とマントのクリーニング代にしても、かなり手痛い出費だし、
白のワイシャツなんて、血ぃ吸う時にポタリと零したら…即着替えだぞ。
ま、俺らがそんな格好してウロついてても、誰も気に留めねぇってのが、
新宿歌舞伎町のありがたいトコ…実に生きやすい場所なんだよな~

「あ~ぁ…たまにはニンニクたっぷりの担々麺が食いてぇよ。」
「俺も、箒なんかじゃなくて…海亀とか筋斗雲に乗りたいですね~」

それか、時期的にせめてトナカイとかそりに…って、そうだった!!


「あの、シフトの件なんですけど…明日から2週間、減らして貰えます?」
「馬鹿言うな。12月に入って、この業界は地獄の超繁忙期…休みナシだぞ。」

当社のメイン業務は、医療系物品急配…特に輸血用血液を迅速に届けることだ。
師走は交通事故も多発するし、寒さでの急病人も激増するため、
方々の救急病院から、ひっきりなしに依頼が舞い込んでくるのだ。

その合間に、歌舞伎町ならではの『健康器具』等の配達も行わねばならず、
御歳暮にクリスマスプレゼント、年末年始の御挨拶も重なってしまう…
冗談抜きで『人外レベル』の生命力がないと、とてもこなせない物量なのだ。

「この状況をわかってるお前が、それでもなお、そんなことを言い出すなんて…
   何か特別な事情があるんだろ?俺には隠し事せず、正直に言ってみろ。」

『ウエ』には…本社には黙っといてやるし、俺が力になってやるから…な?と、
所長は心の底から俺を心配し、助力を申し出てくれた。

きっとこの人なら、そう言ってくれるはず…計算通り、いや、有り難い話だ。
ホント、所長ってば人がイイんだから…妙なのに騙されないか、こっちが心配。
という内心をコーヒーと共に飲み込み、俺は『特別な事情』を説明した。

「実は、クソ面倒なお客さんに捕まっちゃいまして…」



「…というわけで、口達者な屁理屈警察官のとこで、今日から2週間…です。」
「成程な…それはまた、とんでもねぇド変態に目ぇ付けられちまったな。」

確かに『僕の世話をしろ』と言っただけで、それが家政婦だとは言ってない…
当然『脱げ』から繋がるお世話…『シモの世話』の可能性もあったわけだ。

「とりあえず、吸血鬼に襲われた生娘の如く、キャ~!!って叫んでぶん殴り…
   『勤め先とシフト相談して来ます。』というメモを置いて来ました。」

『必ず戻る』という意思表示として、赤いリボンもそこに添えて…
そんなこんなで、貞操と秘密バレの危機は、一時的に回避したとこです。

「さすがは俺の部下…ナイス判断だ。」
「ありがとうございます♪でも…どうしたもんでしょう?」


所長は「そうだな…」と、暫し沈黙…そして、ニヤリとステキな笑顔を見せた。
「そのド変態の所へ俺も一緒に行って、直接交渉しよう。」

アチラさんも相当小賢しいみてぇだが、コッチは『口』で勝負してる本職だ。
それに、手持ちのカードとしては、むしろ俺達の方が圧倒的に有利だからな。
よし、そうと決まれば…すぐに着替えて行くぞ。
お前は制服+白の割烹着+三角布+清楚な『160』デニールの黒タイツ着用だ。


「箒は二人乗り厳禁だから…俺はチャリで向かう。現地で落ち合おう。」
「所長…ベンツとは言いませんから、せめてタクシーでお願いします。」

ビシっと正装した吸血鬼が、真っ赤なママチャリとか…あんまりです。
そこはほらっ、イメージ重視の方向で…あ、『付け八重歯』も忘れずに!


「念のため…ゴム手袋とかも、持って行った方がいいですかね?」
「それなら、警官の『コルト○イソン』暴発対策に、ゴム製品も…痛っ!!」

真顔で『シモの世話』を焼く所長…マントの裾を思いっきり踏ん付けてから、
俺はベランダの窓を開け、歌舞伎町の空へと再び舞い上がった。


「俺、もう…『生足生活』には戻れないかも♪」




- ③へGO! -




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2017/12/07    (2017/12/01分 MEMO小咄より移設)

 

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