自己申告







「山口、大変だ。どうやら世間では…『強敵(とも)チョコ』がブームらしい。」
「何それ?俺は聞いたことないよ。」


もうすぐバレンタイン。
モテモテなツッキーにとっては、一年で唯一『お腹痛いから学校休む』と、
わかりやすい仮病を告白し、それが叶わない日でもある。

俺も例年通り、ツッキーを無事に帰宅させるべく、『逃走ルート』の事前調査、
折畳み型スポーツバッグ購入に、受け取ったチョコと贈り主の一覧表作成…
当日の行動計画を立てるのに、ここ数日は『頭が痛い』毎日だ。
そして、本番当日の俺は、チョコも口にできないぐらい、本気で胃が痛い。。。


「聞いてる?強敵チョコだって。」
「義理だの友だの自己だの…また増えたの?勘弁してよね~」
あぁ…一覧表の『チョコの種類』に、その『強敵』とやらを追加しなきゃ…
まあ、ツッキー宛のチョコの85%が、『本命』欄に『○』が付くから、
頂くチョコの増加にはあまり影響はないと…いいんだけど。

「『最近、男子中高生の間で、強敵チョコの交換がブーム』…某新聞記事より。」
スポーツや勉強でライバル関係にある男子が、お互いを認める気持ちを伝え合う…
主に部活動などを通じて、ブームが拡大している、とのことだ。
もしそうならば…やっぱり、一覧表を作り直すしかなさそうだ。
受付番号、名前、所属…チョコの種類は、『本命』『義理』に『強敵』…
あとは、『その他』と、備考欄も設けておこうかな。


…と、その前に。
俺は少々気になることをツッキーに尋ねた。
「ねぇツッキー…『某』って新聞はないよね?」

脚注や引用元…『情報ソース』の確認にうるさいツッキーが、『某』だなんて。
しかも、大嫌いなバレンタイン絡みのネタ…情報元は精査したはずだ。

作業の手を止めず、チラリとツッキーに視線を送ると…目を逸らした。
なるほどね。その『某』は、ツッキーが心から愛する新聞…
現実的にありそうだけど『虚構』の記事を掲載…つまり、『大嘘』だ。

だが、『虚構』と侮るなかれ。
本当に『ありそうでない』ギリギリのラインを、風刺たっぷりに表現するため、
これを『本当だ』と信じて情報拡散…という事態が、割と頻発している。

今回の『強敵チョコ』も、恐らくはその例の一つであったが、
ネット上できちんとソースを確認しないまま、様々な記事に引用され、
更には二次創作等で(大歓迎をもって)受け入れられ…
冗談抜きで『嘘から出たまこと』になるかもしれないのだ。


どんなカタチであれ、尊敬する人やお世話になっている人に対し、
感謝の気持ちを表すのは、とても大事なことだと思う。
シャイな日本人にとっては、非常にありがたいイベントになり得るし、
特にツッキーのような『素直になれない』タイプには、持ってこいだ。

「それなら…」
まずは、烏野排球部の関係者。これは『大袋』で対応すれば良いだろう。
(マネージャーさん達には、別途ホワイトデーでお返しする。)
そして、明光君の社会人チーム…こちらも、『大袋』コースかな。
あとは、ツッキーが個人的に超~~~お世話になっている、他校の方々…

「黒尾さんと木兎さん、赤葦さん辺りには、贈った方がいいかもね。」
もう日数が少ないから、あとですぐ買いに行こうか。
そのままコンビニから東京へ発送するとして…
ツッキー、皆さんの住所…知ってたら教えて。知らないなら、今すぐ聞いて。

ここにメモって…と、紙とペンをツッキーの方へ差し出したら、
音がするほど「ぷいっ!」とそっぽを向き、受取拒否の姿勢を見せた。


「嫌だね。何で僕が山口のために…」
「何言ってんの。ツッキーがお世話になってる人達じゃない。」
「『俺のツッキーがお世話に…』って?それじゃあまるで、僕の、お、お…」
「まるでツッキーの『親』みたい、とか…恥ずかしいからやめてよね。」

いくら照れ臭いからって、親が贈るなんて…冗談も休み休み言ってよね。
ちゃんと本人から…『月島蛍』名義で贈るに決まってるでしょ。
こんな機会でもないと、ツッキーはお礼言えないんだから…ほら、書いて!

「違っ!親じゃなくて、お、お…おく、」
「幼馴染?まぁそれなら、ギリギリ…アウトに決まってるでしょ。」

ここまで準備とか逃走とか返礼とか、俺が毎年毎年『お世話』してるだけでも、
かなり異常な状態なんだからね?そろそろ自分でちゃんとやってよね。
むしろ、『山口忠様、毎年超~お世話になってます!!』って、
ツッキーが俺に、高級チョコ詰合せ…くれたっていいぐらいじゃない?

「えっ!?ややや、山口はっ、僕からの、チョコが…」
「僕からのチョコ…?あっ!!すっかり忘れてたよっ!!」

ツッキーが木兎さん達に贈るなら、俺だって…嶋田さんに贈らなきゃね!
あとは明光君と…烏野排球部関係者には、俺とツッキーの連名でもいいかな?


…よし、一覧表はこれでOK。
当日は、頂いたチョコに一覧表と同じ番号を書いて…マジックも必要だ。
黒とか茶の包装紙も多いから、白いシールも用意しといた方が便利かも。
あ、ツッキー、今プリンタから出てきた一覧表…取って貰える?

…返事がない。何やら、完全にヘソを曲げてしまったらしい。
全くもう…手が掛かるんだから。

「ツッキー。俺は今、誰かさんのために、超忙しいんだけど。」
「そうらしいね。早く…自分が贈るチョコでも何でも、買いに行けば?」

「『遠回し』の物言いにつき合ってあげる程…ヒマじゃないの。」
『某』新聞のネタを持ち出してまで、『強敵チョコ』の話をする理由…
はっきりズバっ!!と言ってくれないと、今の俺には伝わらないから。

「あ、あの…それは、その…つまり、だね…」
こんな恥かしいこと、僕に言えるわけないでしょ…
もじもじと俯き、ツッキーはクルリとこちらに背を向けてしまった。


「みんながツッキーに、どれだけ勇気を振り絞ってくれてるか…わかった?」
「っ…!!?」

誰だって、チョコを贈ったり、気持ちを伝えるのは…勇気がいるんだよ。
ツッキーにとっては、たくさんの内の一つ…『一覧表の一列』だとしても、
贈ってくれた人にとっては、勇気の塊…『唯一のチョコ』かもしれないんだ。

「今年はちゃんと…大切に受け取ってあげてね?」
「…わかった。」

しおらしく返事をしたツッキー。
よかった…これなら、みんなの努力も、勇気も…報われる。


「ねぇツッキー…プリンタの一覧表、取って欲しいな。」
「あぁ…」

素直に従い、本棚の上のプリンタへ手を伸ばす。
未だに俺の方を見ないまま、そっと差し出してくれた。
俺はそれを受け取らず…もう一度ツッキーに突き返した。

「一覧表の、一番上…『1番さん』の『種類』に、『○』付けて。」
「1番?種類に『○』??…あっ!!?」

ガタン、と椅子を倒しながら、驚くツッキー。
何もそこまで動揺しなくても…こっちはもっと、恥かしいんだから。

シャットダウンした真っ黒なパソコン画面から、顔を上げられない俺…
ツッキーもやっぱり下を向いたまま、こちらにそっと一覧表を滑らせた。


「1番の、『山口忠さん』は…コレで、お願い…します。」
あと、僕も『1番さん』に、チョコをお贈りしたいんだけど…
山口の作業が終わり次第、一緒に買い物…行ってもらえる、かな?


震える声を隠すように、バタンとノートパソコンを閉じ、
俺はツッキーに背を向けて立ち上がり、コートを羽織った。

「そのチョコの…『種類』による、かな。」




- 完 -





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※一月後の二人 →『白日之夢


2017/02/12

 

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