早春之芽






「すみません、ちょっとだけ…いいですか?」


何気ない日常を、写真と共にUPする。
これといった主義主張や、愚痴惚気もなく、ただ淡々と呟くだけ。
SNSへの投稿は、親元を離れて関西の強豪校へバレー留学した俺の、
暇つぶしがてらの日記もどき…中毒というほどではないはず、だ。多分。

勿論、俺にだって自尊心はある。
何気なく呟いたことでも、どこかの誰かから『いいね』を貰えると、素直に嬉しい。
承認欲求を満たされたい?それも、ある。
でも、SNSではそれが本質的には不可能であることは、投稿しはじめてすぐに痛感した。

コッソリ頑張ったこととか、多少は練ったネタとか、渾身(奇跡)の一枚なんかよりも、
ただその辺で騒ぐ双子を撮っただけの方が、閲覧数もウケも抜群に良い…世の中、そんなもんだ。

   (俺なんて…そんなもんだ。)

狭いSNS界隈では、本当の意味で俺自身が認められてることなんて、ないだろう。
誰かの欲をちょっとだけ満たせた時に、ポチッと『いいね』を押してもらえる程度のこと。
たとえ良くたって、指先ひとつの動作だけ。大抵はワンタッチの価値すらない扱いが、普通。
そう割り切ってしまわないと、ドツボにハマる…だから、努めて『淡々』を貫いている。

   (ありのままを、あるがままに。)

SNSを、自分や誰かの欲のためには、使わない。
身の回りの些細なことに気付く『きっかけ』として、投稿というプロセスを利用するのだ。

   一片の白もない青空…碧羅の天。
   その青の下で揺れる…白亜の花。

空や雲、樹々や花々の移ろい。
それらの美しさに気付くと同時に、自分が『そういうの』に目が止まるタイプだと知った。
SNSをやってなかったら、自分のそんな意外な一面にも気付かないままだっただろう。
その点では、SNSを使ってみて良かったんじゃないかなぁと、本心から思っている。
身の回りには、小さくて目立たなくても、美しくて大きなものが、たくさんあるのだ。

   (空も花も、自分も…結構好き、かも。)


ここ最近、密かに楽しみにしているのは、学校近くの三叉路にある、小さな花壇。
大きな家の、コンクリートの高い壁の角。やや放置気味の一角に毎年、鈴蘭水仙の花が咲く。
2週間前に爪先ほどの芽が出始め、1週間前には手指ぐらいまで伸びていた。
週に一度、その花壇を観察して撮影…さて、今週はどのくらい伸びただろうか?

「すみません、ちょっとだけ…いいですか?」

夕刻、部活の買い出し帰り。
1ブロック手前で、おつかい係として一緒に歩いていた北さんに、寄り道を願い出た。


「何や、買い忘れか?」
「いえ、あの角を…花壇を見たくて。」

「花壇?倫太郎、花…好きやったんか。」
「それほどじゃないですし…多分、花どころか蕾もまだだと思います。」

俺の言葉に、北さんは特に何のリアクションもなく、スタスタ…
あそこのお宅の花壇やろ?と、足早に三叉路へ向かい始めた。

「あ、ちょっと…っ!」

自分から頼んでおきながら、先に目的地へ向かう北さんに、少し焦ってしまった。
花は咲いてないけれど、その花壇には2週間前から…コーヒーの空き缶が捨ててあるのだ。

   (もし、北さんが大の花好きだったら…)

心無い誰かの残骸に、北さんは気分を害すかも?もしかしたら怒るかも?

   (悲しんでしまう、かも…っ!)

その可能性に気付くのが、遅すぎた。
俺が何か(言い訳?フォロー?)を言う前に、北さんはあっという間に花壇へ着いてしまった。
そして、一度も立ち止まらず花壇から空き缶を拾い上げると、そのまま角の先の駐車場へ…
自動販売機の脇にあったゴミ箱に缶を捨て、何事も無かったかのように花壇へ戻って来た。

「あと2週間ぐらいやな。」
「えっ!?な、何が…」

「何がって、花が咲くまでや。」
「あ…そう、です…ね。」

「写真、撮らんのか?」
「っ!と、撮ります…」

俺の買い物袋を持ち、花壇の前を開けて。
北さんは俺が写真を撮り終わるのを、静かに待っていてくれた。


   (……っ)

2週間前から、俺は空き缶に気付いていた。
他人の家の花壇にゴミを捨てるなんて、酷い奴もいるもんだと、怒り半分呆れ半分…
缶が写らないように気を付けながら撮影し、まだ残ってたと顔を顰めつつ先週も撮った。
自分の家じゃない花壇のゴミを拾い、わざわざ捨てに行くだなんて、1ミリも考えなかった。

でも北さんは、一瞬でも何かを考えた様子も全くなく、ごくごく自然にそれを実行し、
不自然なくらいゆっくりと写真を撮る俺を、ただただ黙って待っててくれたのだ。

   (この人、凄い…大きいっ!!!)


「花が咲いた写真…今度、見せてな?」
「は、はい…っ!」

日常の、ほんの些細な出来事。
それが大きな何かを気付かせてくれたり、心を動かされることがある。
映えるように盛ったり、偉ぶったり、善い人ぶったりしない…
淡々としているからこそ、余計に大きく揺さぶられてしまうのだろう。

   (自然さが…めちゃくちゃかっこいい!)

この『ちょっといい話』をSNSにUPしたら、誰かが『いいね』を押してくれるかもしれない。
自分の受けた大きな感動を、誰かに伝えたい気持ちも、ちょっとだけあることも間違いない。
でも、それ以上に…

「北さんにだけ、お見せしますね。」


…楽しみに、しとるで。

北さんはそう微笑むと、俺の買い物袋を持ったまま、学校へ歩き出した。

いつの日か、必ず。
たくさんの『知らない誰か』じゃなくて、すぐ近くに居るこの大きな人に。
「倫太郎、凄いな。」と、心から認めて貰えるように…


「俺も、花…開かないと。」



- 終 -




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2023/02/26   

 

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