威恩並行








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「いらっ…あっ、お疲れ様です。」
「おぅ、そっちも…お疲れさん。」


大学院への進学も決まり、そこそこ暇を持て余した俺は、
自宅最寄り(真下)のコンビニで、週末の深夜だけバイトを始めた。

この時間帯に人手が足りてないのは、大家兼店長が随分前から嘆いていたから、
来春までで良ければ…と、お弁当を温めて貰っている間に立ち話をし、即採用。
駅からも新興住宅地からも離れた、のんびりした住宅街という場所柄か、
深夜には人影も来客も疎らで、特に困る事もなく仕事も常連さんもすぐ覚えた。


俺自身、元々(今も)ここの常連で、ちょっとした顔見知り?もいて、
ここでバイト始めたんだね〜と、気軽に話し掛けてくれるご近所さんもいた。

だが一番驚いたのは、全く知らない常連さんが多いことの方だった。
生活スタイルが違うと、曜日や時間帯でここまで客層が違うのか…と、
暇潰しがてらの人間観察から、生態系?の複層構造を目の当たりにした次第だ。


そんな『見知らぬ常連さん』の中に、俺が会うのを楽しみにしている人がいる。
店長や先輩達から『わおんさん』と呼ばれている、寝癖が特徴的な長身男性だ。

三日間のシフト開始時…金曜夜10時頃に来て、しこたま食糧等を買い込み、
次は三日目のシフト終了間際、月曜早朝5時15〜45分の間に半死状態で訪れ、
まずは栄養ドリンクを、店を出てすぐグイっと傾け…(片手は腰、両脚は肩幅)、
その場で簡易版ラジオ体操?をしてから帰る、赤ジャージの体育会系。

どうやら、週末修羅場→週明け納品という、謎の生活スタイルらしいのだが、
前に一度、余程の地獄を味わったのだろうか、店を出た直後にフラフラ…
ぶっ倒れたのを俺が助けて以来、他愛ない言葉を掛け合う仲になっていた。


「今週末も、お互い頑張ろうな。」
「あと15分…今週もお疲れさん!」

週のシフト始めとシフト終わりに、レジ越しに掛けてくれる何気ない一言が、
どれだけ俺の緊張を解し、溜まった疲れを癒してくれているか…
きっと、『わおんさん』は知らないだろう。

でも、自分が全店員から『わおんさん』と密かに呼ばれている理由については、
『わおんさん』ご本人も薄々…いや、はっきりと気付いているはずだ。



「756円になります。お支払いは…?」
「あー、えーと…じゃあ、コレでっ。」

気まずそうに視線を逸らせながら、ポケットから1000円札を取り出し、
ススス…と、レジカウンターの隅っこにそっと滑らせた。
俺はそれには見向きもせず、淡々と同じ質問を繰り返した。

「………お支払いは??」
「………ナナコさんで。」

大変申し訳ございません。当店はナナコさんもスイカペンギンさんも、
野口さん樋口さん福沢さんも、各種クレジットカードもご利用頂けません。
唯一お受けできますのは、赤い首輪をした白いワンコの、水色カード…

「お支払いは…どちらになさいます?」


期待を込めた目で、じっと見つめる。
すると、わかったよ…と店内をキョロキョロし、他の客がいないことを確認後、
ちょっぴり頬を染めながら、ごくごく小さい声で支払い方法を伝えた。

わおーん、で…」
「…はい?」

ワゥオ〜ンで、お願いします!」
「はい、かしこまりました〜♪♪♪」


『わおんさん』は、半ばヤケクソ気味に大きな声で白いワンコの声真似…
カードをリーダーにタッチすると、同じ遠吠えが軽やかに聞こえてきた。

支払い方法を遠吠え(声真似)で指定する常連…それが、『わおんさん』だ。
見た目に全然そぐわない可愛らしさに、全店員がホッコリ♪し…
ほんのちょっとしたお茶目が、俺にとって最大の『癒し』になっているのだ。


「これを聞いておかないと、今週のシフトは…終われませんからね。
   毎週の『ご褒美』を…どうもありがとうございます♪」
「俺にしてみりゃ、ほとんど『お仕置き』…結構な羞恥プレイだぞ。
   ま、店員さんが喜んでくれたなら…良しとするかな。」

照れ臭そうに微笑みながら、それじゃあまた週末…と、ビニールを受取る。
そのはにかんだ表情に、俺は胸に込み上げてきた何かに突き動かされ…
手渡したはずの袋を握り締めたまま、思わず『わおんさん』を引き留めていた。

「いつも『お仕置き』ばかりでは申し訳ないですから、
   もももしっ、お時間宜しければっ、この後、俺と、一緒に…っ」


しどろもどろになりながらも、勇気を振り絞って声を掛ける。
俺が全部言い切る前に、よく聞こえなかったから確認するが…と、
『わおんさん』は片耳に手を添えて、大きな声でこちらに訊き返してきた。

「それは『わおんさん』への『朝のお散歩』の誘いか?
   それとも、『黒尾さん』への『おデート』の誘い…どっちだ?」

できれば俺も、修羅場明けの『ご褒美』が欲しいんだが、
『ワゥオ〜ン』が使える牛丼屋さんで、一緒に朝の焼鮭定食なんて…どうだ?


「あと15分、表で体操しながら待ってて下さい…『黒尾さん』。」

レジで『おデート』のお誘いという、羞恥プレイ(お仕置き)を達成した俺は、
『赤葦』と書かれた胸元の名札を指差しながら、朝日に染まる顔でペコリ…
「ありがとうございます(よろしくお願いします)」と、笑顔でお見送りした。




- 終 -




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2018/07/04
(2018/07/02分 MEMO小咄)
(2018/06/10分 Twitter投稿)

 

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