月待山鏡







「いやぁ~、ホンット~に、鏡も恥じらうほどのイケメンだよね~♪」
「何、その意味不明な表現…っていうか山口、ちっ、近すぎだよっ!」


俺達の新居こと、第59月島ビルの2階と3階は、現在リフォーム真っ只中。
元々、ツッキーと赤葦さんの自宅があった2階は、ブチ抜いて黒尾赤葦宅へ、
デリヘルの待機所跡地になっていた3階を、俺達用に改装してもらっている。

つまり、四人共が『寝るに寝られない』状態。
最初の数日は、4階に移転した黒猫魔女の事務所に雑魚寝…即断念。
吸血鬼王子&歌舞伎町女王なんていう、夜の街最強カップルと一緒に寝たら、
(実は意外とピュアピュアな)ツッキーの情操教育上、大変宜しくないじゃん?
だから、「可愛いツッキーが赤葦さんみたいになっちゃ、ヤだよ…ね?」と、
ツッキーパパに懇願…プレゼンして、近場の宿泊施設を2部屋取って貰った。

そんなわけで、俺達はウキウキのラブホ生活を大絶賛満喫中~♪
ココの居心地の良さ…あと38年ぐらい居てもいい!ってぐらいの快適さ。
二人で手足を思いっきり伸ばせるサイズの、ふっかふかなキングサイズベッド。
泳げそうなお風呂には、何とジャグジーが付いてるし(勿論TVもあるよ~)、
二人掛ソファの他に、何と何と!電動マッサージチェアまであるんだよ!!

「飛行系肉体労働の魔女に優しい部屋だよね~♪ツッキーより断然巧いし。」
「それなら、引越祝として…ソレを父さんにオネダリしてみる?」

「それは…ダーメ。ツッキーが俺のマッサージをサボる口実になるじゃんか。」
「専用チェアよりも、上司様は下手クソな下僕のマッサージの方が…ふ~ん?」

「しっ、下積君のクセに…生意気!」
「はいはい、わかりました。では、コチラにオミアシを…どうぞ。」


…とまぁ、こんなカンジで、俺も日夜、可愛い部下の教育等に励んでいるとこ。
そんなデキる上司の俺が、何よりも気に入っているモノが…鏡だ。

「鏡よ鏡よ、鏡さん~♪」
「山口がソレ言ったら、シャレにならない…返事がありそうで怖いんだけど。」

この部屋の風呂・トイレ・洗面には、やたら横方向に長い鏡がついているけど、
俺のお気に入りは、クローゼットの扉まるごと全部が鏡の、縦方向に長いもの…
180cm超のツッキーや俺でも、足の先から頭のてっぺんまでバーン!と映る。

「全身が映る鏡があると、衣装のチェックがしやすくて、助かるよね~♪」
「全身を映すだけなら、こんなに大きなサイズはいらないよ。」

鏡は、光の反射を利用して、像(モノの姿)を映す器具。
光の入射角と反射角は同じだから、足の先の像を目でキャッチするためには、
足の先と目の高さの真ん中に、鏡があればいいってことになるよね?
目から頭のてっぺんまでも、その理屈は全く同じだから、双方を鑑みると、
『足の先~目』『目~頭の先』の半分の高さを、それぞれ足したもの…
つまり、『身長の半分』の高さの鏡があれば、全身を見ることができるんだよ。

「ふ~ん、物理的にはそうなんだろうけど…情緒がないから、その案は却下。」
「きゃ、却下っ!?いやいや、上司の采配ってレベルの話じゃないから!」


そんな他愛ないお喋りをしながら、二人並んで鏡の前に立ち、身支度をする。
縦には長い鏡だけど、学校のスチール掃除用具入れぐらいの横幅しかないから、
『並んで立つ』には、ちょっと狭い…わざと肘をぶつけたりしてみたり♪

「いやぁ~、ホンット~に、鏡も恥じらうほどのイケメンだよね~♪」
「何、その意味不明な表現…っていうか山口、ちっ、近すぎだよっ!」

鏡越しに目映いイケメンぶりを誉めそやし、ピトっ♪と密着すると、
頬を真っ赤に染め…それを必死に隠そうと、屁理屈を捏ねたり悪態をついたり。
そんな可愛いツッキーを、まるっと観察できるとこが、お気に入りの理由だ。


「こんなイケメンとイチャイチャ…鏡の中の魔女に、嫉妬しちゃいそうだよ~」
「それも、全く以って意味不明な…あ、そういう落語が、確かあったよね?」

鏡を知らない田舎の若者にまつわる、感動の親孝行ストーリー…と見せかけて、
かなり笑えるオチのついた、俺も結構好きな『松山鏡』という古典落語だ。
大正時代に活躍した、八代目桂文楽師匠なんかが、本当に上手だったよね~
イマドキのヤングにしては、ツッキーもなかなかイケるクチじゃん♪

「ほらほら見て!鏡の中の魔女が、イケメンにナニかを御所望っぽいよ?
   松山鏡ならぬ、(ツッキー)待つ山(口)鏡…『月待山鏡』とか、どうかな?」
「大正時代のオヤジギャグを、どうかな?って聞くだとか…パワハラだよ。
   でも、『月の鏡』なら実在するよ。勿論、『僕所有の鏡』じゃないからね。」

『イケメンにじっと見つめて貰えるなんて、ツッキーの鏡は羨ましい~!!』
…っていうボケぐらい、言わせてくれたっていいじゃん。ホント、可愛くない。
先にツッコミたがるのは、ツッキーの悪いクセ。文字通り『突っきー』だよね。
(これは昭和のオヤジギャグだという自覚があるから…口には出さないけど。)

でも、『月の鏡』か…
おぼろげなイメージとしては、目の前の長方形な鏡じゃなくて、まんまるかな?

「月、キレイ、光を反射する、鏡、まんまる…もしかして、『満月』の別名?」

頭に浮かんだイメージを、真っ直ぐにまあるく繋いでみたら、月に戻ってきた。
その答えが『まんまる』だと…鏡の中のツッキーが両手と笑顔で教えてくれた。

   (ホントに、キレイな…月。)

大正解した俺に、御褒美は?
鏡の中の魔女が、唇を尖らせて瞳をゆっくりと閉じ、お月様に催促すると、
ツッキーは俺の真後ろに回り、鏡の中に閉じ込めるように両腕を前へ伸ばした。


「御褒美として…赤葦さんから貰った、ステキな写真を見せてあげるよ。」
「えっ!?どれどれ?見せてっ!!」

赤葦さんのステキ写真だなんて、気になってしょうがない!と、俺は口にする。
でも、鏡の中の魔女は、ほっぺをまんまるに膨らませ、ストレートな不満顔…
それを後ろのツッキーに気付かれないうちに、への字口を三日月型に変えた。

   (ホントに、可愛くないんだから…)

鏡に向けて、自戒を込めてそっとため息を吐く。
気分を切り替えて、ツッキーの次なる動きを待つ。


「この写真…何だかわかる?」



(クリックで拡大)


後ろから伸びてきた手。その中のスマホに写っていたのは、大きな…鏡?
今、俺達の目の前にあるものと、よく似ている…あぁ、なるほど。

「これ、黒尾さんと赤葦さんが泊まってる部屋の…クローゼットじゃない?」

スポっと被るだけの魔女衣装に比べて、黒服&バーテンは装備品が多い。
だから、アッチはコッチよりも、大きめのクローゼットがある部屋を選んだ…
両開きの扉の両方に鏡が付いてるから、二人並んでも悠々と身繕いできそうだ。

「真ん中の、まんまる…『月の鏡』みたいなのは、拡大鏡かな?
   目の高さにコレがあると、メイクとかピアスとか、細かい作業に便利だね~」

自信満々に答えた俺に、ツッキーは「正解は…三日月分ぐらい?」と笑った。
そして、取っ手の部分を指差しながら、ココ…おかしいよね?と耳元で囁いた。


「両開きタイプのクローゼットとか扉とか…取っ手はどこについてるべき?」
「えーっと、真ん中から手前に引いて、両外側に向けて開くんだから…
   あっ!取っ手の位置は、真ん中寄りにないと、上手く開けられないよっ!」

だけど写真の取っ手は、その逆…扉の真ん中よりも、かなり外側についている。
これだと開き辛いし…よく見ると『月の鏡』の真ん中にも切れ目がないから、
右開け&左開けの細身クローゼットが、2つ並んでいるわけでもなさそうだ。
(そもそも、そんな構造だと、収納として使い勝手が悪すぎる。)

「これ、クローゼットじゃ…ない?」
「『月の鏡』=拡大鏡が、正解の三日月分。同じまんまるが…ほら、そこに。」

それは俺も、ずっと気になっていた。何故か『月の鏡』が、足元にも…?
拡大鏡ってことは、凹面になっているはず…滑りやすくて、危ないじゃんか。
あと、正面の『月の鏡』の位置も、顔よりも少し低いから、上体を傾げなきゃ…

「真ん中を踏むのを避けてしまう、足元の月。やや低い位置にある、正面の月。
   そして、腕を大きく広げないと掴めない、左右の丈夫な…『手すり』だよ。」

   山口も、同じポーズを取ってみて?
   答えは…鏡を見れば、わかるから。


言われるがままに、頭の中に写真の像を思い浮かべて…両脚を少し広げて立つ。
両手で両端の手すりを握り締め、正面の月に顔が映るよう、上体を屈めてみる。
俺の真後ろに立っていたツッキーは、そのままのポジションを保って、密着…

「…あっ!!?」

みるみるうちに、正面に映った顔が、真っ赤に染まっていく。
これがもし『月の鏡』だったら…僅かな変化も、くっきりはっきり見えるはず。
そして、足元の『月の鏡』には、大きく開いた自分の脚と、密着する後ろの…
密着したり離れたりする部分が、バーン!と見えちゃう…ってこと、だよね。

   (正解は、そのまんま…鏡っ!)

「『鏡を以って、吾(われ)を知る』…自分のエロさを、ようやく実感しました。
   …と、さすがの赤葦さんも、これは認めざるを得なかったみたいだよ。」
「鏡は嘘をつかない…鏡に映った黒尾さんの嬉しそうな顔が、目に浮かぶね。」

   (仲良しさんで…よろしいことでっ!)


つーかさ、部下にそんなコメント付で、こんな写真を送ってくるなんて…
『レッドムーン』さんは、一体どういうキョウイク(今日イく?)してるんだか!
…と、ツッコミを入れようとしたら、またしても『突っきー』に先を越された。

「アッチの鏡は、イチャイチャを映しまくってて…正直、羨ましいよね。」

『人を以って鏡と為す』…心から敬愛してやまない上司達を『鏡』として、
コッチの鏡も見習って、『月待山鏡』をまあるく満たすのは…どうかな?

「最愛の上司様…御判断を。」

『どうかな?』…だって?よく言うよ。
もし却下したら、不正解の『オシオキ』する気満々な顔…バッチリ映ってるよ!
いつの間にか宙に広げた俺の手を捕まえて、鏡に…上から手を重ね留めてるし、
傾いだ俺に覆い被さりながら、器用に唇で赤リボンを解いちゃってるし。
その狡猾さとエロさ、無駄に堂々とした大器さ…どこの上司を鏡としたんだか。

   (デキ過ぎる部下…ホント参るね。)

目の前に映る、ステキなポーズで待機する魔女と、その魔女を待つ下僕。
俺はギュっと瞳を閉じて、ひたすらイチャイチャしまくる二人から目を逸らし、
『鏡よ、鏡よ、月の鏡さん…』と、真後ろに向かって呪文を唱えた。



「その案…まるっと採用っ!」





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※リクエスト『今夜のオカズ(お夜食)の月山』分



2019/07/04    (2019/06/29分 MEMO小咄より移設)

 

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