月の終わり。
ツッキーの部屋のゴミ箱には、封筒が一つ捨てられる。
A4用紙が入る角2の茶封筒で、ゴツめなのも入れられるように、しっかりしたマチがあって、
なおかつ、中身が出てこないように、丸いボタンにぐるぐる…『ハトメ紐』が付いている。
さらに、できるだけ小さく封筒を畳んだ上で、ガムテープでしっかり封をし…捨ててある。
その厳重な封印が施された茶封筒の中には、たくさんの封筒が入っている。
半分ぐらいは俺がツッキーに配達したもので、残りは俺が知らない間に置かれていたもの…
要するに、この一月の間にツッキーが頂いたラブレターが、固く封じ込められているのだ。
(ホントにモテモテで、羨ましい…けど。)
今やほとんどの連絡は、オンライン上で一言だけとか、スタンプのやりとり。
日常生活では、電話どころかメールも皆無…直筆の手紙なんて、年賀状ですら絶滅危惧種だ。
そんな時代だからこそ、自筆で想いを綴った手紙が心を動かす力は、逆に増していると思う。
ツッキー宛の手紙を預かるだけで、差出人の勇気と重みに心が震え、目頭が熱くなってくる。
この手紙に込められた想いが、ツッキーの心に届くかどうか、俺にはわからないけれど、
せめて『ツッキーを想う心がここにある』ことだけは、どうしても伝えてあげたくて、
ツッキーがどんなに嫌な顔をしても、俺は必ず手紙を預かり、託された想いを手渡している。
(あなたの想いが、届きますように…っ)
勿論、自分の想いが『届く』ことと、恋の願いが『叶う』ことは、全くの別問題だ。
どんなに強く想っていても、それは一方的なもの…相手の想いと一致するかはわからないし、
相手の人だって、一方的に誰かを想ってるかもしれないのが、当たり前のことだと思う。
それは俺にも、十分わかっている。
わかっては、いるんだけど…
初めて『ゴミ箱の茶封筒』のことを知った時、俺はツッキーをぶん殴ってやろうとした。
ツッキーの部屋にお泊まりした日の翌朝、まだ俺が寝ている(と思い込んでいた)横で、
封筒の中に封筒を入れる所を、布団の隙間から見てしまい…衝動的に跳ね起きそうになった。
でも、それをすんでの所で踏み止まったのは、ツッキーの『想い』が聞こえてきたからだ。
ひとつひとつ丁寧に封筒を開き、手紙を読む。読み終わったら、また丁寧に封筒に戻し、
手紙に向かって、ツッキーはごく小さな声で、一言だけ『返事』をしたのだ。
「…ありがとう。」
ラブレターを読み、そのひとつひとつに返事をし、茶封筒に封印し続けることを繰り返し、
最後の最後、封筒入りの茶封筒を閉じてから、ツッキーは『想いの束』に向けて頭を下げた。
「…ごめんなさい。」
それから、想いを絶ち切るように、茶封筒をそっとゴミ箱の中に、捨て…いや、違う。
ゴミ箱の中に入れただけで、捨てたわけじゃない…これは、儀式。俺にはそう見えたのだ。
(想い、ちゃんと…届いてる、よ…っ)
届いた想いと、叶わなかった願い。そして、ツッキーの優しさ。
それらが詰まった茶封筒とゴミ箱に、俺は布団の中で涙を堪えることができなかった。
(全部、俺が…受け止める、から。)
月の最後の『儀式』を終え、二度寝しようと俺の布団にもそもそ戻ってきたツッキー。
俺は寝惚けたフリをして、ツッキーに強く強く抱き着いた。
- 終 -
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ドリーマーへ30題 『07.ゴミ箱』
お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。
2020/04/11 (2020/04/07分 MEMO小咄移設)