尾行御中







「では、その他プレー以外で気付いたこと等があれば、一番下の『びこうらん』に…」
「ぃよっしゃぁ~!バレねぇように、みんな気ぃつけて…調査開始だ!!」

「…?木兎さん、ちょっと待って下さい。何でサングラスとマスクなんてしてるんですか?」
「ちゃんと足音にもハイリョして、走りやすいスニーカーも履いたぞ!!」


梟谷グループ合同合宿の前日。
今年入って来た赤葦は、1年ながら既にウチの主席調教師…ではなく、参謀として大活躍。
合同合宿で対戦相手のデータを集積して、『閻魔帳(デスノート)』を作成したいと提案し、
各チーム毎にマンツーマンで観察相手を分担…調査報告書を出して欲しいと言ってきた。

赤葦独りで、敵全員を観察して記録・分析することは、現実的に不可能。
そのため、この案は非常に合理的で賢く、全員で協力していきたいとは思うのだが…
そういう調査にはとことん不向きなタイプもいて、やっぱりそいつが説明途中に騒ぎ始めた。

「俺は『調査』とは言いましたが、探偵ごっこをしろだなんて、一言も言ってませんが?」
「いーや、言ったも同然だ!『びこうらん』って…走って追いかけろ!って言ったよな!?」

「はぁ〜?木兎、ソレ…『尾行ラン』じゃなくて『備考欄』だっつーの!!マジウケる!」
「わはははは!赤葦がわざわざ『ひらがな』で書いたのが、完全に裏目に出ちまったな~」
「せめて『微香蘭』とか、フロ~ラルにしとけよ!あ、『鼻腔乱』だと…花粉症っぽいか?」
「なぁなぁ、『美幸卵』だとさ、高級たまごか美白卵肌化粧品っぽく聞こえねぇか?」

これは面白い…ではなく、非常に危ない。
このまま木兎と一緒に騒いでしまうと、話が進まないし、赤葦の怒りゲージが危険水域に。
俺はわざとらしく咳払いし、投げ捨ててあった木兎の調査用紙を拾い、頭上に掲げた。


「尾行うんぬんはともかく、木兎の音駒担当がコイツ…黒尾に行かせるのはマズくないか?」

紙の端に書かれた『ターゲット:黒尾さん』の文字を指し示すと、全員が真っ青な顔…
担当を決めた赤葦に向かって、一斉に『×』マークを両腕で出した。

「いくら木兎の『野生のカン』的なやつが、常人離れしてるって言ってもよ…」
「音駒の最重要人物…冗談抜きで真剣に調査しなきゃいけねぇ黒尾に、木兎はダメだろ!」
「木兎と仲良しなアイツなら、尾行ランしてバレても、怒らず赦してくれそうだけど…」
「ここはネタに走るんじゃなくて、適材適所…赤葦、お前が黒尾に行くべきじゃねぇか?」

どんな時でも、仲良く全力で楽しむ俺達だが、シメるべきところぐらいは、わきまえている。
そうじゃないと、とても木兎とのバランスが取れない…心から楽しめなくなってしまう。
俺達の視線を受けた木兎は、その視線を好意的に解釈し、得意顔で赤葦に進言した。


「俺も、黒尾んトコは俺じゃない方がいいと思う。アイツ、俺にすっげぇ優しいけど…固い。
   固いもんには固いもんをぶつけたほうが、なんか上手くイく…気がする!俺のカンだ!」

よし、赤葦が『黒尾のとこに行く』係で決定…これぞ略して『(黒)尾行(き)』御中だな!
これはパイセン命令…セートーなジユーとか、コンキョなくキョヒなんて認めねぇからなっ?
当然、体育会系のリフジンでもねぇ…赤葦が適任だと、理性的考察による全会一致で採択だ!

「異議があるなら言ってみろ!勿論、俺らを納得させる論拠とやらがあるなら…な!」

赤葦バリに生意気かつ隙の無い、木兎の真っ直ぐな『正論』に、俺達も首を縦に振る。
きっと赤葦は「結局それは、木兎さんのカンというだけ…理不尽かつ不合理です。」とか、
眉ひとつ動かさず論破してくるだろうが、そうなれば『多数決』という力技を使えばいい。
数で押し切るのは暴力的かもしれないが、これが民主主義…賢い梟の群れだ。

俺達は素早く目配せし合い、赤葦の『反撃』に備えたが、攻撃はやって来なかった。
その代わり、我が目を疑うような赤葦の姿に…全会一致で『カン』が正しいことを悟った。


「俺には…無理、です。」

赤葦は誰とも目を合わせず、ただ淡々とそう呟くと、伏した視線を「ス…」と横に流し、
では、今日のミーティングは終了、皆さんお疲れ様でした…と、頭を下げたのだ。

その瞬間、俺達は赤葦に見えないように両手で『マーク♡』を作り、サインを送り合った。

   (なんか、あの人のこと、俺、えーっと…♡)
   (何故か見ていられないんです…♡ってか!)
   (尾行『御中』…読みはウォンチュ~♡だ!)
   (わっかりやすい流し目♡だなぁ、おいっ!)
   (でも本人は未だわかってねぇ♡…かわい~)


こうして、物陰からこっそり『尾行御中』する赤葦を、梟全員で温か~く観察♡大作戦が、
俺達の中で大ブームに…黒尾と赤葦のページだけ、『びこうらん』が充実していった。





- 終 -




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ドリーマーへ30題 『01.尾行』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。


2020/04/06 (2020/04/01分 MEMO小咄移設)  

 

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