「おっかしいなぁ…また不在だよ。」
「この三連休、スマホ放置してご旅行かな?」
のんびりと事務所の片付けや、データのバックアップをしていると、
山口が困ったような表情で、手にしていた受話器を置いた。
「どうした?誰かと連絡…取れねぇのか?」
不要になった紙を束にしながら、黒尾が山口に尋ねると、
山口は机の上の封筒に視線を送りながら、頭を上下に振った。
「先日、研磨先生に頼まれていた資料が届いたんですが…」
俺は曜日とか旗日とかカンケーないから、届き次第連絡ちょうだい…って。
でも、土曜日から何度電話しても、全然出てくれなくて。
「僕も別件で、先生に問い合わせてるんですが…」
先日の『開発会議』と、当面の費用をお振込したいんで、
口座を教えて欲しいと…何度かメールをしても、返信が来ないんですよ。
今までは直ぐにお返事して下さってたのに…少々心配です。
山口だけでなく、月島の連絡にも応答がない…
その話に、黒尾も一気に表情を曇らせ、すぐさま電話をかけるが…出ない。
「研磨が『三連休』に外出なんて、よっぽどじゃなきゃ有り得ねぇし…」
それこそ、出たとしてもコンビニかゲームショップまでで、
混雑する『旅行』なんて、絶対行くわけない…在宅は確実だろうな。
それに、家でぶっ倒れてるとかなら、ウチの母親経由で話が来るはずだから、
そういう『緊急事態』じゃないとは思うんだが…
3人が困惑顔を見合わせていると、赤葦がお茶を持って戻ってきた。
重々しい雰囲気に気付いた赤葦は、何事ですか?と視線だけで問うた。
「いやさ、この連休…研磨と連絡が取れないんだよ。」
「それはそうでしょう。取れなくて…当たり前です。」
あっけらかんと言い放つ赤葦に、3人は一様に「えっ!?」という顔…
それに気を止めることもなく、赤葦はごく端的に『理由』を述べた。
「連休初日にモンハン発売…『狩猟解禁』されましたから。」
現在、孤爪師匠は『本業』で超ご多忙ですよ。
人は疎らでしょうが、原生林から砂漠まで、方々へ『ご旅行中』ですね。
この時期、孤爪師匠の…狩猟の邪魔など、絶対に赦されません。
少なくとも発売から一週間、大体プレイ時間が100時間を超えるまでは、
緊急事態を除き、しょーもない連絡等は、控えるのが当然です。
「ですから、そちらの資料は他のものと共に、俺が発送しておきます。」
そう言うと、赤葦は山口から封筒を受け取り、そそくさと出て行った。
「何だ赤葦…いつの間にか研磨と仲良くなってたんだな~」
あいつら、何でか知らねぇけど…ちょっとだけギクシャクしてただろ?
でも、こないだの『開発会議』から、距離が縮まったっつーか…
赤葦と研磨が、お互いの行動を把握するぐらい仲良くなってくれて、
俺は安心したというか、すっげぇ嬉しいな~♪
お茶を啜りながら、暢気に喜ぶ黒尾。
山口と月島はチラリと視線を交わして頷き合うと、
何故か切羽詰まったかのような…厳しい表情で黒尾に詰め寄った。
「黒尾さん、そんな悠長なこと言ってて…いいんですか?」
様々な事情から、犬猿の仲…どころか、百鬼夜行(妖怪対戦)だったのに、
あの『会議』以降、赤葦さんは孤爪さんを『師匠』と仰ぎ、急接近しました。
ですが、『尊崇の念』を超えたモノを…感じませんか?
「もしかすると、これは…もしかするかもですよ?」
今までの反動のように、大きなマイナス感情がプラスに大転換…
反目し合ってた分と同じ力で、今度は惹き寄せ合ってるとしたら?
俺達が知らない『ナニか』が、あの二人の間にあった…そう思いませんか?
「俺もまぁ、ちょっと『アレ?』とは思うが…」
確かに、年度末修羅場で…3カ月ほど『家庭』をないがしろにはしてたし、
赤葦には苦労もかけて、イロイロと『満足』してないだろうけど…
だからといって、赤葦と研磨に限って、そんな…あるわけないだろ。
黒尾は笑いながら言うが、その目は泳ぎ、声は乾き…額には冷たい汗。
月島達は更に深刻そうな顔で、黒尾に畳み掛けた。
「孤爪先生は、自らも認める…HQ!!界の『ラスボス』ですよ?」
「一体ナニの『狩猟解禁』なのか…既に『禁足地』にイってる可能性も…」
例えばそう…こんなカンジを『想像』できやしませんか?
そう言うと、月島と山口は『ミニシアター』を開始した。
**********
「俺…孤爪師匠のこと、ずっと誤解してました。」
「俺も、赤葦とは…仲良くなれそうな気がする。」
どうやっても敵わないない、あの人の『幼馴染』
あっさり横から奪っていった、アイツの『特別』
消化しきれない思いを抱え、ずっと相容れなかった相手…
だが、長年に渡る『モヤモヤ』が、ようやく晴れた。
どうしてこんなに素敵な人と、反発し合っていたのだろうか。
いや…強烈に惹かれていたからこそ、『意識』していたのだろう。
『黒尾鉄朗』を通して、自分達が本当に見ていたのは、その『先』…
黒尾から透けて見える『存在』の方だったのかもしれない。
「孤爪師匠は、修羅場のどん底で苦しむ俺を…救ってくれました。」
大変な仕事に引き込んだくせに、それにかまけて俺を放置…
結婚後は鈍感さに磨きが掛かり、俺の『欲求不満』にも気付かないまま。
そんな折に、孤爪師匠は…『新たな世界』を俺に教えてくれました。
椅子に座っていた赤葦は、潤んだ瞳で研磨を見上げた。
研磨は赤葦の肩をポンと叩き、そっと耳打ちをした。
「赤葦…よく頑張った。」
今まではクロに苦労させられただろうけど…もう大丈夫。
どんな時も、俺は…俺だけは赤葦の味方だから。
温かい言葉が、疲れきった心に、じんわりと染み渡る。
がらがらと世界が雪崩れ、崩壊する音が聞こえるが…もう止められない。
「これからは本気で赤葦を…『狩り』に行くから。」
「二人で温かいハッピーエンドを…目指しましょう。」
**********
「おおおっ、俺っ、ちょっと上へ…赤葦んトコ、行って来る!!」
真っ青な顔で『ミニシアター』に聞き入っていた黒尾は、
机の上のものを投げ出し、全力疾走で事務所から出て行った。
ドタドタと階段を駆け上がる音…そして、バタン!と扉が開閉する音。
その音が止まってから、月島と山口は顔を見合わせてニヤリと笑った。
「幼馴染を加えた、ドロドロの『3Pエンド』…」
「『月島&山口』より、『黒尾&研磨』の方が、断然イケるね!」
また、この後の『選択肢』次第で、「絶対お前は逃がさない…」っていう、
禁断の『籠の鳥』ルートに突入するもアリ。
もしくは、『黒尾』から『研磨』へとシナリオ分岐…
こちらも禁断の略奪愛『闇に落ちる赤・肌に散る紅(仮・もしくは狩)』も可。
もちろん、あれはただの誤解だときっちり説明をして、仲直り…
『これがホントの修羅場明け!?』ルートも、カンタンに用意できる。
「ド変態・人妻エロス・ハンター…すごい組み合わせだね♪」
「僕、この3人絡みの妄想…止められそうにないんだけど♪」
月島と山口は、ごくごく真面目に、
乙女ゲームの『シナリオ創作会議』を続けた。
- 終 -
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<研磨先生より返信(即時)>
月島も山口も、乙女ゲームの何たるか…わかってるね。
その案、採用決定だから。
そういう大事な要件は、今後も遠慮なく送って。
2017/03/29 (2017/03/21分 MEMO小咄より移設)