お稲荷様の名を冠するだけあって、ウチの学校は歳時記的な行事が多い。
期末試験期間中にも関わらず、七夕は全校生徒強制参加…短冊を書いて飾る程度だけど。
勉強も部活も、お星様方にお願いするほどの欲は特に思い付かない。
だから、当たり障りのない私生活で…ちょっとした可愛い期待を込めて、一筆したためた。
『双子ネタ以外でバズりますように』
「我ながら、実に慎ましいよね。」
「承認欲求満たして欲しい…壮大な夢やな。」
「っ!!?き、北さんっ!!?」
「倫太郎は、アイツらに囚われすぎや。もっと自由な…花とか景色のネタ、俺は好きやで?」
突然背後から現れた、我らが北さん。
そして、俺の『真の望み』をごくごくアッサリ満たしてくれたことにも気付かず、
ほぼ用済みとなった俺の短冊の横に、北さんの願いをぶら下げた。
『五穀豊穣』
「北さんっぽいですけど、もっとオエライサンが全国民を代表して願う系のような…」
「これは、稲荷崎全校生徒代表の分や。お稲荷様が一番、祈ったらなアカンやつやろ?」
それなのに、どいつもこいつも自分の欲ばっかり身勝手に主張…織姫と彦星に失礼や。
むしろ、お稲荷様の代わりに、俺らが織姫達の願いを叶えるべきや。
『織姫と彦星が永遠に結ばれますように』
「こっちが、俺の分。七夕に、これ以外の願いなんて…あらへんわ。」
俺のことは、えぇですから。
せめて今日ぐらい、俺の分のご縁も全部…
織姫と彦星のために使ってあげて下さい。
さらさらと揺れる笹の葉と、傾ぐ北さんの髪。
いつもよりずっと、その白銀色が綺麗に輝いて見えた俺は、自然と首を垂れ…
『北さんの願いだけは、どうか叶えて下さい』と、心から祈っていた。
「そう言えば、この菱飾り…」
星が連なる天の川を表すって聞いたけど、菱型の連なりが表すもんの代表は…蛇の鱗や。
竜神たる織姫と彦星、つまり瀬織津姫と饒速日尊には、ピッタリなお飾りやな。
紙衣は機織り、吹き流しは織り糸。投網は蜘蛛の糸で、屑籠は葛籠。どれもこれも…蛇や。
「何で今年も、雨やねん…っ」
民俗学?だかが好きらしい北さんは、意味不明なことを独りで語っていた。
でも、その言葉には深い悲しみが色濃く滲み出て…それ以上、聞いていられなかった。
せめて北さんの顔が晴れるように、俺は頭上でギラつく金銀短冊を、枝ごと引き下ろした。
「これ…北さん宛の願い?みたいですよ。」
『北さんと一生ご縁を結びつづけますっ!!』
『北さんに一生ご飯を結んであげますっ!!』
願い事というよりは、決意表明?
織姫と彦星に、自分の欲望を一方的にねだるよりは、まだ多少はマシかもしれませんけど…
この二つだけは、欲望のおもむくまま、自力で叶えそうな気がしません?
「つーか、この双子短冊写真…バズりそう。」
「倫太郎。そのアホ短冊ども…
できるだけ高ーいとこに、付け替えてや!」
倫太郎でも写真撮れんぐらい、高い高い所へ…
そんなしょーもないネタ、世間様に晒されたらかなわんわ!お前も載せたら絶対アカンで!?
「アイツらに、七夕の何たるかを…説教や!」
北さんは小声で捲し立てると、足早に金銀の元へ突っ込んで行った。
俺はわざわざ用務員さんから脚立を借りて、北さんたっての願いを叶えながら、ふと思った。
「一番高い所に、こんな目立つの晒したら、
織姫と彦星には、バッチリ見える…かも?」
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終 -
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2022/09/08 (2022/07/07分 SS小咄移設)