「もう…終わりだっ!」
「そ、んな…っ」
俺は声を荒げ、終わりを告げた。
本当は俺だって、可愛い弟子…忠の気が済むまで、とことん付き合ってやりたい。
だが、こちとら月末。迫り来る棚卸と帳簿整理に追われ…体力も気力も魔力も限界ギリギリ。
こないだ品出し中にコキュっ♪とヤっちまった腰だって、この寒さで異音を発してるし。
「も…もうちょっとだけっ!」
「ダーメーだっ!そんなに元気なら…空瓶整理とダンボール潰し、手伝わせるぞっ!?」
「じっ、時給824円以上(深夜手当除く)なら…」
「ちょっと前までは…798円だったけどな!」
チッ!何で忠の奴…
令和元年10月1日から新規適用の、宮城県最低賃金(パート・アルバイト含む)を知ってんだ?
こういった小賢しい知識を、可愛い忠に突っ込んでそうな奴に、すぐ思い当り…
俺は店の倉庫裏にある自販機に向かって、わざとらしく声を投げ掛けた。
「お、ほら忠…『お迎え』が来てるぞ~」
「えっ!?じゃあ、今日は撤収…っあ。」
ついさっきまでゼェ~ゼェ〜言ってたくせに、『お迎え』の言葉にパァ~っ!と顔を輝かせ、
ボールを持ってダッシュでこっちに戻って来る途中…ピタリと足を止め、肩を落とした。
「嶋田さん。ツッキーは、今日…っ」
「聞いたぜ?クソ生意気一年坊主宮城県代表に選ばれたんだってな~」
「ぷっ!生意気選抜…確かにっ!」
「本当は、ジャパンでも良さそうだけどな。」
フツーは、大事な幼馴染のお師匠様には、敬意ってもんを払うだろうが、
アイツはいつも、自販機の影から『さっさとシメてよ』と怨嗟の視線を無遠慮に放ってくる。
俺は幼馴染君を追い祓う代わりに、自販機から『いちごミルク』を一時シメ出してやった。
(『御客様の声』に、『いちごミルク待望』の御要望が届き…その熱意に負けて復活させたが。)
…って、今は生意気選抜はどうでもいい。
俺がフォローしてやるべきなのは、唯一の健気居残組こと、愛弟子の忠だ。
あーあー、そんなにガックリ意気消沈…ちょっとしたイタズラに、心が痛む。
だが、忠が沈んでいるのは、俺のイタズラが原因ってわけじゃない(俺のはただのきっかけ。)
自販機で忠用のスポドリ(超特価!)と、俺用のホットコーヒーを購入し、バックヤードへ。
高々と積まれたダンボールで夜風と人目を避けつつ、ビール箱をひっくり返して忠を促すと、
ありがとうございます…と小声で呟き、スポドリを一口だけ飲んでため息を吐いた。
(…だよな、忠。)
これでも一応、年の功っつーか。
忠のキモチが手に取るようにわかった俺は、同じように盛大にため息を吐いて大声を出した。
「焦るよな~、マジで。」
「えっ!?」
「俺だけが、いつも置いてけぼり…そう思っちまうよな。」
「っ…!」
同じチーム、同じ学年の、自分以外の3人。
そいつらは一年のくせにいきなりレギュラーだし、名実ともに全国大会出場の立役者達だ。
挙句、ジャパンやら県代表やら押しかけやら、実力も行動力も常人の域を超えちゃってる…
「俺だけが、フツー…だよな。」
「はい…」
「俺も、これ以上みんなに置いていかれないように、俺にできる範囲で頑張ろう…ってか?」
「今、俺にできることを、精一杯がんばる…それしか、ないから…っ」
うんうん。俺(と烏養)の教育、行き届いてる。
『今の自分にできることを精一杯がんばる』を、『あたりまえ』としてフツーにこなせる…
それが忠の良さであり、地味とはとても言えない、実は凄い才能だったりするんだけどな。
でも、それだけじゃ…ダメなんだ。
『精一杯がんばる』…だけじゃな。
「なぁ忠。人間の集中力がどれくらい続くか…知ってるか?」
「えーっと、平均60分ぐらい?高校生が50分、大学生が90分…授業時間がそれぐらい?」
「それがホントなら、文科省の喜びそうな数字だけど…正解は、最大15秒。」
「じゅっ…15秒!?たったそれだけ!?」
「あぁ。たった15秒。でもそれで…十分。」
「どういう、こと…ですか?」
人間の脳ってのは、自分の体の中だけじゃなくて、外…周りの環境からも大量の情報を集め、
それを瞬時に莫大な計算や取捨選択をして、その時々に合った判断&命令を下し続けてる。
たくさんのセンサーを同時多発で動かし続けないと、人間は生きていけないからな。
「多くのアレコレに注意してなきゃ、猛獣やら天災やら事故が襲来した時、対処できない。」
「あ、そっか!だから、長時間『ソレ!』だけに集中したら…無防備極まりないんだね。」
そう。一極集中…ソレ!だけに神経尖らせ過ぎは、全体からみたら危ないことこの上ない。
集中力はある程度散漫な方が…アレやコレに適切に分散させといた方が、普段はいいんだよ。
精一杯がんばって、神経を研ぎ澄まし続けることなんて、できやしないんだから。
「だから人間は、ここぞ!っていう大事な場面にだけ…集中をちょっとずつ繰り返す。」
例えば、信号が変わって右折する時。横断歩道を渡る時。丼の真ん中に卵の黄身を落とす時。
バレーで言えば、相手アタッカーが打つ直前から、ボールがコートに落ちるまで。そして…
「サーブを打つ…その瞬間。」
「っ!!」
スポーツも仕事も家事も、大半が『精一杯じゃない』フツーの時間や作業の連続だ。
『熟練』って、要は『フツーにこなす』ことができるものが、どんどん増えていくことだろ?
いかに『フツー』を増やしていくか…それを鍛錬なり修業なりで、身に着けていくんだよ。
「俺はビールの空瓶を持った瞬間、それがどこ社製のものか…判別&仕分できるぜ?」
「凄っ…いけど、お酒を売ってるお店以外ではまったく使えない、熟練のテクですよね~」
言っとくが、仕事なんて大半がそうだぞ?
他所でも使える汎用性の高い技術なんて、そもそも『その道のプロのテク』じゃないからな。
えーっと、何だっけ…あ、そうだ。
つまりだな、日々のフツーの積み重ね…練習とか通常業務っていうのは、
いかに『精一杯がんばる』ここぞ!のポイントを見極めるか…そのためにあるんだ。
「フツーにこなせるものを増やして、ここぞ!に備える…?」
「そうだ。熟練とは、ここぞ!っていう一瞬のために、神経やエネルギーを温存する…
『どこで手(気)を抜いていいか』を、覚えていくってことに他ならない。」
勿論これは、ここぞ!以外を疎かにしていいって意味じゃないぞ?
どうやったって、アレにもコレにも集中することはできない…全力で集中はムリなんだから、
自分の力をいかに効率的に配分し、フツーを要領よくこなし続けるかが、重要なんだよ。
「フツーってのは、MAX集中からみると大体7割ぐらい…7割でもかなりイイ方だろ?」
「本試の点数は模試の7割と計算しとけって…難関国家資格試験とかで言いますよね。」
そう。その『7割』の水準をいかに高め、それをフツーにこなせるようにするか。
そして、ここぞ!を見極めて、その瞬間を逃さずMAXにもっていけるか…これが、プロの技。
つーか、フツーに『7割』を持続するだけで、すっげぇ大変…魔法があれば頼りたいぐらいだ。
「『精一杯がんばる』一瞬のために、フツーにこなせる部分を増やす…忠は今、この段階。
でも、そんなのまだちょっとしかない。それで当たり前だから、焦る必要はない。」
精一杯がんばり続けても、『フツー』は順調に増えていかない…世の中そんな甘くない。
だったらせめて、ここぞ!の時に集中できるように、心と体の準備をしておくべきだよな。
常にMAXを求めるんじゃなくて、常に7割を安定してキープし続ける…そのためすべきことは?
「常に3割分は、余力を残しておくこと…心と体、神経を、ちゃんと休ませる、かな?」
「正解だ。『フツーに休む』がなけりゃ、『精一杯がんばる』なんて、できないからな!」
幸か不幸か、烏野の一年は『フツーに休む』の意味も理由も理解できない化物×2と、
要領よく手抜きしてる…のはフリだけで、不器用ゆえにイライラ溜まりまくり、の集合だろ?
「『フツー』を作ってやれるのは…忠、お前だけなんだよ。」
動物園で一番強い奴は、誰だと思う?
それは…猛獣達が休む居心地の良い寝床(檻)を管理し、餌を与える、『フツーの飼育員』だ。
あの梟谷だって、猛禽類共の頂点に君臨するのは、(ムチと)アメを与える2年生飼育係…
「『ミンチは俺が作りますから。』…って、猛獣共に言い放ってただろ?」
「あの背筋が凍るキメ台詞には、そんな深い意味が…っ!!?」
まぁ、忠にはあんな猛獣よりも危ない飼育係になれとは、ぜ~~~~ったいに言わないけど、
烏野の頂点に一番近いのは、日向でも影山でも月島でもなく、フツーを司る忠…お前だよ。
「烏共がここぞ!の一瞬に高く飛べるように、羽を休める『フツー』の場所を支配すること。
それが忠の目指すべき頂…『TO
THE TOP』ってことになる!!」
「な…なるほどっ!!!
俺、精一杯がんばって、精一杯がんばるために、フツーに…しっかり3割分休みますっ!」
さすがは愛弟子!
俺は思いっきり「よくできました!」と頭を撫で回し、エプロンに仰々しく手を差し込んだ。
「そんな可愛い弟子には、師匠が『魔法』を授けてやろう…さぁ来いっ!」
腰を屈め、閉店間際の店内にコソコソ入る。
そして、アレコレ籠に入れ、それらに『魔法』を…『3割引』シールを惜しみなく貼り付けた。
「おからとプロテインで、簡単にクッキーが作れる。いちごジャムでも混ぜてやるといい。
材料費とカロリーは3割引でも、忠の手作りとなりゃ…幼馴染君には7割増になるだろ?」
「あ…ありがとうございますっ!!
ついでに、俺の夜食…ポテチにも『魔法』をかけて貰えると、フツーに感涙です~♪」
…ったく、ちゃっかりしてやがる。
俺は「ほらよっ!」とポテチ(おいおい、パーティーサイズかよ!)にも『魔法』をかけ、
「ついでに可愛い可愛い弟子にも、師匠が『魔法』を付け…かけてといてやるよ!」と、
忠の背中を7割ぐらいの力でポンポン押し、レジへと送り出した。
「俺…ツッキーがフツーにしっかり休んで、ここぞ!って時にMAXでトべるように、
居心地の良い寝床を作って帰りを待ち…二人で一緒に『TO THE TOP』しますね~っ!」
「フツーの日…平日は7割にしとけよっ!」
あぁ、どうか…
忠の背中に貼り付けた『魔法』が、フツーに生意気が帰ってくるまで…剥がれませんように。
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終 -
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※効率化とは、手抜きポイントを見極めること…
弟子:なるほど!10回中3回ぐらいは手で抜け…と。
師匠:ソレを教えたのが俺だって…絶対に言うなよ。
2020/02/08 (2020/01/31分 MEMO小咄より移設)