烏養と武田







「コレ、すっげぇマジな話だけど…」

休日の遠征後、打合せ兼打上げとして、烏養は武田のアパートへ行き、
のんびり宅飲み…というのが、何となく『恒例行事』になりつつあった。
前半は真面目に烏野高校排球部の話、後半はグデグデ酔っ払い談義…
実に『普通の社会人』っぽい飲み友達になっていた。

今日も日本酒を片手に、烏養が作ったつまみを肴にしつつ、
他愛ない会話をしていると…急に烏養が『マジな話』を始めた。


「先生にとっちゃぁ、この『顧問』…完全に『ブラック部活』だよな。」
主たる業務である『教師』の仕事も山積。
若いということもあり、学内の様々な雑務が『職員』として課される。
さらには、特別手当もつかない『顧問』として、休日返上の日々…
まさに休む間もなし、給金もなくむしろ自腹も多い…結構な『ブラック』ぶりである。

「まぁ、確かに…『自分の時間』は微々たるものですね。」
武田はモノが散在する部屋にチラリと視線を送り、苦笑いした。
このアパートにも、寝に帰るだけ…家事なんて、とてもとても。
単身者でなければ、絶対に不可能な生活スタイルである。

「遠征から帰って来ても、俺と飲んだくれだし…」
先生、全然休んでねぇよな…すっげぇそれが、悪ぃなぁ~って。

「烏養君だって、『遊ぶ時間』なんて全然ないでしょう?」
烏養も、家業やら畑仕事やら町内会やら、多忙を極める毎日だ。
そんな中、ほとんど無償でコーチを引き受けてくれているのだ。
申し訳ない気持ちなのは、武田も同じだった。

外部招聘コーチのため、少しは給金が出るが、そこは公立高校…
ほんの『お車代』程度であり、実態はボランティアである。
実家暮らしで家事の苦労はなく、祖父も同じことをしていたため、
家族の理解があるという面では、随分気が楽ではあるのだが…
とんでもないことに巻き込んでしまったなぁと、常々思っていた。


「先生、俺が飲みに来て…邪魔じゃねぇか?」
俺はほら、逃げ場のない『田舎の実家』から解放されて、
のんびり羽伸ばして酒飲めるから、助かってんだけど…先生は、なぁ?
もし迷惑だったら、はっきり言ってくれよ?

烏養の常識的な申し出に、武田は「とんでもない!」と恐縮した。
「こちらこそ、折角の休みにウチに来てもらっちゃって…」
烏養はただ単に、飲んだくれに来るだけではない。
来て早々、まずは軽く掃除をし、溜まった洗濯物やら洗い物を片付け、
酒の肴と共に、様々なおかずを作り置き…文字通りの『家政婦』だった。

「何と言いますか、その…大変お世話になってます。」
「バレー部の雛烏共より、先生の方が手間かかってるかもな。」

あーほら、ちゃんと野菜も食えって。あと、飲むペース早ぇよ。
あ、そうだ。冷凍庫にこのきんぴらも小分けにしといたから…

飲みながらもテキパキとアレコレとこなしていく様は、まるでお母さん…
いや、『単身赴任先に週末だけ来てくれる奥様』みたいである。
やけにエプロン姿が似合うと思っていたが、家業の制服というよりは、
やたら主婦業に長けているという、隠れた特技のせいだったのか。


手慣れた様子で新たな肴…出汁巻き卵を作る烏養の後姿を、
武田は酔いの回った頭で呆然と眺めながら、ポツリと呟いた。

「あー、烏養君みたいな奥さんが、欲しいですね~」
「はぁ?寝言は寝て言えよ。眠いなら…ちゃんと布団入れよ。」
「前向きに善処します…」
「早ぇっ!即オチかよっ!」

烏養は完全に爆睡モードに入った武田を抱え、布団にきちんと寝かせた。
余程疲れているのだろうか、安心しきった寝顔を曝している。
ったく、このだらしないのが、ホントに教師かよ…

「先生、マジでアンタ…色々と緩すぎだぞ。」




- 終 -


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『烏養は穏やかな寝息を立てる武田から、そっと眼鏡を外した。』
…と、もう一行追加しただけで、『純情年下ヤンキー×腹黒童顔先生』風に。

2017/02/23    (2017/02/07分 MEMO小咄より移設)

 

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