「サイン…ですか?」
なーなー、この色紙にサインしてくれよ!
いや、それがさ、音駒の夜っ君が、卒業後に海外のプロリーグに行くらしいんだよ。
あの夜っ君だぞ!?んなもん、絶対に近々、日本代表デビューに決まってんだろ?
つーことは、俺らのダチん中で、確実にユーメイジンになるわけだ!
「夜っ君ーーー!サイン、くれ!!!」って、木兎が電凸したら、アッサリOK!
その代わり、木兎のも寄越せって話に…そういやぁ木兎もユーメイジン候補だったな〜って、
俺ら言われて初めて気付いたけどな!ミウチすぎて全っっっ然ピンとこねぇよな〜っ!
んでさ、ミミズがのたくったフツーの色紙なんかもらっても、あんま嬉しくねぇし、
ホンモノかどうかわかんねぇと、いざって時の質種…転売にも使えねぇじゃん?
…じゃなかった!ダチのサインで小遣い稼ぐなんてセコいことを防ぐためにも、
引退&卒業っぽく、猫と梟の3年全員同士で、心のこもった色紙を贈り合うことにしたんだ。
ってなわけで、梟谷レギュラーだった3年ズから、音駒の黒尾、海、夜久の3人それぞれに、
メッセージ付色紙をこれから書くから…世話んなったお前も、オマケで強制参加!
端っこでいいからさ、ありったけのキモチをぶち込んで…サインしてくれよな!
「んで、卒業式の後に送別試合&贈答式やるから、うまいこと準備シクヨロ~!」
…というパイセン命令が飛び込んで来たのは、部室を掃除している時だった。
卒業式を明日に控え、在校生代表(出席番号で決まっただけ)の送辞を予行演習している最中に、
引退以前と全く変わらない調子で、引退以来初めて、木葉さん達が色紙片手に乱入してきた。
相変わらずの思いつき無茶振りに、唖然…とする間もなく、
色紙3枚の隅に『赤葦京治』と名前だけ走り書き、マジック等の筆記用具入と共に突き返し、
明日!?の送別試合の準備のため、部室を飛び出して方々へ駆けずり回った。
「全く、何で前日に…っ!」
悪態を吐きつつ教師や顧問に頭を下げ、体育館の使用許可等を貰いながら、
(先生方は全てを察し、お前も最後の最後まで大変だな〜と、むしろ盛大に労って下さった。)
俺は複雑な感情で、頭の中がぐちゃぐちゃ…心の中はそわそわしっぱなしだった。
(最後の最後に…!)
春高の決勝が終わった瞬間、木兎さん率いる梟谷学園バレー部も、終わった。
決勝戦敗退の悔しさは、きっと一生忘れることができない…まだ、悪夢を見ている気分だ。
俺でさえそうなのに、3年生達に至っては、目を背け続けたい現実なのかもしれない。
決勝戦の後、引き継ぎもほとんどなく…今日まで誰一人、体育館にも部室にも来なかった。
だからこそ、今回の『最後の無茶振り』が、木兎さんの強い『想い』だと誰しもが気付き、
その『想い』に呼応すべく、勇気を出して動き出し…快く受け入れてくれたんだろう。
この『チーム』を、ちゃんと卒業しようぜ!
大好きな俺らの『梟谷学園バレー部』を、最後の最後は思いっきり楽しもう!
3年間、ずっと一緒に頑張ってきたネコ達と、最後の『陸vs空』して、何もかんも流そう!
それが、猫&梟お互いにとって、一番の送別…『卒業』になるよな!?
ずっと、バレーを、好きでいるために!
本当に、木兎さんには敵わない。
一番悔しい思いをしたはずなのに、皆のために一番最初に立ち上がる、ウチのエースだ。
(これで、俺も、やっと…っ)
過去に区切りをつけて、未来へ…
新生梟谷学園バレー部を、引き継ぐ覚悟ができる。
(それだけじゃ、ない。)
他校所属ではあるものの、梟谷グループの役職付同士として、膨大な雑務を共にこなし、
合同合宿の折には、二人で残業がてら、のんびりお喋りと息抜きを愉しんだ…あの人。
いつしか心の内に、らしくなく淡い感情を秘かに抱いていた、
あの人の最後の勇姿は、
春高の大舞台…アリーナ席から、観客として遠くに眺めるんじゃなくて、
いつものように、ネットを挟んだ対等の場所から、ごく間近で目に焼き付けて…終わりたい。
(この『想い』からも、卒業…っ)
「全く、何で前日に…っ!」
同じセリフを、もう一度呟いて。
明日迎える寂しさを『予行演習』しないよう、膨大な準備に没頭した。
***********
「んじゃ、最後に…サイン色紙贈答の儀〜!」
木兎さん世代最後の、陸vs空。
こういう通過儀礼的なイベントなんて、ヒゲの先っぽ程も興味なさそうな顔した奴も含めて、
梟に巻き込まれた猫側も、レギュラークラスがフルメンバーで参戦してくれた。
そのおかげで、慣れ親しんだ合同合宿さながらの本気モードで、心ゆくまで汗を流し、
バレーって、こんなにも楽しかったのか…と、誰しもがその表情で語っていた。
「高校時代、イコール、バレーボール!」
「これで、思い残すことは、何もねぇ!」
「猫と梟、全員揃って、無事に卒業だ!」
運動不足だ〜腹減った〜と、清々しい笑顔で記念写真を撮り合う猫梟達を横目に、
俺はひとり歓談の輪を抜け、二次会会場への連絡や、片付け等の雑務に勤しんだ。
(そうでも、してないと…)
ほら、もう、エンディングの気配を察し、リエーフ達の涙声が聞こえてきた。
通過儀礼的なイベントも、雑事の一環として羽先でこなすタイプ(と思われてるはず)の俺は、
極力そういう『場』からは距離を置き、無気力な淡々さを貫かなければならない。
(『赤葦京治』らしく、引き継ぐために。)
本当は、こういう場面…苦手だ。
苦手というより、とことん弱い。
さっきも、少し危なかった。
試合終了後すぐに、海さんがそっと俺に近づいて来て…穏やかな笑顔で、黙って握手。
その後ろからやって来た夜久さんは、ガッツリ俺と肩を組むと、
「ヤなことあったら俺んトコ遊びに来い…お前なら嫁にしてやるぜ?」と、漢前に破顔一笑。
お世話になった他校の先輩方から、温かい激励を直接頂けて、
それだけでもう…喉も目元も震えそうだった。
卒業生でもない俺が、らしくない姿を晒して、皆様を興醒めさせるわけにはいかない。
いつも通りの俺らしい姿で送り出すことで、先輩方は安心して卒業できるはずだから。
(今のうちに、この場から…撤退!)
体育館用具室に逃げ込んだタイミングで、サイン色紙贈答の儀…ギリギリセーフ。
これでもか!な御涙頂戴演出…結婚式の『両親への手紙』と同じぐらい、アウトなやつだ。
ご丁寧に木兎さんは、色紙に書かれたメッセージと名前を全て朗読するつもりらしい。
校長先生を真似て、卒業証書の如く色紙を高く掲げながら、大声で読み上げ始めた。
…あぁやっぱり、予想通りの展開。だから俺はあえて、自分の名前しか書かなかった。
「音駒イチのイケメン、海君へ!
その優しさが凄ぇ好き!木兎光太郎より♪」
「音駒イチの美少女、夜っ君へ!
お前マジで可愛すぎだろ!木葉秋紀より♪」
前言撤回。何だその…らしくなさは。
サイン(送別)色紙というより、どれだけダチが好きかを告白し合う、ラブレターじゃないか。
木兎さん世代の猫梟らしいといえばらしいけれど、シリアスさは吹っ飛び…泣き笑いの声。
ストレートに熱烈ラブを大絶叫され、嬉しさを隠しきれない照れ笑いが、漏れ聞こえてくる。
「木兎。最後の抱っこ…おいで。」
「木葉ぁぁぁぁ!一緒に海外、来いや!」
(こういうのも、悪くない…かも?)
予想に反して『御涙頂戴』コースじゃなくて、ほんの一瞬、気が緩んでしまった。
その隙に、一文字たりとも聞きたくなかった『最後の一枚』が、耳に飛び込んできた。
「最後の最後はお前の分…飛んでけーーっ!」
何故か朗読せず、色紙を高く放り投げ…ポトリと床に落ちる音が、意外と近くで聞こえた。
落ちた所(用具室前?)に皆が駆け寄ってくる足音と、数秒後…体育館を揺るがす、大爆笑。
(っ!?い、一体、何が…っ???)
恐る恐る用具室の扉から顔を出してみると、ほんの数メートル前に、
色紙を握り締めて立ち尽くす『最後の人』と、後ろからその人をこちらへ突き飛ばす、猫梟。
「うおっ!!?」
「うわっ!!?」
**************************************************
2023/03/20