未知之路






「折り入ってお前に頼みがある…木兎!」
「おっ!?何だ何だ!?珍しいな~!?」


都内の小規模な大会が終わり、帰宅準備(に飽きて紙飛行機遊び)をしていた木兎を、
柱の影からバナナオレを手にした黒尾が、ちょちょいと手招き。
木兎の口にストローを突っ込んで塞いでから、黒尾は植栽の裏に引き入れ背を丸めると、
ぴくぴく動く耳にごくごく小声の早口で、らしくなくソワソワと用件を告げた。

「一生に一度の頼み…の、序章になる話だ。」
「序章っつーことは、続きまくるやつだろ!?さすが腹黒尾…俺は騙されねぇぞ!!」

俺だって知ってる。何かしらの『路』を歌ったやつ、第13章で完結した…はずだったのに、
いつの間にか14章、んでもって15章は公募でデュエットソング『一期一会のふたり~』だ!
とらぶりゅぅ…トラブルの予感しかしねぇんだけど、ドキのムネムネが止まんねぇ…っ!!

「その『路』がもし万が一『恋路』なら、聞いてやらなくもないぞっ!」

まぁ、黒尾に限ってソレだけはなさそうだけどな~と、ストローを噛みながら笑う木兎に、
黒尾は黙って目を逸らし、『路ならぬ恋』かもしれねぇ…と桃色の溜息を吐いた。

「まっ…マジ、かっ」
「下手したら、完全アウトなやつ、だ。」

「あ、相手は、どんな人…っ」
「おそらく、梟谷関係者。」

とらぶりゅぅの予感は、大親友の恋バナの前には無力。
木兎も小さく丸まって植栽に隠れ、黒尾の肩に腕を回して引っ付き、序章の詳細を促した。


「その人とは、どこで出逢ったんだ?」
「さっき、トイレの角で…」

「ぶつかったのか!?ラブコメ第一話のド定番じゃねぇかっ!!!」
「ちょっとだけ、違う。」

何もかも出し切って…帰宅引率の気力もようやく出して、ヌけ切ったとこだった。
ボケ~っとトイレを出た角のとこで、俺から見たら随分と小柄な人と、危うく衝突寸前。
お互いぶつかる直前に立ち止まれたんだが、驚いた俺が動き出すより前に、
その人はふわり…頬を微かに緩めて会釈し、小さく掌を翻して俺に路を譲ってくれたんだ。

「今日も一日、お疲れさま…って。」

目の覚めるような艶やかな美人じゃなくて、ほんのり薄化粧?で控え目なタイプ。
だが、俺みたいな若輩者もごく自然に立ててくれて、尚且つ労わりの言葉までかけてくれる、
実にスマートで心優しい、素敵な方…一瞬で心を奪われちまったんだ。

「ようするに、黒尾の好みダイレクトな…」
「梟谷ジャージを羽織り、応援メガホンを持った…妙齢の女性だった。」

「妙齢…もしや、人妻かっ!!?」
「だとしたら、路ならぬ恋…だろ?」


ただ微笑んで、路を譲ってくれただけ。
たったその程度のことで、路を誤るぐらいの恋に落ちそうになるなんて。
黒尾…相当疲れてんだな~。じゃなくて!

「路の章番号?だと、『ドちくしょう』じゃねぇか!お前の頼みでも、さすがに聞けねぇ…」
「ちっ、違ぇよ!その人と、ねっ、ねんごろになりてぇとか…さすがの俺も、言えねぇし!」

『ねんごろ』は無理でも、『おちかづき』ぐらいには…でもなくて!
その人のことを、もうちょびっと知りたいだけなんだよ。

「知ってどうするつもりだ?まさか、おか…」
「っ…こ、今後の『理想』の指標にして、その人に似た誰かを、脳内等で探求…あっ!!?」


見苦しい言い訳の途中で、黒尾はらしくなく大声を上げそうになり、
咄嗟に自分と木兎の口を手で覆って、植栽の下に這いつくばった。
その視線の先には、梟谷ジャージを羽織った妙齢の女性が、小走りに駆け抜けていく姿…
ほんのり赤味を添えた黒尾の目元が、まさに今のが『その人』だと如実に語っていた。

「んんん~っ?あの人って、確か…」
「っ!?お前の知ってる人かっ!?」

こそこそと柱の影から顔だけを出し、その人を二人でじっと観察。
すると、向こう側の柱の影から出てきた誰かとド定番風にドン!!とぶつかってしまった。

「あっ…ぶねぇ~っ!!」
「あっ、かあし…っ!?」

どうやらそこで『その人』を待っていたらしい赤葦は、事も無げにその人を支えると、
困ったような顔で一言、二言…その人はふわふわ~っと相好を崩して言葉を返すと、
ポケットから取り出した赤いリボンのついた鍵を赤葦に渡し、耳元に何かを囁いた。

「あれは、アイカギ…か?」
「…っ!!!?」

赤葦の表情は見えなかった。
だが、笑いながら手を振って去るその人に、小さく手を振り返していた。


「そういうこと、だったのか…っ」
「そうそう、そうなんだよ!実は…」

「みなまで言うな…もう、わかったから。」

年齢も性別も出自も、恋愛にはカンケーない。
でも、あんな素敵な人が、『フリー』なわけねぇよな。
あの人の御相手が赤葦だってのも、納得だ。さすがは赤葦、恐ろしく慧眼だよな。
つーか、俺が赤葦に勝てるわけがねぇ…これ以上ないくらい『お似合い』サンじゃねぇか。
二人は、人目を忍んで愛鍵を渡すような仲…俺の付け入る隙なんか、1ミリもねぇよな。

だからさ、木兎。俺からお前への頼みは…

「赤葦の恋路を、応援してやってくれ。章番号で言えば…『いっしょう』のお願いだ。」
「オッケー!お安いご用だぜ!って、まだ『第1章』かよ~っ!先は長ぇな~っ!!」

ニヤリと笑った木兎は、たそがれる黒尾の首根っこを掴むと、もう一度地べたに這った。
そして、さっきの『お似合い』の二人を真似るように、黒尾の耳元にコッソリ囁いた。

「お似合い…似合って当然だ。」


微かに緩めて会釈してくれた…その頬を隠して『目元』の部分だけ、よ~く思い出してみろ。
『緩んだほっぺ』なんて1ミリも想像できねぇけど、化粧映えしそうな地味めな顔タイプで、
「黒尾さん今日も一日お疲れ様です。」って、合同練習の度にお前を労ってくれる目元を…

「???………っ!?まさか、おか…っ」
「『理想』に似た誰か、ソッコーで発見っ♪」

いやぁ~、まさかまさかっ!!?だよな~?
お前の心を一瞬で奪うような『微かな微笑み』の持ち主が、この世に存在するなんて!
しかも、その微笑み候補者?後継者?が、身近なところにいたなんて…ビックリだよな~♪

「ついうっかり一目惚れした理想の人が、まさか、おか…あさん!?だったこと。
   実はクリソツの息子には絶対黙っといて下さいお願いします木兎様~!って頼みは…?」
「章番号で言うと、ごっ、ごしょう…後生だから、頼む。。。。。」


うわぁぁぁぁぁぁぁ…と真っ赤な顔を両手で覆い、桃色溜息と共に項垂れた黒尾。
木兎はわしゃわしゃとその髪を掻き回すと、肩に腕を回したまま、ヒャッホ~イ!!!
突然響き渡った歓声に驚く赤葦の前に、黒尾と共に飛び出した。


「それじゃあ、まず…『第1章』スタート!」




- 終 -




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2022/09/08 (2022/07/17分 SS小咄移設)

 

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