接続健闘






「何、ですって…?」
「お願いしますっ!俺を助けると思って!」

「これ以上、どう助けろと?」
「助けるコトがもう一個増えるだけ…かな?」

「…他に言いたいことは?」
「ひぃっ!いつも助けてくれてありがとう!」


卑怯の極みたる『感謝前払』で床に這いつくばっているのは、俺の担当漫画家・宇内天満。
この人の『一生のお願い』と『土下座』と『号泣』ほど、見慣れたものはない。
俺は1ミクロンも心を動かされることなく、スマホ片手に話半分聞き流していたが、
その片手は1ナノミクロンの自覚もないまま、着々とスケジュール調整をしていた。

   (この無意識甘やかし…躾ミスですね。)

俺の無言を『仕方ないですね。』という承諾だと都合よく(正確に)解釈した宇内さんは、
既に用意しておいたらしい健康保険証を、満面の笑みで俺のポケットに差し込んだ。

「はい、これ…『宇内天満』さん!」
「…お預かりします。」

「俺が行くより、ちゃんとレポート書けそう…最初から、赤葦さんが行けばよかったかも?」
「それは勿論その通りですけど、それを宇内さんが言える立場じゃないですよね?」

「ほらっ、編集者って運動不足気味だし、交遊関係も固定化…新たな出逢いがあるかも!?」
「漫画家にだけは、言われたくないですね。」

「さぁさぁ!テンションあげて…レッツ・ボクササイズ!行ってらっしゃ~い♪」
「俺が戻る迄に、レッツ・ネーム完成。」

狙い澄ましたカウンターで口を閉ざした宇内さんを放置し、俺はゲストルーム(休憩室)へ。
修羅場中にお泊まりする時用に常備してある、俺の部屋着(学生時代の白ジャージ)を、
ビニール袋に入れてリュックに詰め込み…宇内さんも職場へ詰め込んでから、玄関を出た。


「運動…どのくらいぶり、だろ?」

元々スポーツは好きだけど、社会人になってから特にする機会はなかった。
ランニングやスイミング等、独りで自分と闘う系のものは、あまり得意じゃない…
誰かと共に汗を流す方が、どうやら性に合っているらしいが、
それこそ、複数人で楽しむスポーツほど、大人になって始めたり続けることは難しい。

「ボクササイズ…不安でしかないな。」

自分で言うのもアレだが、リズム感には全く自信がない。
盆踊りすらロクに踊れないのに、音楽に合わせてジャブだのフックだの、意味不明甚だしい。
こんなことになった経緯は、複雑怪奇…でも何でもなく、ごくありきたりな事由による。

   (ありきたり…で、いいわけないけど。)


宇内さんは今、バレーボールを主題としたスポ根漫画を連載中だ。
作者自身がインハイ出場、しかも『元・小さな巨人』なんていう、ちょっとした伝説の人…
経験者ならではの視点で描くリアルさから、お陰様で老若男女問わず人気を博している。

物語は今、主人公チームが東京遠征へGO!という流れ。そこで、超強力なライバルとして、
バレー以外のスポーツをしていたキャラを出してみよう!と、先月の編集会議で決まった。

できるだけバレーから遠い個人種目かつ、バレーの技に使えそうな競技でありつつ、
宇内さんでも体験&継続できて、気分転換&運動不足解消にもなるものを探し回った結果、
弊社役員の奥様が通う、おセレブ御用達会員制フィットネスクラブのボクササイズに決定。
ごく少人数の雲上人しかいないため、万が一身バレしても絶対に情報が漏れず安全だとか。

   (あぁ見えて、ウチのスター…超VIP。)


本来は、宇内天満大先生のために、特別に用意して頂いたものだから、
『お稽古』の日はフリーにすべく日程を調整するのが、俺の仕事…のはずなのに。
先の編集会議で、自信満々に出した『今後の展開』構想案が、満場一致でボツられてしまい、
気分転換どころの騒ぎじゃなくなったのだ。

   (俺の…せいだ。)

起承転結、因果の流れ。矛盾なき論理。
科学論文や判決文のような、美しく筋の通った繋がりに、俺は強く安心感と快感を覚える。
たとえ少年向けスポ根漫画であっても、理屈の通らない展開は絶対に納得いかないし、
リアルな理論に裏打ちされた説得力があるからこそ、この漫画はただの絵空事ではないと、
バレー経験者をはじめとする大人の読者にも信頼され、支持を頂けていると俺は思っている。

   (少年向けスポ根にこそ、理論が必要。)

だが、これを理解して貰えることは…稀だ。
誠実に物語を紡いでいこうと、宇内さんと様々な専門書を漁り読み、調査すればするほど、
『説明がくどい』『文字多すぎ』『読者の需要に合わない』『どうせ読み飛ばされるよ』等…
必死に事前調査したものや、渾身の解説は『無駄』扱いされ、全カットされてしまうのだ。

   (俺のせいで、宇内さんを苦しめて…)

編集者の個人的な趣味(性癖?)に、作者は振り回され、読者は巻き込まれているだけかも?
俺の意思や助言がない方が、宇内さんももっと伸び伸び描けるし、多くの読者も喜ぶかも?
そもそも、因果の流れや繋がりから最も断絶された俺が、それらを求める資格があるのか…

   (やっぱり俺は、居ない方がいいのかも…)

そんなこんなで、口を利いて下さったおエラい様方の顔に泥を塗るわけにもいかず、
かといって、弊誌のド真ん中に穴をあけるわけにもいかず(次号はセンターカラー)、
俺は『宇内天満』として、ボクササイズに馳せ参じることになったという次第だ。

   (『代わり』ぐらい、ちゃんと務めないと。)


何度も何度も自問自答し続けている、頂きが雲に覆われて全く見えない…巨大な『壁』。
まるでその『壁』みたいな超高層タワーマンション群を見上げ、目が眩む。
この中の15階にある居住者専用のジムで『お稽古』だなんて、脳が理解を拒んでしまう。

敷居も天井高も(おそらくお稽古代も)、あらゆる意味でハイな場所に足を踏み入れた俺は、
不慣れな空気に飲み込まれないよう、エレベーターの中で何となく息を止め続けてしまった。

   (とりあえず、防犯カメラに…ピース。)

どこかの誰かがやりそうなことをして、緊張を和らげようと試みてみたが、逆効果。
しょーもないことしてスミマセン!と、カメラに向かってペコペコ…余計、息苦しい。

15階に着くと、エレベーターホールは息詰まるほどふっかふかな絨毯が敷き詰められ、
フィットネスクラブのロゴが金色に浮きだす、大きな摺りガラスの自動ドア(電子錠付)は、
キラッキラな会員証?的なものがないと、どうやっても開きそうにない。

ダメ元で宇内さんの健康保険証を、カードキーの読み取り部分に翳そうとした瞬間、
音もなくドアが開き…深々とお辞儀をしていても長身とわかる『赤ジャージの人』が、
キラッキラの爽やか笑顔で、超VIPを出迎えてくれた。


「お待ちいたしておりました、宇内様。
   当クラブへようこそ…はじめまして。」



********************




「宇内天満新連載『おしえて♥黒尾先生!!』…どう?このネームなら、通りますよね?」
「『うだうだてんまつ』のネームを上げろと、誰が言いましたかっ!?」


宇内さんは今、自分との闘い真っ最中。
先の編集会議でネームがボツったせいで、地獄へ突き落され…
気分転換という名の逃避と、運動不足解消に見せかけた脳内血流増大のために、
自宅居間でフィットネス系のボクササイズゲームに、泣きながら励んでいるところだ。

このゲーム、インストラクター(先生)役に有名どころの人気声優さん達を起用していて、
更にその先生を自分好みにカスタマイズできるところが、特に優秀。

「ビシっと叱咤激励ではなく、褒めて伸ばしてくれる先生に、俺が予め設定しときました。」
「黒髪前髪ちょい立たせ系、黒縁眼鏡、ガチムチ。優しく響く素敵ボイス…あれ?あれれ?」

「なっ、何、ですか…」
「それとな~く、誰かさんに似てるような?特にクリソツなイケボが、グっとキますね~?」

「きっ、気のせい、です!さっさと開始!」
「はぁーい♪それじゃあ、ご指導お願いしまーす…黒尾先生(仮)♪」

爽やか笑顔&優しい応援とは裏腹に、結構なスパルタぶりが光る、先生のご指導。
早々にヘバった宇内さんは、俺の挑戦を横目に見つつ、休憩がてら得意のうだうだ妄想開始…
俺の集中力を削ぎ、ゲームのスコアを落とそうと、チャチャを入れ始めたのだ。


「な~んで『うだうだ』の方は、流れるようにネタが出てくるんだろ?」
「現実逃避の方が楽しいから、でしょう?」

「きっと、連載を抱えている全作家さんが、同じ怪奇現象に首をかしげてますよね。」
「その点については、完全同意ですね。」

連載が続けば続く程、複雑に絡んだ伏線を回収するのに多大な手間と時間がかかる。
それ以上に、『伏線を張り続ける』という必須な段階ほど、読者はマンネリと言って酷評し、
完結したら読んでやってもいいか…等、作者が一番キツい時期にこそ読者が離れがちだ。

   (『創る』って、そんなに…楽じゃない。)

売れっ子漫画家の連載でも、趣味レベルの二次創作でも、
作品が完成するまでの『途中経過』で苦しい思いをする点では、全く同じ。
編集会議でボロクソに言われたり、読者に見向きもされなかったりが続き過ぎると、
自分はもう誰にも必要とされてない…と、自己否定のドツボにハマってしまうのだ。

   (そんな作者を支えるのも、編集の仕事。)


宇内さんは常々、俺達に言っている。
俺の作品を読んで貰えるのは、予め『いいね』や『ブクマ』がいっぱいついてるだけだから。
赤葦さんと黒尾さん…出版社さんとバレー協会さんの多大な事前バックアップがあるから、
その『数』と『名声』に誘引され、右に倣え!でポチリして貰えるだけだから…と。

そこまで卑下しなくてもいいが、謙虚な自己評価であることも、あながち間違っていない。
事実、宇内さんが極秘&趣味でコッソリUPしている『うだうだてんまつ』名義の小説は、
俺以外の読者は冗談抜きで皆無…個人サイトにわざわざ来て下さる人なんて、絶滅危惧種だ。

「ねぇねぇ、さっきのやつ…どう思います?」
「貴方の『趣味』が全面に出すぎ…説明&文字数&伏線過多で、萌え要素少なすぎですね。」

「だっ、第一話だもん、しょうがない…」
「『宇内天満』の作品にボツが多い理由が、よくわかる…これ以上にない『お見本』です。」

「俺の作品…やっぱ、面白くないんだ。」
「時短こそスマートなご時世ですから、丁寧な説明なんて…ウザがられるだけです。」

「時代遅れなんだね…俺達。」
「スマートの対極…大馬鹿野郎共です。」


二人揃って、ど~んより。
これじゃあ、折角の気分転換(&ガチムチのイケボ♪)も台無し…担当編集者失格だ。

   (面白い作品って…何なんだろう?)

この問いの答えを見つけるには、二人がかりでも…あと20年はかかるだろう。
今はあえてそこから目を背け、俺は冷えた麦茶を宇内さんに差し出しながら、話題を変えた。


「たとえ読者が、俺達だけだったとしても…」

世間的に評価されなくても、これは作者本人(&一蓮托生の担当)が好きでやってる『趣味』…
お仕事たる『宇内天満』とは違って、俺達自身が一番楽しむことこそが、最も重要ですよね。

「『うだうだてんまつ』は、俺と宇内さん二人の…趣味サークルなんですから。」

くどくてウザくて、ヤマもオチもイミもないけど、俺はさっきの作品…嫌いじゃありません。
ボクササイズゲームのインストラクターが、何となく似てるというネタから生まれた物語が、
この後どうなるのか…身内かつモデルの俺だけは、気になって当然でしょう?

特に注目すべきは、黒尾先生(仮)が宇内天満(赤葦京治)を見て『はじめまして』と言った点…
俺が音駒のジャージも、黒尾さんのことも『未知の存在』と思っているらしいところです。
音駒と梟谷、黒尾さんと俺が『旧知の仲』ではない世界線なのか?それとも…?
ボクササイズ休憩中の『余興』としては悪くない遊びだと、個人的には思いますよ。

「うだうだ妄想…二人で楽しみましょうか。」
「はいっ!一緒にとことん…遊びましょう!」


俺、先にお風呂入ってきますね!と、心置きなく妄想遊びをする準備へ、宇内さんは爆走。
何で『宇内天満』の時はそれができないのか…ため息を尽きながら、俺は深く頭を下げた。

   (宇内さん…ありがとう、ございます。)

編集会議でけちょんけちょんに貶され、厳しく叱責もされて、失意のどん底にいた…俺。
そんなダメ担当を励まそうと、作家本人の方が気を使ってくれているのだろう。

   (貴方には、本当に…敵いません。)

誰が何と言おうと、俺は宇内さんの作品が…
宇内さんと俺の二人で創りあげる世界が、好きで好きで堪らない。
たとえ『うだうだてんまつ』と謗られ、見向きもされなくても、一番の読者は俺達『作者』…
最も喜ぶ自分自身のために創り続ける『自作自喜』の趣味が、楽しくて仕方ないのだ。

   (100%自分好みの…ハッピーエンド確定!)

現実の世界で、リアルに黒尾さんと俺を結び付けてくれたのが、他でもない宇内さんだ。
妄想の世界でも、黒&赤コンビを幸せに導いてくれることは、1000%間違いない。


「何があっても、俺だけは…
   貴方の一番最初で、最後の読者ですから。」




- 終 -




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2022/09/08 (2022/04/08分 SS小咄移設)

 

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