年年起点






「あっ!まだありましたよ!」
「全然、変わってねぇな〜!」


合同練習後、同じ電車で帰路に着いた、ネコとフクロウ。
ひた隠しにしていたはずなのに、俺(達?)のキモチはバレバレ…仲間達のイタズラの結果、
狸寝入り中の赤葦と共に、いつの間にか本気爆睡。終点まで寝過ごしてしまった。

電光掲示板の行先表示でしか知らなかった、相互接続している私鉄の終点。
その駅から少し離れた住宅街の公園で、翌朝の始発まで二人で時間潰し…の最中、
互いのキモチが向き合っていることに気付き、晴れて両想い達成・交際出発進行!したのだ。


「あれから、もう十年ですか。」
「全っ然、変わんねぇよな〜!」

ちょうど十年前、同じくらいの頃合いに、まさにこのベンチで『ナニ』をしたか?
その『想ひ出』に触れないよう、アサッテに視線を逸らせながら、
どっかりと並んで腰を下ろし、月を見上げた。

   静かに流れる、薄雲と時間。
   穏やかな風に、揺れる枝葉。
   朗々たる月光、漂う…眠気。

「なんかこの場所、眠~くならねぇか?」
「電車内でも、ガッツリ寝てましたよ?」

「二人の時、もしや俺ら…寝てばっかりか?」
「多忙で寝不足なとこも…変わりませんね。」

十年前は、バレー部の主将&副主将。学生にしては平均を大きく逸脱する多忙ぶりだったが、
社会に出て働き出すと、学生時代の忙しさなど実に可愛いらしいものだったと痛感…
今は組織の一員として、平均的社会人並の(そうであって欲しい)、充実した日々を送っている。


バレーボール協会競技普及事業部の黒尾は、Vリーグの地方開催試合や、代表関連の遠征で、
アッチコッチに奔走中…今日も、成田空港に帰国したその足で、『想ひ出』の私鉄に乗った。
赤葦は、宇内先生の〆切突破原稿を編集部に全力疾走で送り届けてから、
二徹でボロボロな身体を漫喫のシャワーでザっと流し、黒尾と同じ先頭電車に飛び込んだ。

「お帰りなさい。」「久しぶりだな。」と視線だけで労いの挨拶を交わすと、
そのまま肩に頭を預け合い、ストン…十年前と同じく、気が付けば終点だった。

ただ、十年前と決定的に違うのは、今日はこの終点が『目的地』であること。
空港へ迎えに来る代わりに、この私鉄に乗り合せて欲しいと、黒尾が赤葦に頼んでいたのだ。

「今更ですが…お帰りなさい、黒尾さん。」
「あぁ、ただいま…久しぶりだな、赤葦。」

ちゃんと口に出して、再びご挨拶。そして、再び訪れる沈黙と…大あくび。
だが、さっきまでの『あくび』とは、籠っているものが全く異質だった。


「………っ。。。」
「………っ。。。」

二人の間に流れ始めていたのは、極度の…緊張感。
この期待と不安と何やかんやで息詰まる超特急ソワソワは、まさに十年振り。
初めて電車で隣に座り、初めて体が触れ合い、初めて狸寝入り&寝過ごした、ウブウブな…

   (ここを、わざわざっ、選んだってことは…)
   (黙って、ついて来て、くれたってことは…)

『ちょうど十年』という節目。
その日を狙って、わざとらしく『想ひ出』の電車に乗り過ごし、この場所へ来た理由。

   (ここが、俺達二人の…)
   (始点…起点、だから。)

あぁ、もう、さっさと走り出して欲しい。
その方が絶対にラクだって、わかってはいるけれど…電車は急に走れない。
今日も結局寝落ちしてしまい、心の準備を完了できなかった自分達をちょっぴり恨みながら、
赤葦はなけなしの勇気を振り絞り、当たり障りのない『想ひ出』話から黒尾に振った。

「そろそろ、教えて下さいませんか?十年前、一体『何を』言い、言われたのか…」


*****



十年前、この起点で、起…の後、そのまま寝落ちしてしまったらしい俺。
目が覚めたら、自分のベッド。あぁ、やっぱり全部夢だったのか…と、階下に降りていくと、
居間から楽しそうな笑い声…両親とのんびりお茶をシバく、黒尾さんがいたのだ。

なるほど。俺、まだ…寝てるんだな。
シャワーを浴び、台所へ戻って席について、朝ごはんをぼんやり掻き込んでいる間、
三人の会話を流し聞き…すっかり『我が家の一員』というぐらいの自然な溶け込みっぷりに、
沢庵をポリポリしながら、もう一度うつらうつらしかけてしまったぐらいだった。

   (ウチは…四人家族、だったっけ?)

わけがわからないまま、食後は四人で車に乗って…二度寝?から醒めたら、今度は黒尾家??
二家族でお昼ご飯&おやつで談笑し…昼寝(三度寝)している内に、自宅へ戻っていた。

   (猫でも梟でもなく、狐に…化かされた?)

その日以来、俺達は両家から『公認』状態。
休みの度にお互いの家へ行き来し、どちらの家でも『ウチの子』扱い…まるっきり家族だ。
俺にしてみれば、十年前からずっと『夢の中』が続いているようなカンジですらあるけど、
自分にとって都合の良過ぎる夢なら、死ぬまで醒めないでくれと願うのみ。
いや、夢じゃないのなら、十年前に約束した通り、ずっと…化かし続けて欲しい。

   (あれ?化かすのは…俺の方、だった?)


まぁ、とにかく…だ。
おそらくあの日、俺が送った『独り野宿じゃない証拠写真』を見た両親(万年新婚夫婦)は、
勝手に盛り上がって『夜のおデート♡』とか言いつつ、ドライブがてら息子達をお迎えに。
そして、この場所で大爆睡中の俺と、一緒に写っていた黒尾さんを見つけ、
そこで黒尾さんが両親に『何か』を言い、両親もそれに応え…『公認』になったのだろう。

この時の話を、それとなく黒尾さんや両親に聞いてみても、
「いつか…な。」「その時がきたら…ね。」とはぐらかされ、俺も忘れたフリをしていた。

   (ホントはずっとずーっと、聞きたかった…)

十年経った今となっては、黒尾さん達にとっては当たり障りのない昔話かもしれないけれど、
俺がちゃんと夢から醒めて、新たな『起点』とするためには、避けて通れない話だった。

   (『出発』の前に…起こしてもらわないと。)

   両親と、一体どんなやりとりをしたのか。
   どうやって、二人のことを認めさせたのか?

きっと『今』が、この話を聞くべき『その時』で、間違いないはず…
黒尾さんの華麗なる『口八丁』伝説を、怖いもの見たさでワクワク待っていたら、
全く予想だにしない答えが、微かな微笑みと共に返ってきた。



「十年前、俺は…何も言わなかった。」


「…え?」
「御両親にも、何も言われなかった。
   より正確には、『何も言わなくてもいいよ』って言われたんだ。」

お前を抱えて後部座席に乗せ、俺も隣に座った途端、またすぐ俺の肩に頭を預けてきたんだ。
すやすや眠るお前を起こさねぇ程度の声で、軽く自己紹介をしたはいいが、
激変直後の俺達の関係をどう説明すべきか、一瞬迷って言葉が止まったんだ。そしたら…

   「京治の姿を見れば、わかるわ。」
   「今はまだ、何も言わなくてもいいよ。」

きっと二人は、『似た者同士』でしょう?
貴方達みたいな警戒心の強いタイプが、一緒に寝過ごした…『眠くなる』理由がわかったら、
その時にあらためて、二人のことを聞かせて頂戴ね。


「それから、十年間…俺は、その『答え』をずっと、考え続けてきた。」


あの日は、合宿やら何やらで、俺もお前も疲れ切ってただけだよな?って、最初は思ったよ。
部活や練習試合後に逢ってた頃も、お互いの家の居間で、いつの間にかバタンキュ~続き。
特に合宿中は気が昂って寝られなかったから、そのせいで眠かったんだと思ってたが…

「大学在学中も、就職してからも…っ!」
「俺らいっつも、寝てばっかり…だろ?」

せっかく逢えたのに、また寝ちまった!!?
近いうち逢って、次こそはもっといっぱい喋ったり、どっかにのんびり遊びに行ったり、
二人でアレやらコレやら色んなコトして、楽しい『おデート』をリベンジするぞ~っ!!!!
そう決意(反省)して、寸暇を惜しんで三日と開けずに逢ってたはずなのに…

「お前の隣に座るだけで、あくび連発だよ。」
「眠いと思う間もなく、寝落ちしてますね。」

すっげぇ逢いたくて。逢うために頑張って。それなのに、逢えたら寝てばっかり…
まるっきり『疲れ切った休日午前中のおとーさん』な過ごし方だろっ!!
つーか、俺と逢うために、赤葦に無理させちまった結果、寝落ち…本末転倒じゃねぇのか?

「おかしい。こんなはずじゃ、ねぇよな…?」


ずっと赤葦に片想いし続けて、やっと両想いになれて、『恋人』として出発した。
念願叶ったはずなのに、ドキドキとかソワソワとか、恋人らしいワクワクを楽しむより、
『二人一緒』の居心地の良さが、何よりも優ってフワフワ…申し訳ないやら、情けないやら。

「電車で座ると反射で眠くなる、みたいな…」
「あの日から乗ったまま、かもしれないな…」

合宿中も、仕事の修羅場中も、出張中も。気ぃ張ってると、自宅でも眠りが浅いのにさ。
お互いの家に二人で居る時は、真横で親がテレビ見てても、気ぃ抜けまくって大爆睡。
似た者同士、似たタイプの俺とお前が、揃ってこの緩みっぷり…摩訶不思議な怪奇現象だ。

「俺、十年前から…黒尾家の家猫扱いです。」
「借りてきた感…尻尾の先ほどもねぇしな。」

「ウチにも黒尾さん専用クッション…二桁。」
「お陰様で、赤葦家でも…寝癖バッチリだ。」

   十年間ずっとずーっと、考えて考えて。
   起点の日を…年年を重ねていくうちに、
   その『理由』が、徐々にわかってきた。
   お前もきっと、わかってる…そうだろ?


黒尾さんの問い掛けに頷く代わりに、わざとらしい小さな…くしゃみ。
そして、鼻をすする振りをしながら大きく息を吸い込み、辿り着いた『理由』を答えた。

「『恋人』は始発駅の名前。でも、乗った電車の名前…終点の名前が、違ったんですね。」

俺の答えに、黒尾さんは何も返さず。
その代わり、十年前と同じように、上着を脱いで二人の腿に…こつん。

   (…こつん???)

ポケットに入っている何かが、ベンチに当たった音?
そっと手を伸ばして上着に触れてみると、手のひらに収まるサイズの、小さな…小箱。

   (ーーーっ!!?)


「あー、えーっと、お…お土産、ですかっ?」
「お土産じゃ、ねぇけど、お…贈物、だっ!」

横目でチラッと、黒尾さんを盗み見。
黒尾さんは、アッチを向いて…ガッチガチ。
夜目にもはっきりわかるほど、捻った頸筋と耳が真っ赤に染まっていた。

「おっ、お土産じゃない、贈物って…いいいっ一体、何でしょうね~っ?」
「十年前と同じく…ど~の口が言うか?期待で声が、震えまくってるぜ?」

「ココがまさに、一生に一度の、カッコつけるべきシーン…十年前に、言いましたよね!?」
「お前が逆に、贈物をする役を、やってもいいんだぞ!?ほら…早く!早まってもいいぞっ」

「そっ、れは…ズルいです!」
「だよな。俺も…そう思う。」

十年前と全く同じやりとりに、堪え切れず…
二人同時に吹き出し、二人一緒に腹を抱えて大笑い。

「二人共、ホンットーに…」
「全然…変わりませんね!」


ひとしきり笑った呼吸を整えるように…先を促す勇気を出すように、互いの背をトントン。
場に静寂を戻し、間近から見つめ合ってから、俺は瞼を下ろし…十年前と同じ台詞を呟いた。

「とって下さい。ねぇ…早く。」
「邪魔な眼鏡を…とってキス?」

頬に触れる、熱い熱い指。
その手を捕まえ…俺の上着のポケットの上に。

「ーーーっっっっ!!!!!!!!!!?」
「うけとって下さい…俺からの、贈物も。」


ほぼ同じ大きさ、同じ形、同じ…中身。
同じキモチを伝え合う贈物を、互いにギュっと握り締めて。
十年前、ちょっと間違って?早まって?乗ってしまった電車に、二人で一緒に乗り直す。


「ここから先は、『夫婦』として接続し…」
「『家族』になって…共に進みましょう。」




- 完 -




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2022/05/31   

 

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