「あっ!まだありましたよ!」
「全然、変わってねぇな〜!」
合同練習後、同じ電車で帰路に着いた、ネコとフクロウ。
ひた隠しにしていたはずなのに、俺(達?)のキモチはバレバレ…仲間達のイタズラの結果、
狸寝入り中の赤葦と共に、いつの間にか本気爆睡。終点まで寝過ごしてしまった。
電光掲示板の行先表示でしか知らなかった、相互接続している私鉄の終点。
その駅から少し離れた住宅街の公園で、翌朝の始発まで二人で時間潰し…の最中、
互いのキモチが向き合っていることに気付き、晴れて両想い達成・交際出発進行!したのだ。
「あれから、もう十年ですか。」
「全っ然、変わんねぇよな〜!」
ちょうど十年前、同じくらいの頃合いに、まさにこのベンチで『ナニ』をしたか?
その『想ひ出』に触れないよう、アサッテに視線を逸らせながら、
どっかりと並んで腰を下ろし、月を見上げた。
静かに流れる、薄雲と時間。
穏やかな風に、揺れる枝葉。
朗々たる月光、漂う…眠気。
*****
十年前、この起点で、起…の後、そのまま寝落ちしてしまったらしい俺。
目が覚めたら、自分のベッド。あぁ、やっぱり全部夢だったのか…と、階下に降りていくと、
居間から楽しそうな笑い声…両親とのんびりお茶をシバく、黒尾さんがいたのだ。
なるほど。俺、まだ…寝てるんだな。
シャワーを浴び、台所へ戻って席について、朝ごはんをぼんやり掻き込んでいる間、
三人の会話を流し聞き…すっかり『我が家の一員』というぐらいの自然な溶け込みっぷりに、
沢庵をポリポリしながら、もう一度うつらうつらしかけてしまったぐらいだった。
(ウチは…四人家族、だったっけ?)
わけがわからないまま、食後は四人で車に乗って…二度寝?から醒めたら、今度は黒尾家??
二家族でお昼ご飯&おやつで談笑し…昼寝(三度寝)している内に、自宅へ戻っていた。
(猫でも梟でもなく、狐に…化かされた?)
その日以来、俺達は両家から『公認』状態。
休みの度にお互いの家へ行き来し、どちらの家でも『ウチの子』扱い…まるっきり家族だ。
俺にしてみれば、十年前からずっと『夢の中』が続いているようなカンジですらあるけど、
自分にとって都合の良過ぎる夢なら、死ぬまで醒めないでくれと願うのみ。
いや、夢じゃないのなら、十年前に約束した通り、ずっと…化かし続けて欲しい。
(あれ?化かすのは…俺の方、だった?)
まぁ、とにかく…だ。
おそらくあの日、俺が送った『独り野宿じゃない証拠写真』を見た両親(万年新婚夫婦)は、
勝手に盛り上がって『夜のおデート♡』とか言いつつ、ドライブがてら息子達をお迎えに。
そして、この場所で大爆睡中の俺と、一緒に写っていた黒尾さんを見つけ、
そこで黒尾さんが両親に『何か』を言い、両親もそれに応え…『公認』になったのだろう。
この時の話を、それとなく黒尾さんや両親に聞いてみても、
「いつか…な。」「その時がきたら…ね。」とはぐらかされ、俺も忘れたフリをしていた。
(ホントはずっとずーっと、聞きたかった…)
十年経った今となっては、黒尾さん達にとっては当たり障りのない昔話かもしれないけれど、
俺がちゃんと夢から醒めて、新たな『起点』とするためには、避けて通れない話だった。
(『出発』の前に…起こしてもらわないと。)
両親と、一体どんなやりとりをしたのか。
どうやって、二人のことを認めさせたのか?
きっと『今』が、この話を聞くべき『その時』で、間違いないはず…
黒尾さんの華麗なる『口八丁』伝説を、怖いもの見たさでワクワク待っていたら、
全く予想だにしない答えが、微かな微笑みと共に返ってきた。
「十年前、俺は…何も言わなかった。」
「…え?」
「御両親にも、何も言われなかった。
より正確には、『何も言わなくてもいいよ』って言われたんだ。」
お前を抱えて後部座席に乗せ、俺も隣に座った途端、またすぐ俺の肩に頭を預けてきたんだ。
すやすや眠るお前を起こさねぇ程度の声で、軽く自己紹介をしたはいいが、
激変直後の俺達の関係をどう説明すべきか、一瞬迷って言葉が止まったんだ。そしたら…
「京治の姿を見れば、わかるわ。」
「今はまだ、何も言わなくてもいいよ。」
きっと二人は、『似た者同士』でしょう?
貴方達みたいな警戒心の強いタイプが、一緒に寝過ごした…『眠くなる』理由がわかったら、
その時にあらためて、二人のことを聞かせて頂戴ね。
「それから、十年間…俺は、その『答え』をずっと、考え続けてきた。」
あの日は、合宿やら何やらで、俺もお前も疲れ切ってただけだよな?って、最初は思ったよ。
部活や練習試合後に逢ってた頃も、お互いの家の居間で、いつの間にかバタンキュ~続き。
特に合宿中は気が昂って寝られなかったから、そのせいで眠かったんだと思ってたが…
「大学在学中も、就職してからも…っ!」
「俺らいっつも、寝てばっかり…だろ?」
せっかく逢えたのに、また寝ちまった!!?
近いうち逢って、次こそはもっといっぱい喋ったり、どっかにのんびり遊びに行ったり、
二人でアレやらコレやら色んなコトして、楽しい『おデート』をリベンジするぞ~っ!!!!
そう決意(反省)して、寸暇を惜しんで三日と開けずに逢ってたはずなのに…
「お前の隣に座るだけで、あくび連発だよ。」
「眠いと思う間もなく、寝落ちしてますね。」
すっげぇ逢いたくて。逢うために頑張って。それなのに、逢えたら寝てばっかり…
まるっきり『疲れ切った休日午前中のおとーさん』な過ごし方だろっ!!
つーか、俺と逢うために、赤葦に無理させちまった結果、寝落ち…本末転倒じゃねぇのか?
「おかしい。こんなはずじゃ、ねぇよな…?」
ずっと赤葦に片想いし続けて、やっと両想いになれて、『恋人』として出発した。
念願叶ったはずなのに、ドキドキとかソワソワとか、恋人らしいワクワクを楽しむより、
『二人一緒』の居心地の良さが、何よりも優ってフワフワ…申し訳ないやら、情けないやら。
「電車で座ると反射で眠くなる、みたいな…」
「あの日から乗ったまま、かもしれないな…」
合宿中も、仕事の修羅場中も、出張中も。気ぃ張ってると、自宅でも眠りが浅いのにさ。
お互いの家に二人で居る時は、真横で親がテレビ見てても、気ぃ抜けまくって大爆睡。
似た者同士、似たタイプの俺とお前が、揃ってこの緩みっぷり…摩訶不思議な怪奇現象だ。
「俺、十年前から…黒尾家の家猫扱いです。」
「借りてきた感…尻尾の先ほどもねぇしな。」
「ウチにも黒尾さん専用クッション…二桁。」
「お陰様で、赤葦家でも…寝癖バッチリだ。」
十年間ずっとずーっと、考えて考えて。
起点の日を…年年を重ねていくうちに、
その『理由』が、徐々にわかってきた。
お前もきっと、わかってる…そうだろ?
黒尾さんの問い掛けに頷く代わりに、わざとらしい小さな…くしゃみ。
そして、鼻をすする振りをしながら大きく息を吸い込み、辿り着いた『理由』を答えた。
「『恋人』は始発駅の名前。でも、乗った電車の名前…終点の名前が、違ったんですね。」
俺の答えに、黒尾さんは何も返さず。
その代わり、十年前と同じように、上着を脱いで二人の腿に…こつん。
(…こつん???)
ポケットに入っている何かが、ベンチに当たった音?
そっと手を伸ばして上着に触れてみると、手のひらに収まるサイズの、小さな…小箱。
(ーーーっ!!?)
「あー、えーっと、お…お土産、ですかっ?」
「お土産じゃ、ねぇけど、お…贈物、だっ!」
横目でチラッと、黒尾さんを盗み見。
黒尾さんは、アッチを向いて…ガッチガチ。
夜目にもはっきりわかるほど、捻った頸筋と耳が真っ赤に染まっていた。
「おっ、お土産じゃない、贈物って…いいいっ一体、何でしょうね~っ?」
「十年前と同じく…ど~の口が言うか?期待で声が、震えまくってるぜ?」
「ココがまさに、一生に一度の、カッコつけるべきシーン…十年前に、言いましたよね!?」
「お前が逆に、贈物をする役を、やってもいいんだぞ!?ほら…早く!早まってもいいぞっ」
「そっ、れは…ズルいです!」
「だよな。俺も…そう思う。」
十年前と全く同じやりとりに、堪え切れず…
二人同時に吹き出し、二人一緒に腹を抱えて大笑い。
「二人共、ホンットーに…」
「全然…変わりませんね!」
ひとしきり笑った呼吸を整えるように…先を促す勇気を出すように、互いの背をトントン。
場に静寂を戻し、間近から見つめ合ってから、俺は瞼を下ろし…十年前と同じ台詞を呟いた。
「とって下さい。ねぇ…早く。」
「邪魔な眼鏡を…とってキス?」
頬に触れる、熱い熱い指。
その手を捕まえ…俺の上着のポケットの上に。
「ーーーっっっっ!!!!!!!!!!?」
「うけとって下さい…俺からの、贈物も。」
ほぼ同じ大きさ、同じ形、同じ…中身。
同じキモチを伝え合う贈物を、互いにギュっと握り締めて。
十年前、ちょっと間違って?早まって?乗ってしまった電車に、二人で一緒に乗り直す。
「ここから先は、『夫婦』として接続し…」
「『家族』になって…共に進みましょう。」
- 完 -
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2022/05/31