仮面習慣






「今日も遅くまで、お疲れ様です。」
「サンキュ。お前も無理すんなよ。」


梟谷グループ合同合宿。
正規の練習後、少人数での自主練を経て、お片付け残業。
こっちの方が結果的に早く終わるからと、他のメンツを先に上がらせて、
黒尾と赤葦はいつも、二人だけで迅速に雑務処理をこなしていた。

特に会話もなく、ただ淡々と。
既に最適化された『ルーティン』に則り、ネットを畳みモップをかけて、用具倉庫に収納。

以上で掃除は完了。あとは戸締りの確認。
箒とちり取りをスチールロッカーに入れ、その戸を静かに閉じてから、
二人で残業時の『最後のルーティン』こと、労わりの御挨拶を交わす。

そして、用具倉庫の扉へ向かうため、逆回転で踵を返す直前。
すれ違いざまに、半瞬だけ…唇を交わし合う。


「………。」
「………。」

そよ風よりも、微かに触れて。
何事もなかったかのように、去って行く。

心拍も必要以上に揺れ動かず、緊張も緩み過ぎてしまわない程度に。
次なる残業へ赴く前に、ほんの半呼吸だけの休憩…慎ましい限りの『息抜き』だ。

   (これがあるから、がんばれる。)
   (これがないと、がんばれない。)

今は合宿中。まだ職務は終わっていない。
気を抜き過ぎたら、ゼッタイにダメだっ!
だから、今の俺達には『この程度』が、ちょうどいい…最適のルーティン。


だが、この節度あるルーティン…
変えざるを得ない状況に、なってしまった。
競技中以外は、マスクの着用必須。勿論、お片付けや残業の最中も例外ではない。

   (何気な~く、通りすがりに、は…)
   (そ~っと掠める…不可能ですよ!)

マスクのせいで、鉄面皮&無表情にもう一層の『ガード』がかかり、内心が更に読み難い分、
唯一にして最上の癒したる『ルーティン』を、このまま続けても良いのかすら、判断に悩む。
何よりも、唇に触れるために必要不可欠な『ひと手間』が、超難題なのだ。

   (マスクをずらしたり、外してしまったら…)
   (何気ない風を装う顔まで、一緒に外れて…)

たかがマスク。されどマスク。
飛沫や粉塵以上に、『さりげない仕種』を完全ブロックしてしまう反面、
重ねて覆った仮面の『表層一枚だけ』を、器用には剥がせないのだ。

   (通りすがりの、キス習慣だけは…)
   (なくすなんて、絶対にイヤです…)

だとしたら。
新時代に合わせて、自分達の『ルーティン』の方を、アップデートするしかない。
自らを守る仮面を取るのは、すごく勇気がいるけれど…取った顔を、見てみたい。



「えーっ、今日も遅くまで、お疲れ様ですっ」
「あーっ、りがと。お前も、無理すんなよっ」

視線をアサッテにそよがせながら、マスクの中で必死に『ルーティン』の台詞を…もごもご。
マスクの隙間を掻くフリ&目のゴミを取るフリをしながら、指先を…そわそわ。

「マ、マスクっ…ほっぺが蒸れるよな~!?」
「な、なのにっ…おめめは乾きますね~!?」

   おお~っと、いけねぇいけねぇ!参ったな!
   指に引っかかって、マスクがズレましたよ!

わざとらしく台詞を浮つかせ、チラリ…
マスクと共に緩み過ぎないように、中途半端に食い縛ってわななく口元を、のぞかせる。


「…ぶっ!!!」
「…ぷっ!!!」

照れ臭さと、モリモリの期待、不安コミコミの恥ずかしさが入り混じった『必死の形相』に、
お互い我慢しきれず、思いっきり噴き出してしまう。
「酷ぇ顔だな!」「そちらこそ!」と、腹を抱えて盛大に笑い合った。

「ナニ考えてんだか、この…スケベ。」
「うるせぇ。鏡見て来い…ムッツリ。」

ゼェゼェ上がった呼吸を、落ち着かせるため。そして何よりも、互いの健闘を讃え合うため。
二人はもう一歩ずつ近づいてポンポン背中を撫で叩き、相手のマスクを思い切り剥ぎ取ると、
大きく大きく深呼吸…余分なものを取り払った清々しい表情で、柔らかく微笑み合った。

「ホンット~に、俺ら二人共…お疲れさん!」
「あともう少し…一緒に頑張りましょうね!」


   まっすぐ正面から視線を合わせて。
   鼻先をぶつけてから、瞳を閉じて。
   瞬きの音に隠しつつ、一瞬のキス。

そして、そそくさ…
緩み切ったなんやかんやを戻すべく、互いの頬にマスクをかけ合うのだ。


「マスクありの、新ルーティン…」
「これも存外…悪くねぇ、よな?」





- 終 -




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2022/02/15 (2022/02/05分 MEMO小咄移設)

 

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