休日之装






「それでは、行って参りま…」
「ちょぉぉぉ~っと、待ったぁぁぁぁっ!」
「あかーしっ、それはマジ…ヤバみっ!!」


来週末、ネコとフクロウの合同練習。その買い出しに、フクロウ代表として行って来い!
ただし、今日は制服もジャージもNG!結構遅い時間だから、補導されちゃマズいだろ?
ほら、服はこないだ…木兎&木葉とお揃いの、スウェット買ったよな?あれにしろよ!
ウチのオシャレ番長・木葉を見習ってコーディネートして…キメてこい!!

「…って、言ったよなぁ、俺らはよっ!?」
「なのに何で…そうなっちゃったんだっ!?」

俺達のクッソ可愛げがなくて可愛い赤葦と、似たり寄ったりのお似合いな腹黒尾を、
ネコ&フクロウ総出で、やっっっっとこさ、くっつけてやったっていうのに!
付き合い始めても、表面上はまっっったく変化なし!今まで通りの淡泊さのまま。

二人っきりになれるように、アレもコレもぜ~~~~んぶ、黒赤に押し付けてやってんのに、
どんなに隠れて覗き見していても、普段通りに淡々と残業をこなすだけ…1㎜も進展なし!
さすがにブチ切れた孤爪が、「監視やめて…外を泳がせてみようか。」と策を練り、
『おつかいとみせかけて私服おデート』をお膳立てし、合わせやすい服まで用意してやった。

それなのに…それなのにっ!


「白地に黒のロゴ…それに合わせて、白黒バイカラーの鞄と靴。そこまでは、まだいい。」
「何でそれに、肌色のジャケットっ!?」
「風呂上がりのおっさん…ラクダシャツか!」
「まるっきり『母親が全部買ってきたセット』じゃねぇかっ!」
「お前の雰囲気には、すっげぇ似合ってる。似合ってるから余計に…アウトだろ。」

良く言えばクールビューティ…素材は決して悪くないはず。世間の平均よりはるかに高身長。
くるぶし丈の細身パンツだし、ちゃんと木葉を見習ってジャケット羽織ってるし、
同じ&色違いのスウェットを買った木兎や木葉は、そこそこイイ具合に整ってんのに…
何で俺らの可愛い赤葦の私服は、赤葦の地味さを強調する結果にしかならないのかっ!!?

「赤葦激ソックリの、お前のかーちゃんは…」
「ゾクゾクっとする、美魔女系人妻なのに…」
「かーちゃんから色気も継げばよかったな…」


言いたい放題で泣き崩れる先輩達を、赤葦はいつも通りの無表情でスルー。
クルリと背を向け、部室のドアノブを再度掴んでから、ぼそぼそと小声で反論した。

「地味で不愛想、センスも色気もない…
   それで、結構ですよ。」

ちょっと想像してみてくださいよ。
これから地味な俺と共に買い出しする、『アチラ様』の姿を…

『WE ARE BLOOD』とか、散歩がてら献血でも行くんですか?的な、真っ黒なロゴシャツ。
黒ズボンも含め、腹の中も外も全身真っ黒…休日に居間でゴロゴロしてるおとーさんでしょ。
おデートには完全アウトな点では、俺と大差ないじゃないですか。
きっと今頃、シャレオツな御猫様方から、けちょんけちょんにイジられてますよ。

「た…確かにっ!」
「アイツも、色気も色味もねぇ…っ」


   でも今日は、大層な『おデート』じゃない。
   単に仕事の延長たる『おつかい』ですよね?
   できるだけ精一杯の『普段着』が、最適解…

「そうじゃないと、『普段』の俺を…
    平静を、保てません、から…っ」


  そそっ、それでは、行って参り、ますっ!!
  絶対に…隠れてついて来ないで下さいよ!?

ビシィィィィィっ!!と背筋を垂直に伸ばし、右手と右足を同時に出しつつ、
大丈夫…これはおつかい…ただの仕事…よし!まずは献血して血の気を抜いてもらおう…と、
念仏?呪詛?を唱え、ガッチンガッチンと音を立てながら、カクカク直角に歩いて行った。


「大丈夫…じゃ、ねぇだろっ!!」
「だ、ダメだ!心配すぎて血が滾る…っ」
「よし、俺らも献血して…見守りに行くぞ!」



********************




「ねぇ…馬鹿なの?」
「疑問形じゃねぇよ。馬鹿確定だろ。」
「はい、さっさと…両腕上げてっ!」


研磨が仕事絡みとして仕組んだ、黒尾と赤葦の『ドッキドキ☆普段着おデート』の策。
黒尾さん唯一の外見的長所は、ガッチリ系もイケるスタイルの良さ、ぐらい?
トップスを黒でシメれば、下やアクセに何を合わせても、一応はサマになるっしょ!という、
(研磨用には完璧なコーディネートをアドバイスしてみせた)オシャレ番長・リエーフの案。

ようやく実った恋。やっと掴んだおデートのチャンス。
質実剛健さだけが取柄な腹黒地味主将でも、最低限は猫かぶって、キメてくるだろう。
そう思い込んで、黒尾本人に任せていたが…大誤算だった。

「黒に黒に黒?ビジュアル系のつもりかコノヤロー!?差し色はどうしたっ!?」
「ロンTにカーゴにスリッポン…スウェット上下のヤンキーでも、ピンクサンダルだぞ!?」
「〆切間際の作家(二徹中)みてぇなその格好だと、V系に見えなくもないツンツンヘアが…」
「ただの寝癖にしか見えねぇだろ!」

   黒の何が、いけないのか?
   そんなの、御猫様なら常識じゃないか。

「黒は、猫毛が…目立ちすぎるっ!」
「せめて、白っぽい上着を羽織れよ…っ」
「あ、勝手に動くな!もっと…バンザーイッ」


休日、居間でゴロゴロしてたおとーさんが、そのままコンビニ行っちゃう的な雰囲気で、
大あくびしながら「んじゃ、ちょっと出てくるな~」と立ち上がった黒尾を、
部員総出で捕獲…必死に全身くまなく『コロコロ』をかけてやっていた。

黒尾はまとわりつく御猫様方をぼんやり眺めながら、コロコロされるがまま。
まるっきり『借りてきた猫』な状態に、さすがの荒ぶる猫達も手を止めた。

「…おい、どうした?なに腑抜けてんだよ?」
「これから人生初おデート…しゃんとしろ!」
「まさかこの期に及んで、怖気づいたのか?」

黒尾はビクリと猫背を震わせ、視線を宙に彷徨わせながら、ボソリと答えた。


「アイツと、何…喋ったら、いいんだ?」

業務とか役職にカンケーない…そういう『外面的な猫』を被らない、
普段の『素の猫』の姿を、最愛の飼主…恋人に見せてやんなよ。
お前らがそういうから、できるだけ『家猫』のまま、出てきたのはいいんだが…

「猫被ってねぇ素の俺は…ただの猫だぞ。」


   …っ!!?
   し…、しまったぁぁぁぁぁぁーーーっ!!

本人に言われるまで、すっかり忘れてた!
『主将』『頼れる兄貴分』『仕事モード!』っていう、『ちゃんとした猫』を被ってない、
素のままの黒尾の本性(本質)は…の~んびり、おだやか~な、陽だまりの毛だまり。

   (おとなし~く、や~さしい…)
   (引っ込み思案で、人見知り。)
   (じっ、人畜無害の、極みっ!)
   (寝てるだけで、ただ可愛い…)
   (ふわっふわの…ザ☆家猫っ!)

まだ『ちゃんとした猫』を被りきれていない、子猫時代の黒尾を知っている研磨は、愕然。
自らの作戦大失敗に頭を抱え、「これ…マジでヤバババババなやつ。」と、動揺しまくった。


「クロの一体どこが、赤葦にツボったのか、俺らには全っっっ然わかんないし!だから…っ」
「猫が実はすっげぇ甘ったれで、ゴロゴロ喉を鳴らすだけって素を、いきなり曝したら…っ」
「そういうキャラ変…腹黒な策だと思われるかもしんねぇ!?キャバの子猫チャンみたく!」
「今はまだ『ちゃんとリードしてくれる頼れる黒尾さん♡』って猫を、脱がしちゃマズい!」

   こうなったら、残された手は…
   猫の手を貸してやる、一択!!


「クロ。俺らも後ろから…ついて行くから。」
「…っ!!?はぁ~っ!!?」

「ちゃんと飼主を守ってやれるか…恋人をエスコートできるか、審査してやる。」
「猫の目を誤魔化せると…思うなよ?」
「わかったら…ソッコーで狩りに出陣!!」



********************




「その黒づくめのコーディネートは、宵闇に身を隠すため…だったんですね?」
「お前の方こそ、上着があっても、全部脱いでも、同じ肌色…ってことだろ?」

きっと、こうなるだろうと予感していた。
だからこそ、街中に紛れ猫目梟目を躱すため、あえて全身に闇を纏い、
上手く追手から逃れた後は、この色で交わり合いたい…と、肌を晒す色で相手の目を惹いた。

「もう、誰もいません…よ?」
「俺達、二人っきりだ…な?」

ビルとビルに囲まれた、狭く暗い空間。
空調の室外機の音が反響し、耳元で囁かないと互いの声は聞き取れない。

「なぁ、赤葦。ここでなら…」
「え?聴こえなかったので…」

獲物を狙う猛禽類のような瞳で、ネコが誘う。
それを煽る子猫の仕種で、フクロウが微笑む。

頬と頬、鼻と鼻。そして、唇と唇…
触れ合わせた場所から、声にならないほどの小さな囁きに乗せて、振動で想いを伝え合う。


「黒色の下に隠した、素の色…俺に魅せて?」
「お前の本当の肌色…確かめても、いいか?」



*****



「…っていうカンジが、俺の希望。」

   さ、今のネタ、パクってもいいから…
   ここでやってみて。はい、スタート。

「『はい、スタート。』って、言われても…」
「無茶振りにも程がある…つーか、帰れよ。」


付き合うことになってから、(職務内ではあるものの)、これがはじめての私服外出。
事実はどうあれ、形式的には『私服おデート』のチャンスがやってきた。
でも、きっと猫目梟目は隠れてついてくる…そう確信していたが、まさか。

「あのなぁ…お前ら、ちったぁ隠れろよっ!」
「堂々とついて来るとか…コントですかっ!」

アタマ隠してりゃ、ケツが出ててもイイんだよな!?という独自解釈によって、
梟のアタマ・木兎さえ隠れていればオッケー!と…『木(兎)を隠すなら木(葉)の中』作戦で、
木葉のジャケット裏に木兎の頭を隠し、二人羽織り状態で大騒ぎしていた、フクロウ達。

対するネコ達は、各々ネコを被って…様々あからさまな変装を曝していた。
リエーフ&夜久は『その辺のカップル風』の…長身モデル&美少女として耳目を集めまくり、
他の連中は、トラだのライオンだの、文字通りに猫(科の着ぐるみ)を被って二足歩行。

そんなフクロウ&ネコの中でも、飛びぬけて異質な尾行をかましてきたのが、研磨だった。
一切隠れもせず、黒尾&赤葦の真後ろに立ち、フツーに同行してきた挙句、
疲れ果ててベンチに座った二人に、『今後の展開(希望)』を耳元に…ボソボソ。


「頼むから、せめて『尾行』してくれよ…」
「後ろからついて行くって、言ったじゃん。」

「妙に血が滾る、その妄想も…ストップ。」
「あれ?さっき献血したのに?お盛んだね。」

いつの間にかワラワラ集まっていた猫梟達に、赤葦は買い出し袋から予備の飴玉を配り、
その間に黒尾は、ジャケットやニット帽、猫科の被り物で乱れた衣装や髪を整えてやった。

「初おデートも、結局普段通りの子守りか。」
「これが一番、俺達には似合いの姿ですね。」

再度グッタリとベンチに身を沈めて零した溜息には、隠し切れない安堵の色が混じっていた。
それに気付いた黒尾と赤葦は、顔を見合わせて穏やかに微笑んだ。

   そう。無理に気張らなくてもいいんだ。
   こうやって、皆と馬鹿騒ぎをしながら。
   猫梟ごと全部、普段の姿として慈しみ。
   少しずつ、ゆっくり、互いの素を探し…


「…な~んて、悟り開けるわけねぇだろっ!」
「初おデートでこんなオチ…認めませんっ!」

   アッタマきた!
   何が何でも、ゼ~ッタイに…
   初おデート、成功してみせるからなっ!

黒尾の絶叫宣言に合わせ、赤葦は飴玉ばかりが詰まった買い出し袋を思い切りぶちまけた。
皆が唖然とする中、黒尾と赤葦は互いの手を取り合い、その場から全力で逃走した。


「はっ…恥ずかし~~~っ!!!」
「こっ、こんな、公道で堂々と…っ」
「はっ、初おデートで、セイコウするとか…」
「とっ、とんだ、色モノコンビじゃねぇか!」

ウチの子が、マジでスンマセン…
残された猫&梟達は、真っ赤な顔でペコペコしながら、散らばった飴玉を拾い集めた。


「ホンット~にもう、手がかかる…」
「メンドクせぇ…可愛い奴らめっ!」



********************




   (このままは、ぜったい…)
   (このままじゃ、ないと…)

   ((…ダメだ!!))



なぁなぁ黒尾!ウチの赤葦のこと、どう思う?
クッソ生意気だし、ウルセェ小姑だし、無表情でナニ考えてんのかサッパリぷぅ~だけど、
そんなとこが、逆に可愛いって…お前も思うよなっ!?なっ???

メンドクセェこと大好きなお前とは、行き遅れそうなトコとか、すっげぇ似た者同士だし、
あぁ見えて赤葦も、黒尾のこと…お前が想ってるのと同じぐらい、大大大~好きなんだぞー!
ちな、お前が赤葦のことラブなのは、孤爪からオスミツキのタイコバン貰ってるからな~♪

「つーわけで、お前らそろそろ…付き合っちまえよ!なっ、いいだろっ!?いいよなっ!?」

「って、木兎は言ってるが…どうするよ?」
「はぁ…俺はどちらでも、構いませんが。」


以上が、俺と黒尾さんがお付き合いをはじめた顛末だ。
はっきり言って、俺達の意思はほとんど関係なく、勝手に決められた…いつも通り。
俺達もいつも通り、「あーはいはい。」的な無表情で流し、すぐに残務処理に戻ったが、
モップを用具倉庫に片付けながら、俺は心の中で全身全霊のガッツポーズをかましていた。

   (木兎さん!一生に一度のファインプレイ!)

いつの間に俺の気持ちが皆さんにバレていたのか、肝が冷える点はあれど、
秘かに想い続けていた人と、棚ぼたでお付き合いできることになるなんて…僥倖っ!!
木兎さんには感謝の気持ちを込めて、125%の精度でトスを贈呈(今だけ5%増量中)。
朝夕の定期連絡こと、ラブメッセージのやりとりで、俺(及び梟谷)は絶好調を維持している。

   (たとえ定型文でも…ラブの効果、絶大!)

表面上…事実上は何ら変化なくとも、形式上は黒尾さんと俺は、こここっ、こいびと、だっ!
俺の心情としては、恋人として、その…つつがなく平穏無事に、家内安全を目指すというか、
いつでも夫婦円満ウェルカム!な、心構え(身構え?)はできてはいる。
でも、その心願成就に至るには、黒尾さんの方の『心願』を、きちんと確認する必要がある。

   (本当は、俺のこと、どう想って…?)

木兎さんと孤爪の暴露に対し、黒尾さんも俺も『No』とは言わなかった。
だけど、それが直ちに『Yes』なのか、あの腹黒鉄面皮からは全く読めないのだ。

   (ちゃんと、御本人の口から、聞きたい。)

面と向かって間接的に黒尾さんの気持ちを聞かされて、嬉しいというよりも…若干凹んだ。
俺自身は、自分の想いを自分の口で伝えることなんて、到底できやしないくせに、
物凄く我儘祈願だとわかっていても、一生に一度の告白…直接聞きたいものは聞きたいのだ。


今、猫梟の策略『ラブラブ至福私服おデート』の、最終局面真っ只中。
皆さんの包囲網から手を取り合って脱出し、愛の逃避行をランデブーing中だ(英語は赤点)。

このままいけば、多分、恐らく、きっと、俺の望むような結末に辿り着くだろうけど、
『このまま』は、ぜったい…ダメだ。黒尾さんから直接聞きたいし、何よりも…

   (俺も、ちゃんと直接…言わないと。)

突っ走った勢いに任せるんじゃなくて、一呼吸置いて落ち着いてから、ゆっくりしっかりと。
職務から離れた『普段の俺』が想っていることを、普段着を纏う黒尾さんに…伝えなきゃ。


強い力で引き摺り込まれた場所は、奇しくも孤爪が妄想した通りの、闇に包まれた路地裏。
全力疾走し続けた疲れで、激しく上下する互いの肩に額を預けて、ゼェゼェ喘ぐ息を整える。

   (まずは落ち着こう。深呼吸、それから…っ)



*****


(ここで落ち着いたら、ジ・エンドだぞ…っ)


深呼吸して、荒れた息と心拍を鎮めて、『いつも通り』の冷静さを取り戻して、それから。
ようやく二人きりの『私服おデート』のはじまり?いや、完全に『お終い』になっちまう!

主将&副主将という、仕事用の猫を被った『いつも通り』の俺達には、
非日常の極致かつ私事ど真ん中な色恋沙汰なんて、イレギュラーにも程がある。
どう対処していいか、全くわからない…と、至極冷静に判断し、何もできなくなるオチだ。

   (腹は黒くとも、心は純白なんだぞーっ!)

かといって、私事モードつまり『普段着』の猫に戻ってしまったら、
のんびりもふもふ…人生でキメなきゃならねぇ『ここぞ!』の雰囲気と、かけ離れてしまう。

   (初おデートで、縁側の老夫婦感…アウト!)


だとすれば、導かれる対応策はたった一つ。
『いつも通り』でも『普段着』でもない、ビルとビルの狭間のような非日常…
呼吸も動悸もバクバク上がり、らしくなく気の逸った『今のまま』の勢いを利用するのみ。
そうでもしないと、俺達は永遠に『この先』には進めなくなる…どん詰まり確定だ。

   (それだけは、ぜったいに…ダメだ。)

研磨と木兎、猫梟の皆がくれたこのチャンス。
想い人と恋仲になれるなんていう、一生に一度あればもう十分な至福シチュエーションを、
家猫のように『してもらって当たり前』と、幸運を受け身で享受するだけでは、ダメなんだ。

   (一生に一度の…狩をする。)


赤葦が『いつも通り』に戻るべく、大きく息を吸い込んだ瞬間。
両手で包んだ頬を引き上げ、驚嘆で震える睫毛同士が触れる程に近付き、額と額を合わせた。

「赤葦。お前が…好きだ。」
「っ!?まっ、待っ…ん!」

そっと唇を触れ合わせ、しばらく…そのまま。
勢いに任せてキスしたはいいが、ここからどうすべきか考えようにも、全く脳が動かない。
互いの唇に触れたまま、今更ながら黒尾はぽそぽそと赤葦に問い掛けた。


「なんか、まったほうが、よかった…か?」
「はつきすの、まえに、なすべきことが…」

「まだ、はつきすのとちゅう…まにあうぞ。」
「なんたる、へりつく…さすが、です、ね。」

   喋るたびに、相手の唇をくすぐって。
   そのうちに、わざと唇を食むように。
   ずっとこのまま、キスを続けながら…
   このままじゃない、キスを誘い合う。

「おれも、ちゃんと…いいたかった、から。」
「っ!いま、いわれたら…とまんねぇ、ぞ?」

赤葦の意図を察した黒尾は、喜びと期待で緩む口元を抑え込むように、キスを深くする。
これじゃあ、いえません…と、赤葦も頬を緩めながら、腕を黒尾の首に回し更に引き寄せる。

「いわせなかったら、ずっと…つづけても?」
「いっても、はつきす…おわらせ、ないで?」

一体何が起こったのだろうか。
『いつも通り』とも『普段着』とも違う、トロットロに甘く変貌した相手と…自分の姿。
キスを続けているせいで、舌足らずに「すき…です。」「おれ…もだ。」を延々繰り返し、
熱く浮ついた舌を唇で捕まえながら、互いを強く強く掻き抱いていく。

   ((これが、恋人との、初キスの、力…?))

   このまま、ずっと。
   夢と現の狭間を、二人で揺蕩っていたい。
   いや、それよりも。
   二人で同じ夢を、このまま見にいきたい。



「せっかくの、おようふく…しわに、しちゃいそう、です。」

黒尾の背に回し、絶対に逃さない…と、服を握り締めていた手を、赤葦は渋々緩めると、
その手を腰付近まで下ろし、服が皺にならないようにと、服の中に手を挿し込み、上へ上へ。
肌に直接触れながら、先程までと同じ動きで、赤葦は黒尾を『この先』へと煽り立てた。

「おまえのほうこそ、ひでぇへりくつ、だ…まいった、ぜ。」

黒尾が思わず零した笑みも、赤葦は余すところなく唇で拾い集めていく。
その間に、黒尾は赤葦を抱き締めていた腕を、前へ前へ滑らせて…上着のチャックを上げた。


「えっ!?何で…逆、ですよね?」
「あ、キス…終わっちまったぞ?」

『このまま』の流れだと、当然上着は脱ぐ方向のはずなのに。
期待とは真逆の方向転換に、チャックと共に赤葦の意識も現実に引き上げられた。

「黒尾さんのせいで…残念無念ですっ!」
「まぁ、そう言うな…ちょいガマンな?」

ぷく~~~っと頬を膨らせ、唇を尖らせて不平不満を隠そうともしない赤葦。
その唇に、黒尾は「二回目、三回目!」と音を立ててキスを贈ってから、
ふにゃ~~~っととけた頬に頬をピッタリ付けて、赤葦の耳元にそっと囁いた。

「俺以外の誰かとお揃い…今は見たくねぇ。」

『普段着』の俺は、ヤキモチ妬きの甘ったれな家猫だ。
でも、その『普段着』を脱いで現れるのは、化け猫か、眠れる獅子か…俺にも未知の世界だ。
いずれにせよ、やっと捕らえた最愛の御主人様を、猫は絶対に離さねぇからな。

「このまま、真っ直ぐ…帰れると思うなよ?」


「このまま、バイバイ…俺だって嫌ですよ?」

四回目と五回目のキスを、音もなく返して。
赤葦は肩からずり落ちそうになっていた鞄を掲げて顔を隠しながら、黒尾にそれを預けた。


「明日用の『普段着』も…持って来てます。」





- 終 -




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2022/01/28
(2022/01/12,14,21,28分 MEMO小咄移設)


 

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